昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第1章 円高下の日本経済

第5節 緩やかな増加を続ける国内需要

  世界経済環境が大きく変わり,輸出が弱含む一方で,国内需要は引き続き緩やかな増加を示した。個人消費,住宅投資等家計部門の需要が,緩やかながら着実な増加を続けるとともに,設備投資も総じて着実な増加を示したが,61年に入り,製造業では弱含み,設備投資全体としても伸びが緩やかになってきた。

  (60年度の需要動向)

  景気上昇3年めを迎えた60年度の日本経済の需要の動向を58年度内,59年度内のそれと比較するために,景気の谷である58年1~3月期から1年ごとの成長率(59年1~3月期,60年1~3月期,61年1~3月期の前年同期比)とそれに対する主要項目の増加寄与度をみたものが第1-45図である。これにより次のような特徴をうかがえる。

  第1に,実質GNPは58年度(58年1~3月期→59年1~3月期,従って年度の平均成長率とは異なる,以下同様)の5.0%増から次第に緩やかなものとなってきたが,これは輸出等の鈍化等により経常海外余剰の寄与が小さくなったことによるものであり,国内需要はほぼ一定の寄与となっている。すなわち経常海外余剰の寄与度は,58年度の1.4から59年度1.0,60年度マイナス0.3と次第に低下し,特に輸出等は58年度の2.8から59年度1.9の後,60年度にはマイナス1.0となっている。これに対して国内需要は,58年度,59年度の3.6に対して60年度も3.5とほぼ一定であり,着実な増加が続いている。この傾向は,公的需要を除いた国内民間需要でみても同様である。

  第2に,国内民間需要の内訳をみると,民間最終消費支出は次第に寄与を低下させているが,住宅投資の寄与は,58年度には0.5のマイナスであったが59年度から増加に転じており,この合計を家計部門の需要と定義すると,1.5,1.6,1.5とほぼ一定となっている。一方,企業設備投資は次第に寄与を上昇させているが,在庫品増加は,58年度0.3,59年度には0.4の寄与となったが60年度にはマイナスになり,この合計を企業部門の需要と定義すると1.8,2.0,2.0と59年度に若干寄与を高めた後,横ばいとなっている。

  第3に,公的需要の寄与度は厳しい財政事情に対応して58年度0.2,59年度マイナス0.1の後,60年度は0.0となったが,60年度の寄与度が小さくなったことには,日本電信電話公社,日本専売公社の民営化が影響している。

  以上,60年度の我が国経済を需要面からみると,輸出等が横ばいから弱含みに推移し,それに伴って経常海外余剰(外需)の寄与は低下したため,国民総支出の伸びはやや鈍化したが,国内需要は緩やかな増加を続けた。

1. 緩やかな改善続く家計部門

  60年度の名目賃金の伸びは景気拡大速度の鈍化等を反映して緩やかな伸びとなった。こうした中で個人消費も引き続き緩やかながら着実な伸びとなったが,消費性向の低下とサービス支出の伸び悩みという特徴的な動きがみられた。

  一方,住宅投資は民間貸家を中心に堅調な推移をみせた。

  (1)緩やかな伸びとなった賃金

  60年度の名目賃金の伸びは,景気の拡大速度の鈍化等を反映して,緩やかなものとなった。これを「毎月勤労統計」でみると現金給与総額(調査産業計)は,59年度は前年度比で4.3%増となったのに対し,60年度は3.8%増と0.5%ポイント低下した。これは所定内給与の伸びが前年度比3.9%増と緩やかだったことに加えて,所定外労働時間が製造業を中心に60年下期より減少傾向で推移したことを反映して,所定外給与の伸びも頭打ちとなったこと,さらに,賞与等の特別給与の伸びも前年度を下回ったこと等による。他方,実質賃金は物価の安定した状況が続いていることから,60年度は2.0%増と前年度と同水準の伸びになった。

  60年度の春季賃上げ率(主要企業,労働省労政局調べ)は,5.03%と比較的高い伸びとなったにもかかわらず,所定内給与(毎月勤労統計)では3.9%と緩やかな伸びとなった。ここでは賃金動向を示す二つの指標が異なる動きを示した要因について検討しよう。主要企業の春季賃上げ率は調査対象が資本金20億円以上,従業員1,000人以上の企業であって,労働組合のある企業に限定されており,従業員30人以上の事業所を対象とする毎月勤労統計とはカバレッジ,対象となる賃金が異なるが,さらに,両調査の概念そのものが異なっていることが挙げられる。すなわち春季賃上げ率は在籍労働者の賃金引上げ率であるのに対し,所定内給与は所定内給与総額を総人員で割って得た平均であり,労働力の構成の変化等によって影響を受ける。こうした賃金の動向を別の角度からみるため,ここでは「賃金構造基本統計調査」を用い,労働者個人ベースの平均賃金上昇率を試算してみよう。まず,労働者を年齢,性別,学歴,企業規模の四つの属性によって分類し,これらの属性ごとの所定内給与の伸びを労働者数ウエイトで総合(いわゆるラスパイレス方式)する。こうして得られた賃金上昇率は年齢が固定されているため,賃金上昇率のうち定昇分を除いたものに相当する。次に年齢以外の属性を固定したまま,各年度の年齢構成を1歳シフトし,定期昇給率を算出する。こうして得られた両者の和の賃金上昇率は,実際の主要企業の春季賃上げ率と比較的似た動きを示している(第1-46図)。年によってはギャップがみられるが,これは中小企業の春季賃上げ率の動きが両者の中間に位置していることなどからみても分かるように,両者の企業規模,産業などカバレッジが相異していることによるためと考えられる。こうして試算した全産業の賃金上昇率は,ほぼ59年度並の水準となっている。このように,60年度の賃金は,経済の先行きに一部拡大テンポの鈍化が予想されたため賃金交渉において慎重な対応がなされた結果と考えられる。

