昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2部 世界経済の発展と国際交流の増大

第4章 企業活動の世界化と産業政策の変化

1 企業の海外生産活動の進展とその特色

(1)企業の海外生産活動の比重の増大

前述のように,1960年代には企業の海外直接投資が著しく増加したが,このことは企業活動の世界化が一段と進展したということでもあった。1960年代の企業の多国籍化の進展には著しいものがある。アメリカ企業の西ヨーロッパに対する進出件数を50年代(1946~1957年)と60年代(1958~1966年)を比較してみると,第69表に示したように年平均の進出件数で60年代が50年代の3.8倍と著しい増大を示している。また,イギリス企業の他地域に対する年平均の進出件数も60年代には50年代の約1.8倍の増加を示している。

このような企業の海外生産活動の進展を反映して,アメリカでは鉱工業部門の大企業100社のうち半分以上に達する62社がアメリカ以外の6カ国以上で生産活動を行なっており,アメリカ以外の大企業では100社のうち49社が自国以外の6カ国以上で生産活動を行なっているといわれている。つまり現代では欧米の大部分の大企業にとって海外での生産活動に従事することは,日常業務活動の一部と考えられるまでになってきているといっても過言ではない。

このような,企業活動の世界的拡大によって1960年代にはその海外生産の世界経済における比重は急速に高まってきている。西ヨーロッパ諸国に進出しているアメリカ系企業とアメリカに進出している西ヨーロッパ系企業の年間生産額の推定値(海外の直接投資残高1米ドルにつき,年間約2米ドルの生産がなされるものと仮定した)の合計額と両地域相互間の貿易との60年代の伸びを比較すると,この10年間の貿易額の平均の年間伸び率が約7%であったのに対し,この期間の企業の海外生産(=直接投資)の年間の平均伸び率が約15%と前者をはるかに凌駕したため,貿易額に比べ海外生産が著しい増加をみせ,1967年には,この両地域での企業の海外生産額は,両地域相互間の貿易量の約3倍に達したものと推定される。(第47図参照)

また,1966年末のDAC諸国全体の対外直接投資残高は約896億ドルと推定されているが,これは約1,790億ドルの海外生産額に相当する。他方,1966年のDAC諸国全体の貿易量(輸出)は約1,053億ドルであった。これらの数字は,世界経済の中で企業の海外生産が国際貿易に相当する地位を占めつつあることを示すものであるといえよう。

(2)多国籍企業の発展

1)多国籍企業

一般に海外での生産活動を開始した企業は海外での活動の割合を増やしていき,ある一定の段階にまで達すると,多国籍企業(Multi-National Company)と呼ばれるようになり,「世界全体を1つの経済とみなし,その上で数多くの国の資源を利用して,最大の成果と最大の収益をあげる」ことを目的とし,国内企業と質的に異なる行動のパターンをとるようになるといわれている。

といっても,これには具体的な基準はないが,ここでは一応企業の海外活動の全体に占める割合(海外での販売の比率による,この比率が入手できない場合は所得,資産,雇用,生産などの比率による)が25%以上に達している企業を多国籍企業とみて,その現状を概観してみよう。

アメリカの大企業500社の中から,この基準によって多国籍企業を選ぶと,その数は全部で81社(1965年)に達する

その内訳をみると,これらの多国籍企業の中で海外活動の比率が50%以上に達しているものが11社あり,全体の13%を占めている。アメリカの企業の中で世界化が最も進んでいるのは食品関係のインターナショナル・パッカーズ社であり,同社の全売上の90%は海外の売上であり,全資産の55%は海外にあった。これに,ロハーズ社,スタンダード・オイル社,H.Jヘインズ社,インターナショナル・ミリング社,ITT社などが続いている。最も企業数の多いのは30%台の34社で全体の約4割を占めている。ままた海外活動の程度が40%台であるのは20社あり,全体の4分の1を占めている。(第70表参照)

