昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

3. 企業経営

(1) 鈍い企業収益の回復

最近数年間の企業経営の動向をみると,増益基調を続けてきた企業収益は,第2次石油ショックのデフレ効果が顕在化(いわゆる「景気のかげり」)するなかで,55年度に入ると増益幅は小幅化し,下期には減益に転じた。56年度はこうした景気のかげりからの回復過程であったといえるが,その回復テンポは極めて緩やかであり,また,57年に入ると,内需が緩やかな回復の動きを示す一方,増勢を続けてきた輸出が減少に転じたことにより,加工型業種を中心に企業の景況観は慎重さを増している。

第3-1図 経常利益の推移

大蔵省「法人企業統計季報」により,経常利益(全産業,前期比)の動きをみると,56年度上期は8.3%の減益と前期に続き減益となった後,下期には15.2%の増益と3期ぶりの増益となっている。製造業,非製造業別にみると,製造業では55年度上期に伸びが鈍化し下期に減益となった後,56年度上期に下げどまり(0.5%の増益),下期は大幅な増益(10.7%の増益)となった。非製造業では55年度下期まで増益を続けた後,56年度に入ると上期に大幅な減益(16.2%の減益)となったが,下期には14.0%の増益となった( 第3-1図 )。

こうした企業収益の変動には,為替レートの変動等により,石油精製,電力・ガス業の収益が変動したことも大きく影響している。55年度には為替レートが円高基調で推移したことから,電力・ガス業ではコストが低下し,石油精製業では為替差益が発生した。また,55年度初に行われた電力・ガス料金の改定も収益改善が寄与した。一方,56年度に入ると,需要が低迷するなかで,為替レートが円安基調に推移したため,電力・ガス業においてはコストが上昇し,石油精製業では大幅な為替差損等から欠損になった( 第3-2図 )。もっとも,半期別にみると,石油精製業では上期に欠損となった後,下期には為替差損が小幅化し,8月に価格の改訂が行われたこともあり,利益に転じている。

第3-2図 為替差損益と経常利益

製造業から石油・石炭業,非製造業から電力・ガス業を除いた経常利益をみると,製造業では56年度上期10.7%の増益,下期4.5%の増益となっており,非製造業では55年度上期から56年度上期まで減益を続けた後,下期に15.1%の増益となっている。両者を合計した全産業の経常利益は,55年度下期を底に56年度上期・下期と増益を続けている。しかしながらその増益テンポは小幅なものであり,56年度下期の経常利益は,ピークである54年度下期の水準をなお下回っている。

(2) 変動費比率の低下と売上げの伸び悩み

売上高経常利益率(製造業)は54年度上期をピークに低下し,56年度上期に下げどまり下期には上昇している。これを変動費比率と固定費比率にわけてみると,変動費比率は,54年度上期から55年度下期まで上昇を続け経常利益率悪化要因として作用してきたが,56年度に入ると低下し利益率改善要因として作用した。

これに対し固定費比率は56年度上期も前期に続き上昇し,下期には売上げの伸び率が高まったことにより低下したが極めて小幅なものであった。すなわち,56年度は,変動費比率が経常利益率改善要因となった一方,売上げの伸び悩みから固定費比率が利益率の改善を遅らせる要因として働いたといえる( 第3-3図 )。

(変動費比率低下の背景―物価変動と企業収益)

第2次石油危機による原材料価格の上昇に起因する物価上昇は,企業の変動費比率に次のような影響を与えたと考えられる。

第3-3図 経常利益率,変動比率,固定費比率の推移(製造業)

第1は,企業の交易条件(産出価格/投入価格)の悪化である。産出価格の上昇は,投入価格の上昇より小さく,また時間的な遅れをもっている。第1次石油ショックでは,交易条件は48年1~3月期から51年10~12月期にかけて悪化した後,53年にかけて戻す局面が生じたが,第1次石油ショック前の水準には至っていない。第2次石油ショックにおいても,54年中に悪化局面が生じた後,55年中はやや戻したが石油ショック前の水準には戻していない(本報告第I-1-35図(1))。

