昭和37年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
昭和37年12月18日
経済企画庁
第1部 総論
第2章 世界経済の成長力
まず高成長国グループつまり主としてEEC諸国のばあいであるが,戦後復興要因は住宅を除いて今では消滅したとみてよい。また戦後の高成長を支えてきた労働力の豊富さも,いまではイタリアを除いて消滅しており,とくに西ドイツやオランダでは労働力不足がはげしく,それが経済成長の制約要因となっている。労働力不足は一面において労働節約的投資を促進するが,反面では供給側から経済成長の余地を狭めると同時に,コストインフレ圧力をつよめ投資意欲を減退させるというマイナス面をもっている。そして現在のEEC諸国ではこのマイナス面が表面化している。
また,工業設備の面でも1959~61年の投資ブームのあとをうけて現在ではやや設備過剰気味の産業が一部にみられ,それが前述したコストインフレと相まって当面の投資意欲を抑制する一つの要因となっている。
ただし同じく過剰設備といっても,一時的な過剰設備と慢性的,構造的な過剰設備を区別する必要があろう。戦後の西欧においても循環的な不況局面で一時的に操業度が低下して過剰設備が出現したこともあったが,その後の景気上昇期には需要の増加により吸収されてきた。現在の西欧では石炭,繊維,造船などのような衰退産業を除けば,構造的な過剰設備というほどのものはあまりみあたらない。
参考のために製造工業の操業度を西ドイツについてみると,61年下期は生産の停滞で操業度がさがったが,62年にはいってからは逆に上昇しており,現在の操業度は従来のピークである1955年の水準に近い(1955年の操業度は約97%)。
もちろん一時的にせよ設備が十分ないし過剰気味となれば,それが設備投資をある程度不振化させる要因となることはたしかである。しかし最近の西欧における投資活動が生産設備の拡張よりむしろその合理化や近代化に重点をおいている点に注目する必要があろう。数量的には設備能力が一応十分にある産業部門でも,競争の激化による近代化投資,労働力不足による労働節約投資,需要変化に対応した新製品部門への投資が活発に行なわれている。
たとえば西ドイツのばあい,1959~61年の投資ブーム期における企業投資の5割余が合理化投資であり,拡張投資は4割にみたなかった(拡張投資は主として自動車,プラスチックス,石油精製,機械など成長産業において行なわれた)。また労働力不足に対処するための投資の比重は59年の34%から61年の60%へ,新製品製造のための投資の比重は59年の32形から61年の59%へ高まり,新生産方法への転換のための投資の比重も同期間に13%から36%へ上昇している。
この種の投資はその性格上いずれも広い意味での技術革新的投資であり,それを促進したものは労働力不足という基本的な与件のほか,所得上昇による消費構造の多様化,EECの進展による競争の激化および水平分業の拡大であった。そしてこれらの諸要因は当分解消されないから,設備投資は若干の波があっても今後とも比較的高水準を維持するであろうと思われる。
以上のようにみてくると,労働力不足という基本的な制約によりEEC諸国の成長率は従来にくらべれば多少鈍化するであろうが,技術革新や消費革命はまだ進行の余地が多分にあり,とくにEECの進展という新しい成長刺激要因が加わっているので,年々の変動を別にすれば比較的高い成長率を今後も維持するものと思われる。参考のために10月中旬に発表されたEEC委員会の見通しによると,1960~70年間におけるEECの年平均成長率は最高4.8%,最低4.3%とされている。最高値の4.8%は50年代後半の成長率(5.0%)とほぼ同じであり,最低値の4.3%にしても国際的標準からみればかなり高いといってよい。これらの想定成長率は労働力不足という新たな条件を考慮にいれるとかなり楽観的な見通しのようであるが,それだけにEECの成長効果を高く評価しているのであろう。それと関連してEEC諸国がかかる目標の達成のために,通貨,金融,財政政策の緊密な協調や経済計画の作成などの成長のための政策用具の整備をいそぎつつある点に注目を要しよう。
つぎは低成長国の今後の成長問題であるが,まずイギリスについてみると,政府としては国民経済発展審議会や所得委員会の設置により経済に計画性を付与し年平均4%という高い成長目標を設定して成長ムードを盛りあげ,賃金政策を実施してコストインフレを抑制すると同時に,対外的にはEECへ加盟することで貿易の伸張と経済体質の改善をはかろうとしている。
とくにEECへの加盟は国内経済の体質改善と輸出の伸張に役立つであろうと思われる。これまでイギリスの経済成長にとって最大の癌であった国際収支やポンドの構造的脆弱性はすぐには解決されないだろうが,EECのメンバーとなれば金外貨準備の面でEECのバックアップが期待されるから,ポンドに対する思惑が少なくなるという意味でポンドの地位も従来にくらべれば強化されよう。
