昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
56年度の農業生産は,耕種生産が低温や台風等の影響から前年度比2.3%増と伸び悩み,畜産生産も引き続き需給調整過程にあるなかで,1.2%の増加にとどまったため,農業総合では1.7%増と低い伸びとなり,冷害等による前年度の大きな落込みを回復するには至らなかった( 第7-1表 )。
主要作目についてみると,米の生産は,転作等により作付面積が4.2%減少し,さらに北海道,東北を中心として低温や台風の影響を受けたことから,大きく減少した前年度に比べ5.2%の増加にとどまった。作付面積の増加した麦類は,北海道で風水害により減産したこと等からほぼ前年度並みとなり,豆類は大豆の増加により13.3%増となった。野菜は,春野菜,夏野菜,秋冬野菜ともわずかに増加し,全体では1.2%の増加となった。果実は,りんごが台風等の披害により11.9%減少し,みかんも低温等により2.5%減少したため,果実全体では5.8%減と前年度に引き続き減少となった。畜産は,肉用牛が乳用種の増加により前年度をかなり上回ったものの,豚は前年度に引き続き減少し,ブロイラーは前年度並みとなった。牛乳及び鶏卵は前年度の伸びを上回ったものの,わずかな増加にとどまった。
56年度の農産物生産者価格は,農産物需給が総じて緩和基調で推移したため,総合で前年度比2.8%の上昇となった( 第7-2表 )。
第7-2表 農産物生産者価格,農業生産資材価格の動向(前年度比増減率)
品目別にみると,主要な行政価格は,米の政府買入価格が0.5%上昇し,加工原料乳の保証価格は据え置かれた。一方,市場で価格が形成される品目では,野菜は低温等の影響により春野菜の価格が上昇したことから前年度を4.5%上回った。果実は,みかんが普通温州の生産減から価格は大幅に上昇し,りんごやその他の果実も前年度を上回ったため,果実全体では17.0%と大幅に上昇した。畜産物は,鶏卵が高水準であった前年度を下回り,豚肉や牛乳などもほぼ弱含み基調で推移したため畜産物全体では前年度を3.0%下回った。
他方,農業生産資材価格は,海外原料・価格が安定したため,総合で前年度比3.2%の上昇となり,上昇率は大きく低下した。飼料は,年度初めに高水準であったがその後アメリカにおける穀物価格の下落による配合飼料価格の引き下げもあって,前年度比3.3%の上昇にとどまった。光熱動力は年度前半に上昇し,後半は原油価格の安定から落着いたものの,前年度比7.3%の上昇となった。
このため,農業の交易条件指数は前年度に比べ,0.4ポイント低下した。
56年度の農業所得(1戸当たり)は,冷害等により大きく落ち込んだ前年度に比べ1.9%の増加にとどまった( 第7-3表 )。これは農業粗収益が5.5%増となったものの,農業経営費が7.9%増と農業粗収益の伸びを上回ったためである。一方,農外所得は一般賃金の動向を反映し前年度比6.5%増となった。その結果,これらを加えた農家所得は前年度比5.5%増となったが,農家所得に占める農業所得の割合を示す農業依存度は20.5%となり,冷害等により低下した前年度をさらに下回った。農家所得に出稼ぎ被贈扶助等の収入を加えた農家総所得は前年度比6.0%の増加となった。また,家計費は前年度比4.0%増と伸びは低下したが,実質では農村消費者物価が安定したこともあり前年度と同水準となった。
ところで,農産物需給の緩和,農業所得の伸び悩み,さらに農産物の市場開放問題等,農業をめぐる環境が厳しくなるなかで農業の体質強化が一層重要となっている。とくに,農業発展の基礎的条件となる農業構造には一面で弱さもみられる。この点については本報告で述べたので以下では近年における農家階層の変化の特徴をみてみよう。
