昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


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むすびにかえて

われわれは本報告を終わるに当たり,まず,第1にアメリカをはじめとして,世界の景気変動の型が変わってきていることを指摘しておきたい。供給力の増大,弾力的な引締め政策の実施等によってインフレなき好況を実現したのであったが,同時に好況の山も低く,かつその期間も短いという結果をもたらした。これは後につづく谷の深さや期間もまた浅くかつ短いことを予想させ,景気の動きが漸次,緩慢かつ漸進的になってきたことを思わせる。

さらに世界経済全体の動きを通じて,そこに幾つかの構造的な問題があることも事実である。そのなかでわれわれは次の3つの問題点がくつきり浮び上がつてくるのを覚える。

いま,ここでこれら3つの問題について,再び縷々繰り返すことは控えたいと思うが,そのどのひとつをとってみても国際的な協調,協力を前提にしなければ理解し得ない問題ばかりであることに気づく。

各国がその経済政策をたてるに当たって国際的な配慮に対する必要性はますます高まってきている。アメリカの場合を考えてみよう。アメリカが労働力人口の急増に対して完全雇用という国内的な要請を満たそうとすれば,当然経済政策の重点を“成長”に置かなければならない。しかし,それはインフレを伴い,国際収支に悪影響を及ぼす可能性を増すおそれがある。かつてアメリカの生産力が世界に懸絶し,生産性がとび抜けて高かつたころは,アメリカはそれをあまり意に介しなくてもよかつたかも知れない。

しかし世界市場における地位が相対的に変わってきた今日,それはアメリカの国際収支の赤字を招来し,したがってアメリカをして“安定”を重視せざるを得なくせしめている。しかして一方において他の工業国におけるドル不足が著しく緩和したこと等を考えると,こういった,いわゆる安定か成長かという問題も結局はアメリカと他の工業国との英知ある協調によって解決されるべき問題であろうし,またそれによって新しい世界経済の秩序をつくりあげることにも成功するのではあるまいか。考えるべき課題であろう。

工業国と非工業国との間の問題はさらに深刻である。非工業国の工業化は決して非工業国だけのためのものではなく,工業国自身にとっても望ましいことだといえる。なぜならば非工業国の工業化はそれだけ世界市場における工業製品の有効需要を増すはずだからである。したがって非工業国側で不足している資本の増強に対して工業国側は協力してこれに手を差しのべる必要がある。第二世銀,OECD,DAG等の構想が次々と登場したゆえんもここにあるが,要するに工業国間の協力による工業国と非工業国間の協力という二重の協力が円滑に進められなければならないことを意味する。これも考うべき課題であろう。

最後に共産圏諸国と自由世界諸国との間の交流の増大であるが,共産圏諸国の経済発展の結果,その経済構造が次第に自由世界の工業国のそれと相似たものになってきているように思われ,したがって従来しばしばいわれている自由世界の工業国間貿易の増大をもたらしたと同じような要因によって,それがもたらされているものであるならば,これは将来の世界経済の動向にはなはだ興味深い示唆を与えるものではあるまいか。むろん,両者の政治体制の違いから,自由世界の工業国間の交流とはおのずから異なるものがあることはいうまでもないが,これもまた考うべき課題のひとつであろう。


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