昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第2章 新しい産業発展の潮流

第3節 創造的活力の時代

  前節でみたように,今後,生産の海外への移行が進むにつれて国内の生産,雇用への影響や,限界的輸出産業ないし輸入品競合産業での調整コストの問題が生ずる可能性があることには十分な注意が必要である。その意味で引き続き適度な持続的成長を維持して行くことは,我が国にとって重要な課題である。

  そこで本節では,内需面での新しい成長の源泉の創出や高くなった賃金に見合う付加価値の高い輸出商品の開拓が,どのようにして実現し得るのかという視点に立って,まず,最近の産業構造変化をもたらしている底流につき整理し,次いでどのような分野に新しいニーズがあるのか,さらに,それを現実の需要に結びつけるための技術革新の重要性と企業組織の変化についてみてみる。

1. 新しい成長分野

  (近年の産業構造変化とその動因)

  産業発展は各産業の均斉成長によってもたらされるというより,その時代をリードする成長産業群が入れ替わりながら進んできた。このような産業構造の変化をもたらす基本的な原動力は,①輸出を含む最終需要構造の変化とその伸び,②技術革新等を通ずる中間投入構造の変化である。

  最近の我が国産業構造変化の特徴とその要因をみるため,主要業種の55年から59年までの実質生産額の伸びを最終需要動向と中間投入変化等に分解して示したのが第2-32表である。まず成長業種としては,電気機械が半導体素子・集積回路3.6倍,電子計算機3.5倍,その他電気機械1.8倍と大幅増加しているのが目立つ。これら電気機械合計の全産業生産増加額に対する寄与率は35%に上っている。次に対事業所サービス37%増,金融・保険36%増など,非製造業が電気機械を除く製造業に比べ総じて高い伸びを示している。これに対し,石油・石炭,建設,木材・木製品,鉱業,窯業・土石,鉄鋼,繊維などでは生産が減少しているほか,非鉄金属,その他輸送機械,金属製品等の製造業でも増えてはいるもののその伸びは低い。

  これら成長業種と伸び悩み業種の相異をもたらした諸要因から最近の特徴的な流れを整理すれば次の3点が指摘できよう。

  第1は,これまでのところ輸出が増えやすく,輸入が増えにくい経済体質がみられることである。輸出増加の生産への寄与率をみると,一般機械,精密機械,電気機械ではかなり大きく,機械業種全体では,生産増加の32%が輸出の増加によってもたらされている。このように成長する機械業種では輸出にかなり依存した傾向がみられるが,一方輸入面をみると,鉱業,石油・石炭,化学,繊維では,国内生産物から輸入品への切替えが進みつつあり,生産はその分減少しているが,需要の増加している機械類ではむしろ輸入品から国産品への転換がみられ,これがわずかではあるが生産の増加をもたらす形となっている。

  こうした輸出入面の動きは,第2節で分析した結果と照合している。

  第2は,エレクトロニクス化と技術革新・情報化の流れである。民間総固定資本形成(民間投資)はこの4年間で8.8%増加しているが,その業種別生産寄与をみると,電子計算機,半導体素子・集積回路,その他の電気機械の生産をかなり押上げる要因となっており,電気機械合計では,生産増加の3分の1が民間投資の増加に支えられている。このほか,事務用機器,金属工作機械等を中心とする一般機械,半導体製造用のステッパー(縮小投影型露光装置),計測・検査機器などが増加している精密機械でも,それぞれ生産増加の42%,11%が民間投資によってもたらされており,非鉄金属も民間投資増加による寄与が生産増加額を上回る規模になっている。これに対し,建設,窯業・土石,木材・木製品,金属製品など建設関連業種では,民間投資増加にもかかわらず,むしろその寄与はマイナスとなっており,最近の民間投資が情報化機器へと大きく構造変化していることを物語っている。

  中間投入構造には省資源化,エレクトロニクス化,サービス化の三つの変化が生じているが,サービス化は次に述べるとし,ここでは前2者についてみてみることとする。中間投入構造が生産の増加に寄与した業種では,エレクトロニクス化を反映して半導体素子・集積回路が際立って大きく,同業種の生産増加の36%の寄与率に達している。このほか,電子部品を中心にその他電気機械や部品などでのアルミ化等を反映して金属製品等でも寄与が大きい。一方,中間投入構造変化が生産の減少をもたらした業種としては,省エネ化の影響から石油・石炭,鉱業,自動車の軽量化等を反映した鉄鋼,建築物の鉄筋・鉄骨化・プレハブ化による木材・木製品,このほか,非鉄金属,繊維など,素材型業種では,ファイン化の進展している化学を除き総じてその用途が縮小している。

  とくに,石油・石炭,鉄鋼,非鉄金属では,こうした中間投入構造の変化が生産伸び悩みの主因をなしている。このように技術革新の流れを示す中間投入構造は,エレクトロニクス化を中心に軽薄短小型へと大きく転換しつつある。

  第3は,サービス化,ソフト化の流れである。中間投入構造変化のもう一つの特徴はサービスの投入の増加である。特に,対事業所サービス,金融・保険などの業種では,中間投入構造の変化による寄与が生産増加の3割から6割近くに達している。こうした背景には,リース利用の活発化,ビル・メインテナンスの外部化,コンピュータソフト等情報サービスの活用,企業の資金調達・運用の多様化と新金融商品の登場といった動きがあることは言うまでもない。

  また,消費のサービス化,ソフト化も進行している。消費支出増加の産業別生産増加への寄与をみると,製造業では,化学,精密機械の生産増にある程度寄与しているもののその他は概して小さい。しかし,第3次産業では,割賦販売,クレジット・カード,消費者ローンの活発化を反映した金融・保険,医療,教育を中心とする公共サービスなどが消費の伸びによって大きく増加している。

