昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第十二章 戦後ブームは終つたか

一 欧州の需要の見通し

OEECは昨年春,一九五五年から一九六〇年までの期間について欧州経済の発展動向を予測したが(「一九六〇年の欧州」),それによると欧州の実質個人消費は一九五五年から一九六〇年までに年平均三・四%の増加を示すであろうとされている。四九~五五年間の年平均増加率四・三%にくらべれば増勢は鈍化するが,それでもかなり高い比率である。

第12-1表 欧州の個人消費増加年平均増加率

この消費増加のなかで最も注目されるのは自動車その他耐久消費財に対する支出であって,毎年平均五・六%という高い増加率が予想されている(四九~五五年間における耐久消費財支出の増加率は年平均九・七%であった)。

周知のように耐久消費財の所得弾力性は高くしかも欧州における耐久消費財の普及度は米国にくらべてまだ非常に低いから,今後欧州の実質所得の上昇につれて,耐久財の購入が著増するであろうことは当然予想される。耐久消費財の普及度に関する包括的な資料は乏しいが,いま乗用車について欧米を比較してみると第12-2表のごとくである。

一九五六年央現在で,米国では三人に一台の割合で乗用車が普及していたのに対して,英,仏は一二人に一台の割合であり,西独は二五人に一台の割合であった。この西独の二五人に一台という割合は四〇年前の米国の水準と同じである。ただし,西独はそれから一年後の五七年七月一日現在で二一人に一台という割合にまで高まっているが,それでも米国はもちろん英,仏にもまだはるかに及ばない。

第12-3表 家庭用耐久財の普及率

戦災によって多くの住宅を喪失した西欧では戦後経済政策の重点の一つが住宅建築の助成におかれたことは当然であった。補助金交付,低利融資その他の方法により西欧の住宅建築は戦後高水準をつづけ,五五年の住宅完成数は一七四万戸に達した。しかし,この一七四万戸も一九五一年にOEECがたてた目標(一九五六年までに達成すべき目標)二〇〇万戸には達しなかつた。戦災のほか年々の更新需要,人口増加にともなう新需要があり,また実質所得の増加に伴い借家から自己所有の住宅に移る傾向もあるので,西欧の潜在的な住宅需要はまだかなり大きいと思われる。OEECの見解によれば(「一九六〇年の欧州」),住宅建築の年間目標二〇〇万戸は現在においても妥当だとされ,五五年から六〇年までの間に住宅建築支出が約一七%増加することを予想している。個々の国についていえば,フランスの住宅建築は一九六〇年までに約五〇%,イタリアのそれは約四〇%増加し,ギリシャとトルコではGNPの伸長率に応じて住宅建築が増加,西独では五五年の高い水準がそのまま統くであろうが,その他の諸国では大体において住宅事情が改善され,これ以上の増加は望めないであろうとしている。もつとも西欧の住宅建築は五五年以降引締め政策の影響により低下しているので,金融政策その他の面での引締め緩和が行われればこの間に延期されていた住宅需要が発動することも予想される。

第12-4表 西欧諸国の住宅建築

第12-5表 西欧の住宅建築投資

五三~五七年間における西欧の投資率は米国のそれを大幅に上回っていた。それはGNPに占める投資の比率でみても西欧一四・五%に対し米国は一三・三%で,西欧の方が高率であったし,また,投資増加率でみても米国の二〇%に対して西欧は三八%に達していた。西欧の工業生産の伸張率が米国より高かつたのもそのせいであろう。

このように西欧の投資率が米国より高かつた理由はいうまでもなく戦災からの復興需要が大きかつたせいであるが,そのほかに欧州の特殊性として輸出振興の見地から輸出産業(主として重工業)への投資が活発に行われた点があげられる。さらに欧州では会社が概して高率の社内留保により投資資金をまかなってきたことや,政府が各種の投資助成策をとった点があげられる。さらに欧州人は伝統的に貯蓄精神に富み,それが投資金融を円滑ならしめたことも見逃してはなるまい。

問題は最近数カ年間つづいた高率投資により欧州の投資需要が一応汲みつくされたか否かという点であるが,OE ECの見解では欧州の潜在的な投資需要はまだ非常に大きいとされている。第一に,社会的施設や基礎部門に対する投資は従来比較的閑却されていたようである。すなわち,道路,港湾,学校等の社会的施設や,エネルギー産業がそれであるが,このほか製造工業においてもたとえば鉄鋼業のばあい圧延能力にくらべて製銑能力の立遅れがあり,また鉄鉱石開発の必要性も大きい。

欧州の投資需要を高める第二の要因は,生産年令人口の増加率鈍化(一九五一~五五年間の実績三・六%に対して一九五六~六〇年間の二・八%予想)や就業時間の短縮傾向からして生産性向上のための合理化投資の必要があることである。第三の要因は,石油精製,核エネルギー,金属,機械のような資本集約的産業の重要性が高まってきたため,所与の生産増加に要する投資額が大きくなる傾向がある。また製造工業の機械,設備の経済的生命が相対的に短くなったことは,戦後欧州の製造工業において高率の投資が行われてきたことと相まつて一九六〇年前後に設備更新需要を急速に高めるであろう。

OEECはほぼ以上のような観点から欧州の投資需要を第12-6表のように予測している。それによれば,住宅を除く固定投資は一九五五年の三〇七億ドル(一九五五年価格,以下同じ)から一九六〇年の三八八億ドルヘ約二六%増加し,五一~五五年の五カ年と五六~六〇年の五カ年間を比較すると三六%の増加となる。


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