昭和42年

年次世界経済報告

世界景気安定への道

昭和42年12月19日

経済企画庁


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第2部 世界の景気変動とその波及

第2章 低開発国の経済変動

2. 低開発国の経済変動とその態様

(1) 成長率の変動

第1部においてみたように,1966年の低開発国経済の成長率は台湾,韓国などが8~12%の高い伸びを示したのに対し,インドは3,9%もの減少を示した。このように同じ低開発国でも成長率や,その変動はかなり異った様相を示す場合が多い。

第72図 低開発国の経済成長率

実質成長率の年次別変化をみると,第72図のように概して不規則な変動を示しており,先進工業国のような循環性はみられない。また,成長率の変動パターンは,さまざまな様相を呈しており,低開発国相互間の一致したタイミングはみられない。これは低開発国における成長率変動の特徴ということができる。

(2) 経済変動と海外要因

1)低開発国の輸出パターン

つぎに,このように異なる低開発国の経済変動の態様を,まず海外要因からみることにしよう。

低開発国の経済変動は先進国の景気変動に左右される度合が大きいが,その態様は国により,地域によりかなり異っている。このような相違は先進国に対する輸出依存度の大きさや輸出商品構造の違いに基づくものである。

低開発国の輸出依存度は,輸出向けを主とした食糧や原材料生産の比重が大きいため平均24.0%と先進国(平均18.O%)に比べ概して大きいが,そのなかでも30~40%台と著しく高い国もあるなど違いがみられる。

第73図 東南アジア諸国における特産品の比率

先進国の景気変動からの影響度合の違いはこのような輸出依存度の違いによるだけでなく,輸出商品構造の違いにもよっている。

第73図は低開発国の輸出に占める特産品の比重をみたものであるが,それによっても明らかなように,多くの国では1次産品の比重がなお圧倒的に高く,モノカルチュア構造を示している。しかし,そのなかでも,つぎのような基準で低開発国の分類が可能であろう。第1は食糧を中心とする諸国で,ビルマ,タイなどがその典型である。第2は原材料を中心とする国で,これには繊維原材料を中心とする諸国と鉱物性原燃料を中心とする諸国に分けられる。インド,パキスタン,アラブ連合などが前者の例であり,マレーシア,ベネズエラ,ボリビア,チリなどは後者の範畴に含まれる。そして第3は,ある程度工業化が進み,工業製品の輸出がかなりの比重を占めるに至った国で,台湾がその代表例としてあげられる。低開発国経済の中でも,このような3つの構造的なパターンの差により海外景気の影響に基づく経済変動の態様は異なっている。

以下においては,このような構造的パターンの差を中心に低開発国の経済変動を海外要因との関連からみてみよう。

2)輸出の数量変動

第74図 低開発国の先進国向け輸出

第74図は先進国に対する輸出依存度の大きい低開発国の対先進国向け輸出の数量変化を図示したものである。インド,パキスタン,ボリビア,チリなどがアメリカの輸入変動とかなり対応した変動を示しており,また,パキスタン,ボリビアはイギリスの景気ともほぼ対応して変動している。以上の例にもみられるように,先進国に対する輸出依存度の高い国では,先進国の景気変動に対応する輸出変動がみられる場合が多いが,対日輸出の比重の大きい韓国のように先進国の景気変動と必らずしも対応した関係を示していないものもみられる。

第75図 低開発国の主要商品別輸出

このように,輸出依存度の高い低開発国のなかでも先進国の景気変動との対応の仕方に違いがみられるのは輸出商品の相違によるものとみられる。すなわち,上述の韓国のように,輸出の変動が先進国の景気変動と必ずしも対応していないのは,その輸出商品が比較的景気感応度の低いものに限られていることによるものであるといえよう。

第75図は,こういった観点から,主要商品の輸出変動を国別にみたものである。それによると,マレーシア,ボリビアの錫,メキシコの鉛など鉱物性原材料の輸出は先進国の景気変動とかなり一致している。一方,同じ原材料でもジュートなどの繊維原材料は,パキスタンやメキシコにみられるように,海外景気との関連は必ずしも敏感には現われていない。このように貿易依存度が大きく,かつ海外景気の波とかなり一致しているとみられる低開発国の輸出変動も,輸出商品の違いにより,かなり異った様相を示している。

3)輸出の価格変動

つぎに価格変動の面から景気波及の様相をみよう。低開発国の輸出商品価格が全体として海外景気とどのように関連しているかをみたのが第76図である。それによると,ロイター指数は先進国が景気後退を示した53年,58年,62年に深い落ち込みをみせている。これは低開発国の輸出商品の価格が先進工業国の景気変動により著しく左右されることを物語っている。

