昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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第3章 人口高齢化と経済活力

第2節 人口高齢化と年金制度

1 公的年金の現状

(公的年金の役割)

公的年金制度は,老齢年金,障害年金,遺族年金からなるが,そのうち老齢年金については,家族内での高齢者の扶養とともに,引退後の生活に伴う様々なリスクを社会的に取り除くための制度である。公的年金制度がない場合には,人々は老後に備えて自ら貯蓄するとともに,それで不足する生活資金は,子供等の家族に頼らなくてはならない。また私的な貯蓄手段では,予期しないインフレによる資産価値の減価や,予想外に長生きすることによる貯蓄の不足,さらには,勤労者の生活水準の急速な向上に伴う老後の生活水準の相対的な低下等のリスクには,必ずしも十分対応できないこともある。すなわち,こうしたリスクのうち,寿命のリスクについては,私的年金でも対応できるものの,その他のリスクには私的な貯蓄手段では対応することが困難な面がある。このために,どのような社会においても,若い世代は前の世代を扶養する一方で,自分の将来の扶養を次の世代に期待してきた。こうすることによって,経済の大きな変化に比較的容易に対応できる若い世代と,対応が困難な老人が協力して老後の生活のリスクを減少させてきた。しかし先進諸国では,工業化,都市化と,それに付随した核家族化により,家族内における生活保障の機能が弱まり,公的な社会保障のニーズが高まってきた。

こうした背景の下で,我が国でも,近年公的年金制度が急速に充実されてきた。この結果,公的年金の給付は,現在の老齢世代の生活を支える重要な支柱となっている。ちなみに,厚生省の昭和59年国民生活実態調査によれば,年金・恩給は高齢者世帯における所得の50.4%を占め,稼働所得の35.0%と並んで,老後の生活を支える上で欠くことのできないものとなっている。このため,公的年金の給付水準,支給開始年齢については,高齢者の生活安定の確保に加え,定年制度,高齢者をとりまく雇用動向などにも配慮しつつ総合的な検討が必要である。しかしここでは,公的部門の拡大とそのサプライ・サイドへの影響に焦点を当てる観点から,まずその制度についてやや詳しくみた後,財政的側面を中心に分析を行うことにしたい。

(公的年金の現状)

我が国の公的年金制度の歴史は,戦前の軍人や公務員を対象とする恩給制度に始まる。その後第二次大戦中の17年に工場労働者等を対象とする労働者年金保険(19年に厚生年金保険に拡充)が成立したものの,戦後,インフレ等による経済的混乱を切り抜けるため,老齢年金の受給者が発生しない間,保険料率を低位に抑える等応急的な措置が採られた。このため,29年には厚生年金保険制度の全面的な改正が行われ,現在の厚生年金保険制度の基礎が作られた。さらに36年には,農民や自営業者等を対象とする国民年金制度が発足し,ここに国民の全てが公的年金の保障を受けるという国民皆年金が確立された。48年は「福祉元年」と言われ,国民年金,厚生年金保険について,大幅な給付水準の引上げ,物価スライド制の導入を中心とする改正が行われた。年金額の水準については,それまでの名目金額を基準とするものから,現役の労働者の賃金の一定割合を年金の水準とするという新しい考え方が取り入れられた。厚生年金保険の場合,現役の加入者のボーナスを除く平均賃金の60%程度の年金額を,標準的な姿として実現するとの考え方が打ち出されたのである。

年金財政の運営方式には,大きく分けて積立方式と賦課方式とがある。積立方式は,将来に向けて必要となる給付費の全部または一部を事前に積み立てる方式であり,賦課方式は制度の永続性を前提として,一定の短期間だけの収支の均衡を考慮して財政計画を立てる方式である。

公的年金制度においては制度に永続性があり,また,給付水準の実質価値を維持していく必要があるため,制度発足当初においては平準保険料を積み立てる方式が採られることがあっても,制度の成熟につれて積立てレベルを下げて,成熟時においては,賦課方式に近い形で運営されていくこととなる。

