昭和45年
年次世界経済報告
新たな発展のための条件
昭和45年12月18日
経済企画庁
第1部 1970年の世界経済動向
第2章 アメリカの景気後退とその影響
先に述べたように,今回の景気後退における特徴の1つは,アメリカの輸入が減少しなかったことである。これまでの景気後退においては,景気のピークから底までの間に8~10%程度の減少がみられる(第11図)。第2部第2章インフレの原因のところで検討するように(第46表),アメリカの輸入が各国の需要増加に与える影響にはかなり大きいものがある。50年代には,この輸入の減少を通じて各国の景気不振がシンクロナイズされ世界経済に悪影響を与えたが,60年代には,このような事態はほとんどみられず,高度成長を達成することができたのである。
昨年から今年にかけて,世界の景気維持の主役は西ヨーロッパおよび日本であったが,この両者においても景気過熱などの理由から引締め政策が行なわれており,もしアメリカの景気後退の結果,輸入が減少したとしたら,各国の景気鈍化が重なり,世界経済にとって少なくない影響を与えていたかもしれないのである。
それでは,アメリカの輸入が,従来のパターンと異なり,どうして減少しなかったのであろうか。それは,景気後退が比較的軽微であったことのほかに,アメリカ商品の国際競争力の低下や消費構造の変化などによるものと思われる。
アメリカ商品の国際競争力の低下を示すものとして,貿易における相対価格が1967年ごろより上昇していることがあげられる(第10図)。第14表にみるように,今回の景気後退期における品目別輸入動向をみると,食料品(12.1%増),化学製品(10.2%),機械輸送設備(自動車を含む(8.9%))の輸入増加率が高いが,これはアメリカの価格競争力が弱まったことも反映しているとみられる。
次に,輸入増加を促がした要因としては,前節でみた個人所得の増大による非耐久財需要の増加が考えられる。品目別輸入でみても,この景気後退期に,前述のように食料品が最大の伸びを示したほか,農業製品が11.8%増と高い増加率を示していることによって裏づけされている。
このほか,ケネデイ・ラウンドによる関税の引下げや,先進諸国の所得水準の向上によるアメリカとの所得格差の縮小もまた輸入を促進した要因と考えられよう(昭和44年度年次世界経済報告参照)。
このような諸要因によって,景気後退にもかかわらずアメリカの輸入が増大し,世界経済に与える悪影響は小さかったと思われる。これは,地域別にみるとより明瞭である(第11図)。ヨーロッパ地域でこれまでの景気後退期とは異なり,対米輸出が横ばいにとどまったほか,他の諸国とくにカナダ,日本の伸びが高く,また発展途上国の中には伸びを高めている国さえあり,発展途上国全体としては過去の景気後退期にくらべれば影響は少なかったといいうるであろう。また,今回の景気後退の一つの影響として,世界の高金利是正の動きをもたらしたことは,見逃せないであろう。もともと今回の世界的高金利現象をもたらした要因としては,アメリカの資金需要が大きな役割を果たしていた。すなわち,68年から69年の引締め過程において,アメリカの銀行はヨーロッパの支店を通じてユーロダラーを取りあさり,69年初から11月のピーク時までに実に90億ドルも取り入れた。この大量需要の結果,ユーロダラー市場の金利が上り,それが魅力となって西ヨーロッパその他諸国の資金が当市場に流出して,主要国の金利を引上げたのであった。したがって,景気後退の進行によって資金需要がゆるみ,ユーロダラーに対しても取り入れから返済に転換するにしたがい,世界の金利低下をさそったことは第1章にみたとおりである。この金利低下によって主要国の公定歩合の引下げも可能となり,景気停滞ないしは鈍化傾向を示している諸国にとって福音となったのであった。
以上のように,世界経済に対する悪影響が小さかった反面,アメリカでは輸入品のシエアーが急速に上昇しているととろから,輸入制限運動の高まりがみられるようになってきている。この運動は,現在活発に行なわれており,その影響するところも大きいとおもわれるので,いま少しくわしくあとづけてみることとしたい。
アメリカの法人利潤は,1969年第3四半期から低下しはじめ,景気が底入れした70年第2四半期でもなお減少している。こうした減益圧力とニクソン大統領の一部商品輸入制限の選挙公約もあって,企業その他の保護貿易主義が台頭,輸入制限を骨子とする70年通商法案が第91議会に提出されている。
不況圧力が働くと保護貿易主義が強まる例は1957年の景気後退時にもみられた。当時,不況のはげしかった繊維,鉛,亜鉛,石油は輸入割当を獲得し,また「国防上の理由」によって重電機などの輸入を阻止したケースもあった。
70年通商法案による輸入制限はより広範囲にわたっており,その被害をうける可能性のある国は先進国のみにとどまらない。もし,他の諸国で報復措置をとるようなことがあれば,世界経済の発展にとって大きな障害となるであろう。