昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
56年度のわが国経済が鈍い景気回復過程をたどったなかで,個人消費の動向をみると,①55年度に比べ回復を示したものの,その伸びはかなり緩やかであったこと,②鈍い景気回復のなかでもたらされた需要別,規模別跛行性が,勤労者世帯と一般世帯,勤労者世帯の中でも勤め先の企業規模別といった形で家計の収支に影響を支えたことが特徴としてあげられよう。以下では,56年度の国民生活をこれらの特徴にそってみていくこととしよう。
個人消費支出の推移を国民所得統計でみると,民間最終消費支出は前年度比で55年度名目7.2%増,実質0.3%増のあと,56年度は名目5.5%増,実質1.4%増となった。55年度に上昇した民間最終消費デフレーターがかなり落着いたことから,実質では回復となった。しかし,第一次石油危機後の49年度(前年度比実質0.8%増)を下回る停滞を示した55年度のあとの回復としては,かなり緩やかなものであったといえよう( 第12-1表 )。四半期別の推移をみると,前年同期比で55年10~12月期に実質0.1%増とボトムを打ったあと,期を追って伸び率を高めてはきたが,その程度は小さく,56年10~12月期でも1.0%増にとどまった。しかし,57年に入り物価の安定化がさらに顕著になったこともあって,1~3月期には3.3%増の伸びとなった。以下では,こうした消費の動向を世帯の種類別に検討してみよう。
まず,ウェイトの大きい勤労者世帯の消費支出を「家計調査」でみると,前年度比で名目では55年度6.8%増のあと,56年度5.4%増と若干伸び率を低下させた。しかし,消費者物価の落着き(55年度7.8%上昇,56年度,4.0%上昇)から,実質では,55年度0.9%減のあと,56年度は1.3%増と増加に転じた。なお,年度中の推移を四半期別にみると,56年1~3月期に前年同期比で4期ぶりに増加に転じたあと,4~6月期には物品税等引上げ前の駆け込み需要などもあって,実質2.6%増と伸び率を高めた。しかし,その後は一進一退の状況が続き,57年1~3月期になって,消費者物価の落着きが顕著になってきたこともあって,回復の動きを続けるようになった。
なお,消費支出の内容を費目別にみると,56年度は被服及び履き物が6年連続実質減少となったほか教育,食料,家具,家事用品の4費目が実質減少となったが,その他の費目は実質増加となった。とくに,自動車等関係費の大福増加を主因に増加となった交通通信や,教養娯楽,その他の消費支出のなかのその他(こづかい(使途不明),交際費,仕送り金)など,選択性の強い費目での増加が目立った( 第12-2表 )。
次に,実質消費支出が増加に転じた背景として,まず所得面の動きをみてみよう。56年度の実収入は,前年度比で名目5.0%増と55年度の伸び(7.4%増)をかなり下回った。このため実質でも1.0%増と,マイナスとなった55年度に比べ回復はしたものの,その伸びは弱いものであった。内訳をみると,世帯主収入は企業業積の伸び悩みから,臨時収入・賞与が低い伸び(実質では2年連続減少)となったこともあって,実質0.8%増にとどまった。このように世帯主収入が低い伸びとなったことには,後でみるように今回の景気回復過程での特徴の一つである企業業績の規模別跛行性が影響しているといえよう。一方,妻の収入は実質4.8%増となり,55年度に引続き56年度も家計収入を支える役割りを果たした。他の世帯員収入は55年度実質7.2%増のあと,56年度は2.7%減と減少に転じた( 第12-3表 )。
