昭和60年
年次経済報告
新しい成長とその課題
昭和60年8月15日
経済企画庁
第1章 昭和59年度の日本経済
アメリカ経済の急速な拡大とドル高により,我が国からの輸出も59年中は高い伸びを続け,鉱工業生産も輸出関連部門をはじめとして順調な伸びが続いた。
輪入も,国内景気の上昇を反映して,59年度中比較的高い伸びを示した。しかし,経常収支の黒字は拡大し,資本の流出が続いた。
アメリカ経済は,ドル高による輸入の大幅増加で,次第に国内需要増の大きな部分が海外に漏出するという傾向が顕著になり,1984年後半には成長率が鈍化してきた。アメリカの総需要が回復初期の著しい伸びからみると低下したことから我が国の輸出も鈍化傾向にあり,鉱工業生産にも影響が出ているなど,変化が現れてきている。
(アメリカ経済の急速な拡大)
アメリカ経済は,1981年後半から景気後退局面に入り,引き続き金融引き締め基調が堅持された。その間失業率が2ケタ台になるなど,世界恐慌以来と言われる厳しい不況に陥ったが,1960年代後半以来アメリカ経済の体質となっていたインフレを鎮静させることに成功し,経済の先行きに関する不確実性のうちの大きな要因を取り除くことができた。これに不況期中に繰り延べられた需要の顕在化,大幅な所得税減税等の効果も加わって,アメリカ経済は1982年第4四半期を景気の谷としてその後急速に回復,景気の上昇が持続している( 第1-2表 )。雇用状勢も失業率が10%を越す状態から急速に改善し,1984年10~12月期に-は7.1%と,1980年ごろの水準にまで回復した。しかも,こうした急速な拡大の中で,物価は60年代以来の落ち着きを示しており,賃金コストも安定的に推移している。この結果,失業率と物価上昇率を加えた「不快指数」は第1次石油危機以前の水準にまで低下している。
(高金利とドル高の継続)
今回の景気拡大期を特徴づけるのは,実質高金利の持続,それによってもたらされた資本の純流入とドル高である。
名目金利は1981年半ばにピークを打ち,その後低下していったが,80年代に入ってからのインフレの鎮静化の過程で,それまで低水準だった実質金利は逆に著しく高い水準に達した。
アメリカの実質高金利に伴う内外金利差等の存在により,海外がらの資本の純流入はこの間一貫して続いた。外国資本の流入だけでなく,アメリカ自身も,これまで海外に出していた資本を国内に向ける傾向が現れている。
こうした資本流入圧力がアメリカ経済に対する信認ともあいまってドル高を進行させた。特に,欧州通貨に対するドルの上昇が顕著であった。このようなドル高のため,米国製品の価格競争力は著しく低下し,このため経常収支は赤字幅を拡大させた。
このようなドル高,資本の流入,経常収支の赤字という状況は,アメリカ経済に次のような利益をもたらした。第1は,物価の安定である。ドル高は交易条件を有利化し,輸入物価を低下させることにより,国内物価の安定化をもたらした。第2は,低貯蓄率の下でも高い成長を可能にしたことである。実物面では,超過需要を輸入によってまかなうことにより,また金融面では資金需要を海外からの資本流入によってまかなうことにより,インフレなき高成長が可能になった。第3は,こうして可能になる設備投資がとくにハイテク部門のようにアメリカ経済にとって比較優位にあり,かつ今後の中期的に市場の高い成長が見込める部門で生じるのであれば,アメリカの産業が再活性化し,競争力を高める可能性がそれだけ高まることになる。アメリカの最近の設備投資の内容をみると,事務用機械,通信機器などハイテク関連機器への投資の伸びが目立っている(アメリカの総設備投資額に占める事務用機械・店舗用機械・通信設備への設備投資の割合は1979年の11.6%から1984年にば16.3%に増加した)。
しかし,同時にこれらについてのデメリットが最近目立っている。第1は,国内需要の増加の大きな部分が海外に漏出し,国内需要の増加ほどには国内生産や雇用が伸びないことである。このため,輸入の増加や輸出の伸び悩みにより,産業によっては大きな影響を被っている。この数年間に米国産業の多くの部門において輪出の減少,輸入の増加がみられたが,その範囲も基礎素材産業や農業から,最近ではハイテク部門まで広がってきている。第2は,海外からの資本流入の増大による対外債務国化により,投資収益収支が悪化し,経常収支の赤字拡大要因となることである。
