昭和37年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和37年12月18日
経済企画庁
第1部 総論
第3章 EECを中心とする世界貿易体制の再編成
イギリスがヨーロッパに対する伝統的な「名誉ある孤立」政策を投げ捨て,EEC加盟に踏み切らざるかえなかった理由を一言にしていえば,停滞的なイギリス経済に競争の新風を吹きこみ,その体質を改善するとともに,発展力に乏しい英連邦中心の貿易から成長市場たる西欧大陸へ貿易の重点を移し,高成長への活路を得ようということにある。
イギリスの貿易に占める英連邦諸国の比重は50年代を通じて低下しつつあったが,第13図にみられるように,ここ数年その下げ足は急であり,それに代ってEEC,EFTA諸国のウェイトが急上昇している。しかもこの変化は輸出入両面でみられる。このイギリスの貿易地域構造の変化は先に機械類についてみたように,イギリスの貿易が工業国間の水平分業に参加していることを物語っている。しかしその反面,イギリス経済が停滞的であったために,英連邦諸国からの輸入を増加せしめることができなかったこと,輸出競争力の低下から,英連邦市場における輸出比率を他の工業国に比して相対的に減少せしめたことを指摘する必要があろう。そのうえ,EECに対抗するものとして自ら結成したEFTA市場において,EECとぐに西ドイツの製品の伸びの方が大きかったことも,イギリスのEEC加盟決意を強める一因となったと思われる。
イギリスの加盟交渉は,温帯性食糧を中心とする英連邦貿易問題,共同体農業基金問題などに突き当って,62年8月一たん中断し,その後もはかばかしい進捗をみせていない。そしてイギリスになお残っている加盟反対意見,英連邦会議における紛糾あるいはEEC諸国の足なみの不一致など複雑な問題を考えると,イギリスが正式加盟にこぎつけうるには少なくともなおかなりの時間を要すると思われる。
しかし62年10月に開かれた保守党大会が,政府のEEC加盟交渉支持を圧倒的多数で可決したことにも現われているように,イギリスの加盟決意は固い。
それではイギリスのEEC加盟が実現した場合,どのような影響が考えられるであろうか。
まず第1に,拡大されたEECの一そうの経済発展が考えられる。加盟がイギリス経済自身にとってもつ効果についてはいろいろ議論があるが,第2章でもすでにのべたように,体質改善によるイギリスの経済成長率のある程度の上昇が期待されよう。その場合EEC各国の金外貨準備によっそたとえ直接的な形ではないにしろポンドがバックアップされることは,ポンド不安がイギリスの経済成長を押えている最大の原因であるだけに,かなりの効果があると思われる。またイギリスの加盟によるEECの拡大はEECの発展力に新たな刺激要因を加え,その成長に寄与するであろう。貿易面でいえば,拡大されたEECの域内貿易の一そうの発展をみることになるわけであるが,この場合とくにイギリスの輸出の大宗でありまた競争力の一番強い機械類を中心にした拡大が考えられる。
第2に,イギリスの加盟は,アメリカの通商拡大法のばあいと同じく,EECの性格を開放的で視野の広いものにすることが期待される。この点,英連邦諸国の利益を代弁するイギリスの努力により加盟交渉の過程ですでにある程度の効果をみているが,今後ともイギリスの努力により貿易の自由化が一そうすすめられることを期待したい。このように自由化が進展するならば,EECの成長市場としての魅力が増すことになり,貿易の拡大を通じて域外諸国の成長にも好影響を与えるであろう。もっともその反面,EECの対外競争力が強くなり,国際競争が一そう激しくなると思われる。
第3に,英連邦特恵がイギリスの加盟とともに廃止されることは,世界貿易に大きな変化を与えることになるだろう。すなわち,まず英連邦市場において,いままで以上に世界の工業諸国が平等な条件で競争しうることになるであろう。しかし他面ではイギリスの加盟は英連邦諸国の市場転換問題をひきおこすことになる。現在イギリスは対EEC交渉で,英連邦諸国の利益を代弁する形でそれら諸国の輸出保証をもとめる努力をつづけているが,この英連邦貿易問題はEECだけで根本的に解決することはできないであろう。
英連邦貿易問題は複雑な問題をその中にもっているけれども,結局はいわゆる南北貿易問題の一つであり,したがって世界的な規模で解決されるべき問題として残ることになると思われる。