昭和39年

年次世界経済報告

昭和40年1月19日

経済企画庁


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第1部 総  論

第2章 世界の経済成長

2. アメリカ経済の息の長い安定的成長

1961年3月からはじまった戦後5回目のアメリカの景気上昇は,すでに46力月目(64年12月現在)を迎え,第二次大戦後もっとも息の長かった49~53年の上昇期間(45カ月,鮮朝動乱を含む)を越えることは確実となった(第4図参照)。

ところで,今回の長期にわたる景気上昇過程には,63年の秋頃までの様相と,その後今日までの1年間の様相にかなり大きな内容の差がみられる。

すなわち,この1カ年に設備投資の拡大が本格化し,耐久消費財ブーム→稼動率の上昇→設備投資の増大という動きが,いよいよはっきりしてきた。

また成り行きを注目されていた所得税の大幅軽減が64年3月から実施され,これが経済活動をさらに押し上げた。

その結果,従来から5.5%の水準をなかなか破れなかった失業率が64年夏頃から5%前後にまで低下するにいたった。しかしながら,64年にはいると住宅建設支出が停滞ないし減少しはじめ,これまでの長い景気上昇を支えてきた一つの重要な要因が脱落しはじめた。

以下では,このような諸事象を順を追ってみていくことにする。

(1)設備投資増大の本格化とその背景

1961年第2・四半期-62年第2・四半期はアメリカの景気の回復期にあたり,国民総生産は7%(実質)の増加を示したが,62年第2・四半期~63年第2・四半期になると,それは約3%に低下した。これは,各需要項目とも増加率が落ちたためであるが,とりわけ回復期に国民総生産の増加に対して大きな寄与率を示した在庫投資がこの期間になると減少に転じ,マイナスの寄与率を示したことが,その主な要因の一つであった。

しかし63年第2・四半期~64年第2・四半期になると,国民総生産の増加率は5.2%に高まった。これには11%増という設備投資の増大が大きく働いており,またその寄与率も62年第2・四半期~63年第2・四半期の8.7%から63年第2・四半期~64年第2・四半期の14.1%へと増大した。

この設備投資の増大は,基本的には自動車ブームおよび住宅建築の活況とその産業連関的波及を通じた需要増大に支えられて,操業度や利潤が高まってきたことに基づいている。とりわけ製造業の設備投資の水準は,57年以来実に7年ぶりに更新されることになった。

この自動車ブーム,住宅建設ブームが起った要因を要約すればつぎのようになる。まず自動車ブームの原因としては,①登録自動車の車令構成の老化(車令8年以上のものが,全登録台数について57年央の20%から62年央の28%へ増大,スクラップ台数は55年当時が370万台,現在は500万台以上)と,それに伴う更新需要の増大,②金融緩慢に基づく割賦信用条件の緩和,③新規に自動車を購入するハイティーン層の急増④所得の着実な増大を背景とした高額所得層での一家族当り自動車保有台数の増加,などをあげることができる。これに加えて最近では,⑤高速道路の完成,都市交通渋滞の緩和も自動車ブームの一因をなしている。

その結果,自動車購入を中心とする耐久消費財支出の増加は,62年第2・四半期~63年第2・四半期の国民総生産の増分に対して15.8%の寄与率を示し,また63年第2・四半期~64年第2・四半期も,13.3%という依然高い寄与率を維持している(第13表参照)。

また住宅建設支出も,自動車ブームとならんで63年末まで大きな上昇率と寄与率を示したが,その原因には,①貸付条件の緩い住宅金融の継続,②新規世帯形成数の増大,③所得の着実な上昇などを指摘できる。とりわけ,これまでの景気循環では好況期になると急速に上昇した利子率が,今回の好況期にはあまり上昇しなかったため,それがとくにアパート建設の増大を通して,住宅建設を著しく促進した。最近までの住宅建設の活況は,経済成長策としての二重金利操作,すなわち短期金利は国際収支の観点から高めに,また長期金利は経済成長の観点から低めに維持するといった操作による効果が大きく影響している。

