昭和41年
年次世界経済報告
昭和41年12月16日
経済企画庁
第4章 新局面を迎えた国際資本移動
(1) アメリカ企業の進出状況
民間企業による海外直接投資の動機は,主として高利潤と市場シェアの拡大である。アメリカについていえば,50年央ごろから60年代初めにかけての対欧投資の増大は,国内における経済成長の鈍化,EECの高成長見通しとそれに附随する高利潤に魅惑されたものであった。ところが,欧米の収益差は急速に縮小し,65年にはアメリカのほうが有利になった。しかし,それにもかかわらず,アメリカの直接投資は増大した。62~66年はアメリカ景気が空前の長期好況をおう歌し,利潤率も改善の方向にあり,しかも,国内資金の繁忙が伝えられた時期であるから,利潤率の格差だけでは,この時期の対欧投資増大を説明しかねるようである。しかし,企業投資は過去の利潤率よりも,むしろ将来の期待利潤によって決定される面が強く,またアメリカ企業の在欧子会社平均では十分な利潤率ではなくても,業種によっては平均以上の利潤率を期待できることもあろう。たとえば,化学のように,高度の技術や新製品によって市場を開拓できる産業部門では,65~66年に大挙西欧に進出した。
第2にあげられる対欧直接投資の主因は,市場シェアの拡大意欲とEEC側の諸事情である。EECは成長市場であるばかりでなく,68年7月以降は域内関税が撤廃され域外からの対EEC輸出は不利になることなどもあって,EEC域内諸国向け直接投資が増大した。
このほか,65~66年にアメリカの直接投資が増大した特殊要因としてつぎのことが指摘できよう。
その一つは,北海石油の試掘発展に伴い,原料基地に近いオランダ,ベルギーに化学工業が進出したことであり,その第2は,オランダ,ベルギー,イタリアのように外国投資を歓迎する国があったことである。
つぎに,アメリカ企業の対欧進出件数,進出業種などを調べてみよう。
まず進出件数(新規開業件数)では,1958年1月から66年1月までの間に3,713件を数えたが,その大部分(76%)はEEC諸国への進出であった。そのなかでも,フランスの715件が最高で,以下,西ドイツ,ベルギー,ルクセンブルグ,イタリア,オランダ,イギリス,スイスの順となっている。また,イギリスを除くEFTA地域へは427件で,イタリアー国にも及ばない。このことから,いかにEEC諸国が重視されているか分かるであろう。
これを業種別にみると,化学製品がもっとも多く,ついで非電機機械,電子計算機で,この3部門だけで全体の42.2%を占めている。しかし,国別にみればかならずしも同一パターンではなく,たとえば,化学工業のウエイトはベルギー,ルクセンブルグ(26.4%),オランダ(20.3%)ではいちじるしく高いのに,スイスでは10.8%にすぎない。
こうした大きな開きは,進出先の立地条件(原料資源との輸送関係,製品販売に有利な条件,水資源,建設敷地など)や受入国の積極的な外資導入政策によるものである。
非電機機械の進出状況は比較的国別差が少ないが,電子計算機はフランス,西ドイツイタリア,オランダ,イギリス,スイスにおいていずれも10%を超え,10%を割るのはベルギー,ルクセンブルグだけである。こうした高いウェイトを占めるのは,ヨーロッパにアメリカ企業に対抗できるだけの技術が乏しかったからでもあるが,電算機部門を成長産業とみなして,強力な進出を試みたためとみられる。
なお,65年における化学工業の対欧投資件数を100とすれば,ベネルックス3国の32がもっとも多く,西ドイツ20,イタリア17であり,また石油産業ではベネルックスの58が群を抜き,イタリア17,イギリス8であり,電機機械でもまたベネルックス58で異常に高く,以下イタリア18,イギリス12となっている。精密機械,時計事務用機械では,フランスのウェイトが比較的高い。以上のように,ウェイトの高い国では化学の項で述べた理由のほか,有力な競争相手がなく,しかもかなりの潜在市場があるとみての進出と思われる。
つぎに,これを直接投資の累積額でみると,アメリカ企業による対欧投資の増加速度がいかに大きかったかを知ることができる。65年末の対欧直接投資残高は,139億ドルで,58年からの7年間に実に3倍となり,国別残高の増加速度は西ドイツ3.6倍,イタリア3.5倍,フランス2.9倍でかなり早いが,従来からアメリカ企業が地盤を築きあげていたイギリスでは2.4倍にとどまった。一方売上高は,同期間に76億ドルから193億ドルヘ2.5倍になっただけで,投資残高ほどの伸びをみせていない。