第2は,物価変動に伴うキャピタルゲインの動きである。企業収益においては,仕入価格(売上対応の原価)と販売価格で価格評価が行われる。これを投入産出価格で評価する場合とくらべると,原材料では仕入から投入までのタイムラグ,製品では生産から販売までのタイムラグがある。このため,物価上昇期には,仕入価格が投入価格より割安になり,まだ製品価格が産出時の価格より上昇することにより,キャピタルゲインが生じる。「国民経済計算」(以下,SNAという)では,企業所得を生産段階でとらえているが,在庫品の評価調整が行われることによりキャピタルゲインは除外され,生産活動時の投入・産出価格で評価が行われている。SNAにより在庫品評価調整額の動きをみると,第1次石油危機時には,48年度に大きな評価益が発生した後評価益は減少し,50年1~3月期には評価損が発生している。第2次石油ショック時には,54年度上期から下期にかけて評価益は大きく高まった後,55年度に入ると上期には減少し,下期には評価損が発生している。この結果,SNAの民間法人企業所得(季節調整後)をみると,53年7~9月期から55年4~6月期まで減少した後増加しているが,これに在庫評価益を加えた在庫品評価調整前の企業所得は54年10~12月期まで増加した後55年7~9月期まで減少した後増加に転じており,その動きはかなり異なったものとなっている( 第3-4図 )。

55年度中にみられた在庫評価益の減少は,仕入価格を割高にし(変動費比率の分子の上昇要因)とともに,製品の販売価格を割安にする(変動費比率の分母の低下要因)ことにより,変動費比率を高める作用をしたといえる( )。

第3-4図 民間法人企業所得の推移

変動費比率には上記2要因に加え材料原単位の動向が影響を与えるが,材料原単位は近年低下傾向にあり(本報告第I-1-35図(2)),変動費比率の低下要因として作用してきている。56年度の各要因の動向をみると,企業の交易条件は横ばい気味に推移しており,材料原単位の低下傾向が続いた。また,在庫品評価調整額の動きを試算してみると,55年度下期に評価損が発生した後,56年度上期には評価益が発生している(本報告第I-1-35図(3))。こうしたなかで,変動費比率は低下したとみられる。

(注)

第3-5図 固定費の内訳(対売上高比率)

(売上げの伸び悩みと固定費比率の上昇)

56年度に入ると,変動費比率が経常利益率の低下要因として作用しなくなる一方,売上げの伸び悩みから固定費比率が利益率の改善を妨げる要因となっている。固定費比率の推移をみると,55年度上期まで低下した後,売上げの伸びが鈍化するなかで55年度下期,56年度上期と上昇した。56年度下期には売上げの伸びがやや高まったことにより低下したが,小幅なものにとどまっている。固定費の内訳をみると,金融費用比率は金融緩和が進むなかで低下を続けたが,人件費比率,販売管理費比率は55年度上期に続き56年度上期も上昇している。また,石油・石炭業の為替差損の発生等により,56年度上期には営業外費用(金融費用を除く)が固定費比率の上昇要因となっている( 第3-5図 ,本報告 第I-1-34表 )。

(3) 業種別跛行性

55年度上期以降売上げの伸びが鈍化するなかで,加工型業種にくらべ素材型業種が低迷するという業種別の跛行性が目立っている。こうした跛行性は,加工型業種にくらべ素材型業種ではエネルギー価格上昇の影響を受けやすいことに加え,需要の跛行性が影響したものである。石油ショックが起きると,内需が停滞する一方輸出が増加するという局面が生じる。第2次石油危機の場合には,内需の中でも,設備投資にくらべ個人消費,住宅建設の低迷が顕著であった。業種によって各需要項目に依存する度合はかなり異なっており,加工組立型業種では,設備投資や輸出に依存する度合が高く,素材型業種では,個人消費や住宅建設に依存する度合が高い。こうしたなかで,加工組立型業種にくらべ素材型業種の売上げは伸び悩み収益は悪化した。こうした業種間の跛行性は第1次石油危機後もみられたものである。

