昭和47年
年次世界経済報告
福祉志向強まる世界経済
昭和47年12月5日
経済企画庁
戦後における先進資本主義経済の成果は,完全雇用をめざした持続的な経済成長であって,それは経済政策の勝利ともいえるものであった。だが,1960年代末以降,各国経済は次のような諸困難-そのうちのいくつかは相互にからみあっている-にとりかこまれた新しい局面に突入した。
第1に,多数の国における失業の増大である。アメリカは,1970年にマイナスの成長を経験したあと,71年の回復もはかばかしくなく,8月,40年ぶりともいわれる抜本的な経済政策を断行し,72年に入ってようやく本格的な明るさをとりもどしたが,失業の解消は予定よりもおくれている。同様に,ヨーロッパでも,イギリスをはじめとして各国が近年になく高い失業率に苦慮している。最優先の経済政策目標が完全雇用であることにかわりはないが,いずれの国も景気拡大をいつまでも続けえない別の困難を抱いている。
それが,第2のインフレーションの問題である。先進国の物価は十分に冷えきらないうちに,景気回復とともに再上昇の気運にある。
現在,大多数の国が所得政策ないしそれに準じた物価抑制策を採用しているにもかかわらず,物価の上昇率がなお高い水準にあることは,いかにインフレ要因が根強いものであるかを物語っている。
雇用とインフレの問題は第3の国際通貨問題にも深いかかわりをもっている。アメリカが外国に負っている短期の債務が増大するにつれて,ドルの信認が低下,71年末,ついに多角的通貨調整が行なわれ,その一環としてドル切下げが行なわれたが,その効果は今のところ十分には出ていない。国際金融市場はしばしば,各国に滞留するドル資金の移動によって攪乱されている。
第4に,環境問題である,各国政府は,福祉水準を高めるためにGN Pの成長に努力を傾けてきたのであるが,自然の浄化作用を超える公害の発生はGNPの成長が福祉の増加と同じではないことを改めて意識させるようになった。これまでの生産価値重点から生活価値重点へと政策意識が転換している。
第5に,発展途上国の発展の問題である。戦後,豊かになったといっても,また外貨準備が累増しているといっも,それは先進資本主義国間のことである。一つの指標にすぎないが,成長のエンジンである輸出についてみると,発展途上国のそれは遅れている。一般的にいって人口の増加を考えると,経済発展の速度は満足しうるものではない。
困窮から脱しきれない発展途上国の燃えあがるナショナリズムは,世界経済の均衡ある発展という自明の理念とその現実との間に生じているギャップを照らし出している。このギャップをいかにして埋めるか,先進工業国の果たすべき役割はなにか,が改めて問われている。
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以上の諸点は緊急に解決を要すべき問題であるが,解決の決め手はみつからず,各国とも模索しながら前進しているというのが実情である。
わが国は,幸いにして第1の失業問題はこれまでのところまぬがれている。したがって第2のインフレ抑制が大きな問題となる。第3の国際通貨問題においては,わが国は最大の経常収支黒字国という特異な立場にある。また第4のいわゆる環境問題は,成長がこれまで急激であっただけに他の国よりもいっそう切実に意識されている。
この三つは決して相互に無関係ではない,インフレの抑制も福祉向上の重要な手段であるし,国際収支の是正もまたその面からとらえることができる。つまり福祉社会をめざすからには公害防止とか社会保障といった政策のみに着目するのではなく,い直されるべきである。
上述の第5の発展途上国の問題も見逃すことはできない,すでに十分な生産力と外貨を保有するわが国のこの面での責務はきわめて大きいものがある。わが国は地理的環境からみて,発展途上のアジア諸国とは切っても切れない関係にある。経済体制の異なる中国を含め自主性尊重の原則に立ってこれらの国の経済発展,福祉増大にいっそうの協力を惜しむべきではない。
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本報告は2部に分かれる。第1部は1971年12月の多角的通貨調整以後の世界経済情勢を中心としたいわば年間回顧の部分である。1年のことは1年のことではあるが,同時にそれは歴史のひと駒でもある。一般的な経済動向の前に,国際為替市場の動き,通貨調整の効果およぴ最近またやかましくなってきた多国籍企業の問題をとりあげるが,こういった問題が複雑な様相を呈しているのも,先に述べた諸困難のいくつかが,それぞれタテ糸として織り込まれているからであろう。
第2部では福祉問題をとりあつかう。環境問題やインフレ等を背景に各国で新しい福祉志向がみられるとき,これを広く概観することによって,福祉という世界の座標軸の中でわが国がどのような位置にあるかを考えてみたい。