  ところで,図に示されるように定期昇給率は50年代を通じて各年とも年2.1%~2.2%と極めて安定していることが注目される。企業規模別にみると60年度は1000人以上の大企業で,2.8%,10~99人の小企業では1.4%と規模間格差が大きい。今までのところ中小企業では,定期昇給に伴う賃金上昇率が大企業に比べて低い分をベースアップで補ってきた。今後,仮に中小企業におけるベースアップが緩やかになればそれだけ,定期昇給分の格差が賃金上昇率に反映することとなるため企業規模間の賃金格差が広がることも考えられよう。

  (2)緩やかながら着実な増加続く個人消費

  59年度に緩やかな伸びを示した個人消費は,60年度も引き続き緩やかながら着実な増加を示した。実質民間最終消費支出(GNPベース)は,59年度は前年度比2.6%増となった後,60年度は2.7%増となった。また「家計調査」による家計の実質消費支出(全世帯),「農家経済調査」による農家世帯の消費(実質現金消費支出)のいずれも前年度の伸びを下回ることになった(第1-47表)。

  個人消費の伸びが比較的に緩やかになっている要因を見るために「家計調査」の勤労者世帯の増減を,実収入要因,非消費支出要因,消費性向要因,物価要因の四つに分割してみると(第1-48図),①4~6月には,家計の実収入が伸び悩んだこと,②7月以降は,非消費支出の伸びが前年度に比べて高まったこと,③消費性向の低下の寄与が大きいことが分かる。

  このうち,家計が可処分所得を得る前に差し引かれる非消費支出が高まったのは,60年度には59年度の減税効果が一巡したこと,社会保障費が上昇したこと等による。

  (低下傾向にある消費性向)

  家計調査世帯の消費支出の伸びを引き下げたもう一つの大きな要因として,60年度は貯蓄率上昇に伴う消費性向の低下の寄与が大きい。消費性向はここ数年,住宅ローンの返済や生命保険料などいわゆる契約的・義務的貯蓄(注1)の増加により,緩やかな低下傾向を示していたが59年10~12月期より,低下幅を広げ,60年10~12月期には76.6%(季節調整値)と53年4~6月期以来の低水準となった。

  この背景としては,第1に,60年7~9月期の臨時収入賞与の伸びが「家計調査」対象の全国勤労者世帯で前年同期比で14.3%増,また年度平均でも前年度比で5.5%増(いずれも実質)とここ数年では高い伸びとなったことが挙げられる。臨時収入・賞与は,いわゆる変動所得であることから,消費の習慣性や計画性を前提とすれば,その大きな伸びは,一時的に消費性向を押し下げる要因として働くものと考えられる。そこで,勤労者世帯の平均消費性向に対する収入の形態別の影響を計測してみると,世帯主の臨時収入・賞与や妻の収入は可処分所得に占める比率が高まると,平均消費性向を押し下げるように働いていることが分かる(第1-49表)。

  第2に,ここ数年住宅ローンの返済や生命保険料などいわゆる契約的・義務的貯蓄が増加していたが,60年度も対可処分所得比で11.6%となったことが挙げられる。またこれに加えていわゆる自由裁量的貯蓄(注2)も高い伸びをみせ,同1.8%ポイントの上昇となった。これはより中期的にみると,相次ぐ預貯金金利の引下げから金利先安感が生まれ,また家計の金利選好意識の高まりも背景にあることから,定期性預貯金等,自由裁量的貯蓄を中心に預貯金が増加したためと考えられる。

  以上の結果,60年度は家計調査ベースで金融資産純増の対可処分所得比が13.9%(59年度同12.0%)と上昇し,貯蓄率は22.9%となり,57年度以来上昇を続けている。

  なお,貯蓄増強中央委員会「貯蓄に対する世論調査」によれば貯蓄の種類を選択する場合最も重視する基準として安全性・収益性を挙げる家計の割合は傾向として増加しており,60年にはそれぞれ43.0%,32.0%と流動性を挙げる家計の割合(22.9%)を大きく上回った。このことは「貯蓄動向調査」で定期性預貯金が60年は前年比7.1%増(59年2.3%増)と通貨性預貯金の3.3%増(59年3.9%増)を大きく上回ったことからも裏付けられ,こうしたことから家計の金利選好意識は高まりつつあると言えよう。

  従来から日本の高貯蓄率についてはその要因について様々な議論が行われてきたが,収入面での一時的な要因の他に家計の意識変化を含む構造要因も考えられるだけに今後の動向を注視する必要があると思われる。以下では家計貯蓄の動きを国民経済計算から眺めてみることにしよう。

  (貯蓄率の内訳)