我が国の国民年金や厚生年金保険の場合にも,給付水準の自動改定措置が導入されていることや,世代間扶養の観点に立った財政運営が行われる一方,将来の世代の負担との公平,平準化などを考慮して,ある程度の積立金を保有しつつ運営していく方式を採っており,成熟過程にある制度においては望ましい方式と考えられる。しかしながら,今後予想される人口の高齢化により,将来的には負担水準は現在よりかなり高くなる一方,積立金の年間給付費に対する割合は減少していくこととなる。

我が国の公的年金制度は,公務員,被用者,その他の自営業者というそれぞれの集団ごとに,順次制度が整備されてきたことから,現在のように3種7制度に分立することとなっている。すなわち,制度は農民,自営業者等を対象とする国民年金,一般被用者を対象とする厚生年金保険・船員保険,公務員等を対象とする共済組合の三つに大別され,給付についても各制度ごとに独自の設計を行っている( 第3-8表 )。

このように,公的年金制度が分立していることに伴い,(1)制度間の格差,(2)就業構造,産業構造の変化に伴い,各制度の負担を拠出する被保険者と受給者の比率が大きく変化することによる財政基盤の不安定化,(3)制度ごとに,支給要件が異なることにより,一人で複数の年金を受給する給付の重複や過剰,等の問題が発生している。また,(4)従来の年金制度においては,被用者の妻で国民年金に任意加入しなかった人については,障害となったり離婚したりした場合には,年金保障に欠ける場合が発生する。さらに,以下でみるように,(5)従来の制度の下では,将来年金給付水準が上昇を続ける一方,そのための負担も著しく高い水準になることが予想されていた。

こうした背景の下で,59年2月に,「公的年金制度の改革について」が閣議決定され,将来の改革の方向と,70年を目途とする公的年金制度の一元化が打ち出された。また同時に,「国民年金法等の一部を改正する法律案」が決定され,国会で修正の上60年4月に成立した。この年金制度の改革は,61年4月から実施され,我が国の公的年金制度の2大支柱である国民年金と厚生年金保険を徐々に,しかし大きく変化させるものである。すなわち,この二制度で,加入者5,209万人,受給者1,695万人(59年3月末)と,いずれも公的年金全体の9割を占めており,国民のほとんどが何らかの形で影響を受ける。そこで,この二つの制度について,まず今回の改正を理解する上で基礎となる従来の制度をやや詳しくみた後,その問題点と今回の改正点について,年金財政の側面を中心に概観する。

(従来の厚生年金保険,国民年金制度)

まず従来の厚生年金保険をみると,その財政を支える加入者数は2,636万人(59年3月末)と公的年金加入者の45.2%になっている。保険料率は,標準報酬月額(ボーナスを除く賃金にほぼ等しい)の一定率となっている。料率は過去徐々に引き上げられ,現在は一般男子10.6%,女子9.3%( )となっており,これを労使折半で負担している。年金を受け取るためには,原則として20年にわたり保険料を納付する必要があり,老齢年金の給付は,男子60歳,女子55歳から開始される。厚生年金保険の老齢年金の受給者数は59年3月末で271万人で,公的年金の老齢年金受給者数全体の21.1%となっている。老齢年金の給付額には,加入期間に比例する定額部分,報酬と加入期間に比例する報酬比例部分,そして配偶者,子のある者への加給部分がある。報酬比例部分については,厚生年金保険の加入期間1年について,標準報酬月額の1%の年金(月額)を給付するものである。この部分の計算においては,過去の賃金についてその後の賃金上昇率を考慮した再評価が,少なくとも5年ごとに実施される財政再計算にあわせて行われる制度改正の時になされてきたので,例えば,加入期間30年の者では,現役労働者の月給(ボーナスを除く)のほぼ30%程度の報酬比例部分を受け取ることができる。一方,定額部分は,加入者平均では報酬比例部分とほぼ同額になるよう設計されており,30年加入では,報酬比例部分と定額部分の合計(基本年金額)が,現役労働者の月給の約60%(月額)となっている。また加給部分で代表的な配偶者加給では,月額1万5千円となっている。そして給付の財源としては,保険料のほかに,納税者の負担金である国庫負担が,原則として給付費の20%について行われている。