以上のような実収入の動きに対して,税金や社会保障費などの非消費支出は,前年度比で55年度名目13.4%増のあと,56年度も13.1%増と依然高い伸びを続けた。このため可処分所得は56年度名目で3.9%増,実質では0.1%減となり,わずかではあるが55年度に引続き2年連続の減少となった。これは四半期別にみると,前年同期比で55年1~3月以降,56年10~12月期まで実質減少が続き,57年1~3月期に9期ぶりに実質増加となった。
実質可処分所得が微減となったなかで,実質消費支出の回復をもたらした要因は平均消費性向の大幅な上昇である。56年度の平均消費性向は79.4%と55年度(78.2%)を1.2ポイント上回り,46年度(80.0%)以来の高い水準となった。実質可処分所得が減少した場合には,実質消費水準を維持するために平均消費性向が上昇するメカニズムがあるが,56年度についてみればその影響は少ないものとみられる。つまり,本報告でみたように,雇用環境は55年度に比べやや弱含んだため,その面で平均消費性向を引下げる方向に働いた。しかし第1次石油危機後に比べると安定した経済環境が続いていることにより,消費者の意識は緩やかに回復してきており,加えて56年度の消費者物価の落着きが顕著となったことから平均消費性向は上昇したといえよう。
一般世帯の消費支出は,前年度比で55年度名目5.6%増,実質2.0%減のあと,56年度は名目2.1%増と伸び率を大幅に低下させ,実質では1.8%減と55年度に引続き大幅な減少となった。ただ,四半期別に前年同期比でみると55年4~6月期に実質減少に転じ,56年4~6月期には4.9%減とボトムとなったあと,マイナス幅を縮小させ57年1~3月期には,1.8%増と8期ぶりにプラスに転じた。
世帯主の職業別に一般世帯の消費支出をみると,前年度比で56年度は法人経営者を除きいずれの職業でも実質減少となり,また自由業者を除いて2年連続の実質減少となった。一般世帯の約3分の2を占める個人営業世帯では,55年度2.0%減のあと,56年度はマイナス幅を縮小はしたものの0.5%減となった。個人営業世帯はその9割が従業員1~4の職人,商人で占められており,最終需要との関連でみると,民間最終消費,住宅投資など家計部門に対する依存度が高いものとみられる。こうしてみると,56年度の個人営業世帯の実質消費支出が減少幅をかなり縮小したとはいえ,依存マイナスに留まったのは,個人消費の回復が緩やかなものであったため,個人営業世帯の所得伸びが鈍かったことによるものと考えられる。また,56年度の動きを四半期別にみると,個人営業世帯も一般世帯の動き同様,実質消費支出はマイナス幅縮小から56年10~12月期には増加に転じているが,こうした動きの背景となっているのも,民間最終消費支出の回復であるといえよう( 第12-4表 )。
56年度の農家世帯の家計収支動向を農林水産省「農家経済調査」でみると,農家所得は前年度比5.5%増と55年度の伸び(2.2%増)をかなり上回った。これは農外所得がア 景気回復テンポが鈍い,イ 労働力需給も弱含みて推移した,ウ 消費者物価の落着きなどから,55年度8.3%増のあと,56年度は6.5%と伸び率は低下したものの,農業所得は55年度に冷害を主因に15.5%減と大幅に減少したあと,56年度は,1.9%増とわずかながらもプラスに転じたためである。農業所得が回復したのは収入面で農業粗収入が稲作収入がかなり増加となったほか,野菜,果樹,養豚収入の増加により5.5%増(55年度1.1%減)となったためである。ただ,支出面で農業経営費が肥料,飼料等の増加により,農業粗収益の伸びを上回る7.9%増となったため,農業所得の伸び率としては低い伸び率としては低い伸びにとどまった。
以上のように,農家所得の伸びが高まったことから,農家所得に「出かせぎ被贈扶助等の収入」を加えた農家総所得は56年度6.0%増と55年度の伸び(5.1%増)を上回った。また,農家総所得から租税公課諸負担額を差引いた可処分所得も5.2%増と55年度の伸び(4.0%増)を上回った。
