昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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むすび

  昭和60年度は,それまで世界経済を支配していた多くのゆがみが,是正される傾向が明確になった年であった。

  まず,1980年代前半を通じて大幅に上昇し,貿易不均衡の原因のーつであったドル高の是正が進展した。1985年初から,既にこうした傾向がみられたが,特に9月のG5(5ヵ国蔵相・中央銀行総裁会議)以来,一層明確となった。

  第2に,アメリカの景気拡大速度の鈍化や,アメリカの財政赤字の拡大傾向に歯止め策が具体化しつつあるとの認識が一般的となったこと等から,金利の低下傾向が明白になった。アメリカの公定歩合は84年11月以前の9.0%から,86年7月には6.0%と3.0%も低下した。日本やヨーロッパでも,金利は同様に低下した。日本の公定歩合は昭和58年以来5%に据え置かれていたが,61年に入り0.5%ずつ3回引き下げられ,戦後最低水準の3.5%となった。

  第3に,1970年代始めから大幅に上昇し,世界的なスタグフレーションの一つの要因になっていた,原油や一次産品の価格が大幅に下落した。とくに原油価格は(日本への入着価格でみると)57年以降既に下落傾向にあったが,61年に入り大幅に下落し,54年頃の第2次石油危機による石油価格上昇以前の水準に戻った。またその他の一次産品価格も,ロイター指数(SDR換算)でみると80年代に入ってから総じて軟調に推移してきたが,84年央から大幅に下落し,その後も弱含んでいる。

  こうした変化は決して一時的なものではなく,基調に大きな変化があったものとみられる。従来の高いドル,高金利,高い原油・一次産品価格という時代は終わり,世界経済は新しい局面に突入したと考えてよいであろう。

  こうした変化は,日本経済にも大きな影響を及ぼした。まず急速な円高が進行した。60年2月13日に263円40銭の対ドル安値をつけた円は,その後1年間で41.4%の上昇を示した(61年2月13口の対ドル中心レート186円30銭,IMF方式による)。円の対ドルレートはその後も円高基調で推移した。

  こうした円高が,輸出産業,輸出企業,輸入品との厳しい競合関係にある産業,企業に与えた影響は大きかった。円高は,もし輸出(外貨建て)価格を引き上げなければ収益減,そして引き上げれば価格競争力低下を通じての輸出数量減を起こして,経済にマイナス的な影響を及ぼす。さらに,国際競争力の弱い産業,企業では受注も不可能であるとか,販売価格が大幅に下落し,採算がどうしてもとれないという形で,端的に影響が出たところがあった。

  また,設備投資のうち,製造業の能力増強投資は,循環的要因からみても既に下降局面に入っており,これには円高による輸出型産業等への影響も大きいと考えられる。

  61年前半の日本経済には,こうした円高のマイナス面が表れた。

  他方円高は,それによって日本の大きな経常黒字を縮小させることが期待される。しかし,61年前半は,円高がドル建て輸出額を増加させる,いわゆるJカーブ効果が強く働いた局面であった。さらに,3月以降原油輸入価格の急速な下落が,経常収支黒字を一層拡大させる方向に働いた。こうした要因による黒字は,必ずしも政策なり意図に端を発したものではなく,それに対し責任の所在を問わねばならないものではないが,それが経常黒字を増大させていることもまた事実である。

  これらの要因によるドル建て経常黒字の増大が解消されたとしても,なお当面大きな経常収支黒字が残ることもまた事実であろう。円高は,それが輸出数量を減少させ,輸入数量を増加させることを通じて今後経常収支黒字の縮小に寄与する。また円高は,国内の実質購買力を拡大させて内需中心の成長をもたらす可能性を高めるとともに,長い目でみても,従来の輸出が増えやすく輸入が増えにくい産業の体質を変化させ,より内需中心の需要構造に変えていく上で重要な役割を持つ。しかし,こうした変化を全て実現するのには若干の時間を要する。黒字縮小のための各種の施策もまた,日本の輸入構造から考えても急速な輸入の増大,経常収支の黒字の縮小を実現するとは考えにくい。しかし,たとえ即効は期待できなくても,早急かつ着実に実施していくべきである。こうした対策が実を結べば,中期的にはかなりの黒字の縮小も期待できよう。