一方,国民年金をみると,加入者数は2,573万人(59年3月末)となっている。加入者は,個人単位で賦課される月額6,740円(60年度)の保険料を拠出しているが,この保険料も毎年引き上げられてきている。年金を受給するためには,原則として最低25年間保険料を納付しなければならない。制度の発足が36年であったため,現在の受給者はすべて,特例により納付期間を短縮された経過的年金の受給者である。年金額は加入期間に比例し,1年の加入期間につき約1,920円程度(1,680円×59年度のスライド率1.144)となっており,25年加入の夫婦で月額96,100円(84,000円×59年度のスライド率1.144)の給付となる。給付の財源としては,保険料のほかに,原則として給付の3分の1の国庫負担が行われている。国民年金では,本来の加入者である農民や自営業者のほかに,被用者年金に加入している者の無職の妻等に対して任意加入が認められているが,このうち女子の数は59年3月現在で684万人であり,そのほとんどが被用者の妻であると見込まれる。

なお,厚生年金保険と国民年金の積立金は,59年3月末現在でそれぞれ40.9兆円,2.9兆円となっており,その全額が資金運用部に預託されている。さらに,資金運用部の資金は,政府の行う金融活動である財政投融資計画に組み込まれて運用されている。国民年金の積立金は近年横ばい傾向となっているが,厚生年金保険の積立金は,現在のところ被保険者数に対して受給者数がなお少ないことから,増加を続けている。

2 従来の制度の問題点と今回の改正内容

今回の改正では,(1)基礎年金の導入,(2)給付と負担の適正化,(3)婦人の年金権の確立,(4)障害年金の充実,を四つの柱としている。このうち,将来の年金財政に大きな影響を与える給付と負担の適正化については後で詳しくみることとして,他の点について概観しよう。

まず基礎年金についてみると,従来の制度では,自営業者,農民は国民年金に,民間被用者(サラリーマン)は厚生年金保険に加入するというように縦割りの制度体系となっており,さらにサラリーマンの妻については国民年金に任意加入できる仕組みになっていた。今回の改正により,国民年金の適用を民間サラリーマンにも拡大するとともに,従来任意加入であったサラリーマンの妻にも加入を義務づけることによって,自営業者とサラリーマンが共同して基礎年金給付を支えることとしている( 第3-9図 )。基礎年金の導入により,制度間格差の是正,制度基盤の安定化,重複給付の整理を図り,さらに婦人の年金権の確立,障害者の所得保障充実を目指している。また,従来制度ごとに行われていた国庫負担は,基礎年金の3分の1に集中され,より公平に行われることになる。また,この基礎年金を公務員等の共済組合員及びその被扶養配偶者にも適用することになっている。

また,基礎年金の導入により,これまでは離婚等により年金保障に欠ける場合があったサラリーマンの妻についても,自己名義の基礎年金が支給されることになった。すなわち,従来の厚生年金保険の定額部分と加給部分(配偶者加給)がそれぞれ,夫,妻の基礎年金に発展するものと言える( 第3-9図 )。なお,保険料の負担は夫の保険料の中で賄うため,妻の個別の負担は要せず,また,これに伴い国民年金へのサラリーマンの妻の任意加入制度も廃止される。

さらに障害年金については,幼い時からの障害者について,より手厚い年金支給が行われることになった。すなわち,現在の障害福祉年金が,障害基礎年金として,それぞれ6万2,500円,5万円(59年度価格)へと2倍程度に増額されることになった。

(給付と負担の適正化)

現在の公的年金制度は,原則として一定期間制度に加入し,その間保険料を拠出することを年金給付の要件としており,拠出の状況を反映した給付を行い,その費用を基本的には現役勤労者の年金保険料で賄う方式とされている。しかしながら現実の制度は,近年急速に年金給付水準が改善されてきた結果,現在年金を受け取る世代は,その保険料の拠出負担に比して著しく高い年金給付を受けており,世代間の多大な所得移転を発生させている( )。

公的年金制度は,制度に継続的に加入してくる若い世代が老後世代を支えるという社会的な世代間扶養システムである。したがって,その制度設計に当たっては若い世代と老後世代との給付と負担のバランスに絶えず留意していかなければならない。