とはいえ,EEC加盟は順調にいっても64年以降でなければ実現しないだろうし,EEC加盟による体質改善の狙いもその効果が出てくるまでにはさらに時間がかかるだろう。
アメリカのばあいには,低成長の一つの根因が国内需要の弱さにあり,過剰設備の問題もこれに起因することは,さきに指摘した通りである。したがって成長政策の眼目の一つは国内需要の喚起になければならず,そのためにはとりあえず減税や財政支出の増加が必要となる。かかる政策手段により国内需要をふやし,それに応じて操業度が上昇すれば,企業の投資意欲も当然高まってくるだろう。
ケネディ政府もこのような観点から一方で減価償却期間の短縮や投資減税法により設備投資に刺激を与えるとともに,他方では63年1月から税制の全面的改革と減税を実施することで,年平均4.5%という成長目標を達成しようとしている。その意味ではケネディ政府の成長政策の効果はむしろ今後に期待さるべきであろう。
ただし,ケネディ政府の成長政策にとって制約となるのは,(1)財政赤字の問題と,(2)国際収支の問題,および(8)耐久消費財需要一巡の問題であろう。
第1の問題についていうと,減税にせよ財政支出増にせよ一時的に財政赤字を招くことは必然である。ところが米国民とりわけ議会筋では赤字財政に対する嫌悪感がつよい。また予算赤字はそれが実際にインフレをひきおこすと否とにかかわりなく,一般にインフレ懸念を生み,短資の国外流出をまねき,国際収支に悪影響を与えがちである。そこでケネディ政府は従来の予算編成方法を改め,西欧流に経常予算と資本予算の二本立てとする方法をとることによって,従来の予算編成方法でとかく誇大に示されがちであった財政赤字を縮小しようとしている。
第2の問題点は国際収支である。経常勘定が黒字であるにもかかわらず,資本勘定が赤字であるために総合収支の逆調をきたし,しかも多額の短期債務をかかえて短資の移動に一喜一憂しなければならぬという現状は,自由圏のリーダーとしての責任と,今日の世界通貨体制の基礎をなすドルを防衛しなければならぬという必要性から,アメリカに課せられた宿命的な悩みであ,るが,この悩みを縮小均衡でなく拡大均衡の形で解決することは容易なことではない。ケネディ政府はこの問題を短期的には各種の国際協力や海外軍事支出の削減,バイ・アメリカンの強化などによって緩和しながら,長期的には輸出の振興によって解決しようとしており,そのための有力な手段として,通商拡大法を打ち出した。通商拡大法の効果については次章において詳細に検討するが,ある程度貿易黒字の拡大は期待できよう。しかし成長率の上昇に伴う輸入増などを考えれば,今後一そうの輸出努力が必要であろうし,国標収支は今後ともアメリカの成長政策上の問題点として残るであろう。
財政赤字と国際収支の問題は成長政策の実施を困難にする制約要因であるが,このほかに成長政策が実施されてもその効果を減殺するかもしれぬ第3の制約要因として耐久消費財需要一巡の問題をあげなければならない。前述したように,自動車その他の耐久消費財の普及度が現在ではかなりすすんでおり,その結果アメリカの耐久消費財需要は一応一巡したかにみえる。もちろん経済成長にともなう所得の上昇や減税などで新しい購買層を開拓する余地がまだあるだろうし,また60年代の後半になれば戦後のベビーブームにもとづく新世帯形成数の増加という成長要因が加わるので,やり方一つで耐久消費財の需要をある程度伸ばすことも可能であろう。しかし少なくとも日本や西欧と比較したばあい,この耐久財需要の一巡がアメリカの成長率を制約する要因として残るであろうことは否定できない。
以上のようにみてくると,高成長国たるEEC諸国のばあいは種々な問題を包蔵しながらもなお比較的高い成長率の維持が今後も可能であるように思われるが,低成長国たる米英のばあいには,成長率の引上げのためになお格殺の努力を必要としよう。
幸い,先進工業諸国では最近成長に対する関心が高まり,安定的に成長率を高めるために各種の政策手段が採用されつつあるし,そうした各国政府の個別的な努力のほか,世界経済全体として共同的に安定成長を達成しようとする機運が最近次第に高まりつつある。相互的な貿易自由化や関税引下げの推進,低開発諸国に対する共同的援助の強化,国際流動性増強のための協力措置など,最近の世界経済を特徴づける重要な動きはすべて世界全体としての経済成長の促進を究極的な狙いとしている。このほかEECやOECDなど地域的機構の枠内で成長促進のために共同の成長目標を設定したり,通貨,金融,財政政策の調整が試みられつつあることが注目される。とくに61年11月のOECD理事会で加盟20ヵ国の共通目標として1960~70年間に実質国民総生産を50%高める(年平均成長率4.1%)ことが決議され,さらに62年11月の理事会でこの目標達成のために加盟国間の協力がうたわれ,とりわけアメリカの成長促進に対する協力が約束されたことは,まさに画期的な出来事といえよう。