  この点に関し特に重要なのは,アメリカ経済が長期のドル高によって大きな影響を受けていることである。ドル高によって企業がその生産拠点を海外に移転することが有利であるため,部品などの輸入が急増し,これがアメリカの貿易赤字を定着させる役割を演じている。しかも,こうした生産拠点として選ばれた国々には,その為替レートがドルにほぼ連動して動いているものも多い。

  このためドル安によっても,こうした構造が直ちに反転することは期待できないであろう。

  こうした問題もあり,アメリカの経常収支赤字,日本の黒字を,為替レートの調整のみによって行うことには限界があることは認識しておく必要がある。

  それとともに我が国企業がアメリカヘ直接投資などで進出することによって,こうした構造の是正を進めていく必要がある。円高はこうした転換を促進する点でも大きな効果があろう。円高またはドル安に期待される重要な役割は,それによりアメリカと日本やヨーロッパ諸国の製品の相対的な競争力の著しい不均衡を是正することと考えるべきであろう。

  こうした中で,日本としては円高のデメリットを極力少なくするとともに,そのメリットを生かして,より内需を中心とした成長に努め,それに見合った経済構造の形成に向かって努力すべきである。その際金利低下,低い原油・一次産品価格は,大きな意味を有することとなるであろう。

  1970年代末のアメリカの金融政策の転換を契機として,世界的に定着した高金利は,世界的なインフレの鎮静には大きく寄与した。しかし,1982年央にアメリカの金融政策が従来に比べ緩和的なものに変更されたにもかかわらず,実質金利は高止まりしてその後の世界経済の回復に少なからざる障害となった。

  その背景にはアメリカの大きな材政赤字が存在したことは,言うまでもない。

  幸いなことに,1985年央以来アメリカで金利低下の傾向が明らかとなった。

  これはアメリカの財政赤字削減努力に加え,経済成長が鈍化した結果でもあるとみられる。高金利,財政面からの刺激という政策は,スタグフレーション脱出のための処方箋としてはそれなりの効果を有したが,長期にわたって維持することは不可能であった。

  こうした変化の結果,物価や為替相場への配慮から慎重な緩和政策をとっていた他の先進国も,自国景気拡大のために金利を下げることができるようになった。

  まず,1985年夏ごろからヨーロッパ諸国で金利が低下をはじめ,86年に入ってからは先進諸国で相次いで公定歩合などの引下げが行われた。

  こうした金利低下は,一方では物価の安定という実体経済の変化を反映したものである。しかし,それと同時に各国で高まっている内需拡大の要請に応え,累積債務国の負担を軽減する効果がある。特に社会資本や,住宅建設の促進などのストックの充実が大きな課題となっている我が国にとって,金利の低下は大きなメリットを有する。また,円高の下でも日本の産業が適度の国際競争力を維持するためには企業の研究開発活動の充実やベンチャー・ビジネスなどの発展が必要不可欠である。さらに,今後日本は発展途上国や累積債務国などに対する資金供給国として,大きな役割を演じなければならない。金利の低下はこうした面で好影響を及ぼそう。

  もちろん,金利の引下げが物価の安定を損うようなことがあっては,こうした各種の政策目標を追求することができなくなる。したがって引き続き細心の注意を払って物価の安定の維持に取り組んでいかなければならないことは言うまでもない。

  原油・一次産品価格の下落を論じるのが最後となったが,あるいはこの変化が最も重要かもしれない。何と言っても2回の石油危機による原油価格の大幅上昇が,世界経済に大きな打撃を与えたことは疑いないからである。

  これらの価格の下落は,まず世界経済にとって当面,インフレの危険性が小さくなったことを意味する。このことは,ドル安によって物価上昇の可能性が大きくなっているアメリカなどにとって,特に大きな恩恵である。そしてアメリカでインフレの可能性が小さくなることは,それだけ世界的な金融の緩和が促されることにもなる。

  日本の場合,アメリカ,イギリスなどのように国内に油田をほとんど持たないだけに,原油価格などの低下にはマイナス面はごく少なく,その利益を最大限に享けることができる状況にある。そのメリットもまた輸入に占める原油などのシェアが大きいだけに,特に大きい。

  しかし,原油価格の大幅な低下が持続した場合,省資源・省エネルギー努力の後退をはじめ中長期的には望ましからざる現象を起す可能性があることにも留意する必要がある。

  さらに,原油,一次産品価格の下落は,これら産品の輸出国にとっては輸出所得減となり,国際収支の大幅な悪化をもたらしている。これが世界貿易,国際金融に与える影響も無視することはできない。