  このほか,電力・ガス・水道,運輸・通信,不動産,対個人サービス等でも消費の増加寄与が大きい。このように,サービス化は,個人消費等支出内容におけるサービス支出の構成比の上昇と,それが,中間投入構造におけるサービス化・ソフト化の動きによって増幅されて,第3次産業の生産増をもたらしているといえよう。

  以上のような産業構造変化にみられる三つの特徴は,今後の産業発展の在り方について,①国際化への対応,②技術革新・情報化への対応,③ニーズのサービス化・ソフト化への対応という三つの方向を示している。①の国際化への対応については,既に2節でみたところであり,以下では,③と②について検討する。

  (消費者のニーズと新しい成長分野)

  経済企画庁総合計画局報告書「技術革新と雇用」によれば2000年にかけて,第3次産業の全産業に対する付加価値構成比は,サービス業の増加を主因に1980年の59.5%から65.9%へとかなり上昇すると予想されている。このように,第3次産業が今後の新しい成長分野として大きな期待がかけられているわけではあるが,以下では,最終消費の今後の流れと,産業内の投入構造の両面から検討してみよう。

  我が国の消費支出は,第1章でみたように今回の景気拡大過程では,いまひとつ力強さに欠けていたことは否めない。耐久財の普及について第2-33図をみると,必需品,住宅関連品に最近頭打ち,ないし,若干低下しているものがみられる中で,VTR,電子レンジや,カラーテレビのうち音声多重型など何らか消費者ニーズを捉えた商品では普及率が急速に上昇しているものもみられ,個別商品ないし産業レベルでは,個々のニーズを把握することによって十分成長の余地のあることを窺わせる。

  消費者ニーズは,その時代の社会環境や消費者の意識などによって形成されるとみられるが,それはいくつかのニーズの軸を伴っており,個々の新しいニーズとそれに対応する個々の成長産業は,ニーズの特性が働きかけ,また働きかけられる相互作用として,いわばニーズ軸のクロスしたところに生まれてくるといえよう。

  いま,最近の消費者ニーズを,①普通の生活に必要な衣食住と,新しい変化方向として②差別化または個性化を求める動き,③高齢化の進行,④国際化の進展,⑤都市化の強まり,⑥人間らしさへの欲求の五つの特性を考え,合計六つのニーズ軸を中心に,現在及び今後の個別ニーズないし成長分野について検討してみる。

  まず,個々のニーズ軸の特質についてみると,①普通の生活に必要な衣食住とはある程度必需的な性格の支出に対応し,商品選択の考慮点として経済性(安さ,便利さ等)が重視される。②差別化または個性化とは,他人に差をつけたいとする心理の働きを投影したもので所得水準の上昇とともに強まり,指向としては,高級化,本物重視,マニア化などの形で表れる。③高齢化とは,社会全体に占める高齢者の割合が高まることを指すが,人口構成の変化により社会全体の購買力において高齢者の比重が高まることも考慮する必要がある。

  ④国際化とは,人,物,金,情報等各方面で国際間の交流,相互依存が強まる傾向を示すものである。⑤都市化とは,直接には都市に住む人の割合が増加することであるが,このため,都市的なサービス等へのアクセスが増大することや社会環境面における核家族化,近隣との連帯性の稀薄化,単身者世帯数の増加,女性の社会進出の拡大などの動きも含んでいる。⑥人間らしさへの欲求とは,近代化・都市化が進むに従って人間らしさ,人とのふれあいを求める動きであり,指向としては,うるおい,ふれあい,健康などを求める形で表れよう。

  六つのニーズ軸をマトリックス化して,それらがクロスした点,すなわち,それぞれのニーズ軸の特性が相互に刺激し合って生まれる個々のニーズや産業を示したのが第2-34表である。同じニーズ軸がクロスした点では,一方でニーズ軸の特性が相互に増幅する形で極端に進行したケースと,一方でそれによって生ずる問題に対応するため,特性の方向とは逆の回帰をもたらす動きも考えられるため,これも併記してある。

  普通の衣食住を中心に考えると,一般消費物資等に対応しては,安くて良いものが選択されるほか,スペースをとらないもの,再生利用,耐久消費財のリースといった動きが考えられる。国際化に対応しては,海外旅行,安い輸入品の利用などが増えるであろう。とくに最近の円高は,この分野に多くニーズを生み出す可能性が強く,既に例えば輸入品の通信販売が盛んになってきている。

  都市化との対応では,自動販売機の普及,通信販売の拡大,コンビニエンス・ストアの急増,冷凍・レトルト食品の増加など利便性や家事サービスの外部化の動きが強まろう。また,高齢化を中心に考えると,老人の生活に必需的な商品(健康・医療サービス,有料老人ホーム,ホームヘルプサービス,入歯,人造骨,老人用の食品,老眼鏡など)がシルバー市場としてかなり期待できようし,多世帯住宅への二-ズも高まろう。個性化や国際化に対応しては,長期の海外旅行や海外での年金生活,生涯教育等のニーズが生まれてこよう。さらに,国際化を中心に考えると,かなり多くのニーズがあろう。例えば個性化との対応では,海外高級品の輸入など,また,国際化が深まるなかでは,内外の日本語学校,海外生活に関する事前教育,外国人に対するコンサルタントなどに対する需要が増加する。こうした中で国際化に触発されて,逆に,日本的なものを求める動きも強まろう。さらに都市化との対応では,外国人用の商店,マンション,学校等の必要性が強まる,等々である。

  ニーズ軸の置き方として,これとは異なった視点も考えられよう。いずれにしても,新しい個々のニーズの出現と産業分野は,このような,ニーズ軸の特性間の相互作用として生まれてこよう。今後内需への転換を図ろうとする際にどのような産業への転換が可能かを考える場合の一つの基本的な視点を提供するものである。

