昭和40年

年次世界経済報告

昭和40年12月7日

経済企画庁


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序  章 日本をとりまく海外経済の動き

2. 世界貿易の拡大と日本の輸出

前節でもふれたが,今回の日本の景気後退におけるいちじるしい特徴は,輸出(の急増による国際収支の改善であった。第1表に示すように,貿易収支は63年に2億ドルの赤字であったものが,64年には1億ドルの黒字に転じ,さらに65年1~9月には9億ドルの大幅な黒字を実現した。

半面,短期資本収支は64年下期から赤字となり,65年にはいって長期資本収支も赤字に転じたが,この資本収支の悪化は輸出の増加によって完全にカバーされた。従来,日本では,資本収支は数億ドルの黒字を維持し,経常収支が赤字化した場合これを相殺するのが常であった。この点からみて,今回の国際収支にあらわれた変化は特徴的といえよう。もっとも,これは対外投資の超過にもとづく資本収支の赤字というアメリカ,イギリスの国際収支構造とは異なり,ユーザンスの払超などという短期的要因や,アメリカのドル防衛策の強化による長期資本の流入減,および債務返済増などに起因するものであった。

このような国際収支パターンの変化をもたらした日本の輸出の大幅な増加には,輸出構造の重化学工業化と競争力の強化,あるいは景気後退期に特有な輸出圧力もはたらいているが,これらの国内的要因とともに,64~65年の世界貿易が大きく伸びた背景を指摘しなければならない。

世界の輸入(社会主義圏およびインドネシアを除く)は,61年以後64年まで一貫して増勢を強めてきた。64年の増加率は11.3%で,53~64年の年平均増加率6.4%をいちじるしく上回り,過去における急増期であった56年,60年とほぼ同じ高さである。65年にはいると,イタリアフランス,イギリスなど西ヨーロッパ工業国の一部と日本の景気停滞を反映して,世界輸入の増加テンポは鈍化し,上期の伸び率は対前年同期比で7.5%にとどまった。

この間,日本の輸出は増大を続け,64年には22.4%増,65年上期には36.1%増(対前年同期比,通関ベース)とそのテンポはいちじるしく高まった。これは,53~64年の長期的な平均増加率14.7%はもちろん,かつての輸出ブーム期であった55~56年の平均増加率(24%)をも大幅に上回るものであった(第5図)。

日本の輸出がこのように大きく伸び,しかも世界輸入の増勢鈍化をみた65年上期にも大幅な増加を示した理由は,市場別の動向が日本の輸出に有利にはたらいたことである。

第2表に示すように,63年に増勢が鈍化し日本の輸出にも影響したアメリカの輸入は,同年下期から再び増勢を強め,65年にはいってその増加率は一段と高まった。一方,西ヨーロッパの輸入は64年下期から増勢が弱まったが,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカの一次産品輸出先進国は輸入を激増させた。また,日本の輸出の半ばを吸収する低開発国は,62年以来続いた工業国向け輸出の好調で外貨を蓄積し,64年から輸入を大きく伸ばした。

つぎに,これらの地域別に,輸入の動きとその背景になった経済情勢を検討し,日本の輸出と対比してみよう。

まず,第6図の(1)によって,日本の輸出の約3割が向けられているアメリカをみると,同国経済はすでに5年におよぶ高度成長を続けており,旺盛な設備投資,個人消費を反映して輸入需要も64年8.9%,65年上期12.3%と着実に増加テンポを早めた。アメリカの輸入需要は,もともと,消費財を中心とした完成品が大きな比重を占めているので,消費関連財が約8割である日本の対米輸出は順調に伸びてきた。そのうえ,65年上期の41%といういちじるしい伸びには,アメリカの好調な経済拡大に加えて,鉄鋼スト懸念による鉄鋼輸入の増大という特殊要因も考えられる。