  当面,原油,一次産品の需給の緩和基調は続くと考えるべきであろう。しかし今後所得水準がまだ高くない発展途上国が所得水準を高めていくことが期待され,原油や一次産品などへの需要も高まっていくと考えられる。それだけに,現在原油や一次産品を大量に使用している先進国において,省資源,省エネルギーのための努力が続けられなければならない。省資源,省エネルギーは世界的な技術のすう勢である。今後とも増大を続ける世界人口と資源の有限性を考えれば,こうした技術進歩は望ましいものであり,それを逆転させるべきではない。

  (産業構造の転換と新しい需要の源泉)

  このように,三つの大きな条件が変化したことに対して,日本の産業構造もそれにふさわしく変化する必要がある。第1に,日本の産業構造は円安,ドル高の影響もあって外需依存になってきたが,それが円高によって是正されるであろう。すなわち,プロダクトサイクルにおける我が国工業製品の成熟化が促進されるとともに,企業活動の国際的展開としての海外直接投資が一層活発化してこよう。こうした是正のプロセスは,かなりの摩擦を伴うものであるが,世界経済の発展,日本の国際化のためには是非必要である。

  第2に,産業構造の転換のためには最終需要の中身もまた変化しなければならない。最終需要の中身の変化の中で,最も重要なのは情報化,ソフト化である。これはソフトの価値がハードに比較して相対的に高まることを示している。

  こうした傾向は既に明確になってきており,いわゆるニーズの変化の中心をなしている。

  ソフト化に伴うニーズ変化の軸としては,いくつかの重要なものがある。

  まず,基礎的なニーズの充足がある程度進んだ場合,人々の好みがより多様化し,他の人と異ったものを求めるのは自然なことである。こうした多様化,個性化に対応する努力は今までも行われてきた。そうした中で,より高級と人々が考えるものにニーズが移行していく。こうした変化は所得の増加とともに一般的にみられる。

  他の軸として考えられるものは,日本の急速な国際化に伴うものがあり,もう一つは国民の急速な高齢化に付随した変化であろう。さらに今後サービス化,ソフト化とともに都市化の進展が予想され,そのための新しい需要が拡大することが予想される。さらに技術が進歩して社会が近代化するだけ,人々はかえって生活に一層人間らしさを求めるであろう。

  我が国の消費者は商品やサービスに対する選択眼が厳しく,高品質を要求する点では世界有数である。しかもその商品に対する選択眼は,従来のように単にブランド商品を選ぶというだけでなく,むしろ自らの基準とニーズに応じ,必要なものを適正な価格で選択するという能力を身につけてきているとみられる。したがって日本の消費市場は厳しい市場であり,それに参入するにはそれなりの努力を要する。しかし,参入できれば豊かな機会と,大きな市場規模を約束するものといえよう。

  こうした市場に対し,企業努力(技術革新)によって消費者の求める新しい商品が供給されるなら,それは産業構造を大きく変化させよう。さらに第3章で述べたような住宅,社会資本に対する需要の拡大も,関連産業に対する需要の増大に資するであろう。

  第3に,技術進歩のための努力が重要である。ニーズの変化があっても,それに見合った製品が供給されなければ現実化しない。新しい製品を供給するものは,企業家の革新(イノベーション)である。それは必ずしも大研究,基礎的な科学技術の応用である必要はない。科学技術の氾濫がともすれば人間らしさを薄めてしまう中で,人々の求めているのは人と人の触れ合い,ヒューマンタッチである場合も多い。こうした商品,サービスの供給には,大企業や大組織が適しているとは必ずしもいえず,そこに小企業,新企業の参入を待つ広い新分野がある。

  むろん,新技術の急速な発展に鈍感であってはならないであろう。新技術は企業にとって有用なものであり,それを応用したことで商品の需要が急速に拡大した例は多い。さらに技術の海外からの導入などが次第に困難さを増していること,主要輸出商品の多くが成熟段階にさしかかりつつあることを考えれば,新技術の開発は喫緊の課題である。創造的活力を活かし,これまで以上の技術開発努力が必要となろう。日本はまさに技術立国を目標とするべき時期に達したのである。

  (ストック充実の要請)

  日本経済の発展の結果,いまや国民はフロー面ではかなりの水準の生活を享受できるようになった。そして,生活が充実してくれば,ストック面でもこれに見合った水準のものを求めるのはごく自然である。