(アメリカ経済の拡大鈍化)
アメリカ経済は,1984年前半までの急拡大に比べれば,年後半以降拡大速度が鈍化した(前掲第1-2表)。国内需要は個人消費等を中心に堅調さを続けているので,これはとくに需要の海外への漏出による純輸出の低下によるものである。85年に入って,景気の鈍化が更に明らかになるに及んで,金利もやや低下し,ドル高もやや修正局面に入った模様であるが,ドルに対する信認が特に揺らいでいるわけではない。
アメリカの景気鈍化に伴い,高い伸びを示してきたアメリカの輸入も増勢鈍化を示すようになってきている。西欧諸国からの対米輸出は,欧州通貨の対ドルレートが大幅に低下したため,減少するまでに至っていないが,後述するように我が国からの輪出や,またアメリカ向け輸出の急増を中心に急成長を続けてきたアジアNICs(新興工業国・地域)などからの輸出は84年後半から伸びが大幅に鈍り,アジアNICsの景気拡大速度の鈍化の原因となっている( 第1-3図 )。
高金利・ドル高の是正を,インフレ再燃や経済の急速なスローダウンを伴わずに達成するためには,連邦財政赤字の着実な削減が不可欠である。最近に至って,アメリカ政府の中で財政赤字削減のための努力が強化され,ボン・サミットにおいても宣言に盛り込まれた。議会と行政府の間での考え方も次第に共通のものとなりつつある。こうした努力が実を結ぶことになれば,急速な通貨価値の変動や経済の大幅なスローダウン等を回避しっつ高金利・ドル高を徐々に是正し,現下の経済成長をより着実なものとする,いわゆる「ソフト・ランディング」の可能性が高まることが期待できよう。
(輸出の増加とその要因)
上記のようなアメリカ経済の急拡大とドル高の影響を受けて,我が国の輸出は昭和58年初以来高い伸びを続けてきた。輸出の動向を通関・数量ベースでみると,58年度12.3%増の後,59年度も13.5%増と,2年続けて大幅増加となった。
このような輪出の好調をもたらした要因を輸出数量関数(対世界及び対米)を作って分析してみよう( 第1-4図 )。58年以来の輸出増の第1の原因は,設備投資を中心としたアメリカ経済の急速な拡大とそれを背景にした世界貿易の拡大である。第2に,我が国の物価が特に安定していたことに伴う相対比価の有利化も,一貫して輸出増加に寄与した。これに対し,第3の要因である為替レート要因は,①アメリカに対しては円の対ドルレートは59年度に入って総じて円安で推移し,59年度後半から対米輪出を増加させる要因に変わったのに対し,②対欧州通貨が58年以来円高傾向だったことにより,円の実効レートが58年度中円高傾向に推移したが,59年度中も引き続き緩やかに円高傾向で推移したため,対世界輸出に関しては,輸出減少要囚となっている。
(地域別・品目別の動向)
地域別にみると,上記のように対米輸出が大きく伸び,59年度通関輸出増加(ドルベース)の8割を越える寄与となった( 第1-5図 )ほか,第2章でも述べるように中国向けが好調で,今や我が国にどって第2の輸出市場となった。中国向けは59年度輸出増の2割近くの寄与率となっている。このほかでは,中南米向けが増加に転じ,東南アジア向け,西欧向けも前年度の高い伸びに続いて幾分増加したが,中近東向けは大幅な減少となった。
アメリカ向け輸出の増加は,上述のようにアメリカの景気拡大に負うところが大きいが,58年初に急速な増加を示したのは,57年初にかけて積み上がったカラーテレビ,VTR等の現地在庫が58年初までに調整が完了したことも寄与した。その後も,アメリカの国内需要の盛り上がりもあって現地在庫は適正水準を維持してきた。
中国向けの増加は,中国の工農業生産が好調に推移していること,対外開放政策が推進されたこと,農産物輸入の減少により外貨制約が軽減されたこと,等によるものである。品目別には,鉄鋼,テレビ受像機,自動車などを中心に大幅な増加を示した。59年度の中国向け輸出は前年度比56。7%増(ドルベース)となり,59年末から米欧向けを初め各国向けの輸出が総じて頭打ちになる中でも,ひとり増加を続け,輸出を下支えした。