おそらく,投資効果がまだ十分現われていないことによるものであろう。また,製造業の直接投資残高は57年末から64年末までの間に約3倍となったが,業種別にはかなりの偏差がある。そのうち,輸送機械の3.8倍を筆頭として,以下化学,1次金属はいずれも平均以上の伸びをみせ,合成ゴムは平均に近く,食品,電機機械,一般機械,製紙は平均以下であった。
以上のように,アメリカ企業はそのもっとも得意とする石油,自動車,化学,エレクトロニクスをもって,ヨーロッパにきわめて急速に進出したといえよう。
(2) 直接投資の影響
1) ヨーロッパ
アメリカ企業の急速な対欧進出は,ヨーロッパの受入国にかなりの影響を与えた。その影響はかならずしもプラスの面だけでなく,相手国にかなりの混乱をひき起こした例もあった。まず積極的な面,つまりヨーロッパ諸国経済を刺激し,経済の拡大を助けたとみられる点はつぎのようであった。
① アメリカ資本の流入によって,ヨーロッパの資本不足が緩和されると同時に,ややもすれば,ドル不足気味であった西欧の外貨を潤沢化し,国際収支の天井を高くした。
② アメリカの直接投資は,ヨーロッパの設備投資を促進した。たしかに大部分の機械・設備はアメリカから輸入されるけれども,一部は現地調達されており,それがヨーロッパの設備投資を促進する機会になった。
③ 西欧の設備投資促進は,そのまま西欧の国民総生産を引き上げる契機となるが,それ以外にアメリカ企業の子会社のアメリカ本国向け,非西欧諸国向け輸出を増大させて,ヨーロッパの成長に寄与した。
④ ヨーロッパの雇用を増し,ヨーロッパに新しい技術を持ち込むことによって,企業の近代化を促進した。
そのほか,いくつかの項目をあげることもできるであろうが,その半面では少なからぬ障害や当惑をまき起こしたことも争えない。そのうちおもな点を列挙してみよう。
① ヨーロッパに進出する企業の少なからぬ部分がアメリカの大企業であり,新しい技術と強力な資本力をもっているため,現地企業のシェアが縮小した。
② 一部企業にあっては,市場支配力乱用のきらいがあった。たとえば,西ドイツでは民族資本の石油配給網がアメリカ資本の値下げ競争におびやかされた。
③ 基本産業,成長産業がアメリカ資本に握られ,西欧企業のウェイトが将来低下する恐れがある。とくに自動車,石油産業では,アメリカ企業のシェアが拡大する傾向がある。
④ アメリカ企業による現地資金の調達がヨーロッパの金利を高めると同時に,西欧地場産業の資金調達を困難にした。
⑤ 中小企業は資金調達面でも,製品販売面でも窮地におちいる危険が発生じた。
しかしその半面,西欧諸国ではアメリカ企業の進出によって明るみに出された西ヨーロッパの制度的,構造的欠陥を是正しようとする積極的な動きもみられる。
2) アメリカ
アメリカ企業の海外直接投資は,アメリカの資本と生産手段を輸出し,原料,労働力の大部分を現地で調達するため,労働者側からみれば職場を輸出する結果になり,ひいてはアメリカ人自身の就業機会を失わせる。失業率が高く,安全雇用の達成はかなり困難とみられた数年前のアメリカではこうした非難が強かったのであるが,ベトナム戦の影響もあって,以外にも早く完全雇用水準に達した今日では,そうした非難もあまり聞かれなくなった。
しかし,海外民間直接投資がしだいにその規模を増してゆくに従い,それが国際収支に及ぼす影響が注目されるにいたった。従来,海外直接投資収益の国内送金は新規の直接投資支出額を上回りアメリカの国際収支改善,寄与したが,しかし,近年の新規投資流出額の増加テンポは異常な早さであり,そのために国際収支赤字が増大するといった面もあったため,ついに65年2,月直接投資の自主規制が行なわれるにいたった。
それにもかかわらず,企業の直接投資意欲はむしろ活発化しているので,自主規制は67年末まで1年延長される可能性が強い。
直接投資の規制は,ある面ではアメリカからの子企業向け輸出を抑制しドル防衛の主旨に反する点もあるが,しかし直接投資をのばなしにしておけぼ大量のドル流出を発生させるだけでなく,アメリカの親会社からの第3国向け輸出が子会社からの輸出にくわれるおそれがあるので,アメリカの国際収支に及ぼす直接投資の功罪は,今にわかに判断できない。