  個々の家計にとっては所得が消費の源泉であることは,言うまでもないが,社会全体としてみれば,消費が所得を生み出す面も否定できない。今日の消費支出の伸び悩みの原因としては,購買力やニーズの不足という面もあろうが,他方では,ニーズに合った商品,サービスの供給が不足しているとの指摘もある。新しい消費ニーズを発掘する供給側の努力は,一方で産業の内需転換を促すとともに,内需自体の拡大にも寄与するであろう。

  (製造業とサービス化)

  今後の新しい消費者ニーズは,上でみたようにサービス的・ソフト的要素の強いものが志向されるとみられ,こうした消費支出面でのサービス化は今後とも第3次産業部門の拡大をもたらすこととなろう。第3次産業では,雇用係数(55年実質価格基準)が59年実績でサービス業が336人/10億円,卸・小売業が283人/10億円,建設業が263人/10億円など製造業(200人/10億円)に比べかなり高く,このことは,非製造業分野の生産増加が高い雇用吸収力をもっていることを示している。したがって,第3次産業は,中長期的にはもちろん,今回の円高により影響を受ける限界的輸出企業や輸入品との競合が激しくなっている業種等で生ずる可能性がある雇用減少の受け皿ともなり得ることが期待される。さらに,第3次産業の資本係数は,サービス業,卸・小売業とも未だ低いとはいえ,製造業とは対照的に着実に上昇しており,これが,今後の設備投資の安定的拡大にとって重要な柱となることも期待されているところである。

  もっとも,第3次産業分野の成長は単に消費支出の増加,その内容のサービス化のみを通じて独立に発展するものではなく,産業間内部における投入量の増加という形でも相当押し上げられてきたことは既にみたとおりである。したがって,これら第3次産業の発展は他産業,特に製造業の高い成長に依存している面があることに注意する必要がある。いま製造業と非製造業との関連をみるため,業種別の影響度係数,感応度係数()の推移と,物的部門とサービス部門との間の生産波及係数の変化をみると(第2-35図),鉄鋼,非鉄金属,石油・石炭等感応度係数の大きい業種が急速にその値を低下させている一方,対事業所サービス,卸・小売業,金融・保険業などの第3次産業では影響度係数がもともと低い上,感応度係数が年を追って高くなるなど,他産業の影響をより強く受けるようになっていることが分かる。また,「物的部門」と「サービス部門」に分けて産業間の生産波及の度合を55年と59年について比べてみても「物」を作るために必要な「物」の投入,「サービス」を生産するのに必要な「物」の投入はいずれもかなり低下している一方,「サービス」を生産するのに必要な「サービス」の投入は幾分上昇しており,とくに目立つ点としては,「物」を生産するのに必要な「サービス」の投入がかなり増加していることである。

  これらの結果は,今後の第3次産業の発展の在り方について二つの示唆を与えている。第1は,第3次産業の発展にとって製造業の成長が極めて重要であることである。2つは,逆に,製造業分野では,より多くのソフトと一体化した製品作りが求められていることである。ソフトを体化するということは製品に知識,技術,感覚,サービス等を付加することであり,そのためには,マーケティング機能,デザイン,情報ソフト等第3次産業の能力にかなり依存せざるを得ない。このように製造業と第3次産業とは,今後一段と密接な相互依存を深めていくことが期待され,両者の調和的発展なくしては全体の発展も望み得ないであろう。

  なお,第3次産業の発展が雇用増加の大きな吸収分野になることが期待されるが,前記「技術革新と雇用」によれば,2000年にかけての労働需要は圧倒的に専門的・技術的職業従事者(エンジニア)と管理的職業従事者・事務従事者(ホワイトカラー)が多く,ブルーカラーが少ないというアンケート調査結果(第2-36表)となっており,こうした労働需要の変化の下で労働需給のミスマッチが生じないよう適切な対応が必要となろう。

2. 創造的技術革新への挑戦

  (我が国技術の特徴とその水準)

  輸出商品が次第に成熟化し,一方で輸入品との競合が激化すると予想される中で,その結果起こり得る停滞を乗越え突破して行く力は,技術革新である。

  我が国のこれまでの技術開発の特徴としては,第1に後発の利益をいかした活発な海外技術の導入と,それを製品化する技術の開発面に優位性を発揮してきたことであった。海外の先端技術の導入は,技術開発面でのリスクが少なく,将来の市場性も見通しやすいという利点があり,我が国企業は,性能,品質,コスト面での改良,効率化に技術開発を集中することによって市場を獲得することができた。これまで鉄鋼,石油,化学,機械等重化学工業のほとんどがこのような技術開発形態をとってきたといえよう。これは第2節でみたような我が国の輸出商品の雁行的急増形態の技術的側面,いわゆる技術ギャップの縮小過程に対応していると思われる。第2の特徴は,研究分野が民間需要中心であったことである。アメリカでは技術開発が国防研究と強く結びついていたため,優秀な技術者の多くが国防軍事関連の研究開発に集中し,民間分野をクラウドアウトしたと言われているが,我が国では,研究開発は専ら産業技術に投入された。この結果,技術特性として我が国では大量生産技術に優位性が強まったとみられている。

  我が国技術開発の上記のような特性を反映して,今日の我が国技術水準が開発段階では優位にあるものの,他方で基礎研究段階においてもその推進を図ることが課題となっている。技術水準評価の一つの指標として技術貿易の動きをみると,新規の技術輸出入は既に47年に輸出超に転じているほか,継続分を含む総額でみても大幅入超が続いていたが,59年度にはほぼ収支が均衡(輸出2,775億円,輸入2,814億円)するなど,ある程度の水準に達しつつあることを窺わせる。しかし,その内訳をみると(第2-37図),地域別に出超となっているのは,東南アジア,中国等の途上国が中心であり,対米欧諸国に対しては大幅な入超となっている。業種別にも,鉄鋼,建設,繊維で出超となっているものの,より高度な電気機械,一般機械,輸送機械などでは依然入超であるなど,全体としては,汎用技術では輸出し得るレベルにあるものの,最先端技術では引き続き海外に依存している状況にあるといえよう。