(年明け後の輸出鈍化)
このように59年度を通じてみると輸出は大幅に増加したが,59年末まで高い伸びを示した後,60年1~3月期には前期比で大幅な減少(ドルベースで6.5%減)となった。これは,次のような原因によるものである。第1は,アメリカ経済の拡大鈍化である。これによるアメリカの輪入鈍化は,我が国の対米輸出を鈍化させるとともに,アジアの新興工業国や東南アジア諸国の経済拡大テンポを鈍らせることによって,59年上半期まで高水準で推移してきた東南アジア向けの輸出にも影響を及ぼした。第2は,これと関連して,アメリカにおける我が国主要輸出品の現地在庫の動向である。カラーテレビやVTRの現地在庫はなお適正水準の範囲内にはあるが,59年後半からやや積み上がり気味である。また,半導体等電子部品については,アメリカ市場におけるICのBBレシオ(ICの出荷額に対する受注額の比率)が59年初の1.5程度から年末には0.6程度と1を大きく割り込んだことにみられるように,需給が緩和していることを示している。第3は,対米乗用車自主規制下で59年中に枠の大部分が消化され,60年に入って対米輪出が例年を上回る減少となったことである。第4は,対欧輸出が,欧州経済の回復テンポが緩やかであることに加え,円に対する欧州通貨の下落により,減少したことである。
このように,年明け後の輸出鈍化は主としてアメリカの景気やアメリカ市場環境によりもたらされたものである。57年初には,対米輸出が急減し,回復に向かいかけていた我が国の景気が腰を折られて2段階目の調整を強いられたが,この時と比較すると,次のような違いがある。第1にアメリカ経済は1982年にはマイナス成長となったが,今回は着実な拡大を続けている。第2にアメリカ市場での現地在庫は57年初には著しく過剰となったが,我が国のメーカーは前回の経験から慎重な対応をとっている。第3に,乗用車については,輸出自主規制枠が60年度には45万台拡大され,4月から輪出が順調である。
以上の点から,今回は直ちに対米輸出が更に急減する可能性は少ないとみられるが,アメリカ経済の情勢や為替レートの動向,中国向け輸出の動向等には十分注意を払っていく必要がある。
(鉱工業生産・出荷の増加)
55年以来3年間にわたってほぼ横ばいで推移してきた鉱工業生産は,58年初から急速な増加に転じ,59年後半まで順調に伸びた( 第1-6図 )。このうち,加工組立型産業では,とくに輸出増にリードされる形で,58年初から高い伸びを示した。中でも電気機械は58年第1四半期から60年第1四半期の間に53.2%伸び,鉱工業生産増のうち53.7%分を占め,鉱工業生産全体の伸びをリードした。これに対し,素材型産業では,58年第1四半期に入って底入れした後,加工組立型産業に素材供給を行う業種を中心に,緩やかながら着実な増加を示した。
(輸出増加と生産の伸び)
今回の鉱工業生産の急速な伸びの背景には,輸出の急速な増加があった。この点を鉱工業出荷の増加に占める国内向け出荷と輸出向け出荷の寄与度でみると,58年上期には出荷全体の伸び(季節調整済前期比)1.5%のうち国内向け出荷0.6ポイント,輸出向け出荷0.8ポイントと,輸出に主導された形となっていたが,その後国内向け出荷のウエイトが高まり,59年では出荷の伸び8.7%のうち,国内向け6.1ポイント,輸出向け2.6ポイントと,国内向けの出荷の寄与度が輪出向けをかなり上回っている。
ただ,この「国内向け」の中には,輸出産業に資材等を供給することによって,間接的に輸出に回る部分も含まれている。この間接輸出部分も含め,58年以来の輸出の増加が最終的に誘発したであろう生産増加分を産業連関表により試算してみよう。 第1-7図 は,半期ごとのGNPべ=スの実質最終需要の生産誘発額を求め,その合計に占める構成を示したものである。これは1つの試算であり,解釈に当たっては十分な留意は当然であるが,それによると,輸出による生産誘発分は58年度土期からその寄与も大幅であったが,59年度下期には輸出の伸びがやや鈍化したため,輸出の誘発分もかなり縮小した。
