昭和43年
年次世界経済報告
再編成に直面する世界経済
昭和43年12月20日
経済企画庁
第2章 主要国の経済的地位の変化
低開発国の経済は,著しい進展ぶりをみせている先進工業国に比べて停滞的で,その格差はいぜんとして拡大の一途をたどっている。しかし60年代に入って,この低開発国の中にも,工業化が急速に進み,いわゆるテイク・オフの段階に入りつつある国々が現われてきたために,低開発国間で分極化傾向がみられはじめたことが特色である。
まず低開発国全体の経済成長率(実質)をみると,1960~65年において先進国は年平均5.0%であったのに対して,低開発国のそれは4.5%で,先進国のそれを若干下回っている。
ことに低開発国は死亡率の急速な低下により人口増加率が平均2~3%以上と著しく高いため,経済成長が人口増加に追いつけない点に一つの特色がある。したがって,1人当り国内総生産における先進国との格差はさらに拡大している。すなわち,1人当り国内総生産の伸びは,先進国では60年代前半は3.7%であったのに対し,低開発国では,1.5%と停滞をつづけている。
これを実額でくらべてみると55~65年の10年間に先進国は年平均1人当り43ドルずつ増加してきたのに対し,低開発国の増加額はわずか3ドルにすぎず,先進国の10分1のにも満たない。また60~65年についてみると,先進国が59ドルと増加額が高まっているのに対し,低開発国は依然として3ドルに留まっていて,先進国と低開発国との格差は拡大のテンポをむしろ速めている。
このように,低開発国の経済力が停滞から脱することができないのは,インフラストラクチュアの立遅れ,教育水準が低いこと,社会制度,慣習に問題が存在することなどのほかに,経済的には,第1に低開発国の産業構造が生産性の低い農業を中心とするものであり,しかも一次産品市況が低迷しているという点にある。すなわち,65年現在で農業生産が国内総生産の3割以上を占めている国が多く,製造業が先進国なみに3割前後のシェアに達している国は,中南米地域の比軟的経済開発が早くから行なわれたアルゼンチン,メキシコだけであり,また2割前後に達している国を含めても,わずか7カ国しかない。したがって 第48表 で示したように低開発国における農業,鉱工業それぞれの生産の伸びは先進国より高いにもかかわらず,国民総生産の成長率では先進国を下回ってしまうわけである。
また,農業生産中の食糧生産が60年代に入ってむしろ減少気味になったことも影響している。すなわち,低開発国の食糧生産の動向をみると,低開発国全体を通じて,60年から66年にかけて,生産量はわずかに1割にも満たない増加しかみられず,50年代には何とか横ばい状態を保ってきた1人当り食糧生産は60年代にはむしろ低下さえ示した。こうした低下傾向は,程度の差はあれ,各地域に共通に生じている。
さらに,低開発闇の輸出は,概してその主力が一次産品およびその加工品によって占められていて,世界の需要構造の高度化にマッチしていないことも低開発経済の停滞に影響している。
以上のように,低開発国全体としてみると,その経済の停滞傾向は著しいが,しかし,最近になって低開発地域のなかにも本格的な工業化に向って急速な前進を示しはじめた国がいくつか現われてきた。
国内総生産に対する製造業の比率から,工業化の進んでいる国をひろい出してみると, 第49表 に示すように,アルゼンチン,メキシコ,中国(台湾)イスラエルの4ヵ国が20%以上,韓国,チリ,フイリッピンの3ヵ国が18%となっている。また製造業の成長率が高い国々をひろってみると第50表のように,韓国の13.5%を筆頭に,中国(台湾)イスラエル,マレーシア,タイの5ヵ国である。したがって,工業化の程度もある程度高く,しかも成長率も高い国としては韓国,中国(台湾),イスラエルの3ヵ国に限定され,これらの国々がいわば低開発国グループの中でテイク・オフを示しはじめた国として注目されるのである。
