昭和40年
年次世界経済報告
昭和40年12月7日
経済企画庁
第1章 世界経済の成長と循環
1966年の世界経済は,どのような動きをみせるであろうか。
まず,アメリカの景気見通しであるが,現在のデータからみると,66年もいちおう好況の持続とみることができよう。65年秋から66年春にかけて,鉄鋼を中心とする在庫投資の減少という一時的なマイナス要因に加えて,66年1月からは,社会保障拠出金増額(年間50億ドル)による購買力の吸収があるが,半面では,同じく66年1月から第2回目の消費税減税(17億5,000万ドル)があるほか,ベトナム軍費の増大(20~50億ドルといわれる)や,「偉大な社会」建設のための支出の増加(66年度に推定80億ドル増)というプラス要因がある。また民間設備投資は現在の高操業率,利潤増加により当分増大を続けるであろうから,テンポは落ちるだろうが,拡大基調は当分続くとみてよいであろう。
しかし半面において,66年の見通しを不確かなものとする要因の存在も見逃してはならない。
その第1は,住宅建築である。住宅建築は66年やや好転との予想もあるが,現在の諸指標からみて66年の大きな拡大要因になるとは予想しにくい。第2は,自動車需要である。乗用車の販売台数は65年に約920万台(推定)に達して,65年の経済拡大に重要な役割を果たしたが,現在の正常な自動車需要は約800万台という見方もあるので,66年の自動車販売台数が65年をさらに上回るかどうかに若干の問題があろう。
66年の見通しを困難にする第3の要因は,過去5年間の長期好況でアメリカ経済が完全雇用水準へ近づき,それに伴ってインフレ圧力が出てきたことである。失業は65年10月現在で4.3%へ低下(64年平均は5.2%)し,政府がいちおうの完全雇用水準と見なしている4%に近づいており,製造工業の操業率も61年平均の82%から64年平均の87%,そして最近の約90%へと上昇しており,これまた最適操業率とされる92%へ近づきつつある。このように経済が完全雇用水準へ近づくとインフレ圧力が発生しやすことは,過去の経験からも当然予想される。現に65年にはいってから物価にやや動意がみえている。また,企業の資金需要が強いために最近は長期金利もやや上昇気味である。さらに国際収支も民間資本規制によりいちおう好転したものの,今後の成行きによっては,金利引上げが必要となるかもしれない。政府は現在のところ長期金利の引上げは成長を阻害するものとして,引上げ反対の方針を堅持しているが,経済的環境からいえば,引上げへの圧力が高まりつつあるといえる。すでに述べたように,近年のアメリカ経済の長期好況は,政府の低金利政策におうところが大きかった。
このようにみてくると,従来は比較的成長促進一点ばりで通してこられたアメリカの経済政策も,今後は従来以上に安定的側面を考慮せねばならぬことになり,それだけ政策のかじのとり方も微妙なものとなってくるといえよう。
ところで,66年のアメリカ経済の実質成長率については,アクレー大統領経済諮問委員会委員長が名目6%(65年は6.6%)と予想しており,物価の値上りを考慮した実質では4%程度となろう(64年の実質成長率は5%,65年推定4.5%)。
つぎは西ヨーロッパであるが,ここでは情勢はまちまちである。まずイギリスが,相つぐ引締め政策によって,すでに景気停滞的な兆候をみせはじめており,66年には一時的に軽度の後退的局面もありえよう。問題は国際収支の推移であって,こが順調に改善されていくようだと,引締め政策の緩和が案外早く可能となるかもしれない。現労働党政府が前保守党政権以上に成長政策に熱意をもっていることも,早めに緩和政策へ転ずる可能性を示唆するものであろう。また企業の設備投資意欲が意外に根づよいことも,66年の見通しにとってプラスの材料である。
しかし,国際収支の均衡達成が政府の目標とされている66年末までかかると仮定すれば,景気刺激策への政策転換は66年秋以降となるであろうし,そうなれば66年の経済成長率はやはり1%前後(64年5.9%,65年推定3%)にとどまるかもしれない。
ヨーロッパ大陸では,64~65年に最大の拡張力を示した西ドイツが,労働力および設備の隘路からすでに拡大テンポが鈍化しつつあり,さらに65年中に強化された金融引締めの影響から,需要の伸びも鈍化の気配をみせている。したがって,66年の成長率はさらに鈍化するであろう(64年の6.6%,65年の推定5%から66年は4.5%程度か)。
西ヨーロッパで明るい面は,イタリアとフランスの景気回復である。イタリアの鉱工業生産はすでに65年5月に後退前のピーク水準を回復し,その後も,輸出,自動車などの耐久消費財需要および政府支出に支えられて,順調に上昇過程を歩みつつある。設備投資がまだ不振なのがやや気がかりだが,これも今後は総需要の増加と操業度の上昇によりしだいに回復に向かうものと思われる。政府筋では,66年の実質成長率を4.8%程度に見込んでいるようである(64年2.7%,65年推定3%)。
フランスも,65年春から景気回復に転じた。ここでも輸出が好調であるほか,住宅建設が景気の支えとなっており,また最近は自動車など個人消費の回復がある。しかし,設備投資がいぜんとして沈滞しているので,景気回復テンポは鈍い。政府の経済見通しは比較的楽観的で,民間設備投資も政府のテコ入れで66年は回復に向かうとみており,66年の成長率も4.5%(64年5.7%,65年推定2.3%)に達するであろうとしている。
その他の国々では,65年にインフレふくみの旺盛な拡大を続けて,66年もだいたい前年並みの成長率(4~5%)を示すと思われる諸国(オランダ,スウェーデン,オーストリア)と,64年の過熱景気の反動で65年は景気調整過程にあって成長率がおちたが,66年は再び成長率を高めそうな諸国(ベルギー,デンマーク),さらに66年は65年の過熱のあとをうけた調整過程で成長率がおちそうな国(スイス,ノルウェー)など,景気局面はまちまちであるが,一部の国を除けば,66年の成長率はおおむね4~5%とみられ,全体としては65年並みといってよい。
つまり,西ヨーロッパの66年の経済成長率は,イギリスの不振と西ドイツの若干の鈍化が,イタリア,フランスの景気上昇で相殺され,その他の国も全体として65年並みということになって,西ヨーロッパ全休としては,あまり変わりがないであろう。
このようにみてくると,66年の欧米工業国の景気見通しは,西ヨーロッパがほぼ65年並みの拡大テンポ,アメリカが成長鈍化となり,工業国にしめるアメり力のウエイトから考えると,欧米工業国の成長率全体として,やや鈍化するとみてよかろう。
このように欧米工業国全体の成長率はやや鈍化程度だとしても,それが外部世界に対して与える影響は国によりかなりちがってくる。とくに低開発国の輸出市場として大きな比重をもつイギリスの停滞は,低開発国の輸出に悪影響を与えるであろう。これにアメリカ,イギリスの国際収支対策による資本流入の鈍化が加わるであろうから,低開発諸国は輸出と資本の両面から苦境をまねき,外貨難一輸入減一成長鈍化というコースをたどらざるをえまい。
また,アメリカ経済の成長率鈍化予想は,アメリカ市場に対する依存度の高い諸国に悪影響を及ぼすおそれがあることも,考えておかねばならぬであろう。
なお,各国政府および研究所,国際機関などによる66年の実質成長率を表にまとめると,第23表のとおりである。