昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
日本経済の高度成長の過程で経済の地域的構造も大きな変貌をとげたが,40年代後半に入って従来とは違った新しい動きが現われた。その一つは,大都市圏への人口集中の鈍化であり,いま一つは,地域の所得格差の縮小である。後者について40年以降の動きをみると( 第13-1図 ),40年代後半とくに48~50年にかけて格差は目立って縮小している。50年代に入ってそのテンポは鈍化しているものの,格差縮小の傾向は続いている。こうした動きを示したのは,経済成長の地域的な違いによるもので,以下では,これを支出と生産の二つの面から検討する。
まず,45~50年度間の平均実質経済成長率を地域別にみると( 第13-2図 ),大都市圏地域に比べ,地方圏の方が高い。この間,人口の増加率は,大都市圏地域の方がなお高かったこともあって,1人当たり所得の地域格差は大幅に縮小したことがわかる。しかし,50~53年度については,沖縄が特異な動きをしているほかは総じて経済成長率は平準化している。人口の増加率も40年代後半に比べかなり平準化しているので,これも直接的には所得格差縮小のテンポを鈍化させる方向に作用している。
次に,需要項目の動きを経済成長に対する寄与度でみると,45~50年度では,民間最終消費支出や公的固定資本形成の差が大きく,民間住宅投資や民間企業設備投資も総じて地方圏での寄与が大きくなっている。これに対し,50~53年度については,公的固定資本形成の寄与が地方圏でとくに大きくなったが,民間最終消費支出の地域差は,沖縄を別にすれば,前の5年間に比較してやや縮小している。また,民間企業設備投資も合理化投資や更新投資を中心として大都市圏地域においても再び増加したため,地域差がなくなっている。このほか両期間を通じ,在庫品増加や移出入等の寄与が地域によりかなり異っている。このうち,とくに移出入の変化をみるため県別に県民総支出に対する移出入依存度を計算すると,45~53年度の間,大都市圏の周辺部等では移出の増加や移入の減少もみられるが,その他の地域では大きな変化はみられない。従って,地域の経済成長に対する移出入の寄与の地域差は,全国的には依然続いているとみられる。
次に,地域別経済成長の違いを生産面からみる( 第13-3図 )。45~50年度,50~53年度における純生産名目の年平均増加率を産業別にみると,第一次産業は,この間を通じて相対的に低い伸びながら,大都市圏地域に比べ地方圏の伸びが高くなっている。従って,第一次産業の占める割合が大きい地方圏では,大都市圏地域に比べ,経済成長に対する第一次産業の寄与が大きい。しかし,45~50年度において,生産面からみた成長の地域差をもたらしたのは,第二次産業の伸びの差による面が大きい。とくに50年度は,第1次石油危機後の影響から鉱工業生産が大きく落ち込んだため,大都市圏地域でその影響が強目に現わわたこともあるが,大きな流れとして工業の生産活動の地域的配置が変化してきたことも影響しているとみられる。50~53年度では,第二次産業の純生産の増加率はかなり平進化しているが,それでも関東内陸,近畿内陸,山陰,南九州などでは伸びが高いのに対し,関東臨海,近畿臨海など従来の工業地帯の伸びは低くなっており,総じてみれば,50年代に入ってからも第二次産業の生産面での地域差が縮小していることがうかがえる。一方,第三次産業については,増加率に大きな地域差はみられないが,後述するように,その内容は変化してきている。