  ここで中長期的な観点から「家計調査」を離れ国民経済計算のフローデータである資本調達勘定の年度データ,家計(個人企業を含む)の実物資産勘定から貯蓄の内容をみてみよう。国民経済計算の考え方により,貯蓄と,住宅ローンをはじめとする借入金等負債を原資として実物的投資と金融資産の取得を行ったとみると,実物資産勘定と金融資産勘定は各々バランスするものであるから両勘定のバランス項目である貯蓄投資差額と資金過不足は概念上一致する。この際金融資産勘定の金融資産純増を金融粗貯蓄とすると資金過不足(=貯蓄投資差額)は負債の純増を控除したいわば,金融純貯蓄と定義することができ,一方実物資産勘定からこの金融純貯蓄を控除したものを実物投資と定義する。すなわち金融純貯蓄とは各年度の預貯金,有価証券等の純増分,実物投資とは土地購入,住宅購入を指している。この各貯蓄を可処分所得で除し,貯蓄率の形で眺めてみよう(第1-50図)。なお,ここでは前述した「家計調査」とはベースの異なることを注意する必要がある。これより①金融純貯蓄率は13%台を前後しながらここ数年は高まりつつある傾向がみられるのに対し,②実物貯蓄率は49年度に10.5%と大きな伸びをみせ,その後比較的緩やかな低下傾向にあることが分かる。この背景として基本的には地域間移動の減少,世帯増加数の鈍化等から土地・住宅購入が鈍化していることが挙げられるが,54年度に典型的にみられるようにインフレ時には地価,住宅取得価格の高騰を懸念した家計が買い急ぎの行動をとることによって,その資産構成を金融資産から実物資産ヘシフトすることが一面としてあることも考えられる。ちなみに国民経済計算の年次データにより家計部門の土地のキャピタルゲインの対資産比をみると,48年まで20%以上で推移していたが,49年には0.54%と大幅に低下し54年に17.63%と一時上昇をみせた後,最近は低位安定しつつある(第1-51表)。本データのみで判断することは危険だがやや大胆に推論するとここ数年は,地価上昇率,消費者物価上昇率の鎮静化に伴い実物貯蓄率は低下しているため,金融純貯蓄率は上昇しているものの,二つを合わせた総貯蓄率を押下げる一方,金融資産利回りが地価上昇率を相対的に上回るようになったことを背景にしてその内部においては金融資産へのシフトが進行している可能性がある。

  (伸びを高めた財支出)

  「家計調査」により,全世帯の消費支出の内容を財,サービスに分けてみると(第1-52図),①これまで高い伸びを維持していたサービス支出(実質)が60年度は前年度比で2.2%減となったのに対し,財支出が1.3%増と上昇に転じたこと,②財支出のうち耐久消費財の伸びが60年度は大きく寄与度も大きいこと,③逆にサービス支出の伸びの低下が実質消費支出の伸びを押し下げる要因となっていることが挙げられる。

  一般に耐久財支出については普及率が高まり,需要の大半が更新需要になると循環変動がみられるようになる。「モノ戻り」と言われた52,53年度においても電気洗濯機,電気冷蔵庫,電気掃除機等のいわゆる「白モノ家電」,乗用車の買い換え需要の増加により財支出の伸びがサービス支出の伸びを上回り,サービス化の進展に足踏みがみられたが,60年度に入ってからは乗用車・カラーテレビなど主要品目が循環変動の上昇局面にあったこともあり,伸びを高めたこと,ビデオレコーダー,CDプレーヤー等新製品の普及が進んでいること,夏場の猛暑でエアコンが高い伸びを示したことが,財支出の伸びを高めた原因と思われる。

  一方サービス支出の内訳をみると,宿泊料,パック旅行費,入場観覧ゲーム代を含むレジャー関係費は増加したが,授業料を含む教育,保健医療サービス,家賃地代,交通などは減少している。この背景としては,授業料については人口が前後の年代より20%以上少ない,ひのえうまの年代が大学入学の年であったこと,また保健医療サービスについては59年10月の健保法改正により被用者本人の医療費に一割負担が導入され医療の効率化が図られたことが挙げられよう。

  しかし,今後は円高を背景にした海外旅行等レジャー関係を含む教養・娯楽サービスに一層の伸びが期待できること,また通信,外食も順調に推移していることを考えれば,60年度のサービス支出の伸び悩みは一時的要因によるものであり,今後サービス支出は徐々に回復していくものと思われる。なお,「家計調査」上,消費支出の一割近いウェイトを持つ使途不明金については,その支出内訳については捕捉できないが,世帯主こづかい,妻・他の世帯員こづかいとしてその一部分がサービスに支出されていることが十分考えられ,家計の消費支出を考える上で考慮に入れる必要があろう。

  (単身者世帯の消費構造)

  以上では「家計調査」を中心に60年度の消費動向をみてきたが,ここで59年度「全国消費実態調査報告」によって「家計調査」ではとらえられない単身者世帯の消費動向をみよう。今後消費のソフト化,サービス化が進行することを考えれば,後でみるように単身者世帯の持つ意味は大きいからである。

  「厚生行政基礎調査報告」によれば,単身者世帯の世帯数は漸増傾向にあり,59年には全世帯の19.4%(54年18.3%)を占めるに至っている。この世帯は今後20~30歳代の未婚単身者の増大,離婚による既婚単身者の増大,高齢人口の増大と男女の平均寿命の差異による高齢女性単身者の増大等により,更に増大することが予想され,そのマーケットも,民間最終消費支出に占める単身者世帯の消費割合は59年で7.5%(54年6.9%)とこれまでのところ大きくはないが,世帯数の増大に伴い今後拡大するものと予想される。

  単身者世帯の消費支出の内容を,勤労者世帯と比較してみると(第1-53図),①単身者世帯(全体)においては,保健・医療,教育その他の消費支出を除いて,その他のすべてについてウエイトが高く,特に外食費は勤労者世帯が4.7%であるのに対し20.7%を占めている。これに対して勤労者世帯では,交際費・仕送り金を含むその他の消費支出,教育費が高いのが目立っている。②また財・サービス別支出でみてみると,単身者世帯では消費支出の半分以上がサービス支出に充てられているのに対し,勤労者世帯では財支出がサービス支出を上回っていることが指摘されよう。これは勤労者世帯においては外食の割合が低く,世帯員数の増加とともに身の回り品等の財の購入が増加するため,教育費負担ともあいまって自由裁量部分を多く含むと思われるサービス支出の中心をなす交通・通信,教養・娯楽への支出が押さえられることに起因するものと考えられる。

  一方単身者世帯の中でもいわゆる独身貴族と言われる人々を含む30歳未満の世帯の消費支出の内容をみると,同世代の勤労者世帯に比べ,交通・通信が1.9%ポイント,教育・娯楽が5.0%ポイントも高いという特徴的な消費構造を示している。こうした単身者世帯に対する供給側の対応をみると一人用家電製品や家具の開発が行われたり,百貨店やスーパーの食料品売場では勤め帰り単身者向けの料理パック等が登場している。今後,こうした単身者世帯の消費支出のうち特に未婚単身者の消費支出は自由裁量的部分のウエイトも高いため新たな市場を開拓しようとする企業の販売戦略の大きな鍵を握っているとも考えられ,単身者世帯は,今後のサービス支出動向に大きな影響を与えていくものと考えられよう。

