昭和60年
年次経済報告
新しい成長とその課題
昭和60年8月15日
経済企画庁
第1章 昭和59年度の日本経済
輸出の大幅な増加をはじめとする数量景気の中で,59年度の企業収益は好調に増大した。また,第1次石油危機以降弱まっていた企業の財務面の体力も,総じて順調に回復してきた。こうした収益改善を反映して,58年後半から回復に転じた設備投資は59年度は本格的な拡大期を迎え,とくにハイテク関連を中心に順調な増加を示してきた。このような中で,企業もこれまでの減量経営中心の姿勢をやや変化させてきており,設備投資や研究開発活動への積極的取組,新規学卒者の採用意欲の積極化など,企業は厳しい競争に備え,次第に積極的経営姿勢を強めつつある。
(企業収益増加の背景)
景気の回復,賃金の落ち着き,原油価格の低下等を背景に57年度下期を底として回復に転じた企業収益は,その後順調に増加して今田に至っている。経常利益を大蔵省「法人企業統計季報」でみると,57年には前年比3.6%の減益となったが,58年には同11.9%増,59年には同17.0%増と大幅な増益になつた( 第1-19表 )。59年の収益増は業種別には製造業,規模別には大企業中心にもたらされたものであることが分かる。
59年の企業収益の増加をもたらした原因をみると,第1に,アメリカ向けをはじめとする輸出の大幅な増加及び民間設備投資を中心とした内需の増加等による売上高の急増が挙げられる。第2は,賃金コストの安定,輸入原燃料価格の安定である。そして第3に,そうした数量景気の中でとくにマイクロエレクトロニクスを中心に高い収益性が予想される技術・商品が輩出したことである(電気機械の収益増寄与率39%)。このほか,第4に,大企業を中心とした,資金運用の高収益化(いわゆる財テク),資金調達手段の多様化等による,金融収益増・コスト低下も寄与したと考えられる。
製造業の売上高経常利益率を部門別にみると,加工組立型産業は57年下期を底として回復に転じた。一方,素材型産業は58年上期を底として回復に転じ,水準が低かったこともあって,その後かなり急速に回復した。
また,製造業のうち,大企業は58年下期から順調に収益率を上昇させているのに対し,中小企業の収益率は総じて横ばい気味で推移している。
製造業の売上高経常利益率の変動要因を,素材型産業と加工組立型産業について過去の景気変動の上昇期,下降期と比較してみると( 第1-20図 ),次のことが明らかになる。
前回の上昇期(52年下期~55年上期)では,素材型産業,加工組立型産業とも石油価格高騰による交易条件の悪化から,変動費要因が減益要因となったが,売上高の伸びに支えられた人件費を中心とする固定費比率の減が増益に大きく寄与し,全体として増益となった。
前回の下降期(55年上期~58年上期)では,省エネルギーの進展により変動費が増益要因となったが,売上高の増加が鈍ったことを主因に固定費の増嵩が大きく減益に作用し,両産業とも減益となった。特にこの間素材型産業では売上高が名目値でマイナスとなっており,長期間の景気不振の影響の大きさがうかがわれる。しかし,売上高が伸びない中にあって,金融費用要因が加工組立型産業で増益要因,また素材型産業でも横ばいとなっている点に,企業の減量経営の進展が読みとれよう。
これらに対し,今回の上昇期(58年上期以降)では,素材型産業では固定費削減効果が下支えしたものの売上げの増加が緩やかであったため,固定費が減益要因であった。しかし,石油価格の低下,国際商品市況の低迷等によって企業の交易条件(産出価格/投入価格)が改善し,変動費要因が増益に寄与し,全体として増益となった。
一方,加工組立産業型では,変動費要因がややマイナスとなったものの,好調な売上高増加を背景に人件費,金融費用等固定費要因の改善により,全体で増益となった。
このように,今回の景気上昇期においては両部門とも50年以降続いている減量経営の効果が下支えしたほか,素材型産業においては原燃料価格の安定・低下,加工産業においてはハイテク関連製品を中心とする内外の需要増加等による売上高の好調な伸びが,短期的要因として増益に寄与したと言える。
(「企業体力指標」の回復)
以上みたのは,費用対収益というフロー面での改善であるが,ストック面,すなわち企業の財務内容の安定性という観点から見ても,企業経営の改善は顕著である。製造業大企業について,財務内容を表す代表的な指標をとって,第1次石油危機前とその直後,及び58年度を比較すると( 第1-21図 ),58年度には第1次石油危機前の財務水準を回復あるいは上回るようになっており,とくに自己資本比率の上昇,借入金依存の低下などが著しいほか,総資本利益率でも第1次石油危機前の水準を回復している。業種別にみても,一般機械,電気機械,自動車,化学などでは,第1次石油危機前の水準をやや上回っている。これに対し,鉄鋼や繊維ではなお回復が十分ではない。
