昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第1部 総論

第1章 1961~62年世界経済の動き

1. 自由経済圏

(1) 生産の動き

1961年央から1962年央までの間に世界の先進諸国の工業生産は6%増とおおむね順調に増加した。これは60年央から61年央までの年間の3%増を大きく上回る。アメリカの工業生産は,第1図にみるように61年半ばに早くも後退前の水準にかえり,その後の上昇テンポはやや鈍化したものの引きつづき拡大を続けた。これに対し西欧では,イギリスの引締め政策や欧大陸諸国の在庫調整のため61年下期に生産上昇は中だるみ傾向をみせたが,その後,欧大陸諸国の在庫調整の一巡とイギリスの景気回復などのため62年にはいってから再び上昇に転じた。また,日本では1961年秋の引締め政策強化にもかかわらず,生産の増加がみられたが,62年上期にはほぼ弱含み横ばいに転じた。

しかし,1962年下期にはいるとアメリカの工業生産はほとんど横ばいとなり,欧大陸諸国では西ドイツを中心に景気成熟の度合いを強めている。日本でも引締め政策の浸透から生産は停滞をつづけている。このため,主要工業地域全体の工業生産の上昇テンポは鈍化しつつある。

一方,低開発諸国をみると,工業生産は1962年央までの1年間にも約5%(前年同期は10%増)の増加をみせたが,61年の農業生産は一部地域で増加したものの低開発諸国全体としてみるとほぼ前年並みであった。

(2) 需要の動き

1961~62年における欧米諸国の需要の動きをみると,アメリカの財政支出増,西欧の投資ブームの衰退という特色がそれぞれみられる。

まずアメリカを見ると従来,政府購入は景気回復初期に増加しその後は減少する傾向があったが,今回は景気が回復に向かったのち一貫して増加をつづけ,景気の上昇に大きな役割をはたした。財政支出増加の原因は,ベルリン危機による国防支出増加もあげられるが,主としてケネディの成長政策にもとづく支出増加のためであった。

また,在庫投資の動きをみると,景気回復の初期には従来と同じように,国民総生産の大きな回復要因となったが,62年春以降は鉄鋼の在庫調整を反映して在庫蓄積はいちじるしく鈍化した。

固定投資もまた今回は回復が早かった。とくに,住宅建築は民間資金の潤沢な供給と政府の低金利政策とにより62年秋まで力強い増加をみせた。企業の固定投資も景気回復と同時に回復しはじめたが,62年下期にはいると先行き景気に対する懸念から早くも増勢が鈍化した。

個人消費支出はおおむね順調に増加した。このうち,耐久消費財に対する支出は61年末まで急増したのち,62年にはいると増勢が鈍化した。

第2図 アメリカ国民総生産およびその構成要素の変動

次に西欧では61年の実質成長率は前年の6%から4%へ鈍化した。投資需要増加率の衰退がその要因であったが,このほか在庫投資の減少,輸出の増勢鈍化もあげられる。

西欧の固定投資は59~60年の投資ブームのあと,第3図にみられるように61年の増加テンポは前年の10%から8%へと減少した。なかでも西ドイツ,イタリア,イギリスにおける増加率の鈍化が顕著である。

加えて,61年下期には鉄鋼や繊維などを中心とする中間財の在庫調整があり,また,低開発国向け輸出も減少したため,需要は全体としてやや停滞的となった。

しかし,62年にはいると,在庫調整が一巡し,政府需要の伸びも増大し,個人消費は引きつづき堅調を持続したので,この面から需要の伸びは再び高まってきた。これらの動きから,西欧の需要増加は,61年央を境として投資主導型から消費主導型へと移行したといえる。

なお,イギリスは欧大陸諸国と異なり61年7月に国際収支危機から政策的に国内需要を抑制したので,61年下期の需要は停滞した。しかし,62年にはいると国際収支危機が一応回避されたため,政府は漸次緩和政策に転換したので需要は若干回復しつつある。

(3) 物価と株価の動き

1961~62年における工業国の物価の動きをみると,アメリカの卸売物価が農産物と食糧を除けば全く安定していたのに対し,西欧のそれは上り気味であったものの,その騰貴幅は前回のブーム期たる1955~57年ほど大きくなかった。

アメリカの卸売物価が安定的であったのは,賃金上昇率が比較的小幅に抑えられたことと労働生産性にかなりの上昇が見られたため,労働コストが上がらなかったことによる。加えて販売競争激化から実効価格を引き下げる企業ないし産業が現われたこともその原因と考えられる。

これに対し,西欧では賃金の上昇率が労働生産性のそれを上回ったため,単位製品当たり労働コストはかなり上昇した。それにもかかわらず卸売物価の騰貴が小幅に止まったのは競争激化などのためとみられる。