  ストックの面で国民がまず充実しようとしているのは,子供の教育資金や老後のための貯えとしての貯蓄である。このような行動はしごく自然なことである。ただ,こうした貯蓄が,国全体としてバランスのとれた最適な形で資産として保有されていることが重要である。

  一国の貯蓄は,国内においては企業の生産活動のための投資,住宅,社会資本や様々の無形資産(人的資本,技術,学術,文化など)として投資される。

  海外においては,それは直接投資,証券投資などの形をとる。これらの投資はそれぞれ意味を持ち,全体として将来世代をも含めた国民生活の一層の充実のために役立つと考えられる。そして,民間部門においてどのような形でどれだけのストックが保有されるかは,基本的には民間の主体が自己の計算と責任において決定すべきことがらである。しかし,今後人口の高齢化に伴い,次第に貯蓄率の低下する可能性があるだけに,特に人々のニーズにあった良質のストックを蓄積しておくべき時であろう。

  他方,内需を拡大し,国民生活の充実を図るために,現在住宅,社会資本などの充実が強く求められている。最近における金利の低下は,こうした点で好環境を用意しつつあることは既に指摘した。また規制緩和にも同様の役割を期待できよう。

  住宅建設については,その決定は社会的必要性などの理由から公的に行われる公共住宅を除けば,家計にゆだねられている。持家については,今後建て替えが主流となるとみられるが,それが各種の環境条件に左右される面が大きいことが指摘できよう。既に一応すべての世帯が既存家屋に住んでいるという意味で建て替え需要は金利等の条件変化に対してより感応的であるとみることができる。また,住宅建設については日本では公庫融資制度や税制上の措置が講じられており,また各国とも各種の措置をとっているが,その所得分配に与える影響についても配慮する必要があろう。(例えばアメリカ型の支払利子の所得控除については,アメリカ国内でも批判がある。)なお,住宅投資については,東京を中心とする都心部の地価上昇と,こうした状況の中でどうすれば都心部にも人々の生活ができる活力ある都市づくりが可能かが問題である。都心部の地価上昇が都心部の夜間の無人化,ひいては犯罪の増加,荒廃などにつながることがあってはならないであろう。

  つぎに,社会資本については今まで着実に整備が進められてきたが,その整備水準が欧米先進国に比較してなお低いこと,国民の社会資本ストック充実に対する要望は根強いものがあること,今後維持,更新費が不可避的に増大することなどが指摘できよう。今世紀の残された期間は,高い貯蓄率が維持されると予想され,労働力人口等相対的に恵まれており,良質な社会資本ストックを形成する上で極めて貴重な期間である。

  社会資本という場合,直ちに連想されるのは道路,河川,鉄道などであるが,今後,電気通信ネットワークなどの比較的ソフトな社会資本のニーズも大きくなろう。また,国の役割としては,平時はその収益が期待できないが,一朝事ある時は国民に大きな損害を与える災害などに備えての安全のための投資や,ゆとりのある生活を営なむ上で重要な役割を果たす快適さを創り出す投資も注目されよう。

  さらに,近年多様で意欲ある地域づくりの試みがみられるが,これを有効に活力ある地域社会の形成へと誘導するためには,その基盤をなす住宅,社会資本整備が不可欠である。

  このように重要な住宅,社会資本整備であるが,後世代に残す蓄積された資産として考えた場合,次のような点に留意する必要がある。まず,公債の発行によって賄われた場合,金利の上昇によるクラウディング・アウトをもたらす可能性や,元利支払等の将来世代の支払うコストに十分見合う便益が生ずるかどうかについて,十分な検討を要する。また,社会資本はそれが建設された後運営や維持のため要する費用も大きいことなどを考慮し,後代に良質な資産を残す努力をすることが必要である。このように,社会資本整備は長期的視点に立って着実かつ計画的に行っていく必要があり,また投資分野の一層の重点化が必要である。

  住宅,社会資本整備の基本的部分は,公的機関が責任を持って実施すべきものである。しかし,住宅,社会資本整備を進めるに当たっては,民間部門により,より効率的に整備されることもあること及び財政の現状等から,整備方式,財政投融資の活用等を含め民間活力活用のための環境整備に努める必要がある。