このように,所得の伸びは高まったものの平均消費性向が55年度に大幅に上昇したこともあって,56年度は83.0%と前年度(概算値)に比ベ1ポイント低下した。従って,家計費(現金支出)は前年度比3.6%増と55年度の伸び(7.3%増)をかなり下回った。しかし,農家の生活資材購入価格は家計光熱を中心に全般に落着いた動きを示し,前年度比3.5%上昇と55年度の上昇率(8.5%増)を大幅に下回った。このため,実質家計費現金支出は55年度1.1%減のあと56年度は0.1%増とほぼ横ばいとなった。内訳を実質の伸び率でみると,住居費,被服費は減少となったものの家計光熱水道料,飲食費,雑費は増加となった( 第12-5表 )。
56年度経済の特徴の一つとして,景気回復が鈍いなかで,過去の景気回復局面と比べ業種間,規模間の跛行性が目立ったことがあげられよう。こうした跛行性が家計の収支にどのような影響を与えたのかを次にみてみよう。
世帯主の勤め先企業の規模別に56年度の収入の動きをみると,大・中堅企業(規模30人以上)に勤める世帯に比べ,小規模企業(規模1~29人)に勤める世帯の方が,実収入の伸び率が1.4ポイント低くなっている。世帯主収入でみると大・中堅企業では56年度5.4%増に対し,小規模企業では3.8%増と格差はさらに拡大している。これは,定期収入での格差が1.0ポイントある上に,臨時収入,賞与が大・中堅企業規模では4.6%増に対し,小規模企茉では1.8%減と大きく差がついていることによるものである。小規模企業の業況の厳しさが,このような臨時収入・賞与の悪さにつながったといえよう。
以上のように,実収入での格差がついていることから,実質実収入並びに実質可処分所得ともに,大・中堅企業では55年度減少のあと56年度は増加に転じたのに対し,小規模企業ではマイナス幅はかなり縮小したものの,55年度に引続き減少となった。平均消費性向は両世帯とも上昇し,実質消費支出は大・中堅企業では56年度1.6%増と55年度の0.9%減からかなりの回復となったが,小規模企業では,55年度1.9%減のあと,56年度も0.1%減とわずかではあるか2年連続の減少となった( 第12-6図 )。
次に所得階別に収人,並びに消費の動きについてみてみよう。年間収入5分位階級別から所得の低い第I分位,平均的な第III分位,高所得層の第V分位の3つの分位について実質消費支出の伸び率をみると,56年度はいずれの分位でも55年度マイナスのあとプラスに転じている。また,第V分位の伸び率がやや高いもののいずれの分位とも1%台の伸びとなっており,55年度の実質消費支出の落込みが低所得層程大きかったのに対し,56年度は分位間の消費支出伸び率の差は縮小したといえよう。
こうした消費支出増加の要因を実収入,非消費支出,平均消費性向の3つの寄与度に分けて考えてみると,第一に実収入は第I分位ではマイナスとなっているのに対し,第III分位はプラス,第V分位ではさらにプラス幅が大きくなっており,55年度に引続いて分位間の格差が広がっている。企業規模別にみて,大企業に勤めている世帯主ほど高い伸びとなっているが,世帯主収人の水準でみても視模間の格差は開いており,こうしたことが分位間格差の背景となっているといえよう。
次に,非消費支出の寄与度をみると,低分位ほどマイナスの寄与度が小さくなっているが,収入に比ベ各分位ともかなり大きな寄与度となっている。この結果,可処分所得(実収入-非消費支出)の寄与度としては,第V分位はわずがなマイナスとなったが,低分位ほどそのマイナス寄与度は拡大した。このように実質可処分所得がマイナスとなるなかで,実質消費支出がプラスとなったのは,各分位とも平均消費性向が大幅に上昇したためである。また,低分位ほど平均消費性向のプラス寄与度が大きくなっており,これが各分位間の実質消費支出の伸び率の格差を縮小させた要因であった( 第12-7図 )。