昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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11. 労  働

昭和56年度の雇用・失業情勢をみると,労働力需給は年度後半その改善に足踏みがみられるなど,改善傾向が確かなものとなるには至らず,57年にはいってからは,むしろ弱含みの動きが目立っている。一方,就業者,雇用者の伸びは年度を通じ比較的堅調に推移した。総じてみて,55年度にみられた傾向が56年度にも引き続いたとみてよいであろう。

本章では,まず56年度も回善傾向に足踏みがみられた労働力需給について触れたのち,堅調さを維持した雇用者の実態について説明する。そのあと,現在高い水準となっている完全失業率について,その動きを労働力状態の中での位置付けに留意しつつ検討しよう。最後に,個人消費と深い関係を持ち,特に56年度には予想されたものとは異なる動きを示したため,とりわけ注目を集めた賃金の動きに触れることとしたい。

(1) 労働力需給

昭和56年度の労働力需袷は,回復を期待されながらもその動きは弱いものにとどまった。特に57年に入ってからは,求人倍率は後にみる完全失業率と同様(新規,有効とも)再び緩和の方向ヘ向かい,労働力需給はこのところ弱含みの動きが目立っている。

第11-1図 は求人倍率の分子となる求人と,分母となる求職者の動きを追ったものであるが,55年度,56年度を通してみると,求職者は増加,求人は減少の方向に動いており,いずれも求人倍率を低下させる方向で推移してきたことがみてとれる。

だだし,56年度を通して常に弱含みの動きが見られたわけではなかった。その動きを詳しくみると次のようになる。56年4~6月期は前年度から引き続いた緩和傾向が一つの底に達した。その後,7~9月期には若干の改善がみられ,回復に転じることを期待させた。しかし,10~12月期には改善に足踏みが見られるようになり,更に57年にはいってからは,輸出の伸びの停滞が組立・加工業種の労働力需要に影響を及ぼすようになり,再び緩和の動きがみられるようになった。大きく分けて,年度前半は需給緩和の一つの底から回復に転じようとした時期,年度後半は回復の動きに足踏みがみられ,その後再び弱含みに転じた時期と性格づけることができよう。

以上の結果,年度をならしてみると,56年度平均の有効求人倍率は前年度を下回り,55年度の0.73倍に対し,0.67倍となった。

第11-1図 求人,求職者の推移

(2) 雇  用

(堅調さを維持した雇用)

労働力需給は年度をならしてみて弱含みとなったが,雇用者の伸びは堅調さを維持した。総理府統計局「労働力調査」でみると,56年度の非農林業雇用者の伸びは対前年度比1.3%増となり,55年度の伸び(2.6%増)は下回ったものの,堅調さを維持した。30人以L規模の常用雇用を労働省「毎月勤労統計」によってみても,55年度の対前年度比1.6%増に対し,56年度は同1.8%増となっている。

第11-2図 産業別にみた雇用者の推移

本項では,上に概略を示した雇用の動きについてその実態,背景を検討するが,まず,産業別にみた雇用者の動きを「労働力調査」によってみよう。 第11-2図 によってみると,この図に掲げた産業には,卸売・小売業を除く各産業において何らかの形で増勢に屈折が生じている。製造業では,56年7~9月期におそらくは夏季減産の影響から雇用者が減少し,2四半期の回復を経た57年1~3月期においても,その水準は56年4~6月期のそれをわずがに上回るにとどまっている。建設業でも,民間住宅を中心とした建設需要の不振から,56年度を通じて横ばい気味で推移している。また,商業,サービス部門においては,卸売・小売業が堅調な伸びを続けた一方,サービス業(公務を除く)では年度後半減少しており,これまでのすう勢からやや下方にずれた動きを示した。

(差がみられる男女別の動き)