  このほかに,長期的なストックとして重要なものとして,人的資本がある。

  ストックの蓄積はすべて,有形のものであれば形成の瞬間から老朽化,陳腐化が始まると言ってよい。特に技術革新の速い生産設備などでは,こうした傾向が強い。そうした点から言えば企業にとって最も重要なストツクは,人的ストックであるという見方ができる。人的ストックは,体化された技術力を不断に更新し,環境変化に対応していくことが可能である。さらに金融資産も流動性を有するという意味では有形のストックと異なる特性を持つといってよいであろう。その意味でも,ストックの充実は各種のストックをバランスよく保有することが重要である。

  人的資本の充実は,今後予想される急速な技術進歩の中で,個人の努力に待つ部分が大きくなろう。日本の技術は今までOJT(職場内訓練)などの形で主に企業内で蓄積されてきた。しかし,今後企業としてはより外部での訓練に依存するとともに,従業員の処遇,長期休暇など労働時間短縮の面でも,個人の努力を助け,それに酬いることが必要となろう。労働時間短縮は消費の拡大,生活のゆとり,のみならず,個人の資質の向上という点からみても必要なものである。時短の実現のためには行政面でも努力が続けられており,貿易摩擦緩和などの見地からも,こうした努力が実を結ぶことが期待される。

  さらに,我が国が世界最大の債権国になろうとしていることを機に,対外資産の急増について各方面の注目が集まっている。これまでのところ,対外資産の増加は,海外高金利を背景としたミクロの経済主体の合理的行動の集積の結果と言わざるをえない。マクロ的には対外資産は将来世代のための貯蓄としての意味を有し,流動性が高く,不測の事態が発生した時に直ちに役立つ可能性も大きい。また,その増加は,世界最大の資本供給国としての日本が,その役割を果たしていることの結果でもある。しかし,その増加に伴う各種の摩擦の発生を最小にすべく,最大限の努力を払う必要があることは言うまでもない。

  いずれにせよストックの充実はある程度の期間を必要とするものであり,着実にこれを実施する必要がある。

  また,日本としては世界的な国際公共財の提供についても,今後大きな責務を有する。自由貿易体制,国際通貨体制,援助,国際機関への分担金,技術,教育などの国際公共財の供給に応分の役割を果たすことが,国際的なストックの形成という点から大きな意味を持つこととなろう。

  *              *              *我が国経済の当面する第一の課題は,国際収支不均衡問題の解決である。このため,内需主導型の経済成長を図るとともに,国際的に調和のとれた産業構造への転換を図りつつ,引き続き市場アクセスの一層の改善と製品輸入の促進等に努め,同時に適切な国際通貨価値の安定に努める必要がある。

  しかし,こうした努力が実を結ぶためには新しい成長を促進することが不可欠である。ドル,金利,原油価格などの大幅な水準調整が,そのための条件を整備していることは既に述べた。こうした水準調整は,既にかなりの程度進行したとみられ,今後は経済をこうした新しい水準に適応させるための調整が進んでいこう。

  一方,行財政改革はなお一層推進し,これによって財政不均衡の是正,財政の対応力の回復を図る必要がある。中長期的には,高齢化の進展などにより将来の租税負担と社会保障負担とを合わせた全体としての国民負担率は上昇せざるをえないがヨーロッパの水準よりはかなり低い水準にとどめるよう努めるべきである。

  しかし,当面の日本を巡る経済情勢をみると,内需拡大のための努力はなお続けていく必要がある。また,経済情勢の変化等に対し,必要に応じ政府が適時適切な対応を採ることは,もとより当然であろうが,その場合においても,規制緩和や財政投融資,地方債の活用等,上記の行財政改革の大枠の下での様々な工夫を図っていくことが肝要である。さらに中期的な観点からも,上に述べたストックの充実を進めて行かねばならない。

  こうしたストックの形成が適切に行われることはまた,国際社会における日本の積極的な貢献,我が国の国際国家としての在り方を確立する上で重要でもある。

  日本経済は,大きな進路の転換期に立っている。こうした転換にはかなりの摩擦と負担が伴うのはやむを得ないが,我が国民の優れた素質,著しく向上した日本の国力をもってすれば,それは必ず可能なはずである。必要な変革を恐れることなく,積極的,かつ着実にそれに取り組む姿勢が求められよう。

  幸い,今後は各種の政策の効果に加え,円高,原油価格低下による交易条件改善効果が出てくることが期待される。これによる実質所得の増加も,求められる変革を進めていく上での有力な援軍となることが期待されよう。


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