昭和60年
年次経済報告
新しい成長とその課題
昭和60年8月15日
経済企画庁
第1章 昭和59年度の日本経済
雇用の改善は景気回復に遅れ,59年後半からやっと本格化してきた。当初所定外労働時間の増加やパートタイム求人の増加等により始まった雇用情勢改善の動きは,次第に常用雇用者が増加に転ずるまでに至っている。
景気の急速な拡大にもかかわらず雇用改善が遅れた背景には,今景気回復が当初は輸出,設備投資を中心に進み,雇用吸収力の大きい消費や建設関連の需要回復が相対的に遅れるなど産業,業種間にばらつきがみられたこと,女子の労働市場への進出が一層進んだこと,等によるものとみられるが,最近に至っての消費等の改善テンポの速まり等が,労働力需給を次第に改善させるように働いている。
(景気の上昇と雇用の増加)
59年中は景気が順調に拡大する中で,新規求人や所定外労働時間が増加するなど改善がみられたものの,完全失業率は景気回復初期の2.6%前後からわずかながら上昇し,2.7%前後になるなど,雇用情勢の改善には遅れが目立った( 第1-36表 )。そこで,今次景気上昇過程における雇用情勢の改善の足跡をたどってみよう( 第1-37図 )。
第1に,景気の動向に最も敏感な所定外労働時間は生産の増加を背景に58年4~6月期から前年同期比でみて増加に転じ,以後急速に増加した。とくに製造業においては所定外労働時間は59年1~3月期には,第1次石油危機前の水準に達している。59年度に入って,所定外労働時間の伸びは頭打ち傾向になったものの,引き続き高水準で推移している。
第2に,新規求人(新規学卒者を除く)も58年4~6月期から前年同期比増加に転じ,所定外労働時間とほぼ軌をーにして増加を続けたが,59年に入って製造業で伸びが緩やかになり,全産業でも59年後半には伸びが鈍化している。
新規求人のうちでも景気動向に敏感なパートタイム雇用者に対する求人は57年後半から既に増加に転じ,その後急速に増加した後,59年に入ってからは伸びは鈍ったが,なお卸小売,サービス業での求人増などを背景に非パートタイム求人に比べ高い伸びを続けている。
第3は,景気に対して遅行性の強い常用雇用であるが,これも求人増にみられるとおり企業の雇用需要の増加などを反映して59年初から前年比増加傾向を強めるようになっており,景気の上昇がやっと雇用の安定的拡大につながってきたことを示している。
しかし産業別,業種別にみると,かなりのばらつきがみられる。これら指標は,輸出の拡大等を背景に製造業については,堅調である。また,サービス業は前年に続き,59年も増勢を維持している。他方,卸・小売業等消費関連産業及び建設業では比較的低調に推移した。さらに製造業の内訳をみても,好調な加工・組立関連業種に対して,消費関連,素材関連業種では依然常用雇用が減少基調であるなど,動きは必ずしも力強いものとはなっていない。
第4は,新規学卒の労働市場も堅調であったことである。先にみた新規求人は新規学卒が除かれており,その動向は,企業の雇用需要のうち中途採用意欲を示すものである。我が国の比較的規模の大きい企業においては,新規学卒を採用し企業内で育成するという雇用管理,いわゆる終身雇用慣行によるところが多い。そのため新規学卒の採用動向は企業の中長期的な視点に基づく要員判断を示しているものと思われる。60年度には,中学,高校新規学卒者への求人が56年度以来4年ぶりに増加に転じた他,大学・短大新規学卒者の採用も技術系男子を中心に堅調な伸びとなった模様である( 第1-38表 )。
以上の動きから,就業者,雇用者は,59年には,58年に比べ増加率( 注 )は下回ったものの,女子を中心に比較的堅調な伸びを続けている。女子短時間雇用者(週間就業時間35時間未満)は,24万人増加し,女子雇用者32万人増加の75%を占めいわゆる女子パートタイムは引き続き堅調に増加している。
(労働力需給の改善)
労働力需給の状態を表わす新規,有効求人倍率は,59年には0.96倍,0.65倍と前年に比べ緩やかながら改善した。
求職者の動きをみると,59年央まで根強く増加を続けたが,59年末からは減少傾向で推移している。
なお,今回新規求職者が59年央まで根強く増加傾向で推移したが,①事業主都合による解雇者数が減少していること,②常用求職者のうち雇用保険受給資格決定者以外の者,すなわち主に在職求職者や新規参入型求職者が増加していること,さらに雇用形態別には,③パートタイム求職者が顕著に増加していること,などからみて,求職者増は,景気の拡大を反映し,女子を中心とする新規参入型求職者や転職希望等のための求職者等が増加したことによると考えられる。
また,雇用保険受給者実人員の被保険者に対する比率等をみると,59年後半から顕著に低下している( 第1-39図 )。