  (強まる自主開発,基礎研究の要請)

  これまで我が国が技術導入と開発技術に専念し得たのは,欧米に取り入れ得る数々の先端技術が存在し,その供与に対し欧米諸国が寛容だったことによる。

  しかし,アメリカで1982年頃から各種学会の研究発表等に様々な規制が行われるなど基礎技術のエンクロージャーの動きが出ているほか,近年,日米間で半導体技術などを中心に特許紛争が頻発するなど,従来型技術開発形態を制約する動きが表面化している。

  このため,今後我が国としては基礎的分野から自力で開発し得る研究開発体制を確立して行くことが重要であり,とくに,今後の技術の中心分野となるマイクロエレクトロニクス,新素材,バイオテクノロジー等の最先端技術は,基礎研究を自ら行う中でこそブレークスルー的技術を得ることができるものである。また,基礎的研究開発を国際的な公共財として世界に提供していくことは我が国がその経済力にふさわしい役割を果たしていく上の重要な課題となっている。また,我が国としても20世紀中後期の技術革新の時代に研究開発能力が大きく進展し,今や国際的レベルで独創性を基軸にした研究展開を本格化しうるところに達している。

  しかしながら,特に基礎段階の研究開発の中には,資金が巨額に及ぶこと,リスクが大きく,リードタイムが長いこと等民間企業では対応困難なものが少なくない。従って,基礎的研究の国際公共財的性格からみても,公的部門の関与が必要である。

  我が国の研究開発費に占める政府負担の割合は,国防研究の比率が低く,また,租税負担率が低いこともあり,単純な比較は困難であるが,欧米先進国との大きな差異をなす国防研究費を除いた政府負担は,第2-38表のとおりである。

  このため,今後ともこうした技術開発の推進のため,産学官が各々の特色を生かし,かつ密接な連携を図りながら基礎的研究を重視し推進することが大切であり,また政府としても引き続きその環境基盤整備を図っていくことが望まれる。このような観点から,金融面においては,創造的技術開発を推進するために,60年度には,基盤技術研究円滑化法に基づく民間における基盤技術に関する研究開発の促進を目的として,同法に基づき基盤技術研究促進センターが設立され,試験研究資金の出・融資等を行う一方,日本開発銀行による研究開発融資制度の一層の充実が図られた。

  (技術革新の波及とその要件)

  技術革新はどのようにして生まれ,どのように経済構造を変えていくのだろうか。ここでは半導体の例を採り上げその態様をみてみよう。

  第2-39表は,45年から59年にかけて経済の各部門で各財がどのように使用されたかを45年を1とする59年の倍率で示したものであるが,半導体素子・集積回路についてみると二つの特徴が見出される。第1は,半導体素子・集積回路の横列をみると1単位作るのに投入される各部門からの量(ユニットストラクチャー)が大幅に削減されていることである。これは,半導体製造技術の革新と簡素化を意味し,単位当たり生産コストの低下を可能としたであろう。第2は,半導体素子・集積回路の需要分野が急速に拡大したことである。半導体素子・集積回路の縦列をみると,機械部門では,45年に既にかなり使用されていたこともあってその倍率は相対的に小さいが,素材関連業種や第1次産業,第3次産業での使用量は20倍以上と飛躍的な上昇を示している。とくに,59年1年間でそれまでの13年間に匹敵する急拡大をみせており,その増殖ぶりは著しい。こうした伝統的部門を巻き込んだ量の急拡大がコストを引き下げ,それによる価格低下が再び需要量を増やしたことは言うまでもない。

  一つの新材料の普及は,需要を創り出す特性(価格の革新性,機能・質の革新性)と需要家の受容力に依存している。そして一度その好循環に突入すると,その業界の設備投資,雇用の増加,それを使用する商品の品質の向上,コストの低下による最終消費への刺激効果,新材料の投入に係る業界の需要量拡大によるそれら業界の投資,雇用増といった様々なルートを通じて成長の源泉を生みだしていくといえよう。

  もちろん,半導体の場合はその用途が情報という特殊な分野(情報はその量が大きく,かつ,一般にその量が多いほど価値が大きいという側面を持つ)であるため,とくに需要の伸びが化学や最近の新素材における材料革命に比べ著しく高かった面がある点には留意する必要がある。

  このような半導体による革新が科学的技術に基礎を置き,その工業化成果を基因とするいわばテクノロジー・プッシュ型の技術革新過程であるとすれば,対事業所サービスの投入増加の動きは,どちらかといえば,ディマンド・プル型の革新に近い。第2-39表に半導体と同様に対事業所サービスの部門別投入産出構造変化を示してあるが,半導体素子・集積回路には及ばないものの,そこには,半導体と同じような,広範な分野での需要拡大がみられる。情報サービス業,リース業等対事業所サービスの拡大は,半導体のように価格,機能の革新性に基礎を置くというより,増大するニーズとの対話の中で新しい分野を開拓する形で進んできたと思われる。その意味で需要に引っぱられつつ革新過程を歩んでいるとみてよいであろう。

  革新過程がテクノロジー・プッシュ型であれ,ディマンド・プル型であれ,革新の持つ成長源泉の意味は変わらない。そして今後の我が国の経済発展はこのような革新をどのぐらい引き起こし得るかの能力に大きく依存している。

  (創造的活力の重要性)

  技術革新とは,単にマイクロエレクトロニクス,新素材,バイオテクノロジー等の先端技術分野の進展だけを意味するものではなく,より広範な分野で絶えず起こっているすべての革新過程を指す。

  これまで我が国の革新過程を支えてきたものは,開発技術と技能が中心であったが,今後は,それらに加え,感覚,知識,知恵などの能力及び社会のニーズにすばやく対応する機敏性が次第に重要性を増してこよう。