ここで公的年金における財政方式と保険料との関係について,やや詳しくみてみよう。仮にある国が完全に賦課方式による公的年金を導入した場合を想定すると,導入当初は受給者の数も少なく,加入期間が短いことにより年金額も全般に低いため,保険料負担は低いものとなるが,制度の成熟化に伴い,次第に保険料負担は上昇していくことになる。次に,やや非現実的ではあるが,完全に積立方式の公的年金制度を導入した場合を想定しよう。この場合には,将来受けることになる給付の原資を加入者が予め負担しておくことになるため,当初より平準保険料を負担することとなる。我が国の厚生年金保険についてみると,世代間扶養の観点に立った財政運営が行われる一方,将来の世代の負担との公平等を考慮して,ある程度の積立金を保有しっつ運営していく方式をとっているが,なお成熟過程にあることを反映して,保険料率は現在まだ比較的低い水準にあり,今後段階的に保険料率を引き上げていく必要がある。特に従来の制度を前提にした場合,将来,制度に40年加入することが一般的になった段階においては,給付水準は現役勤労者の平均賃金の8割を超える水準となると見込まれるが,その場合の保険料率はピーク時において38.8%(標準報酬ベース,労使折半)に達することとなる( 第3-10図 )。

現役の勤労者が,その賃金の中から税や社会保険料を負担し,残りの手取りの賃金で,通常の場合,夫婦子供2人から成る4人世帯の家計を支えることになるのに対し,年金を受給する老後世代は,老夫婦2人の世帯の生活を維持していけばよいことを考えると,このような給付水準及び負担水準は,世代間のバランスを失しているものと言える。

また国民年金についてもその事情は同じである。従来の制度を維持するためには,保険料は現在の月額6,740円から19,500円(59年度価格)へと3倍にも引き上げる必要があり,これからみても,従来の制度を維持することは困難であると言えよう。

今回の改正では,給付と負担の適正化のために,将来,厚生年金保険の40年加入が一般化することを考慮し,20年間の移行期間を設けて給付水準を徐々に適正化することにしている。従来の厚生年金保険の場合,退職して新たに年金を受ける男子の標準的な年金額(以下の年金額はすべて59年度価格)は,32年加入,夫婦で月額173,100円(最近時点の男子の平均標準報酬月額の68%)と既に相当の水準に達している。厚生省の試算によれば,従来の制度の下では,今後平均加入期間が伸長し40年加入が一般的になった段階では,夫婦で月額211,100円(直近男子の平均標準報酬月額の83%),仮にその妻が国民年金に任意加入していた場合には,夫婦合わせて月額277,000円(直近男子の平均標準報酬月額の109%)にも達する見込であった。これに対し,先にみたように,現役世代の負担は今後急速に増大することが確実であった。このように,老齢世代の受ける年金は,従来の制度のままでは,現役世代の可処分所得水準や負担とのバランスを著しく損なうほど高いものとなることが見込まれたため,今回給付の適正化が行われることとなった。

まず厚生年金保険についてみると,今回の改正により,(1)夫名義の定額部分の単価を,現在の2,400円から1,250円へと逓減させ,40年加入で月額5万円の基礎年金とする一方,(2)現在の配偶者加給年金15,000円を,妻名義の老齢基礎年金とし,妻の基礎年金加入期間の伸長に伴って徐々にこれを増加していくことにより,夫と同額の,40年加入で月額5万円の基礎年金を給付する(前出 第3-9図 ),(3)従来の報酬比例部分の乗率(1年につき1%)を逓減させ,現在の4分の3とする(1年につき1%→0.75%),等の措置が採られた。これにより,40年加入の下で176,200円の標準年金を支給することとしている。この改正により,厚生年金保険の40年加入が一般化しても,標準的な年金額の男子平均賃金(ボーナスを除く)に対する比率は,現在の68%とほぼ同じ69%程度となる見込である。

