昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
多角的通貨調整が成立してからほぼ1年を経過した。主要国の経済は,それまでの沈滞した気分を一掃して拡大過程にはいったため世界景気は1972年にひき続き73年もいちだんともりあがるものとみられている。
アメリカの成長率は72年に6.25%と予測されているが,73年にも同程度の成長を維持すると思われる。これにつれてカナダも6%強の水準をひき続き維持するであろう。ヨーロッパでは,フランスがひき続き好調で,73年の成長見通しは5.8%(政府見通し)となっている。西ドイツの成長率は,72年2.5%程度と高くないが73年には5%が見込まれている。イギリスの景気は年後半から持ち直しているが,政府は73年の成長見通しを5%とみている。
イタリアは3年ごとの労働協約改訂を無事きりぬけたあと,これから財政面からの景気のテコ入れが加わるにしたがって,戦後最大の不況から脱出することになろう。発展途上国は全般的にいって,先進国の景気回復の好影響をうけて,しだいに明るさをとりもどしてきている。とくに,一次産品価格の高騰によって輸出面で恩恵をうけている国では,高い成長が見込まれる。
物価は,世界的な景気後退があったにもかかわらず,十分に鎮静化しないまま強含みに転じている。このため,アメリカが所得政策を継続しているほか,ヨーロッパ諸国もインフレ抑制を強化するとともに,一部の国ではすでに来年度について中立的な予算を編成したり,あるいは公定歩合の引上げにふみきっている。
国際金融情勢は,たびたび波乱に見舞われ,ポンドはやむなくフロートするにいたったが,世界貿易はさして打撃をうけることなく,むしろ大きく飛躍した。すなわち世界貿易の伸びは71年に実質6%にまでおちこんだあと,ガットの試算によれば72年には各国の景気拡大を背景に実質7~9%まで回復し,名目では貿易価格の上昇がつづいているほか,ドル切下げもあって,15~20%と近年にない伸びを記録すると予測されている。
72年は国際関係の改善が大きく前進した年であった。ニクソン大統領の訪中,訪ソは東西の緊張緩和を決定づけるものであった。また,田中首相が9月中国を訪問し,長年の懸案であった日中国交正常化が実現したことは,アジアの外交,経済情勢に新しい時代を画するものである。さらにベトナムの平和的解決によってアメリカはじめ関係国の軍事的負担が軽減されるだけでなく,さらに経済構造のゆがみが是正され,経済力が上昇するという意味で,世界経済を大きく前進させることになろう。
世界経済が緊密化している今日,経済政策の国際的な調和がいっそう必要となってきている。来年は,とくに通貨改革の面で,あるいは関税引下げ交渉開始の面で大きな成果があるものと期待されている。
こうした中で,近年,世界各国で大きな関心事となっている福祉問題についても地域的には拡大ECの共同コミュニケにみるように,また世界的には国連の人間環境宣言にみるように新しい協調がはじまっている。
世界各国にとって,福祉の充実はこれまでも政策の究極目標であった。戦後各国で経済成長が第1義的に追求されたのも,福祉充実のためにほかならない。しかし,経済成長に伴なう種々の問題の発生から,現在では経済成長と福祉充実とが必ずしも同じでないことが強く認識されるようになっている。また地球的な汚染の進行,資源の有限性に対する認識の高まり,福祉の基本条件である世界平和の維持といった諸問題を解決していくために,国際協調の必要性が高まっている。
こうしたことから,世界各国で福祉が再確認され,改めて福祉に関する総合的な諸施策を推進することが大きな課題となっている。
世界経済が当面した新しい問題をのりこえ,人類の進歩をはかっていくためには,次のような諸課題の解決を迫られている。
第一は,経済成長の過程で生じたひずみを解消し,すみよい生活環境を整備していくことである。経済成長の過程で公害等種々のひずみが激化した理由は,資源配分と所得分配の両面において,国民の福祉を高める方向に適切に配分されていなかった点が大きい。したがって,今後経済成長を進めるにあたっては,単なる量的拡大を求めることなく,国民の福祉を着実に高めるよう,成長のあり方や,その成果の配分の仕方をよく吟味する必要がある。
第2は,科学技術の利用の仕方である。科学技術のめざましい進歩は,経済成長の原動力となってきたが,反面,公害や有害食品など社会に副次的な悪影響を及ぼしはじめている。科学技術の開発にあたっては,健康にして,かつ安全な国民生活を確保すべく,科学技術が経済,環境,社会等に与えるプラス,マイナスの効果を十分検討したうえで,開発ならびにその利用をはかることが大切である。
第3は,資源の利用の仕方である。これまでの経済成長は天然資源の大量消費の上に進められてきたが,今後は新しい資源の開発,資源の節約,資源の再利用をすすめることによって,人類にとって貴重な資源を,世界各国が協力して長期的に,有効に利用する姿勢が望ましい。
第4は,物質的な面にとどまらず,精神的にも充実した生きがいある社会の建設である。先進社会で次第に重大化している生きがい,疎外等の問題を解決し,人間性豊かな社会建設を進めていくための条件整備を進めていくことが大切である。
以上4つの課題を解決していくためには,先進国,発展途上国,共産主義国を通じての国際協調が必要であるが,これはまた福祉の基本条件である世界平和の維持にも,欠かせない要件である。
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わが国は,戦後,諸外国に例をみない急速な経済成長を記録したが,今や福祉という座標軸でみても,国力にふさわしい地位を占めるよう全力を傾けるべきときである。福祉への道は,他の先進国の例をみてもけっして平担ではない。とくに,わが国は限られた国土,そして過密というきびしい条件の中にあり,国民の力強い協力のもとに,福祉社会の建設を進めていかなければならない。
福祉社会の建設にあたっては,欧米に較べて立遅れが目立つ社会保障の充実,生活関連社会資本の整備を急がなければならないが,同時に,さきに述べた世界経済が当面している諸課題については,わが国も緊急な解決を迫られており,他の先進国との密接な協力のもとに福祉充実を進めていく必要がある。これとともに,今後も引続き共産主義国との経済文化交流,発展途上国に対する経済協力の推進を通じて,世界平和,世界経済の調和ある発展のために,積極的に貢献すべき時である。