昭和44年
年次世界経済報告
国際交流の高度化と1970年代の課題
昭和44年12月2日
経済企画庁
第2部 世界経済の発展と国際交流の増大
第3章 知識・人材の移動増加
先進国の経済成長に大きな影響を反ぼしている各国間の技術移動には基本的に四つの形態が考えられる。第1に科学技術文献の移動,第2に商品貿易とくに資本財の貿易,第3に技術貿易,第4に科学技術者の移動がこれである。これらのうち科学技術文献の移動と資本財貿易は従来から普通に見られる形態であり,今後もかなりの拡大が見込まれるが,ここでは現在とくに注目を集めている技術貿易と科学技術者の移動について述べよう。
1)技術貿易とその収支
企業間あるいは国家間の技術移動は,特許権の売買,ライセンスの許与,ノウハウ契約などの特別の契約にもとづいて起るであるから,それは各国の技術貿易収支にある程度反映しているとみられる。しかし厳密にいえばそこにはいくつかの統計上の問題が含まれていることに留意しなければならない。
すなわち,第1には,特許,ライセンス,ノウハウの対価と他の企業間の受払を区別することが困難であること,親会社と海外の子会社との間の受払は税制や企業経営上の理由にかなり影響されることである。
第2には,税制,その他の理由から特許や製造プロセスのライセンスを許与する目的の別会社が,それらを開発した国ではなく他の国に設立される場合が,あることである。このような別会社がもっとも多く設立されているのはスイスであって,後にも示すように,同国は技術収支においてアメリカに次ぐ世界第2位の受取国となっているが,これは上述の理由から必ずしもその国の技術輸出の実績を現わしているものではない。第3に,企業間の技術交流はつねに金銭の受払を伴うとは限らず,クロスライセンス契約の場合もあるので,金銭的な収支が正確に技術交流の全体の規模を現わすものではない。
このような各種の制約はあるが,技術貿易収支は技術の移動,交流の情況を物語るものであることは明らかである。いま,先進諸国における技術交流の状況をみると第42図に示すように,技術輸入の伸びは商品輸入の伸びを上回ってのびている。このことは情報,知識,技術の価値が物財の価値より比重が高まりつつある現代社会の趨勢を反映して,国際的な技術の移動が物財の移動を上回っていることを示すものといえる。
この技術の移動を各国間の動きからみてみると,第53表のようにまず第1にアメリカの受取額が第2位のイギリスのそれを10倍余も引き離して,圧倒的な優位を占めていることがわかる。
ことに第54表の1963年または64年における主要国の技術収支のパターンに示されているように,日本,フランス,イギリス,西ドイツおよびイタリアが導入した技術総額の約半分はアメリカの技術であり,そのうちイギリス,日本はアメリカに対する依存度がとくに高いことがわかる。
また,第54表にあげた諸国のうち,スイスが受取額の点でかなり目立っている。すなわち,スイスはアメリカを含む主要6カ国の支払総額の15%を占めている。しかし,これはさきにも述べたように,このスイスの受取のなかには他の国で開発された技術でスイスにある特殊会社によって管理されているものがかなりあるようである。
第2にイギリス,西ドイツ,フラス,イタリアなど西欧諸国相互の収支もかなりの規模に達しており,これらの諸国の間の技術依存度が相当高いことがわかる。
このように,主要国の技術貿易収支は,アメりカの圧倒的な優位を示すだけでなく,その優位のもとでも先進12カ国は,量的には大小があるものの,なんらかの世界的に優れた技術を有しているので,国際的なネットワークで技術交流が行なわれていることをも示しているのである。
つぎにこの技術交流を業種別にみると,過半数を電気機械,一般機械,金属,輸送用機械,化学の5つの業種が占めており,国によって,それぞれある程度の特化が進んでいることがわかる。第55表に示した各国における業種別の支払に対する受取の比率の高いものが,そのような部門である。すなわち,アメリカはどの部門でも他国に対して優位を占めているが,とくに電気機械,一般機械が優れ,イギリスでは化学,電気機械,フランスでは化学,航空機,西ドイツでは金属,化学,日本では化学が相対的に優れており,繊維も同様とみられる。