一方,ヨーロッパに目を移し,アメリカの場合と同じ基準で多国籍企業をフォチューン誌の上位200社から選ぶと全部で48社(1967年)に達する。これらの多国籍企業の国別分布をみると,フランスが11社,ドイツが8社,イギリス,スイスがそれぞれ7社,イタリア,スウェーデン,オランダがそれぞれ4社,ベルギーが3社となっている。これらの多国籍企業にはほとんどのヨーロッパの代表的企業が含まれており,1967年のフォチューン・リスト上位40社のうちヨーロッパ企業は全部で31社であるが,これらの企業のうち約7割に相当する21社がこの多国籍企業に含まれている。ロイヤル・ダッチ・シェル社,ユニルバー社,ブリティッシュ・ペトロリウム社,ICI社などがその代表的なものである。

2)多国籍企業の海外生産活動

これらの多国籍企業は世界のいたるところで生産活動を行なっている。

たとえば,アメリカの3大自動車会社はカナダ,ヨーロッパ,低開発国を中心とするその他の地域など世界中で生産活動を行なっている。ことに,ヨーロッパでの生産活動は盛んであり,ヨーロッパ各国の乗用車生産台数に占めるこれらのアメリカ.系企業の生産の割合は,イギリスが53%(1967),西ドイツが32%(1967),フランスが約16%(1967)となっており,これら3国を平均すると約33%に達する。

また,化学部門においてはヨーロッパの企業もアメリカに進出して生産活動を行なっている。電算機については,アメリカのIBM社がヨーロッパを中心に海外での生産活動を行なっており,大規模な研究所をフランス,ドイツ,オランダ,イギリス,オーストリアスウェーデンの6カ国に設置し,海外での研究活動を行なっている。

このIBM社のアメリカおよび海外で生産された電算機は,西ドイツの1967年末の全設置台数の56%を占めており,その比率は,フランスの場合43%,イギリスの場合26%ベネルックスで45%となっている。(第71表参照)

先述した多国籍企業129社の業種別分布をみると,概して成長分野への集中傾向が強いようである。アメリカの多国籍企業の場合も,ヨーロッパの多国籍企業の場合も,化学,機械(電機を含む),自動車の部門の割合が最も大きい。特にヨーロッパの場合は化学の分野における多国籍企業が,19社もあり,全体の約4割を占めているが,食品,資源開発の部門の多国籍企業の数は比較的少ない。(第72表参照)

このような傾向はこれらの成長部門において技術革新のテンポが最も速く,このことが世界的にこの分野の産業構造を大きく変化させるとともに,これらの部門の需要を急速に伸ばしたため,この分野で海外生産活動が最も盛んに行なわれるようになったためと思われる。

3)多国籍企業の規模別特色

以上のように多国籍企業は,概して大企業が中心であるが,同じ大企業であっても,アメリカ・とヨーロッパではその規模別分布に相違がみられるようである。すなわち,アメリカの場合は企業の世界化が規模別にみてかなり広い範囲に及んでいるが,ヨーロッパの場合は一部の巨大企業に集中していることである。

前述のアメリカおよびヨーロッパの多国籍企業のそれぞれの地域における規模別分布をみるため,アメリカの大企業上位500社とヨーロッパの企業上位200社をその売上高によって規模の大きい方からそれぞれ5つのグループに分け,この両方の地域における多国籍企業の規模別分布をみると,ヨーロッパの多国籍企業の規模別分布の方がアメリカの多国籍企業の規模別分布に比較して規模的に上位のグループの方へ集中していることがわかる。アメリカの多国籍企業の場合,最も大きなグループに属する多国籍企業の全体に占める場合はアメリカの場合は33%であるが,ヨーロッパの場合は,46%となっており,ヨーロッパの方がアメリカに比べて高くなっている。(第48図参照)

ヨーロッパの場合は,Iのグループに属する多国籍企業は21社で最も多く,IIおよびIIIのグループに属する多国籍企業の数は16社,IVおよびVのグループに属する多国籍企業の数は7社とこの両者ともIのグループに属する多国籍企業の数を下回っている。これはヨーロッパ諸国の巨大企業は国内市場がアメリカなどに比べて比較的狭いために,企業の経営規模を世界的レベルまで,または,適正規模にまで高めようとすると,必然的に海外にまでその生産活動を拡大せざるを得ず,このような点からヨーロッパの巨大企業は広大な国内市場を基盤にすることのできるアメリカの大企業に比べ,多国籍企業仕向的な性格をより強く持っているといえるであろう。フォチューン誌の上位200社にランクされているヨーロッパ各国の企業数に占める多国籍企業の比率(1967)をみると,この比率が最も高い国はベルギーでフォチューン誌にりストされている3社がすべて多国籍企業である。それにスイス(88%),スウェーデン(80%),オランダ(67%)とヨーロッパでも比較的規模の小さな国においてその国の大企業が多国籍企業である比率が大きい。(第73表参照)

