昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第1部 1970年の世界経済動向

第3章 小康を見せた国際金融情勢

3. 国際通貨体制の再検討

1967年秋以来のヨーロッパ通貨不安は,フラン,マルク平価調整をもって,一応小康状態に入った。こうした通貨不安および平価変更の経験から為替相場制度についても検討すべきではないかとの考え方が出てきて,昨年以来I MFを中心に検討が加えられてきているが,主要国通貨の平価調整も一巡し,国際通貨情勢も比較的平穏になってきたため,最近では,その緊急性,重要性は弱まってきている。

さらに,IMFをはじめとして為替相場の弾力化については慎重な態度をとる国が多く,今秋のIMF総会でも検討の推進を確認したに止まった。

なお,カナダは70年6月以降再び変動相場制を導入したが,これに対し様々な評価はあるものの,一応の成功をおさめているとみる向きもある。

(1)カナダの変動相場制移行

カナダの国際収支構造は,貿易収支黒字を上回る貿易外収支赤字により経常収支が慢性的赤字を計上する一方,資本収支は主としてアメリカからの大規模な長期資本の流入により黒字を続け,この結果基礎収支は大幅な黒字を計上してきた(第23表)。特に,70年に入ってから輸入の伸び悩みに対して輸出の好調が続き,70年上期は輸入の前年同期比2.8%増に対し,輸出は同11.4%増となり,この結果貿易収支は13億ドルの大幅黒字を計上し,経常収支も黒字化したとみられる。こうしたことから,投機的な短資の流入があいつぎ,短期資本収支は純流入に転じた。これらの動きを反映して,金・外貨準備は70年上期には12億ドルもの大幅増加を示して期末には43億ドルという記録的水準に達した(いずれもSDRl.43億ドルを含む)。こうした情勢を背景に,カナダは70年6月1日再び変動相場制に移行したがこれは,1950年10月から61年6月までほぼ10年にわたって実施された変動相場制についで戦後2度目のものである。

今回の措置も前回と同様,主として,アメリカからの「輸入されたインフレーション」による内外不均衡を解消することを目的としている。すなわち67年末以降,カナダでもアメリカの影響を受けてインフレが高進したが,政府はこれに対し,金融財政引締めによって抑制をはかって来た。この結果,公定歩合は8%の高水準にまで達したが,これは金利差を求める短資の流入するところとなり,国内流動性は異常に増大した。また,この引締めによって国内需要はやや鈍化したが,輸出は高水準の伸びを続けた為,総需要はなかなか鈍化せず,この面からのインフレ圧力も強かった。他方,4月には失業率が5.6%に上昇したこともあって,引締めに対する批判も強まっていた。こうしたジレンマを解決する為に変動相場制がとられたと思われる。

この措置によって,当初切上げを見越して急上昇した為替相場も比較的短期間で平価の約5%高に落着き(平価は1カナダドル=92.5米セント),第2四半期にみられた短資の大規模な流入も止んだ。この場合の変動相場制への移行は実質的切上げであるが・このことから予想された対米均衡の回復は予想以上に緩慢であり,輸出は依然として高水準を続け,輸入も逆に減少傾向を示している。この結果貿易収支は依然大幅な黒字を続けており,金・外貨準備も8月末には46億ドルに達した。

反面,変動相場制移行のあとインフレ抑制にはかなりの効果をあげており,GNPデフレーターの上昇率は69年下期の年率4.8%から最近では3%に鈍化したとみられ,67年末以来の引締め政策の浸透に加えて輸入価格の低落というデフレ効果もインフレ抑制に寄与しているものと思われる。

こうした国内経済の鎮静化が進む中で,金利差を求める短資に対する対策もあって,5月,6月,9月,11月と4回にわたって公定歩合は0.5%ずつ引下げられ,8%から6%へ急速に低下した。さらに6月1日には,それまで予定されていた消費者金融の規制案が撤回されるなど,変動相場制移行後は引締め緩和の方向がはっきりと打ち出されている。

しかし,IMFはこのカナダの変動相場制移行にかなり神経質になっており,できる限り早い機会に固定相場に復帰するよう希望している。西ドイツが昨年の平価切上げ前に過渡的に変動相場制をとった例もあり,ほかにも固定相場制を離れる国が増加することを懸念したためである。これに対してカナダ政府は今回の変動相場制を当初より一時的な措置としており,国際収支の均衡回復が確実となり,国際貿易および金融情勢の見通しが明るくなれば早急に固定相場制に復帰するとしている。

(2)為替相場制度の検討

現行のIMF体制は「調整可能な固定相場制」を基本原則の1つとしている。しかし,この基本原則に対しては,主として研究者の間から種々の批判が行なわれ,その改革案もいくつか提出されてきた。しかし,最近におけるこの問題への関心の高まりは,単に理論的興味というよりは,実際的な政策運営上の問題として認識されているという特徴がみられ,IMF自身も為替相場制度の弾力化の可能性について検討を行なうまでになっている。

為替相場制度の弾力化といっても,政府当局の介入を全く許さない無制限の自由変動相場制から,為替変動幅を現在よりも若干拡大するにすぎないかなり制約されたものまで多くのパターンが含まれようが,現在,IMFが中心となって検討をすすめている具体案の方向は,ほぼ,つぎの3つにしぼられてきている。

1)平価の迅速な調整

これは現行の調整可能な固定相場制が,しばしば,国際通貨危機を招いたのは,制度そのものに欠陥があったのではなく,むしろ,その運用方法が不適当なためであるという考え方に基づくものである。具体的には,現行制度では平価変更は基礎的不均衡の是正を目的とする場合のみ認められるということが基本原則であるが,この範囲で必要に応じ平価をより小幅かつ漸進的に変更することを容易にして,従来ややもすると平価変更に際してみられた不必要な遅滞を避けようとするものである。ただし一定の形式に従っての自動的な変更方式は排除されている。

2)変動幅の小幅拡大

現行の平価変動幅は上下各1%と決められているが,これを国際的短資移動の安定化に有効であり,かつ各国の経常取引きに重大な影響をおよばさない程度に拡大しようとするものである。

しかし,具体的にどの程度の変動幅が適当であるかについてはまだ意見の一致をみていないが,これまでのところでは,せいぜい2~3%であるとされている。

3)平価遵守義務からの一時的離脱

平価変更にあたって,新平価設定までの過渡期などについて一時的に変動相場制を導入するもので,69年9月,西ドイツが平価切上げに先だって約1カ月にわたって実施した例がある。

過去において各国が平価遵守義務から離脱することもやむをえなかった例外的な場合もあるので,協定を改正して一時的離脱を認める権限をIMFに賦与してはどうかという考え方である。

IMFの立場は当初から固定為替相場制を維持するという基本的態度を貫いてきたが,69年以降理事会を中心に為替相場制の弾力化の可能性について検討を加え,最近,IMF総会に先だって「国際収支調整における為替相場の役割」と題する報告書を発表した。この報告書にもうかがわれるように,その立場は固定為替相場制度の基本原則は維持し強化すべきであり,弾力化するとしてもあくまでも現行制度の不十分さを修正ないしは補完するという範囲内のものであって,一部の論者が主張するような全面的改革はこれを拒否する態度をとっている。為替相場制度の弾力化が上に,あげたようないずれかの形で実現するとしても,それまでにはかなりの時間がかかるものとみられる。


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