50年から55年に至る農家経営階層の変化をみると,中小規模の第2種兼業農家や大規模の専業的農家は比較的安定しており,一方では中小規模の第1種兼業農家の分解が進むとともに,男子生産力人口のいない高齢専業農家が過渡的なタイプとして増加している(本報告 第II-3-36図 )。その背景には,規模間の収益性格差等の要因もあるが,世代交代も一つの要因であろう。一般的には就業変化の困難性が指摘されるが,兼業農家において世代交代によってあとつぎが世帯主となった場合に,その就業はどのように変化しているかを,農家経営階層別にみてみよう( 第7-4図 )。世代交代をした場合,大規模層では「主に農外」に従事していたあとつぎが「主に農業」へと就業を変化させる割合は,「主に農業」から「主に農外」への就業変化率より相対的に高い。反対に中規模層や小規模層では,「主に農業」から「主に農外」への就業変化率が相対的に高い。すなわち,大規模層では,農業に就業していた世帯主が引退した場合には,農外に就業していたあとつぎがその就業を変化させ,農業を引継ぐことによって,農業経営を維持するものが多いことを示している。一方,中規模層や小規模層では,世代交代があっても農外に就業していたあとつぎがその就業を変化させることは少なくさらに農業に就業していたあとつぎが農外へと就業を変化させるものが多く,これらの農家が兼業化を強めていることを示している。
第7-4図 世代交代農家のあとつぎの就業変化(農家経営階層別)
このような階層変化がみられるなかで,高齢化の進行に伴ってさらに世代交代も進展すること,高齢専業農家は離農割合が高いこと等を考慮すると,今後の農業構造は大きく変化する可能性もあると思われる。したがって,これらの点も十分踏まえた上で,中核的農家の育成等による農業の体質強化のための方策を検討する必要があると思われる。
木材(用材)の需要量は,51年以降55年までは1億立方メートルから1億1,000万立方メートルの間で推移してきたが,56年は前年比で15.7%減となり50年来6年ぶりに1億立方メートルを下回った( 第7-5図 )。
56年の木材需要の用途別動向をみると,いずれの用途でも前年水準を下回り,用材需要の大宗を占める製材用材,パルプ用材,合板用材が大きく減少している。こうした木材需要の減少には,主要需要部門である住宅建設とパルプ生産の停滞が影響している。住宅建設の動向を新設住宅着工戸数でみると,51年から54年の間は150万戸前後で推移してきたが,55年には127万戸となり,56年はこれを更に下回り115万戸となった。こうした動きに加えて,非木質系住宅比率の増加などもあり,製材用材,含板用材需要が減少した。また,パルプ産業でも55年下期以降需要の減少と在庫の増加から生産量が減少し,56年に入ってもこの傾向が続いたため,パルプ用材需要は通年で前年比19%減となった。
つぎに,木材(用材)の供給をみると,56年の国産材の供給量は3,163万立方メートル(前年比8.5%減)であった。また,外材輸入量は6,020万立方メートル(前年比19.1%減)であった。輸入の動向を大蔵省「貿易統計」によって丸太,製材品別にみると,丸太では前年比22.1%減,製材品も30.1%減と全体として内需の不振を反映した動きとなった。なお,丸太では産地国インドネシアの輸出規制強化の影響も無視できない。
この結果56年の木材自給率は34.4%と前年に比べ2.7ポイント上昇した。
最近の木材価格の動向を日本銀行「卸売物価指数」の製材・木製品価格指数によってみると,55年5月以降住宅建設及びパルプ生産が減少するという主として需要側の要因で下落し,外材を中心とする在庫調整の効果があらわれた56年3月まで下落を続けた。その後4月以降の木材価格は,需要の不振が続く中で,外材輸入意欲の減退と国産材の伐採意欲の低下によりほぼ横ばいとなっている( 第7-6図 )。この間の木材価格の大幅な下落と低迷は,需要の減少が予想以上に大きかったこと,需要動向にあわせて供給の調整が円滑になされなかったことなどに加えて,価格回復の兆しがみえると外材入荷量が増加し価格の回復を妨げたことなどにより,長期化することとなった。
また,今回の木材価格の低迷は,48年の石油危機後49年3月から50年9月まで続いた価格低迷を上回る長期間にわたるものであり,今後木材価格を安定させ,国内の木材関連産業の経営の安定を図っていくには,価格の主導権をもっている外材の供給をはじめとして,木材の供給を需要の動向に適切に対応させていくことが必要となっている。
56年の外材輸入量の減少は,国内の需要要因による面が大きかったが,反面産地国の供給要因による影響も無視できないものがある。そこで,我が国の木材輸入に占める比重が高く,国内製材・合板製造業に与える影響が大きい南洋材丸太の輸入状況などを概観してみよう。
