昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
第2次石油危機を契機として急騰した卸売物価は,55年半ば以降急速に落ち着きを取り戻し,56年度中も鎮静状態を続けた( 第10-1図)。この結果,卸売物価上昇率は56年度平均では1.4%,年度間(57年3月の前年同月比騰落率)でも3.0%にとどまった。
56年度における卸売物価の動きを四半期別にみると( 第10-2表 , 第10-4図 )。55年10~12月期に遂に下落に転じた卸売物価は,56年1~3月期も下落を続けた。4~6月期に入ると,輸出入品が円安や高値原油入着から上昇し,国内品も石油製品の値上げや,酒税,物品税の引上げ等から上昇に転じたため,全体としては前期比1.1%の上昇となった。しかし,その他の国内品は引き続き安定した動きを示した。類別にみると,石油・石炭・同製品,鉄鋼,食料品,輸送用機器が上昇した一方,パルプ・紙・同製品,化学製品が下落した。
続く7~9月期においても,円安の影響から輸出入品が上昇し,国内品も夏季電力料金の適用や,石油製品の値上がりを主因に上昇したため,全体としては前期比1.4%の上昇となった。類別には,これらを反映して石油・石炭・同製品,電力・ガス,鉄鋼,食料品等が上昇した一方,非食料農林産物,金属製品等が下落した。
10~12月期に入ると,為替相場が円高となったことから,輸出品,輸入品とも下落に転じた。国内品も石油製品の上昇があったものの,需給の緩和や夏季電力料金の通常料金への移行などから落ち着いた動きを示し,全体としては0.1%の下落となった。類別にみても下落品目は,電力・ガス,鉄鋼,非鉄金属等,素原材料を中心として17類別中10類別に及んだ。
57年1~3月期においても落ち着いた動きが続いた。為替相場は年初から再び円安化し,この影響から輸出入品がやや上昇したものの,国内品は石油製品の落ち着きもあり,保合いとなったため,前期比0.3%の上昇にとどまった。類別には,輸送用機器,石油・石炭・同製品,繊維製品,製材・木製品等が上昇し,非鉄金属,食料品等が下落した。
4~6月期に入っても前期比0.3%の上昇と,なお安定した動きを続けている。為替相場は4月中旬から5月上旬にかけて一時上昇したものの,期中平均では円安となったことから輸出入品は上昇した。一方,国内品は需給の緩和が続く中で,市況性商品を中心に下落を示し,鎖静化の度を一層強めた。類別には,石油・石炭・同製品,金属素材,鉄鋼等が上昇したものの,製材・木製品,化学製品,非鉄金属等が下落した。
このように卸売物価は,55年半ば以降急速に鎮静化し,56年度中も引き続き落ち着いた動きを示した。以下では,こうした鎮静状態が続いた背景を,輸入物価,国内需給,賃金コストの各要因に分けてみてみよう( 第10-3図 )。
卸売物価の落ち着きの第1の要因は,輸入物価の落ち着きである。54年から55年にかけての卸売物価上昇は,その原因の大半が輸入物価上昇の影響に帰せられるが,その輸入物価は,55年半ば以降急速に鎮静化した。56年度には,為替円安や原油値上がりの影響から上昇したものの,その上昇幅は54年,55年に比べると格段に小幅化している。
これは,53年末以降の石油ショックによる原油価格高騰の影響が,56年春頃にはおおねむ一巡したこと,また,非鉄,穀物等,原油以外の海外一次産品価格が世界的な景気停滞を映じて軟調に推移したことによるものである。
第2の要因は,国内面において,緩漫な景気回復を背景として需給の緩和傾向が続いたことである。 第10-3図 により需給要因の推移をみてみると,55年半ば以降総じて卸売物価引き下げ要因として作用したことがわかる。また,卸売物価上昇寄与度を国内品,輸出入品別に分けてみてみると(前掲 第10-4図 )。国内品はこれらを反映してきわめて安定した動きを示している。一方,輸出入品は,為替円安や原油値上がりの影響から上昇を示した。しかし国内需給の緩和が続く中で,石油製品等一部の品目を除き,国内製品価格への目立った転嫁はみられなかった。
また,加工段階別によって56年度中における価格波及状況をみても,全体の4分の3を輸入品が占める素原材料は,前年度比6.3%の上昇となったが,中間品は0.9%の下落,完成品は2.2%の上昇と,中間品完成品への価格波及は,極めて軽微なものにとどまった。なお後にもみるように,商品市況の動きには,こうした状況がより明らかに現われた( 第10-5図 )。商品市況は卸売物価と同様に56年半ばに主として円安の影響から上昇を示したものの,総じて軟調地合いの動きで終始した。