これら企業の財務内容は,財務上の安全性(流動比率等),企業の収益性(使用総資本経常利益率等),活動性(使用総資本回転率)の指標であり,いわば企業の財務面からみた基礎体力を示すと考えることができる。
企業の基礎体力を総合的に判断するため,ここでは,上記の各種指標をまとめた総合的な指標を作成し,これを仮に「企業体力指標」と名付け,製造業業種別に,主成分分析により試算した( 第1-22図 )。この図の解釈については,主成分分析に伴う制約等を考慮する必要があるが,ここではヨコ軸(第1主成分)は総括的な財務内容を示し,タテ軸(第2主成分)は売上高増減要因や産業の財務特質の差等を表しているとみることとしよう。
これによると,第1次石油危機の影響が大きかった49~51年度には,素材型産業,加工組立型産業とも,大部分の業種で売上げも低下し,総合的にみた財務内容も大幅に悪化していることが分かる。しかしその後は減量経営の進展や収益の回復により,56~58年度には大部分の業種で改善が進んでいる。業種別にみると,電気機械,精密機械,自動車等加工組立型産業において総合的にみた財務内容の向上が著しく,過去の水準を大きく上回っている一方,素材型産業も,多角化の進んでいる化学などでは,改善が進んでいる。一部に改善の遅れている業種もあるが,各業種とも,2次にわたる石油危機を乗り越える中で財務内容の改善に成功し,減速成長時代にも適応できる企業体力を貯えた上で,来るべき60年代の新たな成長の時代において,積極的経営を展開する足固めを整えつつあると言えよう。
(企業倒産の多発)
今回の景気上昇期企業経営面の特徴の一つとして,企業倒産が著しく多発したことが挙げられる。57年には比較的低水準にあった企業倒産は,景気回復の始動とともに増加し始め,全国銀行協会連合会調べによる銀行取引停止処分者件数(資本金100万円以上法人)は,58年に15,848件(前年比6.9%増)の後,59年には16,976件(同7.1%増)と,52年(18,741件)に次ぐ過去2番目に高い件数を記録した。同調査により59年の倒産発生件数を業種別にみると,サービス業,小売業の増加寄与度が大きい。一方,58年に大幅に増加した建設業は期を追って減少した。
倒産件数と景気局面との関係を,やや長期にみると,必ずしも景気下降期に増加するとは言えず,むしろ今回と同じく景気上昇期での倒産増加がしばしば見受けられる( 第1-23図 )。第1次石油危機後の不況からの立ち直りの過程で倒産が増え続けたのは,当時の石油危機の深刻な影響及び景気回復テンポの緩慢化や減量経営の強化の影響があったと考えられる。55年からの3年にわたる景気停滞期に倒産件数が比較的落ち着いており,景気回復とともに増加に転じたのは,①景気停滞長期化による企業体力の弱まりとともに,②需要・供給面での構造変化の進展,そして,③景気が上昇する中での景気動向の各種のばらつき,等が影響しているものとみられる。
(落ち着いてきた倒産)
60年に入って,それまで著しい増加を続けてきた倒産件数も,高水準ながら前年水準を下回る月が多くなり,落ち着いてきている。倒産発生比率(銀行取引停止処分者件数を全法人企業数で割ったもの。資本金100万円以上の法人)をみても,今回の景気上昇期での倒産のピークは59年l~3月期であって,その後低下に向かっていることが分かる(前掲 1-23図 )。なお,この発生比率でみる限り,企業数が増加する中で,今回のピークも過去のピークの水準に比べて必ずしも高いものではなく,むしろ長期的には第1次石油危機後の不況によって著しく高まった倒産発生比率が,次第に安定化する局面に当たるとみることができよう。
ただ,新しい成長の時代への転換が進む中で,産業構造変化に対応できない企業の倒産が多くなっている。倒産全体のうち,創業後10年以上を経過した,比較的業歴の長い企業の倒産割合が増加している。このことは,環境変化への対応の遅れが企業の倒産に結びつきやすくなっていることを示唆していると言えよう。
(設備投資拡大の現況)
57年度後半からやや減少気味に推移していた民間設備投資は,58年度後半から回復に転じ,59年度には順調に増加した。実質民間設備投資(GNPベース)は,58年度上期には前期比2.4%増と低い伸びにとどまった後,58年度下期には同5.5%増と伸びを高め,59年度上期同5.2%増,下期同5.4%増と順調に拡大した。