また,消費者物価はアメリカでも西欧でも騰貴したが,アメリカの騰貴率が引きつづいて比較的小幅だったのに対し,西欧では概して騰貴幅やや高,くなった。

西欧では,製造業賃金の大幅上昇がサービス産業に波及してサービス価格の上昇をもたらし,農産物の不作による農産物価格の値上りなどもあって,消費者物価は大幅に騰貴した。また消費需要が旺盛であったことも消費者物価上昇の大きな原因となった。

なお,日本では景気調整政策の浸透により,卸売物価は弱含みをつづけたが,消費者物価は食糧や衣類価格の上昇を中心に引きつづき騰勢を維持した。

ところで,主要工業国の株価の動きをみると,ニューヨーク市場では61年,12月央のダウ工業株30種平均734.91ドルをピークにその後漸落し,とくに62年5月末の大暴落を演じたのちも6月下旬まで下げつづけて,底値は536.76ドルとなっな。この半年間の下落幅は27%に達する。そのごは底値から若干戻した水準で推移したが,11月末には650ドル程度にまで回復した。イギリスでも62年初から6月末までに15戟下げたのち,6月の底値をやや上回る水準でもみあっていたが,11月ごろにはやや回復の兆をみせはじめたようである。EECでもユーロシンジケート指数は62年3月初めから10月央までに30%以上の値下りをみせたが,11月には下げ止まったようである。

日本でも61年下期から下げはじめ,62年にはいっても低迷をつづけていたが,10月末には底入れしたと思われる。

以上のように,これら諸国で62年初から株価が低落した原因はそれぞれの国の特殊事情もあろうが,共通的にいえることは,ここ2~3年の株価の上げ過ぎに対する反省のほか,景気の先行き懸念や利幅の縮小などにあったようである。

(4) 貿易と国際収支の動き

1961年上期から62年上期までの自由世界の貿易を年率でみると,輸出は1,167億ドルから1,238億ドルヘ,輸入は1,231億ドルから1,309億ドルへと輪出入とも6%の増加をみせた。

輸入の増大は工業地域の輸入が活発な経済活動を反映して増加したかめであったが,とくにEECを中心とする欧大陸諸国の輸入増大が顕著であった。アメリカの輸入は61年上期まで低迷したが,その後は増勢をつづけている。

しかし,輸入引締め政策を採用したイギリスや日本などでは61年下期から62年上期にかけて輸入の減少をみた。また,低開発地域の輸入はこれら地域の輸出の伸び悩みを反映して停滞をつづけている。

一方,輸出も主として工業地域で増加したが,とくにEECの輸出増加が著しく,日本も62年にはかなり増加した。これに対し低開発地域の輸出は一次商品価格の下落のため伸びなやんだ。

このような貿易の動きのなかにもわれわれは,世界貿易が工業国間で拡大するという近年の特色を指摘することができる。すなわち,第1表からも明らかなように,1961年の世界の輸出のうち先進国間貿易は47.2%占め,59年以降の2年の間にシェアを3ポイントも高めた。このような先進国間貿易の発展はEECの域内貿易の拡大に負うところが多い。

つぎに1961~62年の国際収支についてみると,アメリカの国際収支赤字幅の縮小,西ドイツの黒字から赤字への転換,イギリスの赤字から黒字への好転,日本における61年の赤字幅増大と62年の改善,という動きがみられる。

ドルとポンドの問題は根本的にはなお解消されていないが,この時期に工業地域の国際収支は全体としておおむね均衡化の方向に向かったといえ占う。

アメリカの国際収支赤字は,61年には24.6億ドルと前年より約15億ドル改善し,さらに62年上期にば年率13.9億ドルにまで改善されたが,これは経常収支の黒字幅拡大と短資流出の減少が主な原因であった。しかし62年下期になると赤字幅は若干拡大しつつあるようである。60年まで過大な国際収支の黒字を累積していた西ドイツでは,資本流出が61年に10.6億ドルに激増したため,国際収支は赤字に転じた。61年7月にポンド危機から引締めに移ったイギリスでは下期に大量の短資流入があり,また62年にはいると経常収支も,いちじるしく改善された。

(5) 1963年の経済見通し

1962年下期になって,多くの欧米諸国では生産の増勢鈍化がみられ,また,先行き指標の中には低下傾向を示すものが増加してきた。このため,最気の先行きに対する警戒論や慎重論が強く拾頭したが,最近は若干の経済指標に好転がみられたことから,景気の先行きについてもやや明るい見方もでてきたようである。

そこで,1963年の自由世界の景気見通しであるが,結論的にいうと,アメリカ経済は緩慢な拡大が期待されるとしても,その成長率は62年に比べ低下するであろうし,また西欧でも成長率がやや鈍化するものとみられるので,工業地域全体の成長率は62年よりも小幅となろう。