男女別での増減の状況に差が目立ったのも,55年度に引続いて56年度でもみられた特徴であった。非農林業雇用者の増減(対前年度比)を男女別にみると,男子は55年度2.0%増から56年度0.8%増となったのに対し,女子は55年度3.9%増のあと56年度2.5%増と男子を上回る伸びを示した。このような男女間の増勢の差は,第1に,例えば製造業において男子0.3%増,女子2.3%増と女子の増加率が高いというように,各産業において男女間で増勢の差がみられたこと,第2に建設業(56年度対前年度比0.5%減),運輸・通信業(同1.8%減)のような男子の割合が大きな産業で雇用者が減少したところがあった,という具合に産業間の増減率の違いが反映したこと,などの要因が影響している。

なお,臨時・日雇雇用者は56年度対前年度比で3.5%増加したが,これも,男子0.7%増,女子5.4%増と女子での増加が目立った。これは,男子の臨時・日雇雇用者で大きな比重を占める建設業からの需要の停滞によるものと思われる。

(活発な新規学卒採用)

以上述べたような特徴はあったが,雇用の増勢が労働力需給の状態に比べて堅調さを維持したのは確かである。こうした堅調な伸びは,4月の学卒者を中心とした新規採用が高水準を維持したこと,また,企業が雇用調整を本格化させるに至らなかったこと等に大きく影響されている。ここでは,新規学卒者が集中して入職する4月の入職状況を確認しておく,4月の入職率は,学卒入職者の増大を背景に,ここ数年高まり続けてきた。「毎月勤労統計」で30人以上規模事業所の採用率(入職率のうち事業所間移動を除いたもの)をみても,4月については54年3.9%のあと55年4.5%,56年4.6%と高まり,57年も4.6%となった。とりわけ,製造業大規模(500人以上)事業所においては拡大が目立ち,54年の2.7%から,55年3.6%,56年4.5%と拡大したあと,57年4月も4.4%と高い水準となった。

57年4月においても,労働力需給が弱含みに推移しているなかで,高い水準の採用がなされたことには,採用決定時期の56年秋には景気の回復が期待され,労働力需給にも回復の動きが見られた点も寄与していると思われる。

しかし,新卒者を多く採用したことが中途採用者に対する需要に影響を与えたことは否定できない。このことを,30人以上規模事業所における入・離職状況によって検討しよう。上のような傾向は,製造業ではっきり認められる。すなわち,55年度,56年度とも,年度前半には4月を中心におおむね入職超過であったのが,年度後半には離職超過の月が続くようになっている( 第11-3図 )。とくに,56年度には後半における離職超過の傾向が目立ってている。そして,この動きには,56年度後半に入職率が低下してきたことが効いている。こうした点から年度後半には中途採用が抑制されたことがみてとれる。これには,年度後半における生産の停滞に加え,4月の新規学卒者の採用が多かったことも影響しているとみてよいであろう。

入離職率の動きを,今度は事業所規模別に検討し,その特徴点をあげると次のとおりである(前掲 第11-3図 参照)。

まず,特徴的なことは,総じてみて,大規模事業所に比ベ中小規模事業所で離職超過となる傾向が相対的に強かったことである。30人~99人規模事業所では,500人以上規模事業所と比較すると,55年度においても後半離職超過となっており,同様の傾向が56年度にもみられる。

もう一つの特徴は,500人以上規模においても,56年度後半になって離職超過の動きがみられるようになったことである。これは,それまで相対的に強い雇用増を示してきた大規模事業所においても,ここに来て弱含みの兆しが現わわれたことを示したものと考えられる。

第11-3図 製造業における入・離職率の推移

以上のような推移を55年度,56年度に示した後の57年4月の入職率は再び高いものとなった。しかし,前年度までの経験からみて,これが継続的な雇用増を意昧するものと判断を下すことはできない。今後の雇用者の推移は中途採用者の動きに影響されるであろうし,中途採用者がどのように推移するかは今後の需要,生産の動向に左右されることになろう。

(3) 労働力・失業

(男女別にみた労働力率の動き)