この間の動きを,業種別・規模別にみると,次のような点を指摘することができる( 第1-24図 )。
第1は,製造業中心の設備投資拡大であったことである。製造業設備投資は,57年に入ってから停滞を続けてきたが,58年下期から,折りからの輸出増等に支えられて盛り返し,59年には大幅に伸びた。59年の法人企業設備投資の伸び,前年比実質15.6%増のうち,製造業投資の寄与度は9.4%と,全体の設備投資を牽引した。
第2は,製造業の中で設備投資の伸びにおいて,中小企業が先行し,それに大企業が追いついていったことである。製造業中小企業は58年7~9月期に増加に転じ,これに対して製造業大企業の設備投資は58年10~12月期になって伸びが本格化した。その後59年には製造業大企業の伸びが高く,59年の製造業の設備投資の伸び20.6%のうち14.5%の寄与をしている。中小企業の設備投資は相対的に景気動向に敏感で小回りがきくため,景気上昇期には大企業に先行ずる傾向があるが,今回もそうした傾向がみられた。
第3は,同じく製造業の中で,加工組立型産業の伸びが大きかったことである。とくに,生産の拡大が著しかった半導体,OA機器関連では,大企業,中小企業を問わず58年から設備投資が活発に行われた。59年になって,多くの素材型産業でも設備投資の拡大の動きが広がり,一部業種を除いておおむね高い伸びを示すに至っている。ただ,加工組立型産業の設備投資増加が,能力増強を目的とした投資や研究開発投資が中心であるのに対して,なお相対的に稼働率の低い素材産業での増加の中には,ハイテクを利用した合理化・省エネルギー化,維持補修投資のほか,新規分野への進出,研究開発投資など,企業活動の新たな展開のための投資もみられる。
第4に,非製造業についても,リース業を中心に全体としては拡大している。
ただ,59年度をみると,電力は58年度下半期の前倒し投資の影響もあって弱含みに推移し,また消費・建設関連の動きも鈍いなど,製造業に比べると動きは鈍い。
第5に,多くの業種で設備投資が順調に増加する中で,鉄鋼をはじめとする一部の製造業素材型産業,及び建設・海運などの一部の非製造業においては,最終需要の増加テンポのばらつきを反映したこともあって,設備投資はなお低調な動きとなっている。
(設備投資環境の改善)
58年後半から設備投資が活発化した背景には,①輸出をはじめとする最終需要の増加により,特に加工組立型産業において稼働率が回復し,能力増強を含む投資が活発化したこと,②技術革新の進んでいる業種においては期待収益率が高く,活発な企業間競争の中で,それら分野で積極的な投資が行われていること,③企業収益が増加するとともに,物価の安定もあって,将来見通しも透明度を増してきたこと,等がある。とくに,情報化をはじめとするハイテク関連投資の根強さについては,第2章で詳しく述べる。
ところで,58年から59年にかけては実質金利は下がってきているが,アメリカの高金利,物価の安定等を原因として過去の金融緩和期に比べると相対的に高い水準にあった。その中で設備投資が拡大しているのは,次のような設備投資環境改善要因が出ていることによる( 第1-25図 )。
第1は,技術革新の進んでいる業種を中心に,投資の期待収益率が上昇していると考えられることである。全産業の総資本営業利益率は58年1~3月期を底に上向いており,54年度に比べるとなお水準は低いものの物価の安定を考慮すれば収益は改善しているとみられる。
第2は,設備資金の内部調達比率の上昇である。設備投資のように資金回収に長期を要する投資は,原則として返済の必要のない自己資金の方が好都合であろう。通商産業省の設備投資調査(60年2月20日現在,資本金1億円以上,対象企業1,330社)によれば,大企業の設備投資における内部資金調達比率は58年度に80.5%に達した後,59年度(実績見込み)は77.6%,60年度(計画)も79.8%と,引き続き高水準で推移している。
また,有形固定資産と自己資本の比率をみると,大企業では52年の1.9倍から59年には1.5倍弱へと低下傾向を続け,自己資本で賄われる率が高まっている。ただ,中小企業では1.8倍程度で横ばいであり,有形固定資産の4割強は他人資本で賄われている。