第3-6図 業種経常利益率とその変動要因

(石油ショックと業種別跛行性)

製造業(石油・石炭業を除く)を業種別にさらに分けてみると( 第3-6図 ),第1次石油危機後の不況により,企業収益は50年度上期まで落ちこみをみせ,その後回復に向かった。そのボトムでの経常利益率をみると,機械関連業種,消費財関連業種,生産財関連業種,建設財関連業種の順になっており,その格差(機械-建設財)は3,3ポイントにも達していた。その後の景気回復の過程で需要の跛行性が縮小するに伴い,経常利益率の格差は縮小し,53年度上期には0.8ポイントとなり,54年度上期までは格差が少ない状態で推移した。その要因を変動費比率と固定費比率の面からみると,機械関連業種では固定費比率が低下傾向にある一方,旺盛な技術革新を背景に原材料の仕入価格にくらべた製品価格の上昇は小さく,変動費比率の上昇がみられ,51年度上期から53年度上期にかけては,経常利益率は高水準ながらやや低下している。他の3業種についてみると,期中変動はあるものの変動費比率が安定的に推移する一方,固定費比率が低下傾向をたどった。特に建設財関連業種,生産財関連業種の固定費比率の低下幅は消費財関連業種より大きく,格差縮小要因となっている。

第2次石油危機により経常利益率は,54年度上期をピークに低下し,55年度下期には大きく落ちこんだ。54年度下期と56年度上期の業種間格差をみると,54年度上期の0.8ポイントから56年度上期の2.8ポイントに拡大し,56年度上期には経常利益率は機械関連,消費財関連,生産財関連,建設財関連の順になっており,50年の状況が再びあらわれている。もっとも,その水準は総じて高い。変動費比率と固定費比率にわけてみると,変動費比率は53年度下期のボトムからピーク時には,生産財で3.7ポイント,建設財では4.8ポイントも上昇した。売上げの低迷を映じ,固定費比率はボトムから56年度上期までに生産財では2.1ポイント,建設財では4.4ポイント上昇した。建設財(木材・木製品,窯業・土石)の変動費比率の上昇は,財の性質上市況性が強いことが影響している。このため,55年度下期以降の低下幅もかなり大きくなっているが,それが一方では固定費比率の変動の大きさにも作用している。

(56年度の業種別動向)

56年度に入ってからの状況をみると,上期は機械関連業種に加え,生産財関連業種で経常利益率は上昇している。生産財関連業種では,固定費比率の上昇が小幅化するとともに変動費比率の低下幅が大きかったためである。下期には,建設財関連業種で,変動費比率の低下が続くとともに,合理化努力に加え売上げの伸びが高まったため,経常利益率は高まっている。しかし,生産財関連業種,消費財関連業種では利益率はやや低下し,機械関連業種でも輸出の鈍化から利益率は小幅ながら低下している。

(企業の景況観)

57年に入ってからの企業経営の動向をみると,56年末以降内需が総じて回復の動きを示す一方,輸出が減少に転じたことにより,景況観に悪化の動きがみられている。

第3-7図 企業の業況判断の推移(製造業)

日本銀行「主要企業短期経済観測」により,企業の業況判断をみると,56年夏場以降57年2月まで改善してきたが,5月には再び慎重さを強めている( 第3-7図 , 第3-8図 )。これを加工業種と素材業種とにわけてみると,素材業種では繊維,パルプ紙,石油精製などを中心に56年度中改善の動きがみられ57年5月の水準も一年前とくらべ改善しているが,加工業種にくらべ景況観は依然悪い状況が続いている。これに対し,加工業種では,夏場まで横ばいで推移した後,精密機械などを中心に年末以降総じて業況の良好感は低下してきており,5月には「悪い」とする企業割合が「良い」とする企業割合を上回っている。

第3-8図 業種別業況判断の変化(56年5月→57年2月)


[目次] [年次リスト]