昭和45年
年次世界経済報告
新たな発展のための条件
昭和45年12月18日
経済企画庁
第1部 1970年の世界経済動向
第1章 1970年の世界経済-概観
1969年は世界的にインフレと高成長の年であったが,1970年になるとアメリカを中心に成長率が鈍化する半面,インフレは容易におさまらず,むしろ物価上昇率の加速化をみた国が多かった。
いま,OECDの推定により,OECD主要7カ国のデフレーターをみると,1958-67年間の平均2.5%に対して,68年3.7%,69年4.7%と次第に高まり,さらに,70年上期には5.75%高まったと推定されている。これは,朝鮮動乱以来の上昇率である。
また,OECD14カ国の消費者物価について,70年上期の前年同期比上昇率をみても(第8表)69年の上昇率にくらべて,ほとんどの国で68年と同じかまたはむしろ高まっており,5~6%という異例の高率に達する国が多くなった。しかも,アメリカ,イギリスのように,70年上期は景気停滞とみられる国で,消費者物価の上昇率がむしろ高まっており,景気後退下のインフレとして注目された。
卸売物価の動きにも同様な現象がみられ,第9表に示されたOECD14カ国についてみると,69年にすでに高かった卸売物価の上昇率は70年上期にアメリカ,カナダを除けば,ほとんどすべての国でさらに高まっている。しかも卸売物価の上昇率が消費者物価のそれよりも高い国がますます増えてきた。すなわち,表の14カ国のうち69年は4カ国,70年上期は8カ国で,卸売物価の上昇率が消費者物価のそれを上回った。
こうした今回のインフレの特色は,欧米主要国の好況局面力く時期的にほとんど重なり合ったため(68-69年上期)互にインフレを輸出し合い,インフレの国際的波及がかかってないほどみられたことである。68~69年の世界的な好況局面でアメリカが最初にインフレ圧力に見舞われ,欧州がそれにつづいたわけであるが,その後はほとんどすべての国が同時的にインフレ圧力に苦しめられた。69年下期から70年にかけてはアメリカ,イギリスが後退,欧大陸がブーム的好況という明白な景気局面のずれがみられたが,不況下の米英でインフレがおさまらなかったため,インフレの同時的進行と国際的波及の点ではあまり変ることがなかった。
なお,このインフレの国際的波及に関連して,西ドイツのマルク切上げが西ドイツへの依存度の高い近隣諸国に物価高の波をもたらしたことも,指摘されている。
次に国内的にインフレ要因をみると,68~69年の景気上昇期に適時に予防的措置が採用されなかった(アメリカの増税や西ドイツのマルク切上げなど)ことから,超過需要が発生してそれが物価上昇をもたらしたわけであるが,69年下期から70年にかけては超過需要が漸次抑制される半面,コストインフレ的色彩がつよまってきた。その典型的な例はアメリカ,イギリスであるが,フランスや西ドイツでも需要インフレと並んでコスト・インフレ要因が70年に強まっている。
コスト・インフレの原因となる賃金の大幅上昇は最初まず,68年夏のフランスで発生し,それがフランスの国際収支赤字と物価上昇をひきおこしてフラン切下げの原因となったわけであるが,69年秋になると西ドイツで2年つづいた企業利潤の大幅上昇を背景に賃金の爆発的上昇がみられた。また,それと相前後してイタリア,スエーデン,オーストリアベルギー等の諸国でも同様の現象がおこった。国際化時代における賃金上昇の国際波及の姿がそこに窺われる。
第10表によると,多くの国で69年の賃金上昇率が68年を上回っていたが,70年上期の賃金上昇率もアメリカ,カナダを除くほとんどすべての国で前年のそれを上回った。とくに賃金上昇率が10%を超えた国が表の14カ国のうち7カ国に達しており,なかでもイタリア(21.6%),西ドイツ(15.5%),スエーデン(15.0%)などの賃金上昇率が大幅であった。しかもこれらの国では多くの場合生産性の伸びが70年にはいって鈍化したから,賃金コストは,当然上昇したことになり,コスト・インフレ圧力が強まることになった(第3図)。