昭和33年
年次世界経済報告
世界経済の現勢
経済企画庁
第十一章 最近のラテン・アメリカ経済
(1) 国民総生産.
ラテン・アメリカ諸国の国民総生産ば,第二次大戦後急速に増大した。一九五〇年価格で一九四五年の三〇三億ドルから一九五五年に四九三億ドルとなり,年平均五%の大幅な増加であつた。しかし,一九五六年の国民総生産は五〇九億ドルで,増加率は一・二%にとどまつた。(ECLA,Economic Survey of latin America1956,P.3)口増加率は年平均二・四%と世界平均の二倍であった。このため,一人当り国民所得の増加は,戦後一九五五年末まで,年平均三%くらいであつた。一九五六年には国民所得の増加は,人口増加率を下回つた。一九五七年も国民総生産の増加は緩慢で,ようやく人口増加と歩調を合わせる程度であつた。
第11-2表の一人当りの増加率をみると,戦後活発な増加をしたが,一九五五年に鈍化,一九五六年は増加が停止した。一九五七年も同様の傾向であつたと思われる。主要国別にみると,ブラジルは戦後活発に増加したが,一九五五年以来停滞している。アルゼンチンは,戦後発展は緩慢であり,一九五五年以来停滞している。メキシコ椋大体において頻調に溌展してきた。コロンビアは,戦後急激な発展をしたが,一九五五年以来逆転した。ベネズエラは,急激な発展をした。チリは緩慢な発展後,一九五五年以来不振である。キューパは戦後発展が停滞したが,一九五六年以来やや持直した。
(2) 鉱工業生産
戦後ラテン・アメリカ鉱工業生産は,相当活発に増加した。国連調査によると,一九四八~一九五七年の間に,ラテン・アメリカ鉱工業生産は五六%増加した。しかし,世界鉱工業生産全体の増加は六二%であったから,ラテン・アメリカの増加はやや世界平均を下回つた。国連調査による世界鉱工業に対するラテン・アメリカの比重は,一九四八年に四・三%であったが,一九五三年には四・一%と,やや低下した。鉱工業生産を,鉱業生産と製造工業にわけると,一九四八~一九五七年の増加率は,鉱業生産が八五%で世界平均四七%をはるかに上回り,製造工業の増加率は五一%で世界平均六三%をずつと下回つた。一九五三年のラテン・アメリカ鉱工業生産の世界鉱工業生産に対するウェイトは,前述のように,四・一%であつたが,そのうちわけは,絋業生産が一〇・二%(石油は一六・七%),製造工業は三・四%であつた。
鉱業生産は相当活発に増加したが,しかしこのうちわけをみると,原油と鉄鉱石の生産増加が世界平均を上回つたためで,その他の鉱産物の増加率は,世界平均をはるかに下回つた。
ラテン・アメリカ鉱産物の価額は,各年度価格で,一九四五年〇一〇億ドルから一九五〇年の二五億ドル,一九五五年に四一億ドルと激増したが,これは原油と鉄鉱石をのぞけば増産でなくて,国際価格の騰貴によつてもたらされたのであった。おもなれ増産の行わた石油開発は,アメリ力資本を主として,ベネズエラで試みられた。これをのぞくと,戦後のラテン・アメリカの鉱業生産は,全体としては停滞的であったといえる。その一つの原因は,第二次大戦中に,アメリカ国内の鉱産物増産が進み,アメリカ資本は,戦後,石油以外の鉱産物開発にあまり熱意を示さなかつたこと,一部の国で鉱産物の国有化などが外国資本の流入をさまたげたことなどがあげられる。
製造工業の生産増加率は,世界平均を下回り,一般に工業化がおくれている。工業化の比較的進んでいるのは,アルゼンチン,ブラジル,メキシコ,コロンビア,チリなどである。工業生産の内容は,消費財,軽工業に重点のある国が多い。金属,機械,車輛工業の工業生産に占める割合は,アルゼンチンで二三%,チリが一七%,ブラジルでは三三%が資本財生産部門である。鉄鋼生産高は,一九五六年に,ブラジル一三七万トン,メキシコ八五万トン,チリ三八万トン,アルゼンチン一九万トン,ラテン・アメリカ合計で二八九万トンで,まだ低位である。
近年のラテン・アメリカの鉱工業生産の動きをみると,一九五四年に八%,一九五五年に九%増加したが,一九五六年は五・一%,一九五七年は五・六%と増加率が鈍化した。そのうちわけをみると,製造工業の増加率は一九五四年九%,一九五五年五・五%,一九五六年四・三%,一九五七年三・三%と鈍化の傾向が著しい。鉱業生産の増加率は,一九五四年六%,一九五五年二・九%,一九五六年一〇%,一九五七年一一・四%であつた。鉱業の増加は主として石油と鉄鉱石の増産が行われたためであつた。
第11-5表 ラテン・アメリ力の鉱業生産の1945~55年間の増加率
(3) 農業生産
