昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
昭和56年度の日本経済は,第2次石油危機のもたらしたインフレ効果は脱したものの,デフレ効果の克服が遅れ,景気調整が長引いた。56年7~9月期に景気が底に達した後もその後の景気回復テンポは緩やかであり,一進一退の状況を続けた。この間,マネーサプライについて慎重な配慮をしつつ金融緩和政策がとられ,公定歩合は56年3月の第3次引下げ(7.25%→6.25%)に続き,56年12月の第4次引下げにより5.5%となった。これに伴い市中貸出金利も総じて順調な低下を示した( 第9-1表 )。
さらに,量的金融調節の面では,55年10~12月期以降抑制色が緩和され,56年4~6月期には,各金融機関とも原則として自主貸出計画が認められ,さらに57年1~3月には,完全自主計画方式が採用されるに至った。また預金準備率も56年4月に引き下げられた。
一方,マネーサプライの動向をみると,金融政策の緩和を反映して,56年1~3月期を底に回復を示した。
企業金融の面では,金融緩和局面の下で内需の回復が緩慢であったという景気要因と企業の資金調達手段多様化等の構造的要因から,落ち着いた動きを示した。
短期金融市場をみると,金利自由化の進展に伴う国内市場相互間の裁定取引の一層の活発化,55年12月の外為法改正による為替管理の原則自由化に伴う海外市場と国内市場との一体化の進展などが特徴的な動きとしてあげられる。
次に,公社債市場では,年度前半ではアメリカの高金利に影響され相場は軟化したが,年度後半は,アメリカの高金利の低下,債券需給要因の改善もあり,急速な回復を示した。年度前半に,金融緩和局面にもかかわらず,長期金利が上昇した理由については本報告で触れた( 第I-3-1図 , 第I-3-2図 )。一方,公社債の発行条件の動きをみると,公共債は,56年5月,6月,9月と引き上げられた後,57年1月,4月と引き下げられ,事業債は,56年5月,6月,7月,9月と引き上げられた後,57年1月,4月と引き下げられた。
56年度の金融市場は,これまでの最高であった46年度(2兆1,976億円)の余剰を大幅に上回る3兆7,508億円の資金余剰となった( 第9-2表 )。
これを銀行券の動きについてみると,発行超幅がやや拡大し,9,847億円となった(55年度1,915億円)。平均発行残高の前年度比増加率をみると,55年度5.2%増のあと,実体経済の緩やかな展開から56年度は4.8%増にとどまった。年度を通してみると,56年5月を底として増加率は上昇した。
次に財政資金をみると,56年度は4兆6,415億円の払超と,これまでかつてない大幅の散超となった。これは,外為が受超(7,852億円)に転じたものの,一般財政が大幅散超(13兆1,183億円),国債が発行超減(7兆6,916億円)となったことによる。一般財政が払超幅拡大をみたのは,租税,保険収入の増大,公庫の貸付低調等による払超減にもかかわらず,公共事業関係費,交付金,郵便局,国債利払等による払超が大きかったことが主要な要因である。
このような大幅な資金余剰に対して,日本銀行は,貸出の回収,買入手形の実施等により資金の吸収を図った。
一方,短期金融市場の金利は,アメリカの高金利にもかかわらず,資金需給が余剰傾向を示し,金融市場の調節も緩和の方向で運営されたため低下傾向をたどった( 第9-3図 )。特に,56年秋口から57年初にかけては,米国金利の低下,56年12月の公定歩合の引下げもあって,短期金融市場金利はかなりの低下を示した。しかし,57年3月末以降円安対策のため日本銀行が市場調節態度を変化させて短期市場金利の高目誘導を図ったため,短期市場金利は上昇し,強含みで推移している。
56年度のマネーサプライの動向を中心的な指標であるM2+CDの前年比伸び率(平残ベース)でみると,55年夏以降,金融政策が緩和に転換されてからも低下を続けていたが,56年1~月3期の7.6%増を底に回復に転じ,56年10~12月期には10.6%増となった。57年4月以降は,9%台と伸びはやや鈍化している( 第9-4図 )。
このようなマネーサプライの回復の背景については本報告で触れた(本報告 第I-3-15図 , 第I-3-16図 )。56年春先以降のマネーサプライの回復は,通貨需要面からみると,金利水準の低下に伴い,債券等の高利回り資産へのシフトが一巡したことの影響が大きく,実体経済活動の緩やかな回復と物価の安定から取引需要は安定的に推移しており,この面からの押し上げ圧力は軽微であった。
また,こうしたマネーサプライの動きを信用面からみると56年夏場にかけての「対政府信用」の高まり,56年7~9月期以降の「民間向け信用」の寄与度の増大などが指摘できる。
56年度の金融機関の預貸動向をみると,金融緩和が一段と進展するなかで,貸出増加テンポは過去の局面に比較すれば総じてゆるやかなものにとどまった( 第9-5表 )。
まず預金についてみると,全国銀行の実質預金残高(末残)の前年度比伸び率は,55年度の8.5%増のあと,56年度は11.4%と順調な伸びを示した。これは,金利水準低下を反映して,郵貯,債券等の高利回り資産へのシフトが一巡したことが大きな要因であるが,さらに56年6月に期日指定定期預金が新設されたことも影響している。また,外貨預金やCDといった自由金利商品による調達も増加した。