これらの国は当然のことながら,経済成長率も比軟的高く,低開発国全体の60年から65年までの成長率が年率4.5%であったのにくらべて,韓国は8%,中国(台湾)は7.0%,イスラエルは10.0%といずれも平均に比べて2倍程度の伸びを示している。
これらの国々は他の低開発諸国と異なり,60年代に入ってなぜ大幅な工業化の進展が可能だったのだろうか。この点は,今後の低開発国発展の方向を示唆する点も多いので,以下,中国(台湾)と韓国の場合について簡単に工業化進展の条件を検討してみよう。
まず第1に考えられる条件は,総資本形式の増加率が他の諸国にくらべて圧倒的に高いという点である。すなわち,中国(台湾)は60年から65年にかけて年率12.7%の伸びと,低開発国のなかではもっとも高い伸びを示している。また韓国の場合も50年代の伸びは極めて小さかったが,60年以後は9.9%と急速に伸びが高まった。この総資本形式のうち設備投資など,直接的な生産的投資が国民所得のなかでどのくらいを占めているかをみると,中国(台湾)は11.8%(65),年韓国は10.3%(66年)でいずれもかなり高い( 第51表 )。
第2の条件は,農業および食糧生産の安定である。工業化による持続的な安定成長を確保するための投資比率の上昇,もしくは資本形成の加速化のためには,低開発国の農業部門の生産性向上と人口増加率を上回る食糧増産により食糧自給度を向上させ,国民経済内部における資本蓄積と工業資本財輸入のための外貨節約をはかることが必要である。
この意味で55~65年間の1人当り食糧生産の増加傾向を 第52表 によってみると,韓国,中国(台湾)は,それぞれ年率2.2%,1.2%の伸びを示しており,人口増加を上回る食糧生産を実現している。これに反して,インド,セイロン等の低成長国は,農業生産が停滞的であるため,食糧生産も概して人口増加率を下回っている。このように食糧生産の停滞的な諸国では,国内総資本形成伸び率も60~65年には著しく低下している。
第3の条件は,国内投資の方向が,世界需要構造の発展に見合った部門に向っているかどうかである。低開発国のうちで工業化が進んでいる国では,その主たる生産品が綿製品,一次加工品に偏っているものが多い。これに対して,中国(台湾),韓国の場合はかなり様相が違っている。すなわち, 第53表 に示すように,中国(台湾)の製造業の発展をみると,60年から67年にかけて,繊維工業や食品工業のような部門は次第に製造業内部のウエイトが低くなってきているのに対して,機械,輸送設備などのウエイトは60年の4.0%から67年の14.6%と急増している。こうした傾向は韓国の場合もほぼ同様にみられ,60年のから66年にかけて機械工業のウエイトが2倍近くも増加している。つまりこれらの国の工業生産が比較的労働集約的な軽機械部門に重点的に移ってきたことは,先進工業国でのこれらの部門のコスト上昇に対して,強い競争力をもつことになり,経済の発展に大きく影響したといえる。
なお,工業製品の輸出が著しく伸び,総輸出に占める工業製品の割合が著しく大きくなったことも,また経済成長率を高めることとなったことはいうまでもない。すなわち,66年現在で,中国(台湾),韓国の輸出中に占める工業品の比率はそれぞれ66.9%,49.3%で,イスラエルの67.1%についで,低開発国の中で著しい特色をつくり出している( 第54表 )。
以上のように,停滞をつづける低開発国のなかで一,二の国が工業化を進めて,テイク・オフを実現しつつあるのは,基本的には食糧生産の安定的供給と,資本蓄積の増加,それにこの資本を投下する部門が世界需要変化の傾向からみて適切であったことなどの諸条件がすべて満たされていたということができる。
これらの条件に加えて,教育水準が比較的高いことや,経済援助やベトナム特需などが,有利に作用し,それが工業化の進展を,より一層推進したことも見落してはならないであろう。