このような海外景気に敏感な1次商品価格を食料品と原材料とに分けてみると,つぎのような特徴がみられる。まづ食料品の輸出価格の変動を米(タイ,ビルマ)と茶(インド)についてみると,その態様は海外景気とは無関係な姿を示している。しかし,世界全体における生産変動との関連をみると,米の価格が,必ずしも世界的な生産の豊凶によって左右されないのに対し,茶については,世界全体の生産とほぼ対応した姿を示しており,世界全体の生産の豊凶といった供給要因により価格が左右されるという国際的な食料品としての性格を端的に示した具体例であるといえよう。

つぎに,原材料に目を転じて,まずジュート,アバカなどの繊維原材料をパキスタンとフィリピンについてみると,海外景気とほぼ対応した変動を示している。これは,両者ともに輸出先が先進工業国であるため,海外景気に敏感に反応するためである。とりわけ,繊維原材料が近年の合成代替品の出現により手痛い打撃を受けているにもかかわらず,価格変動はなお海外景気に敏感である点は注目される。

つぎに,ゴム,錫およびココナットなどの価格変動をマレーシアについてみると,ゴムの価格変動は海外景気と明らかに一致しており,数量変動もこれとほぼ重複している。このことは,ゴムが繊維原材料と同じく合成代替品の著しい進出にもかかわらず,景気感応度がきわめて高い商品であることを物語っている。これに対し錫の価格変動は先にみた数量変動とは異なり海外景気への感応はややゆるやかである。

また,ココナットの価格は海外景気とは独立した変動を示している。これはココナットの価格が需要要因のみで決定されないことを物語っている。需要面からみる限りココナットは工業原材料として重要性をもつが,半面,近年食用としての需要も増大し,これによって原材料としての性格に加えて,食料品に近い色彩をも備えるに至った。このことは景気感応的であったココナットの価格変動にも反映しているものとみられる。

以上のように低開発国における輸出商品の価格変動は品目により,かなり態様を異にするが,概して食料品価格は海外景気に対し独立的で,むしろ生産や輸出余力といった供給側の事情により左右される度合が強い。これに対し原材料価格は近年における代替品の増大にもかかわらず,景気感応度がきわめて強いということができる。

4)輸出と国民総生産の変動

つぎに,これまでみてきたような輸出変動と国民総生産の変動との関係をみると第77図のように,ビルマ,セイロン,マレーシア,ベネズエラ,アラブ連合などの諸国では,輸出と国民総生産とはかなり対応した変動を示している。これらの諸国はいづれも輸出依存度が高く(20~40%台),輸出の変動が国民総生産の変動をひき起すからである。しかし,両者の振幅を比較すると,マレーシア,ビルマなどでは輸出変動の方がやや大きい点が指摘されよう。マレーシアの場合は,同じ1次産品でもゴムや錫の如く,その大部分が先進工業国向けであり,したがって先進国の景気波及を直接的に受ける度合が大きいことがその要因とみられる。また,ビルマの場合は,気象条件の変化によって生産が大きく変動する米穀という単一商品の輸出に依存しているためであろう。これに対し輸出変動の振幅のほうがやや小さいセイロン,アラブ連合などについてはつぎのように考えられる。

すなわち,セイロンの場合は,海外景気に対する感応度が弱い食料品に属する茶が主要な輸出品目であることを反映するものである。一方,アラブ連合の場合は,海外景気が価格面を通じて,かなり敏感に反映する綿花が主要輸出商品であるが,その大半が英連邦諸国や共産圏といった安定市場向けであるためであろう。

(3) 経済変動と国内要因

1)農業生産の変動

低開発国の国民経済に占める農業生産の比重は一部の国を除くと,依然として大きく,したがって農業生産の豊凶が輸出入や物価を通じて国民経済の変動に与える影響も大きい。これを最近10ヵ年についてみたのが第78図である。それによると,農業生産は気象条件の変化を反映して総じて大きな変動を示している。しかし,食糧や農業原材料生産への依存が大きいタイ,セイロン,ブラジル,インド,パキスタン,メキシコ,アラブ連合などにおいては農業生産と国民総生産の変動との間にかなり高い相関がみられるのに対し,工業のウエイトが近年かなり高まっている韓国,台湾などでは両者の間に必ずしも明確な関連はみられないという違いがみられる。

このように農業生産と国民総生産の変動が農業国において,より高い相関を示しているのは,農業生産の動向が輸出入や生産,物価などを通じて国民総生産の変動に,より大きな作用を与えることを示している。これに対し工業化が進展し農業のウエイトの相対的に低下している国では農業生産の変動が前者ほど国民総生産の変動に大きな影響を与えていないことを物語っている。むしろこのような諸国においては台湾に典型的にみられるように国民総生産の変動は鉱工業生産や投資の変動により大きな影響を受けている。また原材料生産に依存する諸国の中でもイラクのように石油という単一の鉱物性燃料に依存する国では石油の生産が国民総生産の変動を左右していることがわかる。