56年度における労働力率(=労働力人口/人口)の動きの特徴は,男女間でやや異なる動きがみられる点である。すなわち,男女別にみた労働力率は56年末から57年初にかけて,男子で低下し,女子で上昇するという相反した動きを示した。これが就業者や失業者の動きとどのように関連付けられるかは後出の項目で検討することとして,ここでは,この動きがどの年齢階級,どの配偶関係によって影響されているかという動きを検討しよう。

まず,男子の労働力率について,年齢別に検討しよう。 第11-4図(2)及び(3) には25歳から44歳まで(この年齢層の労働力率は高水準で,ほぼ安定的に推移している)を除く年齢階級の労働力率を掲げてある。これらは,必ずしも統一的な動きをしているのではないが,それぞれ56年末ないし,57年初めを底とする低下傾向及びその後の上昇傾向が共通して認められる。なお,4月以降の労働力率の上昇は若年層でより強くみられることを指摘しておく。

次に,女子の労働力率を配偶関係によって分けてみよう。女子でみられた動き(56年末から57年初にかけてみられた水準の高まり)は有配偶者で強く現われていると思われる。また,未婚者は,57年4月以降労働力率が高まっており,この点は男子の若年層の動きと類似している( 第11-4図(4) )。

(高水準の失業)

完全失業率は,労働力需給にほぼ即応した動きを示した。すなわち,4~6月期に平均2.31%に達したあと,7~9月期には2.16%に低下し,その後10~12月期2.17%のあと,求人倍率が低下した57年1~3月期には,完全失業率も上昇して2.23%となった。この動きを男女それぞれ年齢別にみると, 第11-5図 のとおりとなる。

第11-4図 男女別,属性別にみた労働力率の動き

完全失業率をこれまでにみた雇用,労働力の動きと関係付けてみることは難しいが,ここでは,簡単な恒等式を用いて完全失業率を含めた労働力状態の諸指標の動きを関連付けてみよう。

第11-5図 年齢別にみた完全失業率の推移

第11-6図 は人口,労働力率,就業者率(=1-完全失業率),非農林業雇用者比率(=非農林業雇用者/就業者)の4指標を非農林雇用者の変動の要因分解の形で表示したものだが,これによると,56年度後半からの雇用者の伸びの鈍化が,完全失業者の増加に直結するのではなく,他の要素の変動により吸収されていることがわかる。例えば,男子では56年7~9月期からの雇用者の伸びの鈍化が完全失業者の増加につながらず,56年7~9月期は他の従業上の地位(自営業主,家族従業者)に属する就業者の減勢鈍化により,それ以降は労働力率の低下により吸収されたものと考えられる。

第11-6図 非農林業雇用者を中心とした労働力状態の変化

第11-7図 部門別にみた製造業からの離職者

完全失業者の動きには離職者の動向が大きくかかわってくる。 第11-7図 によって,雇用保険を新たに給付されることになった離職者の動きをみると,55年度,56年度に増加傾向が見られる。特に,最近は,組立・加工業種からの離職者が目立つようになってきており,完全失業者の動向への影響が注目される。

(4) 賃  金

賃金,労働時間については,本報告第I部第1章に詳しく述べられているので,ここでは,賃金の伸びを年度平均でみておく。 第11-8図 にみるとおり,56年度の現金給与総額の伸びは5.1%増と55年度の6.0%増を下回った。主要企業の春季賃金交渉の結果が前年度を上回ったのにもかかわらず,こうした結果に終わった原因としては,①賞与の伸びの鈍化,②所定外労働時間の減少に伴う所定外給与の伸びの鈍化,③中小規模事業所における賃上げ率が前年に比べて小幅であったこと,の3つが大きな要因として考えられよう。

なお,実質賃金は,物価の落ちつきから,55年度1.7%減から56年度1.1%増と改善している。

また57年の春季賃金交渉の妥結率は主要企業で7.0%となっている。

第11-8図 55年度と56年度の賃金上昇率


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