昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
56年度のわが国経済は,個人消費や住宅投資など国内民間需要部門の回復の遅れから,総じて緩慢な回復テンポを示した。こうした緩慢な回復は,規模別,業種別などの跛行性をともなった過程でもあった。中小企業の生産についてみれば,後でみるように,大企業に比べ回復の動きは鈍く,特に個人消費,住宅関連分野の中小企業に強い停滞感がみられた。また,比較的好調な推移を続けた加工型業種,とりわけ,機械関連の中小企業でも,輸出の増勢鈍化から56年末以降,生産の減少がみられている。以下,56年度の中小企業の主な動きを迫ってみよう。
製造業の規模別生産動向を中小企業庁「中小企業庁中小工業生産指数」(昭和50年=100)でみてみよう( 第4-1表 )。
大企業の56年度の生産動向は,前期比で4~6月期0.9%増(前年同期比2,9%増),7~9月期2.3%増(同6.4%増),10~12月期2.3%増(7.2%増)と増加を続けたが,57年に入り1~3月期で1.0%減(同4.7%増),と減少している。これに対して,中小企業の生産動向は,前期比で4~6月期で0.2%減(前年同期比1.8%減)となった後,7~9月期2.0%増(同3.4%増),10~12月期1.5%増(同3.8%増)と増加を続けたが,57年1~3月期には0.8%減(同2.5%増)と再び減少している。このように,生産指数でみれば,中小企業は7~9月期と10~12月期に改善方向を示したが,57年1~3月期には再び減少した。
在庫水準の動きをみてみよう( 第4-1表 )。大企業の在庫は,前月比で4~6月期で0.9%増(前年同期比6.7%増)のあと,7~9月期1.5%減(同0.8%増),10~12月期0.6%減(同1.3%減)と2四半期連続減少したが,57年1~3月期には2.8%増(同1.5%増)と在庫の積み上がりが再びみられた。他方,中小企業の在庫は,4~6月期横ばい(同5.1%増),7~9月期1.9%減(同0.5%減),10~12月期1.2%減(同2.5%減)と大企業と同様に2四半期連続で減少した。57年には1~3月期で1.3%増(前年同期比1.8%減)と大企業ほど大きくはないが在庫の積み上げがみられている。このように,大企業,中小企業とも,年末まで在庫の減少傾向がみられたが,56年末以降,輸出が減少に転じ,出荷の伸びが停滞するなかで在庫の積み上がりがみられている。
以上のような動きを業種別でみたのが, 第4-2図 である。素材型と加工型を比較すれば,素材型業種の生産水準が依然として低位にとどまっている。素材型を規模別でみると,鉄鋼や非鉄金属といった業種では,中小企業の57年1~3月期の生産水準は大企業より高くなっているものの,繊維といった個人消費関連業種では,むしろ中小企業の生産水準が大企業を下回るという結果になっている。
その他では,食料品を除くすべての業種で,中小企業の1~3月期の生産水準は大企業を下回っている。特に,木材・木製品,食料品といった個人消費・建設関連部門の停滞がやはり顕著である。また,比較的好調な推移を続けてきた電気機械,一般機械などにおいても,輸出増勢鈍化の影響から,57年に入って生産活動に一服感が出てきているのが注目される。
個人消費が低迷するなかで,個人消費により近い位置にある商業,特に,卸売業,小売業は年度後半に回復の動きがみられたものの,総じて停滞気昧に推移した。これらの動きを,通産省「商業販売額指数」(対前年同期比増減率)でみると( 第4-3図 ),卸売業は55年10~12月期から56年4~6月期まで減少したが,7~9月期以降増加に転じてきている。これに対して,小売業は減少が続いている。
業種別では,中小卸売業の場合,大規模卸と比べ消費財関連部門に多く存立していることもあり,個人消費低迷の影響は大きく,繊維・衣服関係の中小卸売業の低迷がみられる。また,建設関連分野である建築資材,家具などでの中小卸売業の販売不振の状況も指摘しておかなければならない。以上のような傾向は,卸売業よりさらに最終消費に近く位置する小売業ではより強くみられる。
次に,建設業の動向をみてみよう。建設省「建設工事受注調査」(中小建設業465社対象)によって,中小建設工事受注総額をみると,56年度は1兆6,504億円で前年比3.6%増となったが,これは55年度の6.2%増を下回っている。こうした低い伸びにとどまった背景には,民間住宅投資の低迷に加え,公共事業費の伸び悩みがある。同調査によれば,民需のうち製造業は,対前年比18.5%増となったが,非製造業では1.0%の微増,個人家計では1.9%減となっている。官公需についてみれば,56年度は3.1%増となったものの,55年度の8.7%増に比べれば依然伸びは鈍化している。
このような建設活動の低迷は,先にみた建設住宅関連業種の中小製造業や中小卸売業や小売業の業況も悪化させた。
大蔵省「法人企業統計季報」により,企業規模別の売上高経常利益率をみてみよう( 第4-4図 )。