  以上のように60年度の個人消費は緩やかながら着実な増加となった。円高・原油安の国内物価への波及を着実に浸透させていくことについては既に述べたところだが,このことは家計の実質所得を高めるとともに,消費者のマインドにも影響を与え,消費を増加させていく上での極めて重要な役割を果たすものと考えられる。

  (3)堅調に推移した住宅投資

  59年度に緩やかに持ち直した住宅投資は,民間貸家を中心に60年度も引き続き前年度を上回る水準で堅調に推移した。実質民間住宅投資(GNPベース)は,59年度は前年度比0.4%増となった後,60年度は3.7%増と比較的高い伸びとなった。また,新設住宅着工戸数は59年度120万7千戸と4年ぶりに120万戸を上回った後60年度も引き続き増加し,125万1千戸(前年度比3.6%増)となった。

  (利用関係別にみた住宅投資の動向)

  住宅投資の動向を新設住宅着工戸数(利用関係別)によってみよう(第1-54図①)。まず,貸家は民間貸家を中心に59年度に引き続き高水準で推移した。貸家が好調であることの中長期的要因として,若年層(15~24歳)が減少傾向から増加傾向に転じていること,小規模世帯が増加していること等が考えられる。

  貸家建設の動向には次のような特徴がみられる。第1の特徴は,民間資金による貸家が前年度比16.8%増と,4年連続で2桁増の著しい伸びをみせたことである。これは家賃/貸家建設費比率が59年度の1.19から60年度の1.24へと引き続き増加したこと,民間ローン金利が低下傾向にあること,地価が比較的落ち着いていること等を背景に土地所有者が土地の有効利用を図ろうとしていると考えられること,住宅取得能力が相対的に低くまた住宅の「所有それ自体」(Ownership per se)によってもたらされる満足感が比較的弱いと思われる若年層が増加傾向に転じていることもあって,単身者世帯から一般世帯までの多様な貸家需要があり,供給側がそれに対応しつつあること等による。

  第2の特徴は,建て替え等の比率が増加しているとみられることである。これは住宅統計調査のストックの増加に対して着工戸数の割合が48~53年度と,53~58年度とを比較すると,上昇していることから分かる。その要因としては木造住宅を中心に老朽化が進展していることが挙げられる。

  持家には増加がみられない。民間持家は緩やかに持ち直しているものの,公的持家が不振である。これは,公的持家の大半を占める公庫持家が60年度に入り3四半期連続で前期比減少となったことによる。持家の減少の理由としては,中長期的要因として住宅ストックの量的充実,新規持家需要者層(20歳台後半~30歳台)の減少が考えられるほか,住宅価格と所得とのかい離が依然として大きいこと,短期的要因として金利の先安感等の要因が考えられる。公庫持家の不振の理由としては,前述の理由のほか,60年度の手数料(4万円)制度の導入を前に,59年度第4回公庫募集の受理件数が高かったことの反動の影響があったとされる。ただし,この手数料制度の導入と併せて,貸付限度額の増加(10万円)が行われたので,利用者への負担増はそれだけ軽減されたと思われる。

  次に,住宅投資の動きを着工新設住宅の床面積でみると(第1-54図②),床面積の増加率は58年以降,戸数のそれをおおむね下回る傾向で推移している。これは,持家の動きが緩やかな中で,持家や分譲住宅に比べ相対的に小規模な民間貸家の建設が高水準で推移していることなどにより,一戸当たり平均床面積が減少しているためである。ただ,利用関係別に一戸当たり平均床面積をみると,持家が着実に増加しており,いわゆるワンルームマンションの増加により小規模化の進んだ分譲住宅は60年度には前年度比3.1%増,また貸家についても増加となった。

  (地価動向と首都圏マンション市場)

  地価の動向を地価公示によってみると(第1-55図),61年の全国の全用途平均の上昇率は2.6%で,60年の2.4%をやや上回ったものの,全国的には地価の鎮静化傾向は続いている。こうした中で大都市圏,特に東京の商業地において局地的に著しい地価上昇がみられる。こうした地価動向は,商業地・住宅地の別,東京圏・地方圏の別なく地価が上昇した49年と対照的である。さらに,東京の商業地の中でも都心の地価上昇率が際立って高い。この要因としては,①情報ニ-ズ及び集積利益の増大による企業の都心指向の強まり,②国際化の進展の中での東京の地位向上に伴う外国企業の進出などを背景とした旺盛なビル需要等が考えられる。この都心の地価上昇がどの程度広がりを持つものかをみるために,都区部の商業地の地価上昇率を地域別にとってみると(第1-55図③),都心3区(千代田,中央,港)における上昇率が60,61年の2年間で約100%程度と著しく高いほか,新宿,渋谷,豊島等のいわゆる副都心区及び目黒,品川で上昇が目立つのに対し,その他の区は比較的低い上昇率にとどまっており,選択性が高いことが分かる。このように都心3区の商業地を中心とした地価高騰の影響は,空間的にみると副都心区等にまで広がりつつあるものの,比較的限定された範囲にとどまっているといえよう。しかしながら,一部住宅地には高い地価上昇もみられ今後の東京都区部の地価の動向にはより一層の注意を払っていく必要があろう。

  こうした地価動向は,首都圏マンション市場にも大きな影響を与えている。

  最近の首都圏における旺盛な事務所ビル需要に誘引されて,住宅部門から事務所ビル部門へのシフトが一部不動産業者のなかで起きている。こうした要因に加え,新規開発適地の減少,いわゆる地価の高値安定による供給コストの増大等の供給側の制約要因があり,マンションの新規発売戸数はこのところおおむね前年水準を下回って推移している。一方,需給は底固く,新規供給に対する月間販売率は59年以降,ほぼ60%以上の水準となっている。