鉱工業生産及び出荷は,59年秋まで順調に増加したが,その後輸出が一服状態になったことを主因に,60年に入って増勢が鈍化し,一進一退の状態となった。加工組立型産業,素材型産業とも,伸びは大幅に鈍化した。ただ,4月に入って輸出が再び増加したこと等から鉱工業生産・出荷も持ち直した。
(在庫投資の動向)
在庫投資は,第2章第2節でも見るように長期的には圧縮傾向にあり,今次景気上昇期においても,企業の在庫投資態度は極めて慎重であった。GNPベースの在庫投資は,58年1~3月期を底に,一進一退のコースをたどりながらも総じて最終需要の増加に見合った積み増しが行われてきたが,GNPベース在庫率(在庫ストックを最終需要で割ったもの)は58年1~3月期の22.2%から60年1~3月期の21.0%まで低下傾向を続けた。
在庫投資の動向を形態別にみよう。通常,在庫変動は流通在庫から始まり,原材料在庫,製品在庫へと波及するというパターンがある。59年に入ってからの在庫の動向を見てみよう( 第1-8図 )。
まず流通在庫は58年後半の最終需要の大幅な伸びによって在庫投資水準が低下したが,59年後半から上昇基調で推移している。次に最終需要財メーカーの原材料在庫は,59年半ばまで旺盛な生産活動を反映して低水準にあったが,年末から生産の鈍化を映じてやや上昇気味である。一方,生産財メーカーの原材料在庫は,原油のウェイトが大きいため,原油先安感からメーカーは積み増しに慎重で,また他の原材料も価格低迷がみられることもあって,在庫投資は低水準である。次に,生産財メーカーの製品在庫は,58年中の在庫調整終了後は堅調な出荷を反映して積み増されてきたが,その後年明けにかけて在庫積み上がりの可能性がある。最後に,最終需要財メーカーの製品在庫も,58年以来活発な出荷に見合って着実な積み増しが行われてきたが,その後は輸出の鈍化の影響が及んできている模様である。このように,59年後半からは,製品在庫をはじめとして在庫はやや積み上がり気味で,60年に入っても,同様の傾向が続いた。
このことは,鉱工業出荷と鉱工業生産者製品在庫の動きに表れている( 第1一9図 )。この図で,出荷と在庫の動きは在庫局面に応じて右回りの曲線を描くが,今次景気上昇期においては,58年1~3月期の谷から59年1~3月期まで出荷の伸びが高まり,在庫は減少を続けていた。59年4~6月期から10~12月期までは出荷は高い伸びを続け,在庫もそれに見合った動きを示した。その後,出荷の伸びが横ばいとなる中で在庫の伸びが高まり,年末から在庫率が高まる局面(図の斜めの線の右下側)に入っている。このように,鉱工業部門の在庫の現局面は,直ちに非意図在庫の調整を要するという段階ではないものの,今後の動きに注意していく必要があろう。
(増加傾向にある輸入)
57年末に減少の目立った輸入(通関,数量ベース)は,景気回復局面に入り,58年1~3月期を底に増加に転じ,58年度に前年度比7.5%の増加となった後,59年度も6.9%と増加した。なお,ドルベースでは,原油などのドル建て価格が低下したことにより,4.0%増にとどまった。
59年度についてみると,上半期には景気拡大に支えられた製品類の順調な伸び等からかなり増加を示したが,下半期になって,特に原油輸入の減少が目立ったほか,製品輸入の増勢鈍化もみられ,足踏み状態となった。ただ,60年に入ってからは,原油輪入の回復や製品類の輸入にも増加の動きがみられるなど,やや持ち直している( 第1-10図 )。
輸入のこうした動きをもたらした要因を,輸入数量関数を作って分析すると( 第1-11図 ),我が国の経済活動水準を表す所得要因は58年4~6月期以降概ねコンスタントに輸入増加に動いており,一方,内外の相対価格を示す価格要因は58年度後半には円レートの上昇を映ビて輸入増加要因であったが,59年後半に入って対ドルレート低下により輸入増加効果は小さくなった。59年度以降の輸入の大幅なスウィングをもたらしたのは,国内の輸入在庫の動き,即ち在庫要因である。特に,59年9月からの石油税引上げを前にした原粗油の駆け込み輸入は,国内の原油等在庫の大幅な変動をもたらし,10~12月期の輸入の大幅減少に寄与した。
地域別にみると,原料品や製品類などによりアメリカ,EC,東南アジア等からの輸入は増加したが,原油輸入が低調であったため,中近東からの輸入は減少した。