第3は,外部資金調達手段の多様化による資金コストの削減である。前記の通商産業省調査によれば,59年度(実績見込み)の設備投資資金純増額のうち外部資金割合は22.4%であるが,外部資金のうち借入金のシェア(6.5%)は長期的にみれば低下しつつあり,外債(8.1%)が増加傾向にある。外債発行額は,51~55年度平均5,986億円に対し,56~58年度平均1兆6,130億円と2.5倍以上となっており,とくに電気機械などでの調達が目立っている。また,転換社債の発行も59年度には大幅に増加した。
(設備投資の増加要因)
今回の景気上昇期における民間設備投資は輸出の増加に牽引されて出てきた面がある。一つの試算として,最近の我が国の潜在GNPに対する設備投資の比率(以下「設備投資率」という。)の推移を推計してみると,57年から58年初めにかけて調整局面に入り低下した後,58年下期からは景気の回復に伴い59年下期まで順調な上昇を続けている。
次に,「設備投資率」の変動要因について,輸出をはじめとする各最終需要が間接波及も含めて誘発する産出額を産業連関表により推定し,その潜在GNPとの比率を説明変数に用いた推計により分析してみたのが,第1-26図である。なお,本推計では後述する技術革新等に伴う投資等の要因が考慮されていないこと等の問題点を含むことに留意する必要がある。
この試算によると,需要変化の影響にタイムラグがあることもあって,58年上期まではそれ以前の輸出の伸び悩みが「設備投資率」を引き下げるように働いていたと考えられるのに対し,58年下期には輸出増の影響も現れ始め,59年には輸出増が「設備投資率」上昇に果たした役割もかなりあったと考えられる。
また,59年下期にはこれに加え内需の寄与が高まっている点が注目される。
そこで,59年秋以降の輸出の伸び鈍化が「設備投資率」に及ぼす影響が注目されるが,最近の設備投資には,それ以外の要因によるものが大きくなってきているとみられる。
第1に,設備投資を行っている産業が輸出産業から紙・パルプ等内需依存度の高い産業へと,そのすそ野が広がりつつあることである。
第2に,第2章第3節で詳しくみるように,現在の設備投資増加を支えている情報化を始めとするハイテク関連投資は,①ハイテク関連の投資機会が広く存在し中長期的には需要拡大が見込まれており,しかも企業間競争や国際競争が活発に行われている限り,短期の需要動向には必ずしも直接に左右されない中長期的な需給を見込んだ積極的な設備投資が行われると期待されること,②素材部門など成熟産業からの新規分野進出機会を豊富に提供していること,等から,半ば独立的な投資要因として根強い動きを示し,設備投資を下支えすると期待される。
ただ,輸出の伸びの鈍化によって,設備投資がかなりの影響を受ける分野もやはり存在する。そこで,個人消費をはじめとする内需の動向がこれまで以上に重要な役割を果たそう。
(企業経営をとり巻く新しい環境)
第1次石油危機による我が国経済の落ち込みと中期的な経済成長率の下方屈折以来,我が国の企業はそれまでの高度成長対応型の体質から安定成長型体質への脱皮を図るべく,減量経営と呼ばれる経営努力を重ねてきた。例えば,①雇用調整による企業内過剰雇用の調整,新規学卒者採用の手控え,②合理化・省力化,省エネ等を目指す設備投資,③在庫水準の圧縮合理化,④借入金圧縮,余剰資金の金融市場での高度かつ多様な運用,等である。こうした動きは,第2次石油危機やその後の3年にわたる景気停滞を経て,今日まで続いている流れである。しかし,この10年間においても,我が国の企業が環境激変に対してじっと冬ごもりをしていたわけではなく,むしろ積極的に環境変化に対応し,自らの地平を切り拓いてきたというべきであろう。
ところで,58年からの景気の上昇の過程で,企業経営を取り巻く環境も色々な面で好転した。一つは,先に述べたように企業体力の回復が著しいことである。二つは,第2章で述べるような技術革新の流れ,あるいは高度情報化への流れが,限りないビジネスチャンスを提供していることである。三つには,企業マインドも明るさを増していることである。経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」によると,企業経営者の期待経済成長率も,それまで一貫して低下してきていたのが,最近上昇に転じたとみられる( 第1-27図(1) )。
こうした環境の改善に対応して,企業のこれまでの減量経営中心の姿勢にもやや変化がみられる。設備投資内容をみても,能力増強,多角化,研究開発などへの積極的取り組みがより明らかにみられるようになっている。新規学卒者の採用も高水準となっている( 第1-27図(2) )。このように,企業マインドも好転し,先行きの期待成長率,期待収益率が高まる中で,企業は厳しい競争に備え,慎重な中にも積極的経営姿勢を強めつつある。