  以上のような需給動向を反映して56年から58年にかけての大量供給により約2万2千戸にまで積み上がった販売在庫は,急速に在庫調整が進み,61年3月には6千戸台に減少している。また,完成在庫についても,58年に既往最高の約1万4干戸にまで増加した後,減少を続け,61年3月現在約3千戸程度となっている。

  今後は,こうした供給制約という状況の中で,借地方式,等価交換方式及び土地信託方式等種々の宅地供給方式がとられつつあること,多様な需要に対応した,様々な規模,機能,立地を備えたマンションが供給されようとしていることなどから,マンションの供給は緩やかに回復していくと考えられる。

  (良好な住宅投資環境)

  最近の住宅投資を取り巻く環境をみると,①住宅の建設費等は安定的に推移すると考えられることから,住宅価格の安定が期待されること,②民間住宅ローン金利が史上最低の水準にあり,当面低水準が予想されること等,良好な条件がそろっている。加えて,「内需拡大に関する対策」等によって,①住宅金融公庫融資について,戸数,規模,金利,融資額等の面で改善が図られ,②住宅取得促進税制の創設等の措置が講じられている。こうしたことから今後の住宅投資は引き続き堅調に推移していくものと期待される。

2. 二面性が生じた企業部門

  企業収益は輸出の大幅な増加等を背景として60年度中高水準で推移してきたが,61年度に入り非製造業では高い伸びがみられるものの,製造業での輸出の鈍化,需給緩和等に伴う製品価格の下落等から全体として減益傾向にある。

  一方,60年度の設備投資は輸出が鈍化する中で総じて着実な増加を示したが,円高の急速な進展もあって製造業では弱含む気配もみられる。61年度に入り,企業部門には製造業と非製造業との間で二面性が顕著になってきている。

  (1)増勢に鈍化がみられた企業収益

  企業収益を「法人企業統計季報」により経常利益でみると,58年には前年比11.9%増,59年には18.8%増と大幅な増益を続けてきたが,60年秋以降,急速に円高が進んだこと等から増勢が鈍化し,60年では3.7%の増益となった(第1-56表)。

  60年の収益動向を業種別にみると製造業の不振,非製造業の好調という二面性が生じた。すなわち,59年の増益の約8割を占めた製造業で低下傾向が著しく,特に大企業製造業では56年以来,5年ぶりに減益となった。これを輸出型,非輸出型に分けると,これまで大幅増益を続けてきた電気機械,鉄鋼等の輸出型産業は一転して減益となった。ただ,輸送機械は自動車の対米輸出自主規制枠の拡大もあって若干の増益となった。これに対して非輸出型産業は比較的堅調に推移した。一方,非製造業は,建設業等で減益となったものの,円高と原油価格低下のメリットを享受した電力を始めとして,総じて堅調に推移し,経常収益は既往最高の水準となった。また規模別にみると急速に改善を示してきた大企業が増勢を鈍化させているのに対し,中小企業は水準は未だ低いものの緩やかな増加を続けている。

  以上のような収益の動向に伴い売上高経常利益率は,全産業で60年上期の2.82%をピークとして減少に転じ,60年下期は2.30%となった。

  (製造業収益悪化の要因分析)

  高水準にあった製造業の企業収益が急速に悪化した原因を,輸出型産業,非輸出型産業に分けて,売上高経常利益率の変動要因分析によって検討しよう(第1-57図)。

  輸出型産業の利益率は,50年代を通じて,非輸出型産業より高水準で推移してきたが,特に58年以降の景気上昇局面においては,輸出環境の改善もあって,両者の差は拡大してきた。ところが,60年に入り,輸出が鈍化する中で円高が急速に進展したこと等から,改善を続けていた輸出型産業の利益率は,60年下期には,前期差1.5%減と大幅に悪化した。これを要因別にみると,固定費が大きな低下要因だが,このうち売上高要因については,その寄与は縮小しているものの依然として上昇要因となっている。また変動費も,大幅な在庫評価損の発生に加え,円高による投入価格の低下に先行して産出価格が低下したことから交易条件要因も悪化要因となり,全体として利益率悪化要因となった。

  一方,非輸出型産業の利益率は,引き続き緩やかな上昇が続いている。これを要因別にみると,固定費要因のうち売上高要因が上昇要因としての寄与を高め,変動費要因のうちで交易条件は上昇要因となったものの,在庫評価損が発生したこと等から,全体としての利益率の好転はわずかなものとなった。

  そこで,在庫評価損益について詳しくみると(第1-58図),第2次石油危機時に素材型産業を中心に製造業計で2兆円を超す(売上高比2%強)巨額の在庫評価益が発生して以来,物価の安定,企業の在庫圧縮努力等により在庫評価損益は小幅の水準で推移していた。しかし,60年下期には,9000億円を超す大幅な在庫評価損が生じ当期の収益悪化の要因となった。業種別にみると,原油価格の低下の影響等による素材型産業(売上高比0.73%の減)にとどまらず,加工型産業においても売上高比0.5%を超す水準となっている。

  次に企業の交易条件(産出価格/投入価格)についてみると,50年代を通じて,輸出型,非輸出型とも,程度の差はあるがほぼパラレルな動きをしてきたが,60年初以降,輸出型の悪化,非輸出型の好転という際立った対照がみられる(第1-59図)。これは,投入価格の低下は両者ともにみられるが,輸出型産業の産出価格が低下しているのに比べ,非輸出型産業の産出価格が落ち着いていることによる。

