昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第3章 世界をおおう公害

5. 国際調整問題

公害は,水や空気を媒介とするところから,国境とは関係なく拡がる性質をもっている。したがって国境を接している諸国では自国だけでは問題が解決しない場合があり,最近このような事例が多くなってきている。しかし,公害問題はこのような汚染問題だけにとどまらず,国際調整を要する経済的な問題としてとり上げられるようになってきた。OECDなどの国際機関で考えられている具体的な問題としては,国際競争力問題であるが,本稿ではさらに先進国と発展途上国との間の問題としても考えてみたいと思う。

1)汚染問題

1969年6月,ライン川の上流で殺虫剤による汚染問題が起った。これを察知した西ドイツ当局はすぐさまオランダに対して水道を他の水源に切り替えるよう警告した。一方,イギリスの海洋漁業研究所はこの汚染された水の拡散状況の追跡調査を開始した。このように一つの汚染事件について,3カ国が協力し一斉に行動を起こすという事例は国際河川のみならず海洋や大気についても存在する。最近,北極海の汚染問題について米ソを含む6カ国の会議がもたれ,バルチック海やカスピ海についても国際的な検討が要請されている。しかし,現在ではこのような国際河川や局地的な海洋だけではなく,地球上の海域全体が汚染の危険にさらされているのである(第83図)。

また,最近とくに注目を集めているのは,SSTによる大気および成層圏の汚染問題である。これは,衝撃波,排気ガスによる大気汚染,成層圏における水蒸気の増加による異常現象の招来が指摘されている。現在のところスウェーデンでは領空の航行を禁止し,イギリスでも同様な考えが明らかにされ,アメリカでも強力な反対意見があるにとどまるが,その影響するところはこれら諸国に限られず,全世界に及ぶところから,今後国際問題としてとり上げるべき性質の問題であろう。

以上のように,地球上の海も空も全て汚染される危険が現われてきている。これらの問題は,1,2の国の努力ではもはや解決しえない。世界各河が協力してはじめて解決しうる問題なのである。

2)国際競争力問題

近年になって,公害が国際問題として大きくとり上げられるようになってきた一つの理由は,この国際競争力問題に関係しているとみられる。

公害問題は,本来,人間生活の質的豊かさを守ることを動機とするが,前節でもみたように公害防除によって種々の経済問題が派生する。その国際的な問題の一つがこの国際競争力問題である。

これは,公害防除を進める国の企業の製品価格が,そうでない国のに比べ割高となり,競争上不利となる。したがって,企業は極力公害防除による支出を避けようとするであろうから,防除の実効は上がらない。このような事態を招かないようにするためには,国際的な基準によって,公害防除が行なわれなければならないとするものである。この問題の根底には,公害防除を怠っている国の輸出は,不公正競争を行なっているものであるという考えがひそんでいるのである。

今後は,各国ともかつてのソーシアル・ダンピングのように,公害防除の怠慢をもって非難される可能性がでてきているといえよう。このように道義的な面から公害防除の努力が要請されるばかりでなく,輸出面からも必要となってくる。例えば,自動車の排気ガス規制にみられるように,その国の水準に達しない場合には輸出ができなくなる。これは,必ずしも国際競争力問題とはいえないが,国際交流の進展にともなって公害防除が要請されてくる点を注意しておく必要があろう。

また,公害防除と国際交流の進展の両者から,国際分業の観点をさらにすすめておくことが望まれる。これまで自由財と考えられていた大気や水についても,そうでなくなってきた。ということは,地球上の自然資源が稀少となってきたことを意味する。したがって,今後はこの全資源をもっとも有効に利用するような配分が考えられねばならなくなっているといえよう。

3)発展途上国への資本進出

第3節で詳しく述べたように,先進国と発展途上国との間には公害問題に対する大きな意識のずれがある。発展途上国では「公害問題に神経質になっていては工業化は進められない」という観点がいぜん強い一方,先進国では公害規制はますます強くなりつつある。

アメリカで70年9月22日「大気汚染防止法案」が上院を通過したが,この規制内容は非常に厳しく化学業界などでは,アメリカではもう生産できなくなるのではないかという声が出ているといわれる。わが国においても,最近,公害,過密問題に関連して海外立地に対する関心が強まっている。

発展途上国向けの直接投資は,すでに400億ドル(1970年末)に達するものとみられる。この投資による生産額は約800億ドルと推定され,発展途上国の生産に占める割合は非常に高く,重要な意味をもっている。しかも,この直接投資は60年代初めには一時停滞していたけれども,最近活発になってきており,この傾向がつづくものとみられる(第84図)。業種別には,全体としては石油,鉱業が1/2を占めており,地域別には中近東ではこの両業種がほとんどすべてであり,南ヨーロッパでは3割弱となっている(第68表)。これまでの発展途上国への直接投資は資源の賦存量との関係もあって,石油,鉱業が重要な地位を占めているが,これらの業種は,将来石油化学などの公害型産業の進出にむすびつきやすいものとおもわれる。また,先にみた先進国や発展途上国の情勢からみても,製造業における公害型産業の進出傾向も強まるものとみられる。このような情勢に対しては,国連や先進国で指摘されているように,発展途上国が先進国の轍を踏まないようにすることが是非とも必要であろう。

この点については,すでに先進国の前例があり,事前に成功例と失敗例を充分検討することによって避けられるであろう。例えば,フランスやソ連のように工場の設置について厳しい規制を行なったところではその部分に関する公害問題は比較的少ない。自動車の排出ガス問題で有名なロサンゼルスでは,都市交通は自動車のみに頼っており,市電や地下鉄がないところから問題が大きくなっているとみられる。このような例を参考にし,都市計画や事前の規制など適切な措置をとりつつ先進国産業の進出を受け入れるならば,現在の先進国のような問題は起らないであろう。そして,このような方向は,世界経済全体としての調和ある発展を期待させるものとおもわれる。

4)情報交換の必要性

最後に国際協力を必要とする重要な問題として,情報交換を上げておきたい。この夏,東京で起った光化学スモッグは,アメリカでは1950年代に経験ずみであった。水銀の害毒については,日本の場合が広く参考にされているという。

このように,情報の交換は,公害発生に対して適切な措置をとり,さらに進んで未然に防ぐためには極めて重要であり,この点は先進国に限らず発展途上国においても同様である。したがって,国連をはじめとする国際機関においても,この情報交換は大きな特色となっている。情報交換は,国際機関や国際会議ばかりでなく,2国間においても盛んに行なわれるようになってきた。一例をあげれば,アメリカでは,日本をはじめとして,西ドイツ,フランス,ソ連,カナダと情報交換や共同研究を行なっている。

スウェーデンでは1972年の「人間研究に関する国際会議」にモニタリング・システムの提案を行なう予定であり,アメリカも環境問題全般を組織的に首尾一貫してとり扱う国際機関を考えているが,しかし現在のところ,情報収集を総合的に行なっている機関はない。まだ,このような動きが始まったばかりで,それを望むのは無理かもしれないけれども,国際公害情報センターのような機関が一日でも早く設置され,世界の公害情報が迅速かつ適確に把握できるような体制が出来ることが望まれる。


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