一方,第53表および第43図によって技術の導入つまり支払の面をみると,日本が支払額の点でもその伸びの点でもきわ立っている。すなわち,各国とも60年代に入ってから急速な伸びを示しているが,なかでも日本は支払額が著増し,68年に至って西ドイツのそれを追い越して世界一の技術受入国となっている。
ただ,各国の工業生産における導入技術への依存度を製造業付加価値額に対する技術貿易支払額の比率でみると,アメリカが0.06%,イギリスが0.36%,西ドイツが0.44%,フランスが0.37%,日本が0.62%,イタリアが1.13%となっており,日本がとくに他の国々よりも著しく高いというわけではない。
2)技術貿易と直接投資
つぎに,技術貿易と直接投資の関係をみよう。技術貿易には技術独自の移動と,直接投資に伴ういわゆる「直接投資パッケージ」としての技術の移動とがある。第56表はアメリカの海外への直接投資と,それに伴う技術輸出および技術輸出総額との関係を示したものである。これによると,技術輸出総額の伸び率より直接投資に伴う技術輸出の伸び率がはるかに高く,それに比べて技術独自の輸出(第56表のC-B)の率び率は低く,したがって技術輸出総額のうち,「直接投資パッケージ」として技術移動の比率は年々高まっている。
また,直接投資とそれに伴う技術輸出との関係をみると,資本一単位当りの技術移動量は増大する傾向にあるようである。第56表に示した60年代に入ってからの伸びは,61年を基準として66年までに前者が102.1%,後者が133.3%と大幅であるが,後者が前者を上回っている。このことは投資のなかに占める技術の役割がますます高まりつつあることを示している。
3)技術貿易と科学技術水準
このように各国の技術貿易収支とそのパターンはそれぞれの国の技術水準と技術態様を反映しているものと考えられるが,とくに技術の各国間の移動は,その国の技術水準の高さとの関係が深いようである。
このことを明らかにするに先だって,各国の一般技術水準の指数化を試みてみよう。これには種々の難点があるが,一応つぎのような各国の諸指標の総合として示したものが,第57表に掲げた主要国の技術水準指数である。それらの指数は,①研究費総額,②研究開発従事者数,③大学理工学部卒業生数,④特許登録件数,⑤技術貿易(支払に対する受取の比率),⑥技術革新数(1945年以降重要な製品および生産プロセスの企業化に成功した数),⑦貿易構造(化学,電気機器,精密機械,一般機械,航空機など5業種を技術集約産業として,アメリカ,イギリス,フランス,西ドイツ,イタリア 日本,カナダ,オランダ,ベルギー,スウェーデンの主要10カ国の当該産業輸出合計に占める各国のシェア),⑧コンピュー夕設置台数である。各項目ともアメリカを100として,各国の値を出し,これを単純平均したものを技術水準指数としたものである。
第57表により,まず各項目をみると,どの項目でもアメリカが圧倒的な優位に立っているが,他の諸国との差が最も大きいものは研究費総額とコンピュータ設置台数である。このことは,先端技術部門に大きな格差があることを示すものであろう。
アメリカの研究費がとくに大きいのは,ひとつには政府部門の寄与が大きいためと思われる。たとえば,1963年,64年の研究費のうち政府の負担する比率は,アメリカが64%,イギリスが54%,西ドイツが41%,イタリアが33%,日本が28%と,アメリカにおける政府負担化率はきわめて高い。他方研究総額のうち民間の使用額の比率はアメリカが67%,イギリスが69%,西ドイツが66%,イタリアが63%,日本が55%となっており,アメリカにおける民間使用割合はイギリスのそれに次いで高い。このことは,いかにアメリカの産業が政府支出の研究費の恩恵に浴しているか示している。
研究費については,その使途にも注意しなければならない。研究費の使途を,基礎,応用,開発の3項目に分類すると,技術貿易の観点から重要なのはその対象となる開発である。研究総額のうちこの開発に向けられるものの比率はアメリカが66%,イギリスが61%,フランスが49%,イタリアが42%,日本が38%と,アメリカが最も高く,技術貿易におけるアメリカの優位の一つの要因ともなっている。