一方,貸出状況をみると,全国銀行貸出残高(末残)の前年度比伸び率は,55年度7.7%増のあと56年度は11.1%増となった。今回の金融緩和進展の中で,全国銀行の貸出は56年度中着実に伸びを高めたが,企業の資金需要が落ち着いていること,金融機関も採算重視の経営姿勢をとっているため貸出について慎重で無理な貸込みがみられず,貸出増加のテンポは過去の局面に比較すれば総じてゆるやかなものとなっている。
また,金融機関を業態別にみると,大企業と中小企業の経済活動の格差が資金需要に影響していることや,窓口指導の緩和等の政策によって,都銀,長信銀の貸出が55年秋口以降緩やかな増勢を辿っている一方,地銀,相互,信金といった業態では,伸び率は都銀,長信銀ほどの回復は示していない。
ここで金融機関の収益状況をみると,全国銀行の経常利益は,55年度下期に,大幅減益となったあと,56年度上期はやや持ち直し,56年度下期もかなりの増益となった。これは年間を通じては利鞘は悪化したものの,下期にはやや回復したこと,金融緩和を背景に預金,貸出など業容が増加したこと,56年央以降債券相場が急速に回復し,有価証券売却損等が大幅縮小したことなどによる。特に都市銀行の経常利益は前年度比1,918億円,36.6%増の7,165億円と史上最高を記録した。
最近の企業金融の特色としては,企業の資金繰り感自体が引締め期も緩和期も総じて落ち着いた動きを示していることがあげられる。
ここで56年度中の企業金融をみると,実体経済の緩やかな展開を背景に,企業の資金需要は落ち着いた動きを示し,資金繰りも緩和傾向をたどった。
企業の資金繰り状況をみると,55年夏に金融緩和政策に転換した後も改善は緩やかであったが,56年央からは大企業を中心に緩和感が浸透してきている。これは,設備資金が全体として底固く推移した一方,在庫資金等後向き需資が在庫調整の進捗から軽減し,増加運転等前向き需資にも動意が乏しく,総じて資金需要が落ち着いていたためである。また,企業の自己金融力が高まっているという構造的要因も関係している。
このような資金繰り状況を企業規模別にみると,大企業では,加工業種,素材業種ともに資金繰り緩和感がかなり浸透してきているのに対し,中小企業では緩和感に乏しいという違いがみられる。資金需要面からみれば,大企業の方が,設備投資の堅調さを反映しやや底固い動きとなっているのに対し,中小企業は,個人消費,建設活動の停滞の影響を受け,運転資金需要も盛上がりに欠け,低調な動きを示した。こうした状況の下で,中小企業の方が資金繰り緩和に乏しいのは,業況の回復が遅れていること,手元流動性の水準が低く外部資金依存度が高いこと等によるものと考えられる。
56年度の公社債市場をみると,年度前半では,アメリカの高金利が先行き不透明感を市場心理に与えたことや円相場の下落等から軟弱な地合いが続いた。年度後半では,アメリカの金利が低下傾向に転じたこと,アキュムレーション方式を採用した新国債ファンド設定に伴う商いが活発化したこと,金融機関のポジション好転から債券の売り圧力が減少し,債券需給が改善したことなどにより,債券市況は急速に回復した。( 第9-6図 )このように,56年度を通してアメリカの金利の乱高下が,円相場に強い影響を与え,相場の変動をもたらしたことは,金利の国際的連動性の強まりを示すものとして注目される。
次に市場の動向をやや詳細にみていくとまず起債市場では,公募発行額は14兆725億円と前年度比0.1%の減少になった。このうち民間債は18,150億円と前年度比66.5%の増加となったものの公共債については国債発行減額の影響をうけ,前年度比8.4%の減少を示し,公共債の発行は昨年度に引き続く減額となった。その他,56年7,8月の2か月間シ団引受長期国債の休債という事態が生じたこと,9月の発行条件引上げ改訂で,国債,事業債等の銘柄間利回り格差が極端に縮小したことも特筆される。
次に流通市場をみると,56年度の公社債売買高は,312兆2,965億円と前年度に比べ22兆3,893億円増加して,初めて300兆円台の大台に乗せた。ただし,その伸び率は7.7%増と低い伸びにとどまった。内訳をみると,一般売買高が178兆779億円と前年度に比ベ37.2%増と順調に拡大したのに対し,現先売買高は134兆2,186億円と前年度に比べて16.2%の大幅減少となった。
一般売買高の拡大については,金融機関,事業法人などが,金融緩和の進展の中で余裕資金を積極的に債券運用に振り向けたこと,証券会社間売買が急増したことなどが主要因としてあげられる。
一方,現先買売高が対前年比減少となり,しかも,売買高総額に占める割合が50%を割ったことは初めてのことであり,その要因としては,CD,TB,外貨預金等現先と競合する商品が増加し,企業の余資運用が多様化したことがあげられる。
次に,56年度の株式市場をみると,金融緩和と外人買いの増加を背景に堅調に推移してきた相場は,56年8月中旬以降海外市場の低迷と外人売り等から下落に転じた。その後は円相場やニューヨーク株式の影響を受け一高一低ながら総じて下落傾向で推移した( 第9-7図 )。