  以上のように60年下期の製造業の企業収益は,①大幅な在庫評価損の発生が輸出型,非輸出型産業の両者にとって収益悪化の要因として働くとともに,②交易条件の変化が輸出型産業に対しては悪化要因として,非輸出型産業に対しては改善要因として働くことによって,製造業全体としての収益の悪化と輸出型,非輸出型産業の二面性をもたらしたと考えられる。

  その後の企業収益の動向を日本銀行「短期経済観測」によってみると,主要企業(全産業)では前年同期比で61年度上期は15.6%の減益,下期も13.3%の減益が見込まれている。業種別にみると,製造業では61年度上期に32.8%の大幅減益,下期も9.0%減益となっているのに対し,非製造業では61年度上期に22.9%の大幅増益,下期には前年同期の大幅増益の反動により18.2%の減益となるものの,底固く推移するものと見込まれる。収益率でみても製造業では61年度上期から4%を割り下降しているが,非製造業では61年度を通じて底固く推移すると見込まれている。以上のように企業収益は61年度に入り円高,原油安の進行の下で製造業,非製造業の二面性が鮮明になっている。こうした中で主要企業の業況判断をみると,製造業では円高の進行等を背景に「悪い」が「良い」を上回る幅が拡大しているが,非製造業では電力業等を中心に総じて良好感が続き,底固く推移するものと見込まれており,企業マインドの面でも二面性が強まっている(第1-60図)。

  (投入産出物価,金利,生産量変化の売上高経常利益率に与える影響)

  次に,投入・産出物価,金利,生産量の変化が製造業の売上高利益率にどのような影響を与えるかについて検討するため,60年までの東証1・2部上場の製造業のデータを用いて簡単な企業収益モデルにより試算したのが第1-61表である。

  まず,生産量が10%減った場合を考えると,売上高利益率は2.3%ポイント低下する。これは,人件費,減価償却費等の固定費の売上高に対する比率が上昇するからである。この状態から,投入物価,産出物価とも10%下落したとすると,売上高利益率はさらに2.0%ポイント低下する。一方,金利の低下は,金融費用の減少を通じて売上高利益率を改善させる。例えば,生産量が10%減り投入・産出物価が10%低下した状態から金利水準が仮に半分に低下すると,売上高利益率は1.3%ポイント改善する(‐4.3%ポイント→-3.0%ポイント)。更にこの状態から生産量が逆に5%増加した場合を考えてみると,売上高利益率は2.5%ポイント改善して-0.5%ポイントの低下となる。

  次に,企業の交易条件,すなわち投入物価と産出物価の関係をみると,これまでのところ原油を大量に投入する素材型産業などでは,投入価格が産出価格を上回って下落している。これに対し,輸出産業においては,今後,交易条件も改善に向かうものと期待されるものの,逆に産出価格の下落率の方が大きくなっている。ただ,素材型産業では供給圧力が高いため,一時的に交易条件が改善しても,それが市況を引下げる要因になるという面もあることに留意が必要であるが,例えば投入物価の下落率が10%,産出物価のそれがO%であるとすると,生産量が15%減少しても利益率はプラスの方向に動いて(2.5%ポイント)となっており,交易条件の改善は,生産量の減によるデメリットをかなリカバーすると言える。

  以上の分析から投入・産出物価,金利,生産量の変化が売上高利益率に与える影響について次のような結論が得られる。第1は投入・産出物価が同率下落した場合には,人件費等の固定的な部分が全体のコストを相対的に高める形となって売上高利益率は悪化するが,金利の低下はそれを若干緩和することである。第2は生産量の増加は,産出価格の下落をかなりカバーすることができることである。これは,内需を中心とした景気の維持・拡大を図っていくことの重要性を示すものと言える。第3に,企業の交易条件の改善は生産量の減によるデメリットをかなりカバーすることができる。

  (落ち着いた動きの倒産)

  景気回復3年目に入り,60年度の企業倒産は落ち着いた動きで推移した。景気回復とともに増加し始めた企業倒産は,全国銀行協会連合調べによる銀行取引停止処分者件数(資本金100万円以上法人)によると,59年度には16,486件(前年度比0.2%増)と多発した後,60年度は15,082件(同8.5%減)と減少した。

  また,業種別にみても,建設業,製造業,小売業をはじめすべての業種で減少した。このような倒産の落ち着きは,景気回復3年目に入る中で金融が引き続き緩和基調であったこと等によると思われるが,61年度に入り企業収益が減益傾向に転じたこと,特に輸出産地をはじめ円高による影響が懸念されること等から今後の動向については十分な注意が必要である。

  (2)伸びが緩やかとなってきた設備投資

  58年度下期から回復に転じた民間設備投資は59年度には順調に増加し,輸出が横ばいに推移する中で60年度に入っても総じて着実な増加を続けた。しかし,製造業では年度下期に円高の急速な進展もあって次第に弱含む気配がみられ,民間設備投資全体としては,伸びが緩やかとなっている。また,61年度に入り製造業と非製造業との間で二面性が顕著となってきており,設備投資の現局面を見極めることが重要な段階となっている。

  (着実な増加から二面性の動きへ)

  実質民間設備投資(GNPベース)は,前年度比で59年度は10.9%増の後,60年度も12.6%増と引き続き高い伸びとなった。60年度の伸びには民間部門に加わった日本電信電話株式会社,日本たばこ産業株式会社の影響が大きいが,この点を除いても着実な増加を示したものとみられる。ただ,四半期別前期比をみると,4~6月期5.2%増,7~9月期3.7%増,10~12月期2.5%増と着実な伸びを続けた後,61年1~3月期には0.3%増と伸びが緩やかになった。

