昭和37年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和37年12月18日
経済企画庁
第2部 各論
第1章 アメリカ
1963年を間近に控えた現在,アメリカの景気は引きつづき62年8月頃から始まった高原状態を持続している。これは財政支出と63年型乗用車の好調な売れ行きを中心に個人消費支出が順調に増加しつつあるにもかかわらず,役備投資支出と住宅建築支出の増勢がとまり,在庫投資も減少気味になっているためである。先行き指標をみると,NICB(全米産業協議会)の投資資金計画調査は設備投資の先行き低下を示唆しているし,62年夏まで好調をつづけた住宅着工件数と住宅建築契約高も年央以降はやや下向きになるなど,役備投資と住宅建築関係のそれは下降気味となっている。耐久財受注高はやや増加しているもののその他多くの先行き指標は弱含みとなっている。
このような現状の下で63年の景気を予測すると,上期には住宅建築設備投資,個人め耐久消費財購入などの需要の頭打ちないし若干の減少が予想される。
これを主要部門別に検討してみよう。
まず,住宅建築では,先行き指標たる着工件数と契約高が62年4~5月をピークとしてその後傾向としては下降しつつあるので,63年上期の現実の支出額は若干減少しよう。現に,アメリカの建設業界でも,63年の住宅建築は若干の減少を予想している。
設備投資をみると,62年11月に発表されたマック・グロー・ヒル社の投資予測調査は63年の設備投資を62年比3%増と予測した。しかしすでに,62年第4四半期の設備投資は年率383.5億ドルに達したと推定されるので,62年第4四半期からの増加率は1%弱にすぎない。さらに,12月初旬に発表された商務省・証券取引委員会合同の設備投資調査によると,63年第1四半期の設備投資は耐久財製造業の減少から,全体で年率377億ドルと62年第4四半期から若干減少しようと予測した。NICBの投資資金計画調査も前述のように,63年上期の設備投資減少を示唆する。また,62年下期から実施に移された機械設備の償却期間短縮措置や投資減税法による刺激効果は,61年秋の繊維産業の例をみても早急に現われるものではないし,景気の先行き見通し難と期待利潤の低い現状では63年下期にぼつぼつ効果を現わしはじめる程度であろう。したがって,63年上期の投資はわずかながら減少する可能性が強い。
個人の耐久消費財購入は,乗用車を中心に62年11月までのところ好調であるが,すでに現在の水準が高いのでこれ以上の増加にはかなりの困難を予想されるし,個入所得の伸びの鈍化や賦払信用残高が個人所得に比してかなり高い水準にあるところからみて,これが63年上期に景気刺激的に働くとはあまり考えられず,おそらく頭打ち的になろうし,若干減少する可能性もある。55~56年の経験をみても,56年型車が発売された55年11月と12月の売れ行きは極めて好調であったが,56年初から弱含みとなった。63年初にもこのようなパターンの起る可能性がある。現に一部の有力な業界のエコノミストはこの可能性を指摘しており,業界の63年売上げ見通しも当初の見通したる62年と同水準ないし若干の減少という線を改訂していない。
これらの最終需要が減少すれば耐久財を中心に全体の在庫水準も減少に向かうことはもちろん,たとえ最終需要が停滞しただけでも業者の在庫政策の一そうの慎重化からある程度の在庫調整が行なわれよう。
このようにみてくると,63年上期には,連邦政府の予算支出が62年度,の877億ドルから63年度の937億ドルに増加するなど政府支出の増加と,趨勢的な個人のサービス支出増加が予想されるものの,全体の需要水準は頭打ちになると予想され,景気は一時的に調整過程にはいる可能性もある。
しかし,まず経済の実体面をみると,62年下期の在庫投資が比較的小幅なため,63年上期の調整は大がかりなものではなかろうし,設備投資も62年の増加が緩慢なため落ち込みもそう大きくなかろう。住宅建築や乗用車の売れ行きにしても急減は予想されない。
第2に,もし現実に景気が悪くなればビルト・イン・スタビライザーの効果が自律的に働くであろう。
第3に政策的には,62年10月中旬の預金準備率引下げなどの金融緩和措置,62年下期にとられた投資刺激策やケネディの積極的財政政策が大きな下支え要因として働こうし,63年初からの遡及実施を予想される一般減税もかなりの心理的景気刺激要因に数えてよかろう。
したがって,63年上期に一時的な景気調整があったとしても国民総生産が実質で1.8%減少した60~61年の景気後退よりもさらに小幅で,期間もごく短期間に終るであろう。
63年下期になると,一般減税が実現の運びになろうし,ケネディの成長政策による財政金融面からするよりーそうの刺激もあろうから,政府支出と個人消費と在庫投資を中心に経済は再拡大への道を歩もう。
こうして,63年の国民総生産は62年を若干上回るものと思われる。
アメリカ国内の専門家の意見をみても,11月以降,政府筋や一部の民間エコノミストの間に63年には景気後退がなく,緩慢に景気は上昇しようとの意見がみられるものの,他の一部の民間エコノミストのうちには63年上期にある程度の調整を予想しているものもあるように思われる。
1963年には西欧を中心としてアメリカ以外の工業国の景気は全体として62年よりも上昇率の鈍化が予想され,低開発国の輸入能力は外貨不足からいぜん低いと思われる。加えて,西欧と日本の輸出努力も強まろうから,アメリカの輸出努力の強化を見込んだとしてもアメリカの輸出は政府の増加目標を下回って微増程度に終ろう。
輸入面をみると,60~61年後退期には61年央までの1年間に国民総生産が前年から名目で2%増加したのに対し輸入は9郊減少し,とくに工業国からの輸入は16%も減少した。しかし,63年には60~61年にみられた乗用車と鉄鋼輸入の急減という特殊要因が存在しないため,輸入はほぼ62年下期の水準を維持しよう。アメリカの専門家のうちには,西欧と日本の競争力強化からアリ力の輸入は減少するどころか,かえってわずかながら増加するのではないかとの有力な意見もある。
だが,全体としてみると,もし63年上期にある程度の景気調整過程があるとすれば,63年には輸出の微増から貿易収支で若干の黒字幅拡大が予想される。
経常収支は貿易の黒字幅拡大のほかに,サービス収支のーそうの改善もあって,黒字幅がさらに拡大しよう。
資本収支もドル防衛の強化から政府資本の流出減少を予想されるほか,民間の長期資本流出も63年には増勢を鈍化し,あるいは横ばいになろうとの見方も強いので,赤字の拡大は避けられよう。
したがって,総合国際収支は62年よりも改善されると思われるが,政府の目ざす63年末までの均衡回復には相当の困難が予想されると考えなければなるまい。