  既に「60年度年次経済報告」で詳しく述べたように,今日の情報化に絡んで,広い分野で需要の拡大が期待されているが,これには,システム技術等を含むソフトウェアの重要性が極めて大きい。

  また,企業が今後,電子・情報分野,生産システム分野において有望とみる製品に関するアンケート調査をみると(第2-40図),1990年段階で,我が国の場合,8ミリビデオ,CDプレーヤー,ビデオ・ディスク,4MビットDRAMなど,総じてソフトウェアの重要度が低い製品では総合技術水準が高いとみられるが,ソフトウェアの重要度の高い汎用コンピューター,32ビットMPU,パソコンなどでは,総合技術水準が相対的に劣っているとみられており,我が国の技術がソフトウェア部門で劣位にあることを示している。さらに,2000年にかけては,ほとんどの商品でソフトウェアの重要度が一層高まると考えられているだけに一段とその充実に努力が必要であろう。MPU,人口知能コンピューター,FMS,CIMなど先端分野では,産業技術レベルが,基礎段階での研究の深化を強く求めており,基礎研究は,それ自身の自己培養としてというよりこうした産業技術との相互刺激作用の中でその深化が求められている。

  また,そうした先端分野のみならず,個別商品の設計に当たっても,それがどの程度ハードな技術を体化できるかと同時に,どの程度サービス,知恵,感覚を体化できるかに強く依存してきていることは既に述べたところである。家事サービスを体化した調理食品,労務サービスを体化したユニットバス,自動販売機,魅力的なゲームソフトと一体化することによって急拡大したゲームパソコン,感覚を重視するハイタッチ産業等々,成長商品の多くはソフトウェアを体化する傾向が強まっている。ソフト面における創造的能力が商品の成長の鍵を握る重要な要素となってきている。

  さらに革新を促す一つの材料として規制の緩和がある。今日行われている規制は,安全,衛生,環境,防災等健全な国民生活の確保を目的とするものや市場の自由な動きに委ねると自然独占の成立等「市場の失敗」が生ずるおそれのある場合などに行われているが,これらの規制の中には結果的に技術革新の導入を阻害したり,生産性の低い企業や産業を温存したり,研究活動の効率の不当な低下をもたらしている場合が少なくない。したがって,今後,緩和に伴う問題に十分配慮しつつ,特に社会的規制については国民生活の安全確保等のため慎重な対応を図りながら,時代に即した規制緩和を積極的に行っていくことが必要である。

  今日,我が国経済は,「安定」から「ダイナミックス」へとその流れを大きく変えつつあり,新たな成長の源泉はその中に見出されつつある。

3. 産業・企業の変貌

  (「産業の融業化」の進展)

  企業が今後中期的にどのような経営戦略を重視しているかを,経済同友会のアンケート調査(「60年度企業白書」)によってみると,第1位は「マーケティング戦略」,第2位が「技術開発戦略」,第3位が「多角化戦略」となっており,また,55年には第7位だった「国際化戦略」が第5位に上昇している。このように,企業は需要動向の把握,技術開発,新規分野の開拓,国際化への対応を今後の経営上の中心的課題とみていることが分かる。企業の国際的事業展開については第2節でみたところであり,以下では,企業の多角化と技術開発に関する企業組織の対応についてみてみよう。

  企業が今後どのような分野に事業展開を図ろうとしているのかは,その企業の研究開発がどの分野に向けられているかによって端的に示されよう。今,製造業の業種別研究開発の多角化指数を作成し,各産業の他分野への進出意欲をみてみると(第2-41図),①多くの業種では,研究開発の多角化度が高まっていること,②業種別には,生産の伸びが高く,比較的好調な加工型業種ではその上昇幅が小さい一方,生産が伸び悩んでいる素材型業種ではその上昇幅が大きいことが特徴的である。

  業種別の動きをやや敷衍すれば,自動車,医薬品では主部門への研究開発費の投入が約9割に達しており,主部門集中の傾向が最近では更に高まっている。

  また,一般機械でも主部門への投入は7割に達しているほか,多角化指数が高い通信・電子・電子計測器でも電気機械器具を主部門にカウントすれば,主部門投入比率は9割に達する。もともと成長率の高い分野を本業とするこれらの業種が主部門への研究開発投入により多くの力を注ぐのは自然な動きであろう。

  これに対し,繊維,非鉄金属,窯業,化学,石油・石炭では主部門以外への投入が大幅に増加している。例えば,繊維では繊維部門への研究開発費投入は約3割に止まり,有機化学,総合化学,医療品等周辺分野への投入が非常に大きくなっているほか,非鉄金属でも,非鉄金属部門への投入が45年の8割弱から59年には5割弱へと低下し,代わって金属製品,電子関連への研究開発費にその多くが振り替わっている。また,石油・石炭では化学,非鉄金属分野へ,窯業では化学,電子関連へ,化学でも機械,医薬品分野や化学部門相互間乗入れといった形で多角化が相当の進展をみている。ただ,素材業種のうち,鉄鋼,紙・パルプ,ゴム製品などではそのテンポは未だ緩やかなものに止まっている。

  このような素材業種を中心とする異分野への進出の活発化は,技術面での融合と同時に,従来の業界区分では律し切れない「産業融業化」現象を今後強めていくものと予想される。素材業種が本業部門の成熟化に対応して新たな活動分野を切り開いていく動きは,円高による競争力低下によってもたらされる困難を克服して行く上で重要であり,また,こうした融業化の進展は研究開発,販売面で競争促進的な効果を持つと考えられることから,積極的に評価されよう。

  (企業組織の活性化と新しい外部資源利用の高まり)