また国民年金についても,加入期間の伸長に対応して単価を逓減させることにより,将来とも給付水準を現行程度とすることにしている。具体的には,36年4月1日の国民年金発足時からの加入可能期間に対して,全期間保険料の納付がある場合には,月額5万円の老齢基礎年金を給付することとし,納付期間がこれに不足する場合には,その割合に応じて減額されることとなった。これにより,将来,加入可能期間が最高の40年間(20歳から60歳に達するまで)に伸長した場合の年金額は5万円となる(59年価格)。

なお,今回の改革では,既に年金を受給している者あるいは高齢の者(昭和2年4月1日以前に生まれた者)については,年金の受給が生活に組み込まれてしまっていることを考慮して,その年金水準を今後とも維持することにしている。

今回の改正により,上記のような給付水準の抑制が行われた結果,厚生年金保険の保険料率はピーク時で28.9%( 第3-10図 )と,従来の制度を維持した場合の4分の3程度となる見込みとなった。また国民年金の場合には,ピーク時の保険料が月額13,000円と,従来の制度を維持した場合の19,500円の3分の2程度へ負担が軽減されることになった。

しかし,これらのピーク時の保険料は,なおかなり高水準のものとなっている。このため,将来高齢者の雇用環境や企業年金,個人年金の普及状況等を考慮しつつ,厚生年金保険の支給開始年齢の引上げを検討する必要があろう。仮に,支給開始年齢を徐々に65歳へと引き上げる場合には,厚生年金保険の保険料率は,現在の西ドイツ並みの,標準報酬に対して24%程度に収まるものと見込まれている。

3 公的年金の将来

(安定した年金制度)

公的年金制度は,国民の老後生活を支える基盤である。年金制度の加入者は,現役時代に保険料ないし掛金を負担し,引退後は終身にわたり年金という給付を受け取る。このため,一般に国民の年金制度との係わり合いは,20歳前後の就職からの,60年近い一生涯にわたることになる。

このような長い期間のうちには,年金制度をめぐる社会的な環境や経済情勢も大きく変化する。例えば,35年にば,60歳男子の平均余命は11.6年であったが,57年には15.2年へと3割以上も伸長している。また定期給与についても,35年には男子で2万円足らずであったものが,57年には約20万円へと,10倍以上の増加をみている。

こうした社会的経済的変動は,今後も生ずるわけであり,公的年金はこうした状況の下でも,国民の老後生活を支えていかなくてはならない。そのためには,物価や賃金が上昇する時には,年金もその実質価値が維持されていくこと,予想以上に平均余命が伸びた場合にも,確実に年金が支給されていくこと等が必要である。このような公的年金の機能は,民間部門によっては果たし得ないものである。

しかし,実際には上記のような社会的・経済的変動を予測して,将来の年金給付に見合う積立金を備えていくことは至難のことであり,公的年金の財政運営においては,これらの変化に後追いの形で対応していかざるを得ない。このようなこともあって,先にみたように公的年金制度では費用負担の相当部分が,後代の負担によって支えられている。このとき,年金制度が長期にわたり安定したものであるためには,年金の水準が現役勤労世代の可処分所得とバランスのとれたものでなければならない。すなわち,受給者にとっては,年金水準は高いほどよいわけであるが,その費用を負担するのは現役の世代であり,その負担があまりに高いものであれば,その時点の現役世代と高齢世代の公平性を損い,ひいては制度の安定性も失うことになるからである。

4 企業年金の勢向

年金ないしその類似の制度には,以上で分析してきた公的年金のほかに,企業の行う企業年金と退職一時金及び各個人の行う個人年金がある。このうち,個人年金は通常の貯蓄商品を年金に近い払込みと受取パターンにするものであり,他の貯蓄商品に比してさほど異なるわけではない。一方,企業の退職一時金と企業年金については,その普及率も高いものとなっている。

退職一時金制度は30年代に広く普及し,56年現在では81.6%の企業がこれを採用している。これに対応する制度として,企業会計上,退職給与引当金が認められている。これは費用収益対応の考え方に基き,費用を適正に期間配分する等の見地から設けられている制度であり,税法においても課税所得を合理的に計算する見地から,退職給与引当金の繰入額については,全従業員が自己都合により退職した場合に必要とされる退職金の一定割合までは,損金に算入できることとされている。