以上のように,農業生産のウエイトの相違により,農業生産の変動が国民総生産に与える影響には違いがみられるが,農業生産の変動が鉱工業生産の変動に影響を与えている場合もみられる。これを比較的工業化が進んでいるインドと台湾についてみたものが第79図である。この両国の事例から明らかなように両者はほぼ対応した変化を示している。これは農業生産の豊凶が原材料供給の増減を通じて鉱工業生産の増減に大きな影響を与えることを示すものであるが,半面,両国における鉱工業生産の内容なり現段階をも示すものといえよう。つまり,インド,台湾においては,農業原材料を使用する農産加工業の製造業に占める比重がかなり大きいことを物語っている。このように鉱工業生産が農業生産によって影響されるという現象は食品加工や繊維工業を主とする初期的な工業化の段階では,各国とも共通した現象とみられる。

2)個人消費の変動

低開発国の経済変動に影響を与える国内要因としては,以上のような供給面における農業生産の変動のほかに需要面における個人消費の変動がある。 個人消費の変動は,各国のもつ産業構造や発展段階のいかんにかかわらず,国民総生産の変動とかなり一致しているが,その変動幅は国民総生産を上回っている場合が多い。これは,きわめて安定した様相を示す先進国の個人消費に比べると,かなり対照的である。

低開発国において,このように,個人消費の大幅な変動がみられるのはなぜであろうか。低開発国の経済変動において農業生産の豊凶がもつ役割がかなり大きいことは先に触れたが,この農業生産の変動が農業所得の変動を媒介として,個人消費にもかなりの作用を与えるものとみられる。すなわち個人消費と農業所得との関連を示した第80図によると,農業所得と個人消費とは,ほぼ同じ変動を示している場合が多く,農業生産の豊凶が個人消費の変動を左右すること,つまり供給要因の変動が需要要因の変化をひき起すことを示しているものといえよう。

3)投資の変動

投資面に目を転じ,固定資本投資の変動をみると,総じて国民総生産の変動とかなり対応した変動パターンを示しており,その振幅は前者が後者を著しく上回っているのが通例である。また,国により両者の動きに一定のタイム・ラグを伴う場合もしばしばみられる。しかし国別にみるとイラクやフィリピンのように,両者に何らかの関連性がみられない場合もある。

第81図 投資と輸入の変動

投資の変動を輸入と対比させてみると,変動の仕方がおおむね一致している。これは低開発国における投資は,多くの場合,開発投資としての性格が強く,工業国からの資本財輸入を通じて実現されていることを反映しているものとみられる。このように開発投資としての性格が強いことが経済体制のいかんにかかわらず投資に占める政府部門の比重を大きくしており,このことが低開発国における投資の特徴といえよう。ちなみに東南アジア諸国についてみると,社会主義を指向するビルマにおいては政府部門は総投資の45%を占めるが,50年代以来,一貫して自由主義体制を守っているマレーシアや台湾においても政府部門の比重は40%台を占めている。このように低開発国における投資は政府のイニシアチブによる先行投資の性格が極めて強いことが投資を支えているものとみられる。しかし低開発国における投資率は第82図にみられるように,おおむね50年代後半から60年代前半にかけて増加傾向にあるが,いづれも20%以下であり,先進国の比率に比べかなり低い。これに対し先にみた個人消費率は低開発国において65~80%を示し,先進国のそれをかなり上回っている。したがって,投資の変動が個人消費のそれをさらに上回って大きいにもかかわらず,変動要因としての力は個人消費に比べるとかなり小さいものとみられる。

以上のように低開発国の経済変動は先進国からの景気波及という海外要因により左右される度合が大きい。また,この影響の度合は概して輸出依存度の大きい国において強く,かつ原材料供給を主とする国において大きい。これに対し,輸出依存度の小さい国,食糧生産を主とする国,特産品をもたない国などの経済変動は海外景気に対し敏感な反応を示していない。

他方,国内要因としては,農業生産を主とした供給面の変化が大きな影響を与えるのに対し,需要面のもつ作用が比較的小さいことが低開発国の経済変動における特徴といえよう。これは農業生産の比重が大きい低開発国の経済構造を反映したものであり,この意味では低開発国の発展段階を示す一つの指標ともなろう。

68年2月に開催予定の第2回国連貿易開発会議を契機に低開発国は先進国による1次産品の買付け増大と,工業製品,半製品に対する特恵供与を強く求めている。低開発国は工業化の進展にもかかわらず,1次産品に対する依存度が依然大きいだけに,先進国としても1次産品の買付けには国内農業との調整に注意を払いながら,今後,格段の配慮を必要としよう。他方,関税面を通じた対低開発国特恵についても,とりわけ脆弱な部門をかかえたわが国産業にとっては競合関係が強まることが予想される。しかし貿易面における特恵供与を通じて南北貿易が拡大し,これによって低開発国経済の安定が確保され成長が速められれば今後の世界経済の持続的成長に寄与するところも大きいであろう。