これに対し,アメリカの多国籍企業のうちIのグループに属しているのは27社であり,IIおよびIIIのグループに属しているアメリカの多国籍企業の数は32社であり,さらにIVおよびVのグループに属しているのは22社とアメリカの巨大企業のなかでも比較的規模別順位の低い企業にも多国籍企業が多いことを示している。このことはアメリカ企業の場合は1950年以前にヨーロッパに進出した企業の大部分は大企業であり,その数も少なかったが,1960年に入ると,これらの500社の多国籍企業のなかでも規模的な順位の低い企業も海外へ進出するようになり,アメリカ企業の海外生産が著しく一般性を増してきたことを物語っている。1961年から1964年までの間,アメリカの企業で新たに海外で生産活動を始めたもののうち40%は年間売上高が5,000万ドル以下の企業であった。

以上のように,アメリカ企業の世界化がかなり低い規模にまで拡大してきたことは,ひとつの大きな特色である。

(3)海外企業活動の新しい兆候

1)進出分野の変化

以上のように多国籍企業を中心として,企業活動は次第に国境をこえて海外に拡がっているが,ごく最近こうした活動に,注目すべき変化がみられるようになった。第1の変化は60年代を通じて,企業の進出は乗用車を中心とする車輛工業および機械(電機を含む)工業に集中したいたが,最近では化学工業の分野にその中心が移ってきていることである。

1961~62年のアメリカのEECに対する直接投資の内,車輛工業関係は全体の約4割,機械(電機を含む)工業関係が同じく3割強を占めていたのに対して,化学工業部門の占める割合は約1割にすぎなかった。これが1960年代の後半の66~67年になると,車輛工業のシェアは減少し,機械工業のシェアが横這いであったのに対し,化学工業のシェアは約24%と2倍以上も増加した。こうした傾向はアメリカだけでなく西ドイツなどについてもみられた。1965年の西ドイツの海外直接投資に占める化学のシェアは25%であったが,1968年にはこの比率は33%に上昇している。ベルギーでも同じような傾向がみられる。(第49図参照)

第2の変化は,最近,銀行,商業,コンサルタント関係を中心とした「その他」の分野が大きな伸びを示していることである。

企業の海外生産活動の進展に伴い,多国籍企業の金融面における需要を充すため銀行は海外支店網の充実を中心とする海外進出を積極的に進めている。アメリカの有力銀行はほとんどヨーロッパに進出している。ちなみに,ロンドンに支店を持つ24の,アメリカ銀行のうち,16行は,1960年以降進出したものであるが,これは,アメリカ企業のヨーロッパ進出が大きな要因となっているといえよう。最近では,アメリカの銀行の日本や東南アジアに対する進出も著しく進んでいる。海外進出にどちらかといえば消極的であったイギリスを初めとするヨーロッパの銀行も海外活動の拡充を進めようとしている。このような銀行の海外進出は,その国の進出企業の海外での活動を援助することが大きな役割となっている。

また,この分野に属する経営コンサルタントの海外進出も盛んである。現在,ヨーロッパではこのようなコンサルタント市場は急成長をとげており,60年代初めには皆無であったが,最近では年間売上げが約2億ドルにも達している。この市場を狙ってこの分野でのパイオニアであるアメリカのコンサルタント会社が最近海外進出しており,前述のように現在では70社を越えているといわれている。

今後はこのような金融,コンサルタントなどの企業の世界化が一層進むであろうし,さらには新しい産業分野である情報産業や海洋開発産業などの分野においても企業の世界化が進み,「その他」の分野の海外進出は一層の高まりをみせるであろう。