西ヨーロッパでは,全体としての輸入をみると(第6図の(2)),62年から64年にかけて景気上昇に伴い輸入の増加テンポは早まっていったが,1964~65年におけるイタリア,フランスの景気停滞,65年にはいって起こった過熱から停滞へのイギリス経済の反転によって,65年上期にはかなり鈍化している。西ヨーロッパの輸入の動向に対し,日本の同地域への輸出は,64年まではほぼ同じ方向に変動したが,65年上期には,西ヨーロッパ輸入の鈍化,日本の輸出の続伸という逆の関係がみられた。とくにEECについてこの傾向がいちじるしいが,これはEECのなかでも,日本にとって大きい市場である西ドイツで景気過熱による輪入の急増(64年12.3%,65年上期23.5%増)が起こり,日本の西ドイツ向け輸出が著増したためである。なお,日本の輸出総額に占める対西ヨーロッパ輸出の比重は,65年上期において13%であった。

東南アジアは,日本にとってアメリカとならぶ大きな輸出市場であるが,第6図の(3)に示すように,同地域の輸入需要は63年に工業国の活況の波及効果を受けて大幅な伸びを示した。64年以降も,輸出の増勢鈍化にかかわらず,多くの国の輸入は増大しており,日本の輸出もこれらの国々に対し大きく伸びたが,インドネシアとマレーシヤの対決から両国間の貿易が激減して,東南アジア全体の輸入は増勢が鈍化している。

このほか,社会主義国の圏外からの輸入は,東西双方における経済的要請が高まってきつつあったうえ,64年のソ連の不作による西側からの小麦輸入,その後のソ連,中国における順調な生産の拡大があり,世界輪入に占める比重こそ64年で3.7%(社会主義圏内貿易を除く)とまだ小さいが,その伸び率は同年に18.6%と目ざましい拡大を遂げた。とくに,日本の輸出は64年53%増,65年上期39%増(対前年同期比)という大幅な増加であった。

ところで,日本の輸出はこのようにいちじるしい伸びを示したが,半面,輸入の増勢は鈍化した。日本の貿易は,過去における急速な拡大の結果,相当な規模に達しており,輸出だけでなく,輸入の動向が海外諸国に及ぼす影響も無視できない。

日本が,金融引締め政策を実施してから,生産はしだいに伸びが鈍り,輸入の増加率(通関ベース)は63年の19.5%,64年の17.8%から,65年上期には2.2%(対前年同期比)といちじるしく低下した。これは,さきに述べた世界全体の輸入増加率をはるかに下回るものであり,これに伴って,世界輸入に占める比重も64年の5.O%から,65年上期には4.9%へ低下した。しかし,たとえ低率とはいえ,このように輸入が増加を続けたことは,過去の引締めの際,輸入が大幅に減少したのと比較して特徴的な相違である。

また,この輸入の動きを地域別にみると,先進国からの輸入が64年の14.7%増から65年上期には5.8%減(対前年同期比)とかなり低下したのに対し,低開発国からの輸入は,64年17.7%増,65年上期10.6%増と,増加テンポの鈍化にとどまった。したがって,日本は,この1年,輸入面では,世界貿易全体の拡大に大きな役割は果たさなかったけれども,低開発国の輸出増加に対しては,なおかなりの寄与を続けたといえよう。

このように,日本の景気後退の影響が,先進国,とくにアメリカからの輸入に大きくあらわれ,低開発国からの輸入に対してはそれほどでないというパターンは,前回(62年)および前々回(57~58年)の景気後退期にもみられたものであるが,今回は輸入総額が減少しなかっただけに,この対照がとくにはっきりと認められた。

低開発国側からみると,日本に対する輸出の割合は低開発国輸出全体の7%を占め,とくに東南アジアについては,3割に近い。また,日本側からみれば,輸入総額の半分近くを低開発国からの輸入で占めている。それだけに,日本の輸入動向が低開発国の経済発展に及ぼす影響の小さくないこと,貿易を通ずる相互の利益の大きい点を考えると,この日本の輸入動向は重要な意義をもつものといえよう。

第7図 日本の輸入の地域別変動


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