企業が従業員のために行う企業年金についてみると,かつては以下のような事情から,その普及率は低いものであった。すなわち,企業が企業年金を導入する場合,その積立てを内部留保にすると法人税が課される一方,外部に払い出して積立てを行い損金として経理すると,従業員に所得税が課されることになる。そこでこれを,企業が外部の金融機関へ資金を積み立てる時に損金への算入を認めるとともに,従業員に対する課税を退職後の受給時点まで繰り延べることとしたのが,37年に成立した適格退職年金制度であった。さらに,厚生年金保険の給付水準の改善により,企業年金と厚生年金保険との調整が検討され,上に述べた措置も手当てされた制度として,41年に厚生年金基金制度が創設された( 第3-11表 )。

適格退職年金制度は,企業が一定の適格条件を備えた企業年金を実施する場合に,税制上の特別の措置を講ずるものである。一方厚生年金基金制度は,公的年金である厚生年金保険の報酬比例部分のうち報酬再評価及び物価スライド分を除いた部分の給付を代行するとともに,企業独自のプラス・アルファの給付を行うものである。

企業年金には,上記の税制上の措置に加え,

    (1)公的年金の上積み給付を行う,

    (2)退職から公的年金受給までのつなぎ年金となる,

    (3)退職一時金支給の場合には,企業の負担が一時点に集中するので,これを平準化する,

    (4)企業が万一倒産した場合でも,積立金については外部で保全できる,

等の企業,従業員へのメリットがある。この結果,近年企業年金は急速に普及しており,厚生年金保険被保険者に対する企業年金適用者の割合も46年度の35.5%から,57年度には49.2%へと,ほぼ2人に1人が適用を受けるに至っている。企業年金資産の残高も,45年度末の4,616億円から,59年度末には16兆6,529億円へと年率20%近い伸びをみせており,個人金融資産残高に占める比率でも,45年度の1.2%から58年度では4.9%へと,その割合を上昇させている( 第3-12図① )。

一方,企業年金受給者は58年度末で約89万人となっている。しかし一人当たりの年金は,同年度で月額11,700円程度と,かなり低いものとなっている。

これは,企業年金制度の歴史が比較的新しく,本格的な給付がなされていないことに加え,(1)企業年金の給付を退職一時金で受け取った場合には,勤続30年の場合で1,000万円の控除が認められた上,いわゆる二分の一分離課税となっていること,(2)受給者側にも住宅資金等一時金として受け取りたいとの要望があること,等から,年金としてではなく一時金として受け取る退職者が多いことによるものと思われる。このため特に,年金としての給付が制度上義務づけられていない適格退職年金制度では,一時金としての受給がほとんどとなっている。

今後の人口の高齢化に伴い,企業においても全体としては従業員構成の高齢化が進行していくのは避けられない。このため,今後退職一時金,企業年金の支給額は急速に増加していくことが予想される。最近の退職金支払額をみると,58年度には6兆5700億円に上るが,将来更に増加を続け,80年頃には,58年価格で,現在の3倍近い15-19兆円に達すると見込まれる( 第3-12-②図 )。

企業年金は,こうした膨大な退職金支払の企業負担を事前に積み立てることによって平準化する役割があり,積立金はここ当分の間,かなりのスピードで積み上がっていくものと予想される。

しかし一方で,公的年金の負担は,58年度では,労働費用のうち厚生年金保険料が労使合計で約6.4%となっているが,100年頃には,3倍程度の20%程度にまで上昇する見込みとなっている。また,医療費についても,次節でみるように高齢化に伴ってかなり増加する可能性が高い。こうした社会保険料の上昇を,すべて労働者の手取収入を引き下げることで対応することは困難であろう。このため,労働者の在職中の功労に対する報償である退職金,企業年金のコスト(58年で3.6%)の見直しが行われる可能性がある。

以上みたように,企業による従業員の老後のための貯蓄は,徐々に企業年金に切り替わり,当面企業年金の資産は増加を続けるとみられるが,その制度の成熟化に伴って伸び率が低下しさらに公的年金等の負担の増大に企業が耐え切れない場合には,企業年金や退職一時金の資産の規模が制約される可能性もある。