これは,主に景気回復に伴う離職者の減少等によるものと考えられるが,このような動きの背景には,労働力需給構造の変化等に対応して再就職促進機能をより一層充実させること等を目的とする59年8月の雇用保険法の改正に伴う影響の可能性も考えられよう。
労働市場の需給が次第に改善する中で,58年初以来高水準を続けていた完全失業率も,59年末に至って低下を示した。失業率の改善が遅れたことの要因については次項で詳しく述べることとするが,60年に入ってからの失業の改善については,労働市場への新規参入や転職に当たって失業するという,いわゆる自発的な失業は依然増加傾向で推移しているものの,離職失業,とくに会社都合による離職失業が減り始めていることを指摘できよう。非自発的失業者の減少は先にみたとおり,企業倒産がピークを越えたこと,企業の雇用過剰感及び雇用調整が一巡しつつあること,等と関連している (前掲第1-38表)。
企業の雇用過剰感も,57年まで3年にわたる景気停滞を経て高まっていたが,58年初をピークにかなり低下しており,この面からも雇用環境は改善しているといえよう。
これに伴って雇用調整を実施している事業所の割合も58年にピークとなった後低下傾向で推移し,最近はほぼ横ばいとなった。雇用調整の内容をみると,第1次石油危機後にみられた「希望退職者の募集,解雇」といったドラスティックな方法は最近はほとんどみられず,主に「中途採用の削減・停止」や「残業規制」など雇用維持型の雇用調整が主なものとなっている。
(失業率の高止まり)
上に述べたように,今回の景気上昇期には,失業率が2年近くにわたって高止まった。第1次石油危機以降の景気上昇期をみても,完全失業率は景気の遅行指標として,景気回復が始まって半年~1年の間上昇を続けた後ピークを打って低下に転じていた。これに対し今回は,低下に転じるのに景気回復開始後2年を要した。
失業率は中期的に上昇してきており,この中には労働市場における労働力需要,供給両面の構造変化に伴う自発的失業や摩擦的失業等,労働力需給のミスマッチの部分が増えている。しかし,これとともに,景気の変動に伴う労働力需給の不均衡による部分が存在し,今回の景気上昇期には,景気の回復・拡大の中で,なおこれらがともに高水準で推移したことが,失業率の高止まりにつながったものと考えられる。
この点を明らかにするため,ここでは,58年度及び59年度の「年次経済報告」で取り上げた労働力需給均衡失業率(以下均衡失業率という)分析を行った。
均衡失業率は,労働市場において総量として需要,供給が一致した場合でもなお残る失業部分として定義され,労働市場における需給調整のパフオーマンス変化や,構造的な需給のミスマッチ部分等による失業であり,いわば労働市場における構造的な失業部分と言える。現実の失業率と均衡失業率との差は,労働需要総量が労働供給総量を下回る部分であり,,労働需要不足(=労働供給超過)による失業率と考えられる。これを以下では「需要不足失業率」と呼ぶことにする。
均衡失業率は,労働市場における構造変化,すなわち需要側は産業構造変化,サービス経済化,ME等技術革新の進展等,供給側は女子の労働市場への参入,労働力人口の高齢化,高学歴化等を要因として生じている。中長期的には上昇傾向で推移しており,今回の景気上昇期においても引き続き上昇している。一方,「需要不足失業率」は,過去2回の上昇期においては景気の谷から4四半期後には低下しているが,今回は横ばいを続け,低下のテンポは遅かった。すなわち,今回の上昇期において失業率が高水準で推移している要因としては,均衡失業率の持続的上昇と,「需要不足失業率」の高止まりという,二つの側面が指摘できる( 第1-40図 )。
景気の上昇にもかかわらず,「需要不足失業率」が高止まっていた原因について検討すると,第1に,景気上昇が輸出や設備投資等を中心とするものであり,消費や建設関連など比較的雇用創出力の大きい需要の回復が遅れたことが挙げられる。第2は,女子の職場進出の一層の積極化等を背景に労働供給の増加が比較的大きかったことである。女子労働力の増加は,それに伴う労働供給の増加と労働需要との間で需給が総量として均衡していたとしても需給ミスマッチ等均衡失業率を高める要因となりうるが,さらに供給の増加に見合った需要が総量として十分でない場合には「需要不足失業」の増につながる。次にこの2つの要因につき,検討しよう。
(景気上昇のばらつきと雇用創出)