50年度以降については,中小企業の方が大企業より比較的高水準で推移してきたが,54年度以降再び中小企業の方が低水準になっている。56年度の動きは,大企業の経常利益率が石油精製業の為替差損の発生等から56年度上期に悪化した後,下期にかなり好転をみせたのに対し,中小企業では上期,下期とも好転を示したが,回復度合は大企業に比べて小さい。
こうした収益動向を対売上高比率でみると( 第4-5表 ),次の特徴が指摘される。
第1に,営業損益段階では,原材料の上昇分を売上価格に転嫁することが困難な状況にあったことから,売上高原価比率の上昇がみられる。このため,営業利益率は,55年度の5.1%から56年度に4.5%へと低下した。これに対し,大企業の営業利益率は横ばいである。
第2に,営業外損益段階では,大企業で営業外収益比率の低下がみられたのに対して,中小企業では営業外費用比率が低下したことに加え,借入金利の低下から支払利息・割引比率も低下したため,営業外収益比率の上昇がみらた。
第3に,人件費比率では,大企業,中小企業とも上昇がみられたが,対前度上昇率では中小企業の上昇幅が大企業を上回った。
次に,中小企業の資金繰りと回収条件の動向である。短期資金平均借入金利(中小企業金融公庫調べ)についてみると,55年4~6月期の9.39%をピークとして,その後は低下を続け,56年度4~6月期8.06%,7~9月期7.92%,10~12月期7.78%,1~3月期7.42%と一層の低下がみられており,短期資金借入難易DIも改善傾向をみせてきた。しかしながら,56年度中の資金繰りの改善幅は,売上げの伸び悩みから小幅であり,57年1~3月期にはやや悪化している( 第4-6図 )。
56年度における製造業の設備投資動向をみると,大企業が堅調を続けるなかで,中小企業の低迷が目立った。
大蔵省「法人企業統計季報」で,製造業の規模別設備投資動向をみてみよう( 第4-7図 )。
中小企業の設備投資は4~6月期3.3%減となった後,7~9月期には7.0%増というように増勢に転じたが,10~12月期で2.8%減,57年1~3月期で0.2%の微減となっており,低迷が目立っている。
中小企業の業種別設備動向を,中小企業金融公庫「中小製造業の設備動向」でみてみよう。
56年度の設備投資実績(支払ベース)は,56年度上半期で対前年同期比2.3%減となり,下半期には前半が低水準であったことから10.6%増と伸びを高めたが,年度計では3.7%の増加にとどまっている。これは,55年度の3.2%増という数字と比べるとやや高くはなっているが,53年度の22.9%増,54年度の24.8%増と比べれば,その伸び率は大幅に鈍化してきている。業種別では,生産の好調であった電気機械(対前年度比13.9%増),一般機械(同13.4%増)の設備投資は活発な動きを示したものの,「業種別跛行性」を反映して,木材,木製品(同37.3%減),石油・石炭製品(同19.8%減),衣服・その他の繊維製品(同16.8%減)といった業種での設備投資の落ち込みが顕著である。
また,設備投資を目的別(取得ベース)でみてみると,「増産のための能力拡充」というような「能力増強型」投資が全体の19.4%であるのに対して,「維持・補修・更新」が30.5%,「省力化小合理化」が27.0%というように,「現状維持」型,あるいは,「省力・省エネ」型の投資の割合が昨年度と同様に高くなっている。
他方,非製造業の設備投資動向については,大企業の場合,総じて堅調な動きがみられたが,中小企業の設備投資は,個人消費等の低迷等から,対前年同期比で7~9月期4.5%減,10~12月期4.1%減と前年を下回る低水準で推移し,52年に入っても1~3月期は7.3%減と減少幅は拡大している。
企業倒産の動きをみると( 第4-8図 ,および 第4-9図 ),56年度全体は,全国銀行協会連合会の調べ(資本金100万円以上の法人企業が対象)によれば,15,462件で対前年比6.4減となり,前年の倒産件数を3年ぶりに下回った。負債金額については,1兆3,060億円でこれも前年を9.8%下回っている。
次に,倒産件数の動きを四半期別に対前年同期比でみてみよう。56年4~6月期は4.7%減,7~9月期7.0%減,10~12月期7.0%減と推移し,57年に入っても1~3月期で6.1%減と減少を続けた。
56年度の企業倒産の動向をみると金融緩和の進展に伴ない減少を続けてきたが,昨年末以降,売上げの伸び悩みから前年同期比の減少幅は縮小気味で推移している。
56年度のわが国経済の回復テンポは,先にみたように全体としてみれば,改善の方向を示しつつも,規模別,業種別の跛行性をともなった緩慢なものであった。規模別でみれば,中小企業の生産の回復の動きは鈍く,また,年末以降減少の動きもみられている。他方,業種でみれば,57年に入って個人消費に回復の動きがみられるものの,中小企業分野の景気回復の遅れがやはり顕著であった。
もちろん,多様な存立基盤をもつ中小企業を一括的にとらえることは困難である。停滞的な中小企業が存在する一方で,中小企業の機動性をうまく活用することで大きな成長を遂げている企業群も存在しているのも事実であろう。全体としてみれば,中小企業分野の経済活動により停滞感がみとめられるとは言え,そのなかで長期にわたる産業構造の変化に対して,その多様性の故に対応の余地を大きく残している中小企業の活力も見落してはならないであろう。