  従来,我が国企業では少品種・大量生産によるスケール・メリットを追求するのに適した「ピラミッド型」のタテ型企業組織や雇用システムを形成してきたとみられている。このような企業システムは長年の蓄積としてできあがってきたものだけに,急激に変質するものとはいえないものの,需要の多様化,製品開発面におけるソフト的要素の強まり,産業の融業化の進展といった経済環境の変化は,組織内の個人の創造性を強く求め,企業・業界・国境を越えた多元的情報収集の必要性を高め,また,迅速な意志決定を要請する形で従来型企業組織の変革を促す内圧を生み出している。

  こうした事情の一つの例として,上記経済同友会調査によって,技術開発ソースの変化についてみてみると(第2-42図),内部資源活性化と外部資源利用の広がりという二つの特徴が看取される。

  すなわち,これまで企業の技術開発の1つの重要な柱となってきた「他社のライセンスの受容」いわゆる技術導入は,上述したような事情を反映してその重要性は次第に低下してきており,今後1990年代にかけては更にそのウエイトが小さくなるとみられている。一方,「社内ベンチャー」や「優良事業の子会社化」等社内資源の活性的利用による割合は既にかなりそのウエイトを高め,技術導入型の割合を上回り,今後もその比重がかなり重要であると予想されている。また,「社外委託研究」や「ジョイント・ベンチャー方式」による技術獲得が今後一段と重要性を高めていくこと,「他社への資本参加」,「企業買収」なども着実に増加が見込まれるなど,これまでの「技術導入」とは異なった,企業の主体性に基づく外部資源利用の動きが強まっていく方向にある。

  (広まる中小企業の活躍の場)

  大企業が社内ベンチャーや優良事業部門の子会社化によって社内資源の活性化を図ろうとしているのは,経済環境変化の中で従来型の大企業組織では,意思決定の遅れ,やりがい・責任感の喪失といった弊害が生まれ始めたことによるものであるが,これは逆に経済環境がむしろ中小企業が特性を活かしやすい方向に変化しているともとらえられる。同時に,大企業の外部資源活用の動きは,それに応え得る高い要素技術をもつ中小企業(例えば,ベンチャー・ビジネス)に対して,大企業のパートナーとしての独自の活動分野を与えることとなろう。

  第2-43表は,大企業と中小企業の特性ないし方向性を分野・機能別に分類したものであるが,生産・販売面では,多様化する二-ズに密着して多品種少量型の生産対応が求められていること,労働面では,人材の流動化が徐々に進行していること,資本面では,資金調達ソースの多様化と需給緩和基調が続いていること,また,リース利用の活発化によりサンクコスト()が低下(新規参入の容易化)していること,技術面でもいわゆる創意工夫の重要性がますます高まっているほか,狭い分野でも専門性の追求が強く求められていること,さらに企業組織面でも親会社一下請企業というタテの強い結びつきからより緩やかなつながりをベースとするネットワーク型の多様な広がりが必要とされていること,等の経済環境変化が生まれているが,これらは,いずれも中小企業が事業展開を図るに当たって,その特性を活かしやすくなっていることを意味している。

  中小企業活動の活発化は,ニーズの発掘や技術の深化という面で経済全体に大きな影響を持っている。日本,アメリカ,イギリスの3か国の製造業について事務所数,従業者数,付加価値額によって中小企業の占める割合を時系列でみると(第2-44表),我が国の比率は高く,これが,競争の促進,適応の柔軟性という特性を通じて経済の活力の一因となっていたと考えられる。また,中小企業比率は3か国とも年を追って上昇してきており,中小企業の重要性は高まってきている。マクロ的な面で中小企業が果たすより重要な役割としては,中小企業における雇用の拡大が大きいということである。総理府「就業構造基本調査」によれば,我が国の有業者数は昭和52年から57年までで378万人増加した(官公庁を除く)が,うち大企業では94万人増に対し中小企業は284万人増と全体の増加分の75%以上を占めている。このような,中小企業の持つ活力とマクロ経済への貢献は我が国の今後の成長にとって大いに期待されるとともに以下に述べるような地域の発展にとっても重要な要素である。

4. 地域発展への展望

  (再び拡大した地域間所得格差)

  創造的活力を広く引き出し,資源の有効な活用を図るためにも地域の発展は極めて重要である。ただ,これまでのところ,大都市圏と地方圏との生産動向にはばらつきが残っている。ここでは,両地域間の格差が最近拡大してきている背景を整理し,地方圏の経済発展に必要な条件を考えてみる。

  地域間の所得格差は30年代後半から50年代初頭までほぼ一貫して縮小してきた。また,戦後長らく続いた人口の都市への大量流入も36年をピークに徐々に減少し,50年代前半には3大都市圏への人口流入が純減するなどその鎮静化が目立った(第2-45図)。このような地方における所得水準の向上と地方圏への定住化の動きは,①地方圏での交通網その他の社会資本の整備や大都市圏における環境問題,また,政府による工場の地方分散政策の積極的推進等から,大都市臨海に集中していた工場立地が地方圏に移り,それによって地方の雇用増と所得の向上がもたらされたこと,②地方交付税,公共投資等財政による地方への所得移転により所得の地域間再分配が行われたこと,③人口構造において,都市部への流入の多い15歳~24歳層の割合が小さく,都市部からの流出が多い25歳~34歳層の割合が大きかったこと,などによるものと考えられる。

  しかし,53~54年頃を境として,地域間の所得格差は再び拡大する兆しがみえている。例えば1人当たり県民所得の最高・最低格差は,53年の2.06倍から57年には2.18倍へと上昇している。また,大都市圏への人口流入も51年から55年までの年平均で約1.2万人の純減だったものが56年に増加に転じた後,58年には8.2万人の流入超となるなど,40年代から50年代初頭までの流れとは異なった方向に変化し始めてきている。