こうした自動車プーム,住宅建設支出の増大の継続は,産業連関的な波及過程を介して,多くの産業の操業度を上昇させ,60年末には77%だった全製造業の操業率も63年末には85%に達した(マグロウヒル社調べ)。,操業度の上昇に加えて,労働コストの安定がみられたので,売上高の増大に伴って利潤の大幅な増加がもたらされ,他方62年7月施行の固定設備償却期間の短縮令(機械設備の平均償却期間約19年からほぼ西欧並みの約12年へ)や,同年9月に通過した投資減税法(新規機械設備購入費の7%を免税)などの刺激もあって設備投資の増大を促した。

64年の設備投資は対前年比13%増と推定されており(アメリカ商務省と証券取引委員会の投資計画調査による-9月発表),これは近年にない著しい伸びである。

(2)大幅減税の施行

ケネディ前大統領提案の大幅減税は,1964年2月ジョンソン大統領の署名によって成立,同年3月から実施された。それによって,個人所得税89億ドル,法人税22億ドル,合計111億ドルの減税が行なわれることになったが,そのうち約3分の2が64年に,残りが65年に行なわれる。

この減税政策は,低成長による「受身の赤字」を脱し,「積極的な赤字」による高成長,そしてその高成長の過程で財政的均衡を図るという意欲的な成長政策のあらわれであり,そういう意味で,平時におけるケインズ的処方箋のはじめての試みであると高く評価されている。

この減税による需要拡大効果は,大統領経済諮問委員会の調査によれば約300億ドルとされており,もしその3分の2の200億ドルが64年に現われるとすれば,それだけで経済成長率(名目)は3%以上高まることになるといわれる。

事実64年の上期には,個人所得税軽減の効果が個人可処分所得の増大→消費者支出,とりわけ耐久消費財支出の増大となって現われており,下期にもこの動きは維持されていくものとみられる。

これと並んで,法人税の軽減による利潤の増加が,現在のような環境のなかでいっそう設備投資を刺激することは疑いない。

(3)失業率の減少

好況とはいえ,1963年の失業率は5.6%で,依然高率のそしりをまぬがれなかったが,64年7月には数年ぶりに5%を割り,その後5%前後を上下している(第1-2図参照)。しかし,黒人(失業率10%以上)およびハイティーン層(失業率13~15%)の失業率は依然として極めて高く,これがアメリ力経済の構造的疾患となっていることには変りない。それにしても,このような構造的疾患に対して,現政府は,構造的調整より総有効需要拡大対策を重視している。61年にケネディ大統領は完全雇用の目標として4%の失業率実現を意図したが,現在,この目標に向って一歩近づいたということができよう。今後の失業率の推移が,これからの景気の上昇速度と持続期間に依存していることはいうまでもない。

(4)住宅建設の停滞

こうした好況のなかで,景気の先行きに対する一つの暗雲のようにみえるのが,64年第1・四半期から第2 ・四半期にかけてみられるような住宅建設の停滞である。

第二次大戦後の住宅建設の動きをみると,利子率の変動方向とは反対の方向に運動してきた。すなわち,不況期における利子率の低下は住宅建設を刺激し,また好況期における利子率の上昇は住宅建設を減少させたのである。

しかし,今回の好況局面では長期金利は上昇しなかったため,住宅建設は好況がかなり進んでからも増大を続け,景気の大きな浮揚力となった。そのもっとも典型的な事例は,金融緩慢を利用したアパート建設の盛行にみられた。

ところが最近にいたって,主要ないくつかのメトロポリタン地域でアパートの空屋率が増大し,そのため住宅建設が減少しはじめた。しかし,これは従来のように利子率が上昇したためではなく,今回は需給関係によるものであって,これは新しい現象だといえる。

以上では,主として景気の浮揚力について検討を加えたが,最近にいたるまでの持続的安定的な経済成長には,これらの要因のほかに,過剰設備,高率失業を背景とした物価の安定と,それのもたらす在庫投資の安定性ということもかなり寄与していると思われる。

こうして,今なおアメリカ経済は息の長い景気上昇を続けでいるが,操業度の上昇に加えて最近の自動車労組の4.7%賃上げ獲得,原材料品価格上昇の動きが,物価の先行きにどのような影響をもたらすか,これは最近頭打ちになった住宅建設の成行きと並んで,今後の推移が注目される。


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