昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


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第1部 1969年の世界経済の特色

第2章 世界的なインフレの進行とその特色

4. インフレ問題の今後の方向

以上のように,この1年間を通じてインフレーションが,世界的に波及し,その抑制政策も思うような効果をあげることはできない状態になっている。こうしたことから最近,主要各国で,改めてインフレ問題に対する関心が高まってきたことは注目しなければならない点である。

前述のように,もともと,最近のインフレーションは,1960年代以降の各国の高成長,完全雇用重視政策の結果としてもたらされたものである。今後ともインフレを抑制するために,高成長,完全雇用を無視するというわけにはいかないが,最近では,各国の経済政策の中で物価の安定をより一層重視する風潮が高まりつつあるように思われる。

たとえば,アメリカでは,68年に物価関係閣僚会議が形成され,物価安定に対する政府の姿勢が示されていたが,さらに,69年10月にはニクソン大統領がインフレ問題に関して異例の声明を行なうなど,若干の経済的,社会的摩擦を覚悟しても物価安定を重視する傾向が強くなってきている。フランスでも,フラン切下げ後の経済再建計画において物価安定を重視し,全企業に対し,価格改訂に際しては,実施1カ月前にその企業の計算書を政府に提出することを義務づけるなど,強い措置がとられつつある。

また,インフレ・マインドを抑制するための道徳的説得もひんぱんになりつつあり,アメリカでは,ケネデイ財務長官が,69年7月に大手商業銀行首脳に対しプライムレートを引上げないよう説得を行なったほか,10月にはニクソン大統領が労働組合,企業の指導者に対し協力を要請する書簡を送った。また,イギリス,フランスでも,こうした要請がしばしば行なわれている。

このように,各国において物価安定の比重が高まりつつあることは,また,対外経済政策の面にも現われている。すでに述べたような西ドイツの国境税調整措置と輸入制限の緩和さらにはマルクの切上げ,カナダの関税引下げの繰上げ実施などがそれである。

こうして,物価安定重視の傾向は,世界的な風潮になりつつあるかにみえるが,この風潮を反映して具体的なインフレ抑制政策についても,今後の新しい方向がいくつか示唆されるようになってきた。

その第1は,積極的労働力政策の強化である。完全雇用を維持しつつ,物価の安定を実現するための手段として,従来から実施されていた所得政策が,ガイド・ポストあるいはガイド・ラインを上回る賃金上昇によって所期の効果を十分に実現できないでいる現状にかんがみ,労働力供給の改善によって,労働力不足を緩和し,労働生産性を向上させることによって賃金コストの増大を吸収しようとする政策がとられるようになったことである。このような政策は,すでにスエーデン,イギリスで積極的に実施されていたが,アメリカにおいてもニクソン大統領の指示により熟練労働者の供給を増やすため職業訓練教育が確立されるなど,その重要性が増しつつある。

第2は,通貨政策に対する関心の高まりである。従来,西ドイツ,日本など若干の国を除いては,金融政策の中心は金利政策にあったが,この1年間のインフレ過程で,アメリカ,イギリスをはじめ多くの国において公開市場操作,預金準備率の変動など直接的な通貨政策に対する関心が一段と高まっている。前述のように,アメリカでは68年12月以来,通貨供給量の抑制が図られており,イギリスでも同様に通貨政策が重視されつつある。

第3は,財政,金融などを通じての全般的対策とあわせて個別対策が実施されるに至っていることである。アメリカでは,69年9月に政府関係の新規建設契約の75%削減が指示されたが,これは,インフレの悪影響が端的に出ている建設業の現状打開を図ろうとする個別対策の性格をもつものであるといえる。

このほか,インフレ対策としてのみでなく景気調整政策として,その機動性を高めるような政策手段も次第に整理されつつある。その例としては,すでにスエーデンで実施されている緊急投資基金とか,あるいは,この1年間にインフレ抑制措置として西ドイツ,フランスで活用された景気調整基金,さらにはイギリスで行なわれているレギュレーターの利用などがあり,今後もその活用が一層期待されている。

さらに,こうした景気調整政策を機動的に実施するにあたって前提となる経済指標の整備に対する関心も高まっている。

以上のように,この1年間,世界的にインフレが高進したことを契機として,インフレ問題に対する新しい政策の方向が改めて大きくクローズアップされている。しかし,これらの方向もその実現までにはなお長い期間を要するものも多く,インフレとそれに伴う高金利は早急には解決することは困難であろう。そうした意味でインフレ問題は,後に述べる国際通貨問題とならんで,70年代における大きな課題として残されることになるものと考えられる。


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