研究費とコンピューター設置台数の2項目は,いずれもアメリカと他の諸国との差がきわめて大きいが,科学技術水準の差を比較的縮めている項目は国によって異なっている。すなわち,日本では人的資源であるのに対し,イギリス,西ドイツでは貿易構造であって,それぞれの国の技術の特色を示すものとして注目される。各国の総合的な技術水準指数を時期別にみると,第44図に明らかなように,アメリカとその他の諸国との技術格差は,1960年代初期から中期にかけて一度縮小したが,最近になって,日本を除き,格差は再び拡大の傾向をみせている。これと平行して,技術貿易の支払の伸びも,初期から中期にかけて鈍化したものが,最近では目立って大幅になっている。こうしてみると,技術貿易と技術格差との間にかなり強い関連があることが看取されるわけである。
4)経営技術の移動
各国間の技術の移動には生産技術だけではなく,経営技術の移動もある。技術革新を企業化に結びつけるのも経営技術のいかんによることはいうまでもない。たとえば,最近における重要な技術革新29件のうちアメリカが手がけたものは19件,イギリス,西ドイツ,フランスが手がけたものは10件であったが企業化に成功したのは,アメリカが22件,ヨーロッパ側が7件であったといわれている。このように,アメリカは研究を企業に結びつける点でも優位に立っており,こうしたことから経営技術もまたアメリカから他の国々へ移動が行なわれてきた。とくに最近注目されるのは,アメリカのマーケッティング会社やコンサルタント会社のヨーロッパ進出であって,これは経営技術独自の移動といえる。現在,この種の会社のうちで有名なものは,第58表にあげたマッキンジィ社,ブーズアレンアンドハミルトン社などで,これらの会社は合計70社にも上っている。
これらヨーロッパに進出したコンサルタント会社は最初ヨーロッパ企業の吸収合併や売上増加を目指すアメリカ系会社にサービスを提供していたが,現在では逆転してヨーロッパ企業に対するサービスが多くなっている。例えば,マンキンジイの顧客リストでは初期には顧客の4分3のがアメリカ系企業であったのに,いまはそれがヨーロッパ企業に入れ替っている。これらコンサルタント会社を利用しているヨーロッパ企業のなかには大企業もあり,イギリスの場合にはユニリーバ社,ロイヤルダッチ社などそうそうたる大企業が名を連ねている。
以上のような事例は,アメリカとヨーロッパ諸国などとの経営格差を示すとともに,物の生産や流通に直接的には関係のない情報サービスや知識の移動が単独で起りつつあることを物語っている。こうしたことを反映して,第59表に示すように,アメリカのマネージメント・フイーやパテント・ロイヤリティライセンスの受取額は3年間に2倍以上に増加するという,急増をつづけている。また,アメリカに比べて立後れながらも,ヨーロッパのコンサルタント会社も,海外進出を始めており,こうした面での情報・知識の世界的な交流は一層進展する気配をみせている。
低開発国に対する技術援助も,近年急速に拡大し全体として経済協力に占める役割は著しく高まっている。
DAC専門家会議の定義によれば,技術援助,技術協力は,技術の知識と能力を与えることを目的とし,研究生の訓練,専門家の派遣,器材の供与という方法で行なわれるものであるとされる。低開発国は,経済成長に必要な技術ボテンシャルの向上を図るため,各国とも人材資源の質的向上を中心とする教育と訓練のための計画を立てているが,しかし,現状では先進国に経済協力を仰がなければならないのが実情である。
このように技術協力は経済協力全体において重要な地位を占め,その比重も次第に高まる傾向にある。第60表にみるように,技術援助額は年々増加し,また,援助全体に占める比率,とくに政府ベースの経済援助に占める比率は一貫して上昇し,62年の13.4%から68年の23%へ高まっている。
またこの技術協力は人材の移動をともなうものが大きな部分を占めている。現在,技術協力の主要な形態は,①低開発国から先進国への学生,研修員の留学,②先進国から低開発国への専門家の派遣,③器機の供与などであるが,前2者の技術援助に占める比重は大きく,とくに専門家の派遣に関する経費は総額の半ばに達している。
なお,このような先進国と低開発国との間の人材の移動については,後述することにしよう。