昭和58年

年次経済報告

持続的成長への足固め

昭和58年8月19日

経済企画庁


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第3章 景気調整策の有効性

第4節 民間活力の発揮と公共部門の効率化

政府の規模拡大は,国民負担率の上昇から勤労意欲を阻害したり,民間の活動領域を狭めると言われることがある。こうした場合,公共部門の民間経済活動への過度の規制を避け,民間経済の活力が発揮できるようにしていくことは,景気の安定的な拡大に寄与すると考えられる。このように,民間の自律的な発展力を育てていくことは公共部門の重要な役割であると考えられる。以下ではこうした観点から,民間の活力と公共部門の効率化の問題を考えることにしよう。

1. 政府の役割と経済の効率性

欧米主要国が一様に「大きな政府」を有しているのは,政府の活動領域を積極的に拡大し,また様々な形で民間経済活動への公的介入を強めてきたことの当然の帰結である。それは,ある意昧では「福祉国家」への歩みがもたらした一つの結果ともいえよう。

しかし,最近わが国のみならず,主要先進国においても,「大きな政府」を見直し,「小さな政府」を指向する動きが一つの潮流となっている。これは,いたずらに政府活動の領域が拡大することは,望ましい結果だけをもたらすとは限らず,むしろ弊害すら招米しかねないとの認識が強まってきたためと考えられる。

それでは,「大きな政府」はどのような問題をもたらしているのであろうか。

第1は,政府規模の拡大は,中長期的にみれば必然的に国民の負担増につながるということである。とくに,欧米主要国では国民の負担が過度となった結果,それだけ家計の可処分所得を小さなものとし,貯蓄に回す余裕が乏しくなったとされている。現に,各国別比較によると,政府規模の拡大は公的負担率の上昇を伴い,ひいては家計貯蓄率の低下につながった姿がある程度みてとれよう( 第3-23図 )。また,公的負担率が高いスウェーデン等ではそれが勤労意欲の低下を招いているという指摘もみられる。

さらに貯蓄率の低下は,設備投資に悪影響を及ぽす可能性も否定できない。この点は,各国比較によってある程度裏付けられる(前掲 第3-22図 )。仮にそうした事態になれば,経済のファンタメンタルズ(基礎的諸条件)を支える基盤が揺ぐことになりかねない。

わが国では,政府規模は西欧に比べ相対的に小さいほか,貯蓄率が世界的にみてもなお高水準を維持しており,前述のような問題が現実に生じているわけではない。ただ,そうした要因の一つとして,再三指摘したように,わが国の人口高齢化が西欧の水準にまで達していないという事情があることを忘れてはならない。高齢化社会に到達したとき,欧米主要国の轍をふむことがないよう留意しておく必要性は大きいと考えられる。

以上のような中長期的問題に加え,「大きな政府」は,公的負担の増大により勤労意欲を阻害し,また財政バランスの悪化につながり易いという点にも留意する必要がある。最近では,アメリカ,西ドイツ等では財政赤字の拡大予想からクラウディングアウト発生の懸念が根強く,それが長期金利の高どまりをもたらしていることが問題となっている。この点は先にみたようにわが国も例外ではない。

「大きな政府」の弊害については,このほか公的規制,介入の強化が民間活力の低下や非効率企業の温存を招いている可能性が指摘されている。

こうした欧米主要国の経験に照して,政府の役割はいかにあるべきか,いま一度原点に立ち戻って考え直してみる必要がある。政府の本来の役割は市場経済原則を基本としつつ,市場メカニズムだけではうまくいかない領域において国民の公共的需要を充足するため,行政サービスを提供するとともに,民間部門が持てる活力を十分発揮できるような枠組みを整えることにあると考えられる。その意味で,公共部門の守備範囲の見直しは避けて通れない課題である。

「大きな政府」が弊害をもたらすとすれば政府規模にはおのずから適正な範囲があると考えられる。もちろん,将来時点での適正な政府規模をあらかじめ決めておくことはできない。何故なら,将来どのような財政需要が生じてくるか現段階では完全に予見できないからである。しかし,政府規模が拡大しても,国民各層の連帯感を損う場合には,それ自体の維持が困難になってくることは,欧米の経験にみられるとおりである。いずれにせよ,日本経済が経済パフォーマンス面で欧米諸国に対して優位性を維持していくための一つの条件として,政府規模を西欧以下に抑えていく必要性は大きいと考えられる。それには今のうちから公共部門の効率化を図り,政府規模の拡大に歯止めをかけておかねばならない。

また,こうした支出面での抑制努力を背景として,国民の負担についても,幅広い合意が得られるような条件を整えていく必要がある。そのうち一つの重要な前提条件は,負担の公平が確保されることであることはいうまでもない。今後の財政改革に当っては,こうした長期的視点を常に念頭においていく必要がある。

2. 公的規制等の見直しと公共投資の効率化

(公的規制等の見直し)

公共部門の効率化について考える場合,公共部門の活動そのものの効率化と並んで,民間活動に対する公的規制等についての見直しが必要である。政府の役割は,先にみたように市場メカニズムによる民間活動だけでは十分に国民のニーズが充たされない分野について,国民の負担を前提に効率的な公共サービスを行うとともに,民間部門が十分効率的に活動できるような枠組みを整えていくことにある。公的な規制もこうした観点から,本当に必要な規制は一層充実を図るとともに,国民のニーズに合致せず,非効率性のもとになっているものがないかどうか,全面的な再検討が必要とされている。