(原燃料輸入の動向)
次に,品目別の輸入の動きをみよう。なお,品目別の輸入を決定する要因等の分析は第2章第3節で行うこととし,ここでは動向をみることとする。
まず,原油輸入量については,59年は9月からの石油税引上げを前にした8月の駆け込み輪人や60年初のOPECの原油価格引下げを見越した輸入手控え,在庫削減の影響等から,59年後半より大きなスウィングを繰り返した。しかし,59年度を通してみると,我が国の原油輸入量は国内の鉱工業生産が順調に増加した割には増加せず,前年度比1.2%減少となった。財・サービスの総供給(国内総生産+輪入)1単位当たり原油輸入量(原油の平均的輸入性向)も低下傾向にある。価格面でも,原油の輸入価格(CIFベース)は世界的な需給緩和を反映して割安なスポットものの比重が増加した(58年度18.8%,59年度26.1%)こと等により,年度平均29.14ドル/バーレルと,58年度平均29.67ドル/バーレルを更に下回った。こうした結果,59年度の輸入総額に占める原粗油のウェイトは58年度の30.5%から28.4%へと低下した。
原料品は,景気拡大に伴う在庫積み増しもあって,59年前半は緩やかながら増加を示したが,年後半から横ばい気味に推移し,59年度は数量ベースで4.1%増となった。また,国際商品市況が年後半に入って軟調裡に推移し,ドル建て価格が下落したため,ドルベースでみた原料品の59年度の前年度比は2.9%増にとどまった。
(製品輸入の動向)
製品輸入も,国内の生産活動の増加を反映して,事務用機器や半導体等電子部品などの機械機器や,化学製品を中心に,年度前半は大きく増加したが,年度後半に入ると増勢に鈍化がみられ,59年10~12月期は前期比で減少した。60年1~3月期は数量ベースでば再び増加に転じたが,これは航空機輸入の集中という特殊要因が大きく寄与している。
国内の生産が拡大しているにもかかわらず製品輸入が年度後半に伸び悩んだ理由としては,ドル高(円安)環境下での輪入製品の国内工業製品に対する相対価格の上昇が,価格要因に左右されやすい製品輸入に抑制的に作用したことが挙げられる。
なお,製品輸入比率(輸入総額に占める製品類輸入額の割合)は着実に増加しており,59年度は30.3%と,第1次石油危機後はじめて30%を越え,既往最高となった。
(経常収支黒字の拡大)
以上述べたように,59年度は輸出がドルベースでも前年度比11.1%増と大幅に伸び,一方輸入は原燃料輸入価格の低下もあってドルベースの伸びが4.0%増と数量ベースの伸びを下回ったため,我が国の通関貿易収支差は黒字幅が一層拡大し,351億ドル(58年度233億ドル)と,前年度に比べ118億ドル増加した。中でも日米間の景気回復局面の相違,為替レートのドル高等を背景に輸出の伸びの大きかった対米貿易収支差は128億ドル増加しており,また輸出の急増した対中国は23億ドルの黒字幅拡大となった。これに対して対欧州通貨円高を背景にECに対しては2億ドル,景気拡大の鈍化した東南アジアに対しては17億ドル,それぞれ我が国の黒字は減少した。なお,国際収支統計ベースの貿易収支は456億ドルの黒字(58年度345億ドルの黒字)に達した。
また,対外純資産が拡大(59年末残高743億ドル)したことにより57年度に黒字に転じた投資収益が59年度も13億ドル黒字が増加したこと等を背景に,貿易外,移転収支全体でも59年度は86億ドルの赤字(58年度103億ドルの赤字)と赤字幅が縮小した。これにより59年度の経常収支黒字は370億ドル(58年度は242億ドル)と,黒字幅は更に拡大している。
(長期資本の大幅流出)
59年度には経常収支の大幅な黒字,内外長期金利差等を背景に,長期資本の大幅流出がみられた。国際収支表上,資本移動は,流出入をすべてネットアウトすれば,恒等的にネットの経常取引に一致する。したがって長短資本取引等の合計(長短資本収支,金融勘定及び誤差脱漏の合計)は経常収支の黒字(赤字)と同額の赤字(黒字)である。従って,経常収支が大幅な黒字であれば資本の純流出は大幅である。長短資本取引等の合計は59年度には370億ドルの純流出であったが,その内訳をみると,長期資本収支が542億ドルという大幅な純流出であり,短期の資本取引の合計(短期資本収支と符号を変えた金融勘定の合計)は117億ドルの純流入であった。
