昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第3章 世界をおおう公害

4. 公害の経済的側面

公害は人間の身心および社会的ないし私的な財産に対して脅威を与えるところから,その関連する分野は広く,社会のあらゆる部門に種々の影響を及ぼす。経済の分野においてももちろんその影響は大きくはかりしれないものがあるが,ここでは問題点を限定して,公害防除に要する費用の負担方式並びに公害防除と経済成長との関連の2点について各国の事例に即しつつ考察してみたいと思う。

(1)合理的な費用負担方式

前節でみたように,公害対策は先進主要国の重要な課題となっている。しかし,いうまでもなく,これには多額の経費が必要である。たとえば,アメリカでは今後5年間に少なくとも713億ドル要するものと考えられ(第66表a),GNPに対する割合も1%を超えるものとみられる。また,この費用は主として投資を対象としているが,イギリスの大気汚染対策費からみると管理費も相当要する(第66表b)ものと考えられるところから,国民経済に与える影響も過少評価はできないであろう。

この費用は,国民経済を構成する主体のいずれかの負担となる。負担者については,理論的には種々の方法が考えられるが(第82図),欧米諸国では原因者負担が常識となり,わが国においてもこの点は認められるようになっている(第81図並びに公害防止費用研究会(厚生省)および産構審産業公害部会費用負担小委員会(通産省)中間報告)。第81図はアメリカおよび日本における大企業のトップを対象とした公害防除費用についての考え方の調査結果であるが,これでみると,公害防除のためには利潤減少もやむをえないとする考え方が支配的となっている。こうした背景には近年における公害問題についての世界的な認識の高まりのなかで,企業自身がこれに対する社会的責任の重大性を自覚しつつあることが大きく反映しているといえよう。しかし費用負担ということになると租税面での優遇や補助金等に対する要請は強く,企業独自の努力と答えたものはきわめて少ない。これらの調査結果は公害の直接的な原因者としての企業が発生者責任という考え方にしだいに移行しつつも,全面的な公害克服の負担については必ずしも積極的でないことを示しているものといえる。企業の求める助成措置についても,アメリカではほとんどが租税上の優遇をのぞんでいるのに対し,わが国では補助金などの直接的な助成を求める声が強いという特徴もある。

この費用負担の問題については,国により,経済主体により意見を異にすることは当する費用の調達方法としては,①企業内部での処理一生産性の向上により費用分を吸収するかまたは利潤の減少などによる②政府などの補助金による③価格に転嫁するなどがある。

以上のように,公害防除における対処の仕方や費用の調達方法については,多くのケースが考えられる。各企業は法的規制やその他の諸条件を考慮して,もっとも合理的な方法を選ぶであろう。

その際,重要なことは,企業の選択が国民経済的観点からみて合理的でありもっとも好ましい資源配分になることである。たとえば,大気汚染対策については,わが国も含めて各国とも汚染度を一定の基準以下に抑える方式を採用している。水汚染対策についても,欧米諸国では,河川の状況によって大気汚染と同様な方式の流水基準型(環境基準による方式)と放流水基準型(排出基準による方式)とを使いわけている。前者は河川の水質を一定に保つことを目的とし,後者は排水の汚染度を一定以下に限定しようとするものである。河川の流量はつねに変化するところから,放流水基準型では原則として渇水期を基準にせざるをえないことにより,必要以上に厳しい規制が行なわれることになり,経済的なロスが大きくなる可能性がある。また,西ドイツの対策のところで紹介した河川組合方式などのように汚染量に応じて費用を徴収し,この収入で汚染の除却を行なうなどの方式は,水汚染問題に限らず,公害問題全体に対する対策として検討に値しよう。

(2)公害と経済成長との関係

公害が急速な経済成長のなかで生じてきたところから,現在両者の関係が見直されているが,以下には,主要国並びに国際機関におけるとり上げ方を述べることとしたい。

国連では,70年3月に「人間環境に関する国連会議」のための第1回準備委員会が開催され,この72年会議でとり上げるべき問題点のアウトラインと各国がとるべきアクションについての勧告を行なった。この内容はかなり詳細にわたるが,明白な形で成長との関連が述べられているのは汚染規制コストが発展途上国の経済発展に及ぼす影響だけであって,わが国で問題となっている先進国の成長に与える影響は問題とはなっていない。

OECDでは,1970年代の先進国経済が高度の技術進歩と生産性の向上に支えられ,60年代よりもむしろ成長率を高めるとしながらも,政策目標としては成長それ自体よりむしろ福祉に重点をおくべきであるとしている。さし当り急速な経済成長から生じたひずみとしての環境問題に焦点をしぼり,これを資源配分を中心とする長期経済政策の角度からとらえようとしている。

ヨーロッパ諸国のうち,西ドイツで連邦公害規制法(71年半ばまでに制定の予定)の制定に際して,工場許可の際に経済発展に対応するものであることを求めている以外には,公害と経済成長との関連については問題になっていないように見受けられる。なかには,公害防除産業の発展を通して,経済成長を促進するという考え方も存在する。たしかに,完全雇用にない産業ではこのような面は考えられるが,ヨーロッパの場合は公害防除の歴史が古く経済活動の中にある程度位置を占めていることによるものとおもわれる。一方,アメリカの環境白書では,社会は,汚染防止を含めた各種サービスを必要としており,これはGNPをふやすことによって確保されるとし,経済成長をおとすことは多くの問題を発生させるものであるとしている。さらに,この白書は,今後予想されるGNP構成の注目される変化として次の2点を指摘している。まず第1に,公害防止費が増加し,資本係数の増大によって将来GNPの増加率を小さくするであろうこと。第2には,サービス部門のGNPに占める割合が高まる結果,GNPの増加による環境悪化は少なくなるはずであることなどがそれである。

たしかに,公害防除が積極的に行なわれることによって,成長率やGNP構成に影響を与えるであろう。資本係数の増大による成長率への影響は現在正確な数値が計測されておらずどのていどの影響を与えるか不明である。一方,公害防除による需要構造の変化はかなり大きなものになるとおもわれる。すなわち,まず第1に,公害防除のための需要が増大する結果他の部門から公害防除産業部門への資源移転が生ずる。第2に,一般に公害型産業の製品価格が上昇するであろうから,これに対する需要が減少する。第3には,公害防除措置によって,これまで公害で受けていた損失(洗濯代,医療費など(第67表))が少なくなるであろう。費用負担者と受益者とが同一人である場合もありうるであろうが,現状では異なるのが通例である。したがって受益者は損失を免がれることによって支出の対象を変えることになるであろう。

以上,公害が経済成長に与える影響についての考え方をみてきたが,結局この両者については公害防除も含む全体の福祉の観点から調和のとれた均衡点が存在するものと考えられ二者択一的にとらえることは誤りであろう。


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