2)進出地域の変化

第3の変化は進出地域の変化である。1960年代の企業進出はアメリカ企業のヨーロッパ進出が中心であったことはいうまでもなし為が,最近ではアメリカの多国籍企業のヨーロッパへの進出が一巡し,新規の進出件数も減少し,1966年頃からは直接投資の伸びも鈍化してきている。このようにアメリカ企業のヨーロッパへの進出の機会が少なくなるにつれて,日本,ヨーロッパの後進地域,東南アジアなどもその進出目標となり,今後はこうした地域への進出が急増するものと予想されている。(第74表参照)

また,ここ数年,ヨーロッパ諸国の多国籍企業のアメリカに対する進出がもりあがりをみせていることも注目される。1965年の多国籍企業のアメリカに対する直接投資の残高は88億ドルであったが,1968年末にはその額は110億ドルに増加したものと推定されており,このことはアメリカに対する海外からの直接投資が1965年以来年率約8%の割合で伸びてきたことを示している。これを国別にみると,1965~67年の3年間にイギリスが3億ドル,カナダ,オランダ,スイスが2億ドルとなっている。(第75表参照)アメリカに進出しているヨーロッパ系の企業の中にはICI社(化学),コートルーズ社(繊維),ペシネー社(化学),ローヌ・プーラン社(化学),西ドイツのBASF社,バイエル社,ヘキスト社の三大化学会社,モンテカチーニ・エジソン社(化学),オリベッティ社(事務機械)などのヨーロッパの大企業があり,いずれも最近そのアメリカにおける事業活動を大幅に拡大させる傾向がみられると伝えられている。たとえばICI社や西ドイツの化学3社はアメリカ市場におけるシェアを拡大するため,アメリカにおいても生産設備の建設を始めていると伝えられているし,また,イギリスの石油会社ブリテイッシュ・ペトロリアム社がアメリカの有力石油会社ソハイオ社を吸収合併しアメリカに進出することを計画している。

これまで,これらのヨーロッパ企業はEECを中心とするヨーロッパ内部での企業活動の世界化に重点を置いてきたし,アメリカ市場における激烈な競争を考慮してアメリカに進出することを避ける傾向が強かったので,アメリカ市場への進出は少なかった。しかしながら,これらの多国籍企業が自由世界の国民総生産の半分以上を占めるアメリカの市場に進出することによって多国籍企業として充分な発展を遂げようとして,アメリカ市場への進出に乗り出そうとしているといえよう。すでにヨーロッパ系の大企業100社のうち30社以上がアメリカ国内で生産活動を行なっており,これは1966年以来の現象であるといわれている。

第4の変化は,資源開発を目的とした低開発国向けの企業進出が増加傾向にあることである。

最近,マグロー・ヒル社のアメリカの対外直接投資の1971年までの予測調査によると,1968~71年の間に最大の伸びを示す分野は,石油関係(1.62倍)と鉱業関係(2.16倍)であろうとし,地域的にもこの4年間にオセニアに対する直接投資が2倍以上,アジア,アフリカ,中近東に対する直接投資が約1.4倍に伸びるであろうとしている。このように低開発国に対する直接投資の高まりは,最近のオーストラリア,アフリカの新油田の開発やオーストラリアの鉱山の開発を反映するものである。

また,この資源開発の分野で,低開発国における経済的ナショナリズムとの関連で新しい動きもでてきている。世界の資源開発におけるアメリカおよびイギリスの比重は圧倒的なもあのがるが,これらの資源を有する低開発国にはアメリカ,イギリスの既存資本への過度の依存関係からの脱皮を計る傾向がでてきており,そのため対外経済関係を多様化させようとしており,これらの資源保有国の西ドイツ,イタリア,日本といった国への働きかけが強まってきている。

これらの資源を保有する低開発国はこれらの新興の先進国と提携することにより,アメリカ,イギリスを中心とする既存の資本を牽制するとともに,より有利な条件で資源開発をしようとしている。他方,西ドイツ,日本,イタリアといった先進諸国においても最近の経済の高度発展を反映して,資源確保の必要性は強まってきている。このような観点より,今後,西ドイツ,イタリー,フランス,日本などの企業の低開発国に対する資源開発のための直接投資や企業進出が増加するだろうことが予想される。