わが国のみならず,欧米主要国においても政府が民間の経済活動を規制する例が少なくない。そうした政府規制は,特定の業種について新規参入,生産・販売数量,価格等を規制する経済的規制と公害防止,労働条件,衛生等について規制を加える社会的規制とに大別される。ここでは,政府による経済的規制に焦点を当てて検討してみよう。

経済的規制が導入されたのには,それなりの歴史的背景がある。すなわち,1930年代の世界恐慌を経て,「自由経済だけでは万事うまく行くとは限らず,むしろ政府の役割を増大させるべき」との観点から政府規制は経済の各分野に次第に広がってきたのである。しかしながら,1970年代に入って,2度の石油危機もあり,欧米主要国では経済パフォーマンスの悪化が目立ってきた。このため,欧米主要国においては,経済の再活性化を図るため,財政金融両面からの緊縮策の推進と併行して,市場メカニズムの活用による民間活力の向上を目指して政府規制のあり方について再検討する動きが広範化してきている。例えばアメリカでは,1978年に国内航空業について参入規制,料金規制が緩和されたのを皮切りとして,その他の運輸業,銀行業,エネルギー産業,通信業などにおいても規制緩和が実施されてきている。また,イギリスでも運輸,通信業を中心に規制緩和が実施されている。

次に,わが国における政府規制の現状についてみてみよう。

公正取引委員会の試算によれば,経済全体の生産金額のうち,何らかの形で政府規制の対象になっている生産金額は41.4%,とくに政府規制の強い分野の生産金額は18.7%となっている。

政府規制の強い分野とは,公正取引委員会の定義によれば事業活動に関して,免許,許可,認可による参入規制及び設備,数量又は価格にかかわる規制が併せ行なわれている産業分野をいう。

一方,業種別にみると,政府規制の強い分野の同一業種内でのウエイトが比較的高いのは,金融・保険・証券,電気・ガス・水道・熱供給業,運輸・通信業,農産水産業,鉱業,サービス業(クリーニング,理容等)などとなっている。

政府規制が導入されたのには,理由があってのことである。また,こうした政府規制の有無または政府規制の程度が当該業種の経済パフォーマンスにいかなる影響を与えているかを定量的に把握するのは容易ではない。しかし,政府規制の存在が,次のような観点から各業種の経済パフォーマンスに影響を及ぼしていることがないか十分吟味し,国民経済的見地から絶えず見直していくことが必要である。

その1は,政府規制の存在がかえって企業の政府への安易な依存を招き,経営の自己責任原則が希薄化していることはないかという点である。

その2は,政府規制があるが故に,企業が経済情勢の変化や消費者,ユーザーのニーズの変化に即応できないことがないかという点である。

その3は,政府規制によって自由な新規参入が抑制される結果,効率の悪い限界的企業の温存を招き,経済効率性の低下につながる可能性があることである。また,輸入規制が行なわれている場合には,国際競争力の低下につながる恐れもある。

その4は,価格(料金)規制が,かえって価格の下支え効果を持ち,価格パフォーマンスの悪化を招いていないかということである。

このほか,第2章でみたように,公共的事業に民間活力を導入する場合,各種の開発規制等との調整が必要となることが考えられる。これらの規制は,社会的,経済的要請から必要なものも多いが,運用面では手続きの簡素化等で見直しの余地がないか検討が必要である。

(公共投資の効率性の確保)

財政制約下では,財政支出の総枠をある程度の期間にわたって抑制していかざるを得ない。従って,公共投資のあり方についても限られた財源の中で効率性を確保する観点から再検討が必要であり,次のような指摘が行なわれている。

まず,社会資本の整備という観点からは,公共投資は逆に民需の埋め合わせということではなく,その質を検討し,経済全体からみて資源配分の歪みを生じないように留意する必要がある。また,国民のニーズの方向を見極め,現在及び将来の世代に真に必要となる社会資本投資でなければならない。その意味で,圏域ごとの整備の要請に配慮し,目的別配分についても優先度を明確化しなければならない。また,各プロジェクトのコスト・ベネフィット(費用・便益)関係をできる限り明確にし,追跡調査を行なうことも必要である。

さらに,マクロ経済との関連では,不況期に公共投資の景気調整機能を活用することは必要であるが,それもあくまで長期的にみて効率性の保証されたものでなければなるまい。

3. 結  び

市場経済社会における公共部門の役割は,一つには市場機構によっては十分に充足されない国民の公共的ニーズを政府活動を通じて充たしていくことである。しかしその活動が適正な範囲を越えて拡大し,いわゆる「大きな政府」を形成するようになると,それは市場経済の円滑な活動をかえって阻害する恐れがある。先進諸国の例をみると,こうした「大きな政府」の要因は往々にして移転支出の肥大化による場合が多い。しかし同時に経常支出や投資支出についてもそうした事態が生じる可能性は否定できない。したがって財政支出を伴う政府活動を真に公共的に必要な分野に集中し,かつその効率化を図っていくことが求められていると考えられる。

公共部門の第二の役割は,市場機構による民間経済活動が円滑に行なわれるような枠作りをしていくことである。そのためには国民的合意の上に立って,必要な経済的規制および社会的規制を整えると同時に,社会環境の変化に伴って不必要となる規制の見直しを絶えず行っていくことが必要である。

以上二つの活動を通じて,国民の公共的ニーズを最も効率的に充たすと同時に,民間の市場経済活動が十分効率的に行なわれるようにしていくことが公共部門の活動に対して現在求められている最も重要な課題であるといえよう。


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