長期資本収支は59年4~6月期以降流出超過幅が拡大した。その背景として,次のような要因が挙げられる。
第1は9経常収支の大幅な黒字である。前に述べたように経常収支の黒字は,定義上,恒等的に長短資本取引等の合計(長短資本収支,金融勘定及び誤差脱漏の合計)と等しいが,このうち特に有利な収益性を求めて長期資本で運用される部分が多いと考えることができよう。
第2は,内外長期金利差である。日米間の畏期金利差は,59年春になって一層拡大し,長期資本の純流出圧力を強めることとなった( 第1-12図① )。また,59年春にとられた一連の円の国際化のための措置により,非居住者による円建の資金調達が活発化したほか,内外長期金利差拡大という状況下で我が国の機関投資家がポートフォリオの多様化を図るべく対外資産を増加させたこともあって,長期資本の流出が強まったとみられる。
次に長期資本の内容の動きをみながら,これら要因の影響をみることとする( 第1-13図 )。59年度の純流出幅拡大の内訳をみると,本邦資本の証券投資と借款,外国資本の証券投資の寄与が大きい。
まず,本邦資本については,①対外証券投資が内外長期金利差の拡大を主因に,米国市場等に向かったとみられる。また,②借款は先進国向けの円建て対外貸付げが中心で,これも内外長期金利差拡大を主因に増加した。次に外国資本の証券投資については,株式が,従来流入超が続いていたが内外市場や円レートの動向等により流出超過に転じ,長期資本全体の純流出幅拡大に大きく寄与した。
60年に入って我が国の経常収支黒字幅もやや縮小し,またアメリカの金利にも低下の傾向が現れ,内外金利差がやや縮小したこともあって1~3月には長期資本の純流出幅も縮小した。しかし,4月以降再び短期の保有を目的としたとみられる債券取得などから増加の気配を見せるなど,長期資本の大幅流出の傾向は変わっていない。
(ドル高・円安の進行)
円の対ドルレートは,59年4月までは円高の傾向に推移していたが,その後再び円安に転じ,59年度中ほぼ一貫して対ドル円安傾向が続いた。特に60年1~3月期には,250~260円台の円安が続いた。円レートのこうした動きの要因としては,累積経常収支黒字の急拡大が基本的には円高要因として働いているはずであるにもかかわらず,米国経済の持続的拡大等によるドル選好の高まりに加え,前に述べた内外金利差に基づく長期資本流出圧力の影響が大きかったためであると考えられる。
もちろんこうした動きは,円安というよりも米ドル高であり,円は欧州通貨に対しては59年度中円高傾向で推移してきており,円の実効レートは円高傾向となっている。
60年度に入って,アメリカ経済の成長率鈍化を示す指標が明らかになってきたことから,米ドルは60年1~3月までのドル高に比べればやや修正局面に入った模様であるが,なお不安定な動きを続けている。なお,60年4~6月期には,アメリカの長期金利は低下に向かい,日米間の長期金利差もやや縮小したが,本邦長期資本の流出が続き,円の対ドルレートは明白な上昇を示さなかった。この原因として米国経済に対する信認のほか,金利低下局面における短期的な証券投資の増加が挙げられる。アメリカの債券相場(米国債10年物)は4月初から6月半ばまでの間に10%程度上昇し,更に先高感が強かった。このため,若干の先行き円高予測があっても,短期保有を狙う投資家としで米国債の購入が有利であったと考えられる( 第1-12図② )。
(保護主義の強まりとその背景)
世界経済が,アメリカの景気拡大にリードされて全体として回復を続ける中で,保護主義の動きは依然としで根強く,各国間の経済摩擦問題も多発し,世界経済発展の障害となるおそれがある。
我が国の経常収支黒字幅は,既に述べたように年間350億ドルに及んでいるが,こうしたことを背景に,我が国に関する対外経済摩擦は再び高まっている。
56年ごろから始まった今回の対外経済摩擦は,次のような質的変化がみられる。