  この第1の理由は,50年代に入ってからの製造業での素材型業種の不振,加工型業種の好調という業種間のばらつきが素材型業種の多い地域の所得,雇用の伸び悩みをもたらしたことである。第2-46図は55年から59年までの工業出荷額の伸びと加工型業種等の寄与度を示したものである。この期間,全国平均の出荷額は17.8%の増加でうち加工型業種の寄与度は13.7%と圧倒的に高かった。この結果,もともと加工型業種の比重が高かった山梨,群馬,長野等やこの間にIC産業等の立地が盛んだった山形,熊本,岩手等の県では高い出荷額の伸びがみられた一方,素材型産業のウェイトが大きい和歌山,北海道,大分等では伸び悩む形となった。

  第2はソフト化・サービス化・情報化という産業構造変化の影響である。第2-47図は県内総生産増加に対する製造業,第3次産業別寄与度をプロットしたもので,原点より遠いほど総生産の伸びが高いことを示している。これをみると,滋賀,群馬,山梨,長野,栃木等大都市近隣県で製造業の増加を主因に県民所得の高い伸びを実現している一群がみられるが,東京,大阪,千葉では,いわゆるサービス化等の動きを反映して金融・保険業,卸・小売業,サービス業などの第3次産業の伸びに支えられて県民所得が高い伸びを示している。こうした傾向は地方の地域ブロックの中枢都市を抱える福岡,広島,香川,宮城等でも緩やかな形ではあるが観察される。

  第3は,公共投資抑制の影響である。第2-48図は,実質県民総支出の伸び率と県内総支出に占める公的総固定資本形成の割合(公共投資依存度)の関係を52年度から55年度までとその後の58年度までとで比較したものであるが,40年代後半から50年代前半にかけて高い成長率を示した公共投資依存度の高い県では成長率が低下しており,それには公共投資依存度の低下が一因となっている。これに対し,公共投資依存度が低く,民間の経済力が強い3大都市所在都府県では,この間の成長率は高まっており,公共投資の抑制が公共投資依存度の高い地域により大きな影響を及ぼしたことが窺える。

  (東京へ依存する情報供給)

  人口及び所得が再び大都市に向かい始めた最近の傾向は,情報化,国際化が進行する中で今後も強まる可能性がある。例えば,郵政省の委託調査(定住構想推進のための情報流通量の地域格差に関する調査報告書)による都道府県相互間の情報流通の状況をみると(第2-49図),我が国の情報ネットワークは,第1に各県ないし隣県を含むローカルな情報ネットワークと,第2に東京を中心に発信される全国的なネットワークの二つの軸があることが分かるが,その量からみると東京を中心とする流れが圧倒的に大きい。東京への情報依存は,①単に,マスメディアの東京への偏在という要因のほかに,②東京が,我が国の国際的地位の飛躍的向上によって,国際金融・ビジネスセンターとしての重要性を高めてきたこと,③さらに,情報化の進展につれて,規格化された情報ではなく,人間対人間の対面情報の価値が高まり,そうした情報を求めて企業の管理機能の移転,外資系企業の支店・事務所の開設,研究所の東京近郊への集中立地などの動きをもたらしているためである。

  このことは,経済企画庁の委託調査(情報化が生産活動に及ぼす影響の総合的評価に関する調査)でも明らかになっている(第2-50表)。

  ただし,東京からの情報供給に大きく依存した情報ネットワークは,地震等の危機に対する脆弱性を高める面をもつほか,人口の集中に伴い東京での生活環境の悪化や地価上昇といった国土利用上の問題を引き起こしている。今,全国(沖縄県を除く)の住宅取得コスト(59年度)を試算してみると(第2-51図),地方圏では2,000~3,000万円の範囲にある県が多く,勤労者世帯の年収に対する比率も5倍程度に止まっている。これに対し東京(敷地面積165.3m2,約28万円/m2)では,6,400万円と異常に高く,勤労者世帯の年収に対する比率も約12倍にも達しており,平均的な勤労者にとっては,このような住宅の取得は極めて困難である。地方圏と東京との大幅な価格差は基本的には土地代が地方圏では1,000~1,500万円に止まっているのに対し東京では4,700万円と極めて大きな相違があるためである。

  (地方圏の活性化)

  情報,人が大都市とくに東京圏に集積する傾向が今後も続いていくとすれば,そのなかで地方圏が産業発展を図っていくのは必ずしも容易なことではない。

  その意味で現在行われている各種の地域振興策は,これを積極的に推進していく必要があるが,それを成功させ得るかどうかは地域の主体性に大きく依存していることには注意が必要であろう。

  アメリカでは,シリコン・バレー(カリフォルニア州)やルート128(マサチューセッツ州)にみられるような高度技術集約型都市が既に形成され,これらに続き現在多くのハイテク・パークが建設されている。もっとも,こうした地方における研究開発産業コンプレックス計画は必ずしもそのすべてが順調に発展しているとはいえず,その形成に当たっては一般に次のような条件が必要との指摘が行われている。すなわち,①研究型大学が存在し,産学問の人的交流が活発に行われていること,②大都市の近くに位置し,多様な都市機能の活用が可能であること,③人の交流を促す空港とくに国際空港へのアクセスが容易であること,など立地上の要素とともに,より重要な点としては,④地域発展のグランド・デザインを構想し,具体化し,その推進に当たって人材を集め得る強力な指導性と,⑤地元に活力のある企業が育っていることないし育つ企業家的風土があることである。

  我が国の地域の発展を図るに当たっても,地域がその地理的条件,気候条件,主要な生産物など地域の持つ特性をいかした独自の地域開発を構想する必要があろう。また,企業の育成に当たっても,単なる工場誘致に止まらず地場産業の活性化やベンチャービジネスの起業を促すような環境の整備も必要であろう。第2-52表にみられるように我が国の場合未だベンチャービジネスの歴史は浅く,育成のための環境も十分とは言えないだけに,情報交流の場やベンチャー・キャピタルの育成等の整備を図っていくことが望まれる。