南洋材丸太の輸入は,49,50年の木材需要の急激な減少によって50年に前年比30%の減少となったほか,56年にも前年比21%の減少を示したた。しかし,この2つの輸入減少の局面では,産地国毎に異なった動きがみられる。50年の減少局面では,国毎に輸入量の減少率に差があるもののすべての産地国からの輸入が減少したが,今回の減少局面では,フィリピン,マレーシア(サラワク州)からの輸入が増加した反面,インドネシアからの輸入が大幅に減少している( 第7-7図 )。
このように56年のインドネシアからの丸太輸入が減少したのは,同国では林業基本法のもとで50年代に入って徐々に森林開発規制,輸出規制が実施されてきたが,56年4月に国内での雇用の拡大,付加価値の増大などを促進するため新林業政策が制定され丸太輸出規制が強化されたことが背景にある。またインドネシアの丸太輸出規制の強化は,近隣の南洋材産地国の林業政策,木材貿易政策にも今後影響を及ぼしてくるとみられる。こうしたことから,南洋材資源への依存度が高い我が国としては,まず国内森林資源の有効利用を図るとともに産地国の木材資源賦存量に配慮しつつ技術協力などの国際的な協力関係を深め,未利用樹種の用途開発,輸入先の多角化などを図っていくこどが重要となっている。
わが国の漁業生産量は55年の1,112万トン(前年比5%増)に引き続き56年は1,134万トンと前年に比べ2%増加した( 第7-8図 )。
漁業種類別にみると,海面漁業の漁獲量は前年に比べて3%増加したが,これは,前年に引き続きさば類やさんまが減少したほかするめいか,かつおなども減少したものの,大中型まき網やあぐり網などによるまいわしが41%と大幅に増加したほか沖合底びき網によるすけとうだらが3%増加したことによるものである。一方,海面養殖業はまだい,ほたてがいなどが増加したものの,のり類,かき類などが減少したため前年比で4%減少し,内水面漁業及び内水面養殖業も前年比でそれぞれ3%,2%減少した。
このように,56年の漁業生産量は増加したものの,それは主にまいわしの生産増によるものであり,このためまいわしの非食用向け配分比率が増大している。
55年に数量,金額ともに大幅に減少した水産物の輸入は,56年に前年比で数量8.8%増,金額15%増となった( 第7-9表 )。
品目別にみると,輸入額の3割以上を占めている冷凍えびは数量で前年比13%増加し,金額では12%増加しており,まだ金額の前年比でかつお・まぐろ類は18%増,さけ・ますは133%増,すじこ,かずのこもそれぞれ51%,38%増といかを除く殆どの主要品目で増加した。これは,56年は需要面で輸入増につながる要因にとぼしかったことから,55年に在庫調整が進んだことなどが背景にあるとみられる。
56年の水産物価格は,産地市場価格は前年比で8,5%上昇と前年の上昇率を上回ったものの,消費老価格は生鮮魚介2.8%上昇,塩干魚介4.2%上昇と水産物の消費者物価は総じて安定した動きを示した( 第7-10表 )。
産地市場価格の品目グループ別動向をみると,水揚量が大幅に増加したまいわしが値下がりしものの,水揚量の減少したさば類,さんま,うるめいわしなどが値上がりしたため多獲性魚が前年比32.1%上昇し,かつお,まぐろ,かじき類もまぐろなど一部魚種で値下がりしたが,びんなが,めばちなどが値上がりしたため前年比で6.7%上昇した。一方,ぶり類などの高級ものの価格は総じて安定した動きを示し,底ものは中心魚種であるすけとうだら,ほっけなどが値下がりしたため前年比で6.1%下落した。
我が国の漁業は高度経済成長期には,漁場の外延的拡大,漁労生産技術,加工技術の革新などにより増大する需要に応えてきた。しかし,漁業をとりまく環境条件は,52年からの海洋新秩序の進展,第2次石油危機に伴う燃油価格の高騰,水産物需要の伸びの鈍化などにともないこの数年の間に大きく変化し,その結果遠洋漁業の生産の減少,漁獲魚種構成の変化などを招いている。遠洋漁業では,沿岸国が自国水域の積極的な活用を進め,それに伴い入漁条件の多様化,厳格化もみられており,漁場の外延的拡大により漁獲量の維持を図っていくことは困難となっている。このことは,国際的な協力関係を維持し,需要が強く国内で充分に供給できない魚種を確保していく努力を重ねる一方,資源管理型の漁業技術を開発していく必要を増大させていくとみられる。まだ,漁獲魚種構成の変化に対しては,漁業資源の有効利用を図る利用加工技術の高度化も重要であろう。