  最近の動向を産業別にみると次のような特徴がみられる(第1-62図)。まず製造業をみると,規模別のばらつきが顕在化したことが挙げられる。すなわち,大企業は,年度下期には伸び悩みが見られたが,輸出が横ばいとなった中で,年度全体としては8.3%増(経済企画庁「法人企業動向調査」)と総じて堅調な推移を示した。これを業種別にみると(第1-63図),加工組立型産業では今回の景気上昇の牽引役を果たしてきた電気機械が半導体関連が一服したこともあって減少に転じたが,自動車が消費者ニ-ズの多様化,高級化に対応した投資を中心に大幅な増加となった。精密機械,一般機械は,OA,メカトロニクス関連投資を中心に引き続き増加した。一方,素材型産業ではパルプ・紙,窯業・土石が省エネルギー関連投資等により,化学はファイン化関連投資により,引き続き高い伸びを示したが,鉄鋼は依然低迷を続けている。これに対し,景気上昇の初期に大企業に先行して増加を示した中小企業は,日本銀行「企業短期経済観測」(61年5月調査)によると60年度は前年度比2.3%減となっており,輸出が横ばいから弱含みとなり,鉱工業生産が弱含みに推移する中で,電気機械の落ち込みを中心として鈍い動きとなった。また,中小企業金融公庫「中小企業景況調査」による中小企業製造業の生産設備の過不足判断DIは,58年10月以降「不足」が「過剰」を上回って推移していたが,60年度に入ってその幅が次第に縮小し,60年12月以降は「過剰」が「不足」を上回って推移している。

  次に,製造業に比べ出足の遅れた非製造業についてみると,大企業,中小企業ともに伸びを高めている。非製造業の上昇が当初遅れたのは,輸出に主導されてまず製造業の生産,収益が回復したという今回の景気上昇パターンによる面が大きいと考えられる。まず大企業についてみると,サービス業がリース業を中心に引き続き好調であるほか,ビル需要の好調を反映して不動産業も引き続き高い伸びを続けた。また,「内需拡大に関する対策」(60年10月)の効果もあり,これまで減少傾向にあった電力,ガス等も60年度には増加に転ずることとなった。一方,中小企業についても卸・小売,サービスを中心に大企業同様堅調な推移を示した。

  非製造業の中では,特にリース業が好調に増加を続けていることが注目される。リース業の設備投資であるリース物件取得額は,60年度で約3兆4千億円であり,民間設備投資に占めるシェアは6.4%に上る。業種別のリース利用状況をリース契約額によってみると,非製造業(約50%)が製造業(約40%)を上回っており,非製造業では,卸・小売,金融・保険,製造業では機械工業の利用割合が高い。

  リース業の高成長を支えているのは,近年急速な技術革新を遂げている電子計算機を中心とした事務用機器,産業機械,工作機械,通信機器の大幅な増加であり,なかでも電子計算機(関連機器を含む)は,契約額全体の伸びを上回る高い伸びを示し,その契約額に占めるウエイトは,51年度の22.7%から60年度には31.7%へと増大している。今後技術革新の進展する中で,経済的陳腐化に対応する設備調達手段としてのリースの役割が一層注目されていく可能性があり,民間設備投資を把握する上で,その動向には注意していく必要がある。

  以上のように,60年度の民間設備投資は年度全体でみれば製造業,非製造業ともに大企業を中心として総じて着実な増加をみせたが,製造業においては,年度下期より次第に増勢に鈍化がみられ始め,61年に入り急速な円高の進展の影響も加わり弱含んでいる。この結果,全体としても伸びが緩やかになっている。因みに,前記「企業短期経済観測」でみると,製造業の61年度計画(主要企業)は,2月調査では前年度比1.6%増となっていたが,5月調査では同4.5%減と,従来は上方修正となるべき時期であるが,下方修正となっている点が注目される。

  設備投資は,これまで経済成長のリード役であり,今回の景気回復・拡大局面においても,その果たした役割は大きい。この設備投資が,61年度に入り製造業と非製造業との間で二面性が顕著となってきており,設備投資の現局面を見極めておくことが,重要となっている。

  (設備投資の現局面の評価)

  61年に入ってからの設備投資は全体として緩やかな伸びを続けているが,円高の影響もあって製造業では弱含み,非製造業では電力,リース業を中心に堅調であるという企業収益同様の二面性の様相を呈している。このような局面を,①製造業にみられる能力増強投資の循環的要因,②製造業を中心とした更新投資要因ならびに独立的投資要因,③比較的安定的な非製造業の投資要因,等の観点から眺めてみよう。

  まず第1は,製造業にみられる循環的要因であり,これを基本的に決定するものは,能力増強投資である。製造業が能力増強投資を行う際,最も重視する要因は,既存設備の稼働状況すなわち稼働率の水準である。これは生産と生産能力との比率によって決まるが,両者の関係を「需給バランス」としてみると(第1-64図),第1次石油危機後の景気回復期には,稼働率の上昇がみられたものの,70%程度にとどまり「需給バランス」の改善の進展が遅れていたために製造業の能力増強投資は景気拡大期の中で盛り上がりを欠くものとなった。その後の50年代の製造業の能力増強投資を,「需給バランス」による循環からみると,第2次石油危機後の55年下期頃より58年上期頃までは下降局面に入っていたと考えられる。この間,すぐに製造業設備投資が低下に向かわなかつたのは,次に第二の要因として述べる省エネ投資や鉄鋼の連鋳化投資などの独立的投資の存在が大きかったことによる。そこで,今回の局面についてみると,鉱工業生産が60年の4~6月期以降弱含んでいく中で,「需給バランス」も悪化をみせ始め,能力増強投資の循環面からみると,すでに下降局面に入っていたと考えることができる。これを業種別にみると,59年度の設備投資を大きく牽引した電気機械は,第4節でもみたように半導体関係の需給悪化から前年度割れとなった。61年度の計画をみてもその動きは依然鈍い。また,60年度の製造業設備投資の主役となった自動車についてもその内容は消費者ニ-ズ等への対応,カーエレクトロニクス関係が主であり,能力増強投資は限られたものとなっている。61年度についてもこの傾向は続くとみられている。その他鉄鋼等素材型産業をみても,生産の弱含み傾向等を反映して,能力増強投資を引き上げる力は乏しい。このように,能力増強投資は循環的要因からみても既に下降局面に入っている。これには,今回の円高による輸出型産業等への影響も犬きいと考えられる。一方,前回下降局面においても下支えの役割を果たした独立的投資要因が,今回においてもかなり働いているとみられ,年度としてみると製造業の設備投資を下支えしたものとみられる。