つぎに農業生産の動きをみよう。国連食糧農業機関(FAO)の調査によると,戦後のラテン・アメリカの農業生産の平均年増加率は二・九%であつた。しかし,年平均人口増加率は二・三%であったから,実質的な増加はあまりなかった。FA〇一九五六~五七年度の農業生産も三%増と推定している。しかし,人口増加率が大きいので,一人当り生産はなお戦前水準にとどまつている。なお,一九五六年の農業生産は,ECLAによれば,前年より一・五%低下した。戦後のラテン・アメリカの農業生産の増加率は,世界平均の二・七%よりやや高かった。しかし,人口の異常に高い増大率のおかげで,一人当りではたちおくれを示している。
ラテン・アメリカの農業がこのような立ちおくれを示した理由は,すでに第二次大戦中に農業生産の増加は人口増加に追いつけなかつたこと,戦後は経済開発や工業化で労働力が農業以外の部門に移動したこと,戦後のインフレ高進が農業生産に不利に働いたこと(アルゼンチンその他の例),コーヒーのストック処分のため,コーヒーの植付をおくらしたこと(ブラジルの例)技術および資本の不足や天候による影響,国際価格変動の圧迫などによるものであった。
(4) 発展から停滞ヘ
ラテン・アメリ力経済は,戦後一九五四年までは,比較的に急激な発展をしたが,一九五五年に鈍化し,さらに一九五六年以降は停滞的傾向を示している。戦後の急激な発展は,大戦直後に豊富な金と外貨をもつていたこと(金ドル保有高は戦前一九三七年の一〇億ドルに対し,一九四五年は三八億ドル),主要輸出品である農業および鉱業品の価格が高まつたこと,ベネズエラについては,石油開発ブームが訪れたことなどによるものであつた。
豊富な外貨の保有と,輸出品の価格値上による輸出所得の増大と,米国を中心とする外国資本の流入などで,経済開発と工業化計画が進められた。国内投資の総生産に対する割合は,戦前一二%が,戦後一七%となつた。この活発な投資によつて,鉱工業生産が急にふえ,一人当り国民所得の増加をうながした。
戦後のラテン・アメリカ諸国は経済開発と工業化計衝が一般化したが,まだ一次生産物生産限で,国民所得水準が低く,国内貯蓄力に限度があるため,各国の資本形成率は輸出所得と外国資本に依存するところが大きい。輸出所得を中心に,外国資本,対外援助,借款などによる輸入力が資本設備輸入力と経済発展を決定する。
戦後のラテン・アメリカ各国の輸出所得の増大度は,ある程度,各国の一人当り国民所得の増加率を左右した。発展率の大きかったベネズエラは,一九四八年に一〇億ドルの輸出が毎年激増して,一九五七年には二四億ドルに達した。順調な発展をしてきたメキシコでは,輸出が一九四五年の四億七,〇〇〇万ドルから一九五六年の八億七,〇〇〇万ドル(一九五七年は六億一,〇〇〇万ドル)に増加した。コロンビアは一九四八年から一九五四年まで輸出所得が順調に伸びて,国内発展も活発であったが,一九五五年以降輸出所得が減退し,国内発展は停滞した。ブラジルの輸出所得は,一九四八年の一一億七,〇〇〇万ドルが一九五一年の一七億六,〇〇〇万ドルへと急増したが,その後一九五ニー,五六年は一四~一五億ドル台,一九五七年は一三億九,〇〇〇万ドルに減少した。ブラジルの国内成長率は,一九四五~五四年は順調であつたが,一九五五年以降停滞している。アルゼンチンの輸出所得は,一九四八年に一四億ドルを数えたのに,一九五二年は六億八,〇〇〇万ドルに激減し,一九五三~五四年は一〇~一一億ドル,一九五五~五七年は九億ドル台に停頓している。戦後のアルゼンチンの国内発展率は低かつた。
また,ラテン・アメリ力諸国の所得増加は,前述のように,農業生産の増加が停滞的であったため,鉱工業生産の増加によってもたらされた。しかし,工業化は進んだが,全体としては,いぜん農業国である。第11-7表にみるように,国民生産の源泉として農業の占める割合は高度である。このため,農業事情の経済活動全体に対する影響力は大きい。一九五六年,一九五七年とラテン・アメリカ諸国の経済活動の鈍化は,農業不振が響いている。
最近は輸出品値下りに対し,輸入品の値上りで,交易条件が不利となったことが,貿易収支を悪化させた。また,急激な工業開発計画で多くの国の機械,その他資本財の輸入が激増したことも,貿易赤字の拡大と,金外貨保有高の減少を招いた。
また,急激な工業化と財政赤字,政治不安などで,多くの国でインフレが高進し,物価が急騰した。国際収支悪化とインフレ抑制のため,一九五六年,一九五七年には,多くの国で,信用引締めや輸入抑制が行われた。インフレ高進は,一艇に国内成長率を阻害する原因となつている。