第1は,我が国の急激な輪出数量の拡大をめぐる摩擦に加え,日本市場への参入機会の不均等を是正するとの観点から,我が国市場へのアクセス改善要求に焦点が当てられるに至っていることである。さらに,我が国の制度,慣行等が問題とされるようになってきた。
第2は,経済摩擦の対象分野として従来のものに加え,新たに高度技術部門が重視されてきたこととともに経済摩擦の対象も財からサービスへと分野の拡大がみられることである。
第3は,大幅な経常収支黒字を背景に日米,日欧,日ASEANなど経済摩擦が地域的にも広がりをみせていることである。
こうした摩擦の強まりの中で,我が国と各国との間の最近の動向をみると,まず,日米通商関係においては,鉄鋼や自動車を中心に新しい進展が見られた。
対米鉄鋼輪出については,日米鉄鋼協議を経て,我が国が米国見掛け消費の5.8%に自主規制すること等で基本的合意に達した。乗用車については,我が国は,自由な貿易実現のための過渡的措置とし60年度においても,自主規制を実施することを決定した。また,アメリカ側は,電気通信,エレクトロニクス,医薬品・医療機器,林産物の4分野を,我が国の一層の市場開放が期待される分野として提示し,これを受けてMOSS方式( 注 )により日米ハイレベル協議が開かれている。
一方,日本・EC間では,EC側は貿易収支の不均衡を背景に,我が国に対して市場開放,輸入の拡大等を強く要求している。EC側が通商上の懸案として日本に改善要求している問題は,アメリカの要求と重なっているものもあり,流通機構や制度的枠組みのような非関税障壁を問題視している点で共通している。
また,発展途上国との関係Cこおいては,ASEAN諸国や韓国等から,輸入拡大,市場アクセス改善等の要求が出されている。こうした状況を踏まえ,我が国としては,59年12月「対外経済対策」の中で,東京ラウンド合意に基づく関税引下げの繰上げ実施,一部の発展途上国関心品目の関税の撤廃,特恵関税制度の改善等を決定し,実施することとした。
さらに本年4月9日には,民間の有識者からなる対外経済問題諮問委員会から,これまでの対外経済対策の総合的評価及び今後における我が国の経済対策の中期的課題に関する報告を受け,「対外経済対策」を決定し,7月30日には,「市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの骨格」を決定した(この内容については,第2章第6節2.「輸入拡大への課題」参照)。
(我が国の二国間貿易バランス)
我が国をとりまく対外経済摩擦の拡大の背景の一つとなっているのが貿易バランスの黒字幅の拡大である。貿易収支の動向については既に述べたが,ここでは国・地域別にみよう( 第1-14表 )。対米,対EC,対東南アジア,対中国の通関貿易収支差は,55年度から59年度にかけては,いずれも大幅に拡大している。ただ,59年度のみについてみると,対ECは,円相場が対欧州通貨円高で推移していることもあってむしろ黒字幅が縮小しており,対東南アジアも,これら経済の拡大テンポが鈍化したことにより黒字幅の拡大が止まったとみられる。これに対して,対米黒字は58年度の210億ドルから338億ドルに増加した。対中国も2億ドルの黒字から24億ドルの黒字へと拡大した。
我が国の経常収支の黒字が,日米間などの景気拡大テンポの相違,為替レート,石油価格低下など短期的・一時的要因と,それらでは説明のできない要因とからなり,後者の中には,中長期的な要因も含まれている,との分析は,「昭和59年度年次経済報告」で示したとおりである。ここでは,視点を変えて,我が国の二国間貿易黒字が,59年度に最も拡大し,両国間で問題となっている日米間に絞って,貿易黒字拡大をもたらした要因を分析してみた( 第1一15表 )。それによると,昭和57年度から59年度までの対米貿易収支差の拡大幅216億ドルのうち,主としてアメリカの急速な景気拡大に伴う日米間の景気局面の相違によって100億ドル,為替レートが競争力を反映した水準から乗離してドル高(円安)で推移したことによって98億ドルが説明される。計198億ドルが,上記二つの短期的要因で説明されており,最近の対米貿易収支差拡大の大部分がアメリカ景気の拡大とドル高・円安によってもたらされていると考えられる。