  では,次にこうした第2の要因である独立的投資や更新投資は最近どういう動きをみせており,また今後とも全体の循環をより小幅化していく力(設備投資を下支えする力)があるのかどうかについてみよう(第1-65図①)。「60年度年次経済報告」でもみたように,設備投資循環を小幅化する要因の大きなものとして,投資全体に占めるウエイトの高まった更新投資や,公害防止・省エネ投資,研究開発投資などの独立的投資が挙げられる。

  第1に,更新投資の需要は潜在的に根強く,今後は,ますます設備投資の下支えをするものと考えられる。更新投資を統計上正確にとらえるのは困難であるが,除却額=更新投資としてみると,更新投資は近年,資本ストックの増加に伴って着実な増加を続けており,設備投資額の約4割を占めている。さらに合理化・省力化投資や技術革新を体化した投資もある意味では既存設備の代替投資と考えられ,広い意味での更新投資といえよう。これは,紙・パルプ,一般機械,繊維等で技術革新投資の進展もあいまって設備の高度化が図られていることからも言える。現実の更新投資は,景気動向や産業構造の変化によって影響を受けるが,このところの技術進歩に伴う設備の経済的陳腐化(とくに電気機械,一般機械)は急速に進んでおり,こうしたことからも更新投資は今後とも根強いものになると思われる。

  第2に,公害防止・省エネ投資についてみよう。公害防止投資は,高度成長期後半より高まり,50年度には製造業投資の約20%に達したが,最近では2%程度で落ち着いている。一方,省石油化を中心とした省エネ投資は,第2次石油危機を迎えた54年以降,セメント業において盛んとなり最近では紙・パルプ業でも盛んである。ピーク時には製造業設備投資の約6%に達していたが,現在4%程度となっている。現在,原油を中心に燃料コストは低下しているが,企業としては中長期的観点から今後とも省エネ投資は欠かせぬものであり,ここ当分安定した投資水準となろう。

  第3に,研究開発投資は着実にシェアを高めており,大企業を中心として強いものがあり,第1-65図②に示すとおり最近では製造業設備投資の10%を越える水準になっている。さらに,人件費等を含めた研究開発費全体の動きを規模別にみると,45年度から59年度の間で中小企業(資本金1干万円以上1億円未満)では,3.5倍にとどまっているが大企業(同1億円以上)では,7.0倍と大幅な増加となっている。さらに,人件費等を含めた研究開発費全体の設備投資に対する比率は,製造業全体で63.7%と過半を越えており,特に機械業種や石油化学などでは高い比率となっている。このように将来の企業発展の基となる研究開発投資は設備投資の伸びが緩やかとなった現時点においても活発であり,今後とも投資の下支え要因となろう。

  最後に注目すべきは,最近ウエイトを高めている非製造業の設備投資である(第1-66図)。非製造業は製造業に比べ需要が安定的に拡大しており,また資本係数が一部の業種を除き相対的に小さいところから,設備投資変動の安定化に寄与するものと思われる。こうした非製造業の設備投資は,前にみたリース業の急成長もあり,そのウエイト(実質ベース)は45年51.8%,55年64.9%,60年62。7%と高まっており,設備投資全体の変動への寄与も大きなものとなっている。

  以上の三つの要因をふまえ,設備投資の現局面について考えてみよう。

  まず第1は,製造業の能力増強投資は円高の影響もあいまってすでに下降局面にきており,中小企業を中心にこうした循環的投資要因は現時点では弱まっていると考えられる。最近の投資増をリードしてきた電気機械において半導体関連についてみると,生産面では回復の兆しが窺われるものの投資増までには未だ到っていない。また,60年度を牽引してきた自動車も,円高による輸出数量への影響,海外現地生産の本格化等から能力増強のインセンティブは小さなものとなっている。

  第2は,投資水準を押し上げるのに大きく寄与してきた独立的な投資活動は現在までのところ大企業を中心に堅調に推移している。また,更新投資も着実にウエイトを高めている。なかでも,合理化・省力化(更新投資),研究開発関連は活発であり,前記「企業短期経済観測」(61年5月調査)でみると,製造業の61年度計画は能力増強投資が前年度比17.7%減となっている一方,研究開発投資関連は同17.5%増となっている。また,当庁「企業行動に関するアンケート調査」(61年2月実施)によれば,製造業の設備投資の決定に当たって企業がこれまで3年程度にわたって考慮した要因と今後3年程度に考慮する要因を比較すると,「既存設備の稼働状況」を重視する割合が減る(46%→28%)一方,「技術革新への対応」の投資要因を重視する割合(59%→72%)が大幅に増加している。したがって,独立的投資要因は紙・パルプ等一部業種では一段落するものの,総じて堅調に推移しよう。

  第3は,非製造業の設備投資は,好調なリース業,ビル需要の強い不動産業等の他,国の政策により追加投資を行う予定の電力・ガスなど,ほとんどの業種で61年度は増加が見込まれており,また,円高・原油安による交易条件改善の効果などが広がりつつあり,今後とも安定した投資の推移が期待される。

  今後の民間設備投資は,各機関のアンケート調査によれば全体として製造業で減少,非製造業では増加という二面性が明らかとなりつつある。しかしながら,本来望ましい姿は,製造業,非製造業ともにバランスのとれた成長であり,製造業の早期回復が望まれるところである。