  第2-47図第2-49図にみられるように,地方中枢都市所在県を中心に次第に情報,サービスの集積が進みつつあり,緩やかではあるが地域圏の形成も進展しつつあるように窺われる。今後についても,情報,サービス等を中心とする都市機能の集積が地方都市において一層高まるとともに,それらの都市間及び周辺地域とのつながりが一段と深化していくことが期待される。また,地域発展にとって最も重要である人材の集積という点でも地方は良好な住環境を提供し得る利点もある。今後こうした利点をいかし,指導力に秀れたコーデイネーターとともに,大企業,大学等の優秀な人材や都市からUターンする人材を有効に地域へ集積していくことが最も重要であろう。

5. まとめ―国際協調と実りある未来の実現を目指して

  (高まる国際協調の必要性)

  我が国の黒字体質は徐々に改善に向かう環境の変化が生じつつあり,それをもたらすもっとも重要な動きの一つは,企業の国際的事業展開の活発化である。

  我が国としては,こうした動きが国内経済に及ぼす影響や,海外でのオーバープレゼンスにつながらないよう十分配慮しつつ,これを積極的に評価していく必要があろう。こうした動きは,単に黒字の縮小に寄与することが期待されるばかりでなく,生産力や技術の移転によって,投資国での雇用の拡大,技術の向上等産業協力に資するものであり,海外援助の拡大や国際的公共財の供給等と並んで我が国の国際経済への貢献の一部を成すものでもある。

  もちろん,こうした我が国の黒字体質の改善はそれが構造的変化であるだけに現実の黒字是正に結びつくためには相当な時間を要しよう。むしろ,当面はJカーブ効果,原油価格の低下などもあって黒字は拡大することもあり得る。したがって,短期的には不均衡の是正は必ずしも容易ではなく,この点に関する国際的な理解がどうしても必要である。そうした理解に立って,不均衡の継続によって発生しがちな保護貿易の動きや為替相場の急激な変動を未然に抑止していくことが重要であろう。保護貿易的措置は独り我が国が重大な影響を被るばかりでなく,対抗的な保護貿易の動きを誘発することによって途上国を含む世界全体に深刻な打撃をもたらす。同時に,保護措置を行った当該国にとっても,インフレの再燃,経済厚生の低下,世界貿易の縮小によるデフレ効果,競争体質の低下や技術進歩の遅れによる中長期的にみた発展要因の喪失などの弊害をもたらそう。為替相場についても,基軸通貨国が大幅な経常収支赤字を抱えている現状では,常に不安定感が内在していることは否めない。しかし,各国が十分な意思疎通を図りつつ,協調によって急激な変動を避けるよう努力して行く必要がある。

  今日,各国とも一方で構造改善への努力とその成果を期待しつつ,他方,相互理解に基づき,少なくともある程度の不均衡が中期的に続くことを前提に忍耐強い対応の努力が強く求められている。

  (実りある未来の実現を目指して)

  我が国の黒字が中長期的にみて縮小に向かう可能性があるとすれば,他の条件が変わらない限り外需は我が国の成長の源泉とはならず,それを補うものとして内需の新しい成長源泉が必要である。内需の拡大はそれが何のためであり,どのようなものであるかについて明確にしておくことが大切である。

  内需拡大は対外不均衡是正を主目的とするものではなく,豊かな国民生活の維持,発展のために必要である。もちろん,内需の拡大は,それ自身輸入の増加(世界に対する輸出市場の提供)を通じ対外不均衡の是正に資する点からみて重要であるが,より基本的には対外不均衡の是正には為替相場による需要面での価格効果,及び国内需要の収益性が相対的に有利化することによる供給サイドの内需シフトを通ずる効果とによって,いわば為替相場の変動を一つの契機とする構造調整の進展が必要である。

  第2に今日必要とされる内需拡大は,単に短期的な効果を期待するものではなく,中長期的にみた我が国の対外黒字縮小と対をなす中長期的な意味での持続的成長源泉でなくてはならない。そのためには,民間の活力が基本となる。

  幸い我が国経済は,情報化,ソフト化の流れの下で,新しいニーズの発掘,技術革新のシーズ,企業の活力といった面で十分な可能性を持っている。公的部門としては,こうした民間の活力が十分に発揮されるよう,時代に即した諸規制の見直しを図ること等により環境の整備に努めるとともに,急激な円高等の大きな変化によって生じ得る失業や倒産の増大等の調整コストをなるべく小さくするよう適切な対応に努めることが中心的な役割となろう。また,円高などによる輸入品コストの低下が速やかに経済全体に均霑されているか実態把握を行うことも重要であろう。

  内需拡大による適度な成長の維持はそれ自身が目的ではなく,フローの所得・消費を通じて豊かな国民生活に資することが目的である。ただ,豊かな生活とは,単にフローの所得,消費のみによって支えられるものではなく,労働時間の短縮等を通ずる時間的ゆとりや社会内におけるコミュニティの蓄積等多様な要素によって成立っていることは言うまでもない。そのような要素の一つとして重要な柱は「ストックの充実」である。「ストックの充実」はそれが豊かな生活を生み出す経済的基盤であると同時に将来のフローの所得を支える源泉でもあるだけに,この課題は今後ますますその重要性を高めていくであろう。

  また,我が国としては今後も貿易の拡大均衡の中に経済発展の重要な礎を置いていかざるを得ない。そのためには,「世界の中の日本」という視野に立って,世界に対し開かれた市場を提供するとともに,汎用品,成熟商品はある程度海外にゆだね,自らはより高い付加価値の商品にシフトしていくことが必要である。そのような意味で,我が国にとって「技術」は格段に大きな意義を持つものである。国民の間に「創意工夫する心」,「技術する心」とそれに裏打ちされた「企業家精神」を涵養し,それら「人的資源」を基礎に,「創造的活力」を発揮していくことこそ我が国経済社会が発展して行く方向である。