昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第2部 世界の福祉問題

第1章 福祉志向を新たに

(1) 所得の増大と分配の公正をめざして

福祉はwelfareという言葉が示すように,そもそも人間が「満足な(well)」「生活を送る(fare)」ことを意味している。「満足な」という言葉の中には,もろもろの要素が含まれているが,一般的には恵まれた自然・社会環境の中での自由,平等でかつ物的に豊かな生活をさすと考えてよかろう。現代社会においては,これは市民の権利であり,国家はこれを保障する責務を負っている。その具体的内容は歴史的に形成されるものである。

完全雇用という政策思想は1930年代における慢性的な大量失業の悲惨さの中から生まれた。職を失うことは生活基盤を失うことである。当時,5人に1人という高い失業率に直面したアメリカは財政支出を中心に景気の回復,雇用の増大をはかった。チープ・ガバメントという従来の原則からみると,これは大きな発想の転換であった。この思想は戦後にも引きつがれて,先進国は所得という尺度を中心にして福祉を考えるようになった。各国が経済成長を重視したのは,国民所得の増加によって国民の物質的生活が豊かになるとともに,その過程において完全雇用の達成とその持続が可能になるからである。

しかし,市場機構を通じて生産に参加し,それの代価として所得分配が行なわれる資本主義社会の仕組みでは,国全体として所得が増大したからといって,そのまま,全ての人の生活が豊かになるとは限らない。「福祉」という言葉がとくに使われ,またそれが強く意識されたのは,戦後各国が慈善や労働者対策的な社会政策としてではなく,国民の生存権を保障するための総合的施策として社会保障制度をとりあげたときである。

(2) 人間の尊重をめざして

経済成長を促進し,その成果を再分配するといった仕組みの中で国民生活は豊かになってきた。だが,60年代もなかばをすぎる頃から公害,都市過密,自然破壊といった人間をとりまく環境が悪化して,再び「福祉」が叫ばれるようになった。GNP成長はこれまで大気,水,安全,静けさなど生活環境資源の消費の上に立って実現されてきた。これは資源配分の問題にとどまらない。今日ほど次の世代の物質的基礎について,世界的に懸念が表明されたことはかつてなかった。人類はその誕生のときから,自然のもつ浄化作用の偉大さに安住し,空気,水,緑から鉱物資源まで無限に包蔵していると考え,これを開発し,征服することによって豊かな社会を築きあげてきた。

しかし今日,それほど無尽蔵なものではないと認識されるようになってきた。

これまでも,福祉への志向が確認されるたびに,国によりその時期と強弱に差はあるものの,発想の転換,政策意識の変化がみられた。今回もまた,端的にいって,なんのための成長かが問われている。経済成長はもともと福祉の達成手段にすぎないものが,いつのまにかそれ自体が追求されるようになった。今日,経済(量的な成長)な側面をすすめるにしても経済成長のあり方(質的な側面)やその成果の配分の仕方を吟味した上ですすめようとする気運が強くなっている。

(3) 生きがい喪失の克服へ

福祉の本旨からいって,物質的な面だけでなく,精神的な面もまた重要である。物質的な生活の豊かさがそのまま精神的な生活の豊かさをもたらすと考える時代は過去のものになろうとしている。

社会の組織化,官僚化にともなって疎外感が拡がってきている。目的の遂行を合理的に行なうため,人間はいずれの時代にも組織化を行なってきたが,経済の量的拡大に伴って政府,企業,労働組合等経済主体の大規模化が進行している。組織に属する個人の大部分は複雑な有機体の一部として,機械と同様な正確さと,単純な細分化された作業の反復を要求されている。このため集団が自分のために存在するのではなく,集団が自分を束縛しているという圧迫感が強まり,これを反映して,自由時間に対する渇望はますます切実なものとなっている。

市民運動が展開されざるをえないほどに,政治,行政は巨大化し非弾力化している。また,一部の国では,少数人種による暴動や学生紛争がみられるが,それはそれぞれ支配組織に対する抵抗として出ている。

都市化の進展に伴うコミュニティの崩壊,核家族化などもまた疎外感を強めている。各国は現在,精神的環境の改善というむずかしい問題に直面している。これの解決なしにはたとえ豊かさがさらにすすんでも社会的福祉の向上は望みえない段階にきている。

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市民権の内容拡大と政策の対応は経済の発展段階のほか,歴史的,社会的,文化的,地理的な特殊性および戦争のような外生的要因の有無によって国ごとに異なっている。

次の第2章では,先進国でほぼ共通してみられる諸現象と,各国がそれをどのように解決しようとしているかを概観する。第3章では,なお成長を中心にして福祉を実現していく段階にある発展途上国を取扱う。また第4章では,福祉といった観点から共産主義諸国についてみる。所得の公正な分配を第1義的にめざして市場機構を中心とする生産システムを放棄し,中央計画経済をすすめているわけであるから,社会保障的福祉はかなりの水準にあるが,ソ連・東欧諸国では近年,消費生活の充実に関心を向けるようになった。一方,中国は物質よりも精神を優先させた国づくりを行なっている。


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