昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


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む  す  び

1 世界経済の現状と展望

世界経済にとって,1969年は過去の速い経済拡大から生じたインフレーションの世界的な波及,主要国間の国際収支不均衡の拡大など,各種の否みの是正に追われた1年であった。

アメリカ,イギリスを中心とするきびしい引締め政策,フラン切下げ,マルク切上げなど,いくつかの強力な対策措置が69年中に採用されたが,これらの効果はまだ部分的にしか現われていない。その効果が十分に発現するのは,おそらく70年にはいってから6と思われ,したがって,70年の世界経済の動向は,これらの政策措置の効果発現如何にかかっているといっても過言ではない。

70年の世界経済の動向にとってまず焦点となるのはアメリカの景気の行方である。

すでに述べたように,アメリカの景気情勢は60年半ば頃から,各種の先行指標が低下しはじめ,第3・四半期頃からは鉱工業生産の鈍化,失業率の上昇など景気の浮揚力が明らかに弱まりつつある兆候がでてきている。しかし,こうした状況の下で物価の騰勢はいぜんとして衰えず,ニクソン政権はなお当分の間現在の引締め政策を堅持する姿勢を示している。このような最近の情勢は66年下期とよく似ており,おそらく70年はじめからは,はっきりした景気停滞局面にはいるであろうというのが多くのひとびとの意見のようである。ということは70年上期のアメリカ景気は,67年上期と似たようなミニ・リセッションに陥る可能性もあり,場合によってはもう少しきびしいリセッションに見舞われるかもしれないということである。景気停滞ないしリセッションの程度を決める要因として,もっとも重要なのは政府当局の政策の舵のとり方である。この点で現在のニクソン政権が物価騰貴に対する世論の強い反撥から成長よりも物価安定重視の態度をとっていること,また金融政策の元締めである連銀が68年下期以降に金融緩和をやりすぎてインフレ対策の効果を薄めてしまったという苦い経験を反省していることなどを考えると,70年上期のアメリカ景気がかなりの停滞におち込むおそれは必ずしも少ないとは云えないようである。また,70年下期になっても自律的な回復要因はあまり見当らないから,アメリカ景気が上期の停滞ないしリセッションから下期に回復するためには,やはり政策的な努力が必要であろう。その場合,上期中に物価の安定がどの程度実現するか,また失業率がどの程度まで上るかなどが,下期の政策を左右する鍵になるものとみられる。

つぎは西欧の景気情勢であるが,69年にくらべれば,70年はやはり成長の鈍化は避けられないものの,67年当時にくらべれば情勢はかなり明るいといえる。67年当時は,西欧で最大の影響力をもつ西ドイツが戦後最大の不況に見舞われていて,この西ドイツの不況が他の西欧諸国の足を大きくひっぱった。これに対して現在の西ドイツは投資面での受注残高がまだ高いことや,秋の賃金上昇によって,消費需要が増勢にあることなどを考えると,まだ過熱景気といわれるほど需要が根づよい。しかし,春以来の引締政策やマルク切上げの影響が70年下期以後次第に出てきて需要の増勢をチェックすると思われるので,70年の成長率がある程度鈍化することは避けられないであろう。

フランスも,フラン切下げによる輸出先導型の経済拡大が実現するまでにはある程度の時間がかかると思われるので,70ね上期のフランス経済は現在の引締め政策の継続によりかなり成長率は鈍化するとみてよいであろう。しかし,フランスも大幅な賃金上昇による消費需要の増大,設備投資の増勢などからみて,67年当時以上の停滞に落ちこむとは思えない。

そのほか,イギリス,イタリアなどは70年も60年とほぼ同程度の成長をつづけると思われる。

つぎに低開発国であるが,69年の低開発国経済は農産物の豊作と先進国向け輸出の増加を軸にして著しい経済成長を示した。70年には先進国の成長鈍化によって,先進国向は輸出も鈍化するとみられるが,過去2年間の輸出の著増によって低開発国の金外貨準備がかつてない高水準に達していること,低開発国の輸出鈍化と輸入鈍化との間に或る程度の時間的ずれのあることなどを考えると,少なくとも70年上期の低開発国経済は順調な成長をつづけるものと考えられる。

以上のように,70年のアメリカ経済はある程度の停滞をさけられまいが,半面では西欧諸国の成長率が鈍化するとはいえ,67年当時にくらべると景気情勢が良好なので,先進国の輸入需要は68~69年のように年間13~14%という高率の拡大は望めないにしても,67年の5.2%を上廻り,平常ベース程度の伸びをつづけるという見方がつよい。しかし,アメリカ経済の停滞の程度によってはヨーロッパ諸国の景気情勢に悪影響をあたえることも考えられる。ことにわが国の立場から眺めると,アメリカの景気停滞が日本の輸出に大きくひびくことはさけられないので,日本の輸出をとりまく海外環境はかなり厳しいものになるとみなければなるまい。

なお,70年に予想される世界経済の問題として,まずイギリスのEEC加盟交渉の再開があげられる。イギリスの国際収支の好転,EEC側におけるフランス,西ドイツの政権の交代などから,イギリスのEEC加盟交渉が70年春早々にも再開される見通しはかなりつよい。もし,イギリスのEEC加盟が実現すれはこのことは60年代の世界経済の発展に大きな役割を演じてきたEECがさらに拡大強化されるという意味で,今後の世界経済にとっても非常な重要性をもつと思われる。

また70年に,国連の「第2次開発の10年」がスタートすることも重要である。「第1次開発の10年」は年平均5%という成長目標をほぼ達成したが,「第2次開発の10年」ではこの目標成長率を6%程度へ引上げるのではないかとみられている。


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