景気上昇2年目まで雇用の改善が緩やかで,「需要不足失業」の低下が遅れた第1の原因は,最終需要項目の伸びにばらつきがあり,輸出・設備投資が大幅に伸びた一方で,消費・建設関連等の回復が相対的に遅れたことである。輸出・設備投資等の伸びが誘発する需要は産業別には製造業に向かい,そこでの生産の増加は労働生産性の上昇や所定外労働の増加によって相当程度まかなうことが可能であろうから,雇用の増加に結びつきにくい面があると考えられる。これに対して消費や建設関連の伸びが誘発する需要は建設業・卸小売業・サービス業等へ向かい,そこでの生産の増加を生産性上昇等によってまかなうには自ずと限界があるので,雇用の増加を誘発する可能性が高いと考えられる。一つの試算として,57年から59年までの間で,製造業・建設業・卸小売業・サービス等の生産の増加が,常用雇用増,所定内労働時間増,所定外時間増,及び労働生産性の上昇にどのように配分されたかを「毎月勤労統計」等をもとに種々の前提を置いて推計してみると( 第1-41表① ),製造業では生産増15.1%のうち11.8%分が生産性上昇に吸収され(ただし,この中には臨時・日雇雇用者の増加が含まれている),所定内労働時間増で0.5%分,所定外労働時間増で1.5%分が吸収されており,常用雇用増につながったのは1.3%分(全体の8.5%)にすぎないことが分かる。これに対し,例えばサービス業では,生産増6.6%のうち,生産性上昇による吸収は1.4%分であり,4.1%分(全体の62.4%)が常用雇用増に回ったことが分る。
そこで,今次景気上昇期である58,59年の2年間のGNPベースの最終需要項目別の需要増加が誘発したはずの産業別総労働投入量増加分(但し生産性上昇が無い場合)を,産業連関表により試算して人・年で表し,各産業ごとに上記比率を用いて常用雇用増,所定内(外)時間増にどれだけ配分され,どれだけが生産性上昇によって吸収されたかを見たのが 第1-41表② のA表である。それによると,例えば製造業では10万人・年分の常用雇用が生み出され,11万3千人・年分の所定外労働時間が生み出され,91万6千人・年分は労働生産性上昇によって吸収されたと試算される。同様に建設,卸・小売,サービスについても計測でき,これらの4産業の合計をみると68万9千人・年分の常用雇用と13万人・年分の所定外労働時間が増加し,146万9千人・年分は労働生産性上昇により吸収されたことになる(これ以外の業種はとくに生産に関する資料の制約で計測できなかったが,この4産業で,誘発される雇用量の大部分を占めていると思われる)。さらに,製造業のうち,組立・加工関連及び素材関連の各業種についてみると,組立・加工関連業種においては11万6千人・年分の常用雇用と1万1千人・年分の所定外労働時間が生み出され,46万5千人・年分が生産性上昇によって吸収されている。また,素材関連業種にあっては,9万7千人・年分の常用雇用の減少の一方で,所定外労働時間3万6千人・年分が増加し,他方,32万6千人・年分の生産性上昇がみられたことになる。
そこで,今回の景気上昇が最終需要項目間の伸びのばらつきのため,常用雇用の増加に結びつきにくかったことを示すために,仮に58,59年の実質GNP成長率と同率ですべての最終需要が伸びていたと仮定した場合の,常用雇用者増,労働時間増,生産性上昇での吸収部分を計測したのが上掲 第1-41表② のB欄である。4産業合計でみると,この仮定の下では94万7千人・年分の常用雇用と10万6千時間分の所定外労働時間が生み出され146万人・年分が生産性上昇により吸収されたものと考えらる。
以上の結果は一つの試算であり解釈に当たっては,十分な留意は義然であるが,ここから言えることは,需要項目間のばらっきが,とくに常用雇用増に与えた影響は大きかったと考えられることである。
(女子労働の進出)
「需要不足失業」の低下の遅れた第2の原因として,景気の回復とともに女子が労働市場に大量に参入したことが挙げられる。
女子労働力人口は,59年は前年比1.0%増となったが,58年は3.2%と,57年の伸び1.9%を大きく上回った。女子労働力率もそれまでの48%弱の水準から58年初から49%前後の水準へと上昇している。
男女別に労働力率をみると,男子では主に進学率の高まりゃ労働力率の低い高齢者の増加等を反映して中長期的に低下してきている。一方女子については,50年までは女子就業率の高い農家世帯の減少等を主因に低下傾向で推移した後,51年以降上昇傾向に転じている。51年以降も農家世帯の減少傾向は続いているものの,女子の職場環境の整備,女子の労働意欲の一層の高まり,世帯主の収入を補完しようとするいわゆる家計補助的な動機等を背景に,女子労働率はほとんどの年齢層で上昇している。また,第1次石油危機以降の企業の雇用抑制や経済のサービス化に伴い,女子パートタイム労働に対する需要が増大していたこと等の需要側の要因も,女子の進出を促進する方向に働いたものと思われる。
これらの要因により,女子の職場進出は活発な状況で推移しているが,経済成長のパターンは,輸出の伸びが鈍化する一方で消費や住宅投資等家計部門の需要も次第に改善してきているところから,雇用面へ好影響が期待でき,高水準を続けた「需要不足失業」も今後は次第に低下していくものと考えられる。