昭和46年

年次世界経済報告

転機に立つブレトンウッズ体制

昭和46年12月14日

経済企画庁


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終章 展望と課題

先進諸国は一方においてインフレ問題に取り組みつつ,他方において景気不振ないし失業率増大と戦っている。今年ほど,主要国政府がそろって対内均衡の達成に苦心した年はなかった。とくに,アメリカ経済は回復過程に入ったものの,対内均衡にはほど遠く,政府は勢い国内重視に傾いていった。

このため,アメリカの対外不均衡はいちだんと拡大し,主要各国の対外的なポジションを攪乱させることになった。

自由圏のGNP全体の中で約4割を占めるアメリカが8月15日,思いきった新政策を打出したことは71年の最大のトピックである。それは対内均衡達成をいっそう鮮明にしながらも,同時に対外均衡の回復をもねらったものである。ところが,急激かつ大幅に対外均衡を回復しようとするあまり,ブレトンウッズ体制の現行ルールをあえて逸脱する態度に出た。ブレトンウッズ体制の発起人ともいうべきアメリカのこの挙は,アメリカ経済の当面する困難がいかに根深いかを物語るものである。

新経済政策にみられるニクソン大統領の決意は並々ならぬもので,減税措置を中心に,企業,消費者の自信をよび起こすことをねらいとしている。71年アメリカの実質成長率は結局のところ3%程度(当初目標4.5%)に止まりそうであるが,72年については5~6%と回復度合を強めるものとみられている。

他の主要工業国についても,程度の差はあれ,71年の実質成長率は予想を下回ることになりそうである。それだけに,たとえば,ECはアメリカの国際収支改善策のもつデフレ効果を深刻に考え,平価切り上げが過度になった場合は,国際競争力が低下し,雇用に悪影響を及ぼすとして警戒的である。

72年については,イギリスなどに景気立直りが期待されるが,西ドイツとその周辺諸国はさらに落ち込むとみられる。共通していえることは,平価調整間題を含めて国際取引の不安定がこのまま長びけば,景気回復はそれだけ遅れるとみられていることである。

今年の先進国の景気低迷は,来年の発展途上国の景気見通しを暗くしている。たしかに,石油産出国は長年の要求であって原油価格の値上げを実現し,経済発展の基盤を強化することができたが,他の一次産品国は逆に輸出価格の低落に苦しんでいる。工業化の過程にある国も含めて,発展途上国は総じて通貨,貿易体制の混乱から大きな打撃を受け,経済開発の将来を不安なものにしている。

世界貿易はブームを終えて,現在,伸び率鈍化の中にある。後半から世界貿易は再び持直すとみられていたが,通貨危機やアメリカの保護貿易措置はこの面でもっとも深刻な影響を与え,先行きを暗いものにしている。世界貿易(実質輸入)の伸びは70年の8.9%から,71年は60年代の平均ライン8%を割って6%前後りまで落ち込みそうである。72年については,国際取引が正常化すれば,上向きに転じようが,現在のまま不確定要素が続けば,低迷はまぬがれないであろう。

世界経済が再び活気をとりもどすためには,ブレトンウッズ体制の理念を基礎とし,通貨,貿易両面から現在の危機を,各国の協力によって乗りきることが先決である。現在,アメリカはドル信認の回復のために,インフレ抑制に所得政策を導入するといった思いきった転換を示すとともに,実質的なドル切下げと保護主義的措置を併用している。これに対して,景気停滞局面にある他の主要国は,いずれも手持ち外貨は豊富ではあるが,輸出という最気浮揚要因を犠牲にするゆとりは少ない。そこで,アメリカの窮境を救うことには異存はないにしても,負担が過度になることを避けようとしている。

こういった困難な局面に直面している世界経済は,現在次のような諸課題の解決を迫られている占第1は平価調整の早期解決である。主要国通貨が変動相場制に移行してからすでに数か月を経過しているが,このような変則的な状態が長びくことは,自由圏全体にわたる景気不振をいっそう深刻なものにするおそれがおる。各国は自国の利害,いきさつに固執することなく,協調の精神をもって,多角的な平価調整を早期に実現する必要がある。

第2は新しい工MF体制の設定である。現実の世界経済の要請に応じた新しいIMF体制の確立について,早急に検討すべきときである。焦点の第1は,為替相場の弾力化である。これまでの経験をふまえて,実効ある仕組を作らねばならない。焦点の第2は,基軸通貨どしての機能を停止したドルに代わって,なにをそこに据えるかということである。これまで国際流動性の増加は主としてドル流出,すなわちアメリカの国際収支赤字に依存しスきたが,今後その道が断たれるとき,世界貿易の拡大をまかなう国際流動性の問題は改めて問い直されることになろう。長期的な枠組を設定する問題であるだけに慎重でなければならないが,空白期間が長くなることは,世界貿易ひいては世界経済の成長を阻害することになるだけに,平価調整が一応の解決をみたならば,直ちに検討が始められなければならない。

第3はガット原則の再確立である。主要国で新たなる保護貿易措置の実施や経済ブロックの拡大がみられる。1930年代への逆もどりを思わせるこのような動きはきわめて危険である。まず最近みられるいくつかの国の保護主義的措置については一日も早くこれを撤廃させ,国際貿易を正常な状態に復帰させねばならない。また長期的には,各国の産業調整の遅れがその根底にあるので,その円滑な解決をはかりつつ,自由貿易原則を追求すべきである。

次に経済ブロックの拡大が,無差別原則に対し重大な脅威となっているので,本来のガットの精神を再確認すべきである。

第4は発展途上国に対する配慮である。先進国の経済成長鈍化が発展途上国の輸出を低迷させており,また,アメリカにおける対外援助削減の動きが経済援助の先行きに暗い影を投げかけている。こうした国際環境のなかで,発展途上国の債務累積問題はますます深刻化しつつあるので,これに対する先進国の一層の配慮が望まれる。

第5は東西経済交流の促進である。東西の国際緊張が一段と緩和してきている。国際分業の貫徹は世界平和を前提としていることに思いをいたせば,世界貿易発展の基盤がこれにいっそう強化されたといえるし,その結果としての東西経済交流の円滑化が逆に世界平和をいっそう強固にするともいえる。

第6はインフレ克服の努力である。インフレの防止なくしては通貨価値の安定ないし為替の安定はありえない。各国はいずれもインフレ抑制に大きな努力を傾けてはいるが,インフレを抑制しようとすれば失業が増加しがちであり,なかなか思い切った引締め措置がどりえず,また所得政策や構造政策も,産業や団体間の利害調整がむずかしいため,インフレ抑制の成果は十分に出ていないのが現状である。

しかしながら,世界経済が緊密化している現状にあっては,各国がその状況に応じた適切な対策をとることによって,インフレを抑制し,その国際波及を防ぐことがますます必要になってきている。

第7は国際協調の推進である。各国とも,内外均衡の矛盾がいっそう顕著になっている。対内的には失業とインフレ,そして対外的には国際収支の過度のアンバランス,これらを同時に解決するためには,各国は情報交換をいっそう積極化して相互理解を深め,これを基礎に協調ある政策をとる必要がある。

わが国は世界経済に占めるシエアを高めることによって,その動向にしだいに大きな影響を与えるようになってきた。先進国の一員として,他の先進国との協調を進め,発展途上国に対する配慮を深めることによって,世界経済の当面する以上のような課題の解決によりいっそう積極的な役割を果たすべきときである。


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