まずアメリカであるが,最近における建設契約高や住宅着工件数の動きからみて,住宅建築支出は63年上期に若干減少する可能性が強い。民間の工場設備投資は62年末にほとんど横ばいとなっており,また設備投資の予測調査をみると全米産業協議会(NICB)の調査は63年上期の微減を予想したし,11月に発表されたマック・グロー・ヒル社の調査によれば,63年全体の水準は62年から3形増であるが,62年末と比較するとほとんど横ばいとみている。また,63年初の設備投資水準については,12月初旬発表の商務省・証券取引委員会合同調査は62年末から微減すると予想した。個人の耐久消費財購入は62年10月以降好調をとりもどしているが,最近の個人所得の伸び悩みや賦払信用残高が個人所得に比してかなり高い水準にあることなどからみて,63年上期中も引きつづき増加をつづけることはあまり期待できないように思われる。

しかしながら設備投資にしても耐久消費財購入にしても大きな落込みは予想されないし,しかも政府支出と個人サービス支出は増加するものと思われ,また在庫投資も62年下期の蓄積が少なかったことからみて,さほど変動することはあるよい。したがって63年上期に一時的な景気調整があるにしてもそれは軽微な程度で終ろう。

63年下期になると,かねて懸案の一般減税や,すでに62年下期に実施された償却期間短縮措置と投資減税法による刺激効果もぼつぼつでてくるであろうし,またケネディの成長政策の一環として財政金融面からの新たな刺激措置も予想されるので,景気は上向きに転じよう。その結果,63年の国民総生産は62年を若干上回るものと思われる。

つぎに63年のアメリカの基礎的国際収支のうち,貿易収支については輸入のふえる可能性が少なく,輸出は西欧や日本の景気見通しなどからみて微増しようから黒字幅は若干拡大するであろう。さらに,ドル防衛の強化などの各種対策がとられているので,63年の基礎的国際収支赤字は62年よりも縮小しよう。

一方,西欧をみると,,59~61年投資ブームの余波がぼつぼつ消滅しようとしており,機械受注その他の指標からみて63年の設備投資はおそらく減退傾向となろう。63年上期にアメリカ景気があまり明るくないとすれば,域外輸出にも大した期待がかけられまい。個人消費はひきつづき増加するとしても,その増勢は次第に弱まるであろう。

したがって,民間需要の伸びは全体としてさらに鈍化し,場合によっては一時的に停滞的様相を示すかも知れない。

しかしながら反面においては,労働不足やEECの進展など潜在的投資誘因が根づよく存在しているため,予想される設備投資の減少も小幅にもどまるだろう。また在庫の動きについてみても,すでに1961年下期から62年上期にかけて一応調整をすませているので,この面から強いデフレ圧力が生ずるようなこともなかろう。

問題は政府の経済政策であるが,イギリスをはじめ各国政府が最近経済成長の持続につよい関心を示している点に注目する必要があろう。現在のところイギリス,フランス,イタリアを除く西欧諸国はインフレ圧力の抑制のために多かれ少なかれ引締め政策を持続しているが,景気停滞ないし後退的兆候が出てくれば景気刺激政策の採用に踏み切ることが考えられる。現にイギリス政府は最近になってかなり思い切った拡大政策を採用しつつある。前回の景気後退期たる1957~1958年当時と違って,西欧諸国あ国際収支がおおむね好調で,外貨準備も豊富なことし,景気刺激策の採用を容易にする有利な条件である。

63年の西欧景気の見通しを困難にする二つの要因は,イギリスのEEC加盟交渉が長びいでいることであるが,もし63年はじめ頃までに加盟交渉が妥結したとすれば,それがある程度の投資刺激要因となろう。

以上の諸要因を総合すると,西欧経済は63年中に一時的な停滞局面を迎えるかもしれないが,年間としてみれば成長率が幾分鈍化する程度にとどまろう。景気後退期といわれた1958年においても西欧の実質国民総生産は2.3%の増加であった。今回は当時より諸条件がよいので,おそらく62年の成長率(約4%)をやや下回る程度となろう。最近発表されたEEC委員会の予測でも,63年のEEC諸国全体の成長率を4.5%(62年は約5%)とみている。

これに対し,低開発諸国では,ここ数年にわたる一次商品需要の構造的変動に加えて,63年上期におけるアメリカの停滞ないし軽い後退と西欧の成長率鈍化から,工業国によるこれらの一次商品に対する需要が停滞ないし減少することが予想されるので,輸出は引きつづき停滞し金外貨準備も低水準で推移しよう。このため,輸入能力が制約されてこれら諸国の輸入需要が大きく伸びることはないであろう。


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