卸売物価の落ち着きの第3の要因は,賃金コストの落ち着きである。賃金コストは,56年度中を通じて物価上昇要因であったが,その影響は軽微なものにとどまった(前掲 第10-3図 )。これは賃金上昇率が比較的穏やかなものであったことに加え,稼動率の落ち込みも小幅にとどまったためである。
さきにみたように,商品市況は全般に低迷状態が続いたが, 第10-5図 により商品市況の変動要因を為替要因,海外要因及び需給要因に分けてみてみよう。
為替要因は,とくに56年4~6月期から7~9月期にかけて円安傾向が続いたため,市況押し上げ要因として作用した。しかし,非鉄,穀物等の主要海外原料品市況が56年度中を通じて低迷を続け,また,国内需給も引き緩み傾向が続いたことから,海外要因,需給要因とも市況引き下げ要因として働いた。このため商品市況は,55年度後半ほどの落ち込みではなかったものの,全般に軟調に推移した。品目別にみても,棒鋼,銅地金,木材,塩化ビニル樹脂,砂糖,天然ゴム等,数多くの品目で下落がみられた。
56年度の消費者物価指数(全国,55年=100)は105.7で前年度比上昇率は4.0%と,第2次石油危機の影響から7.8%の上昇を示した55年度に比べかなり安定した動きとなった。年度中の動きをみても,前年同月比上昇率で56年3月に6%であったものが,4月には5%台,6月には4%台に低下し,8~12月は4%前後で推移した。さらに57年に入ると1月,2月は3%台になった後,3月には2,8%と54年4月以来3年ぶりに2%台に低下した。
品目の性格によって区分した特殊分類別の前年度比上昇率をみると,商品が,3.8%,サービスが4.6%と,ともに落ち着いた動きとなっている( 第10-6表 )。特に前年度8.5%の上昇を示した商品の安定化が著しい。これは,55年度に原油等輸入原材料価格高騰の影響によりかなりの上昇を示した工業製品及び電気・都市ガス・水道が,その影響一巡により鎮静化したことによるところが大きい。
次に56年度の推移を四半期別前期比でみると,56年4~6月期には生鮮野菜が大幅に値下りしたものの,夏物衣料の出回りに加え,生鮮果物や一部の公共料金(授業料,国鉄・私鉄運賃等)の上昇により1.6%の上昇となった。もっとも衣料,公共料金等は例年季節的に上昇がみられる時期であることから,季節調整値では前期比0.5%の上昇にとどまった。続く7~9月期には,生鮮野菜や夏物衣料が下落した一方,石油製品(ガソリン,灯油)や生鮮魚介が値上がりしたことなどにより,0.3%の上昇となった(季節調整値では0.9%の上昇)。
10~12月期には1.1%(季節調整値でも1.2%の上昇)とやや上昇率が高まったが,これは衣料が夏物ら秋冬物に切り替わったほか,乳卵等が値上がりしたことよる。57年1~3月期に入ると,生鮮果物や交通の上昇はあったものの,冬物衣料,乳卵等の値下がりのほか,この時期に価格が高騰することの多い生鮮野菜が落ち着いて推移したため,前期比保合いと落ち着きを増した(季節調整値では0.4%上昇)。
以上のように,56年度を通じて消費者物価は落ち着いた推移を示したが,その基本的背景として,まず第1に,一般商品に関しては,前述のように卸売物価,特に消費財卸売物価が鎮静化していたことがあげられる。また,消費動向が落ち着いていたことが需要面からの上昇圧力も弱く,またその結果として,流通コストが圧縮された点も影響している( 第10-7表 )。
第2に,生鮮食品,特に生鮮野菜が好天の影響等から落ち着いた推移を示したことがあげられる(第10-9図)。
第3は,公共料金に関し,55年度においては,ウェイトの高い電気・ガス代が大幅に値上げされたのに対し,56年度では私鉄・国鉄運賃,バス代,タクシー代,郵便料,水道料,公立高校授業料などが改定されたものの,人件費の落ち着き等もあって値上げ幅が小幅にとどまったことによるものである(第10-8表 )。
さらに第4として,サービスについても,賃金の落ち着きに対応して安定した推移を示したことが寄与している(前掲 第10-7表 )。
以上のように56年度の物価動向は,第二次石油危機に伴う輸入インフレが一巡し,卸売物価,消費者物価とも安定した推移をたどった。
既にみたように卸売物価は,海外からのインフレ圧力の減退に加え,国内の需給引緩みを背景に鎮静化を続け,消費者物価も,卸売物価の落ち着きや,穏やかな賃金上昇率を反映して安定した動きを続けた。
しかしながら,今後の物価動向をみると,原油をはじめとする海外からのインフレ圧力については,なお不確実な要素が残されており,今後とも内外の経済情勢を注視しつつ,物価の安定の維持,確保に努めて行く必要がある。