第二次産業の生産額の伸びの地域差に関連して,とくに製造業の生産活動が地域的にどのように展開しつつあるかをみてみよう。製造業の生産活動の状況を地域別に比較するに際し,ここでは地域の規模を考慮して,人口1人当たりの出荷額の動きを計算した( 第13-4図 )。これによると,人口との相対関係でみた製造業の生産活動は地域によって大きな差があるが,関東臨海や近畿臨海では低下傾向にあるのに対し,関東内陸,南東北,山陰などでは急速に伸びており,大都市圏中心部などの従来の工業地帯からその周辺地域等ヘ生産活動の分散が進んでいることがわかる。こうした動きは,40年代の前半期にもみられるが,総じてみれば後半期に著しくなっており,50年代に入ってからは,関東内陸など一部の地域を除き,その傾向がやや鈍化している。業種別にみると,加工型業種にその傾向が著しく,機械工業だけをとってみるとさらに顕著にそれが現われている。また,東海や近畿内陸では,加工型が伸びているなかで素材型が低下するなど業種によって違った動きをしている。こうしたなかで,四国や北海道など造船不況の影響がみられるところもあり,また,遠隔地を中心に,機械工業の生産活動がなお低水準で推移している地域もある。このように,製造業の生産活動は新たな地域的展開をみせているが,一方ではそうした動きがあまりみられない地域があり,そうした地域でも,さきにみたように第二次産業の純生産の伸びが高いのは建設活動の伸長によるためである。
第三次産業の生産活動は,人口の地域的展開や都市機能の集積等と密接な関係があり,ここでその全貌を明らかにすることはできないが,その地域的な構造変化は進行しているとみられる。卸売販売額や対事業所サービス売上高の動きからみてみよう( 第13-5図 )。
第13-4図 人口との相対関係でみた製造業生産活動の推移(人口1人当たり製造業出荷額等の格差,全国=100)
49~54年の間の卸売販売額の年平均増加率をみると,北海道,関東内陸,山陰,南九州などでは,その他の地域に比べ機械や建材などを中心に伸びが高い。また,製造業の生産活動に関係が深い対事業所サービスの売上高は,これらの地域に加えて,東北,東海,四国などでも高い伸びをみせている。逆に関東臨海や近畿臨海などでは,依然高いシェアを維持しているものの,全国平均を下回る伸びとなっている。こうした動きは,第三次産業の生産活動にも,地方の中核都市を中心として,その地域構造の変化が大きく進行していることをうかがわせるものである。
第13-5図 卸売販売額,対事業所サービス売上高の動き(44~54年,年平均増加率)
これまでみてきたように,日本経済は40年代後半に入って新しい地域的展開をみせた。しかし,そうした動きは50年代に入ってやや鈍化し,また地域によっては,製造業の生産活動などに新たな進展がみられないところもある。こうしたなかで55年度は,地域間の景気の跛行性が顕著に現われた年であった。大都市圏地域では景気のかげり現象が比較的弱く,地方圏ではやや強いといったことは,地域経済の新しい動きに逆行するものである。以下では,55年度の地域経済の跛行性を支出と生産の面から検討し,今後の課題について考えてみる。
最終需要の構成や各需要項目の動きは地域によってかなりの差があり,このため,さきにみたように地域の経済成長に対する需要項目ごとの寄与も異っている。55年度においては,どのような動きをしたであろうか。主な需要項目について50~53年度の動きと比較してみてみよう。
まず,民間最終消費支出は50~53年度の間地域によって大差ない伸びであったが( 第13-6図 ),地域の経済成長に対する寄与度では,民間最終消費支出に対する依存度の差もあって,地方圏の方が大きくなっている。一方,55年度については,家計調査による消費支出や百貨店販売額,乗用車新規登録・届出台数などでみると,大都市圏地域に比べて地方圏での伸びが低い。こうした動きを考慮すると55年度は民間最終消費支出の伸び悩みが地方圏で特に顕著であると思われるが,仮りに各地域とも全国と同一の伸びであるとした場合でも,50~53年度との比較では,地域の経済成長に対する寄与度は地方圏で大きく低下することになる。
第13-6図 個人消費関連指標の動き(年平均及び前年度比増減率)
次に,民間住宅投資の動きを新設住宅着工戸数でみると,各地域とも前年度の水準を大幅に下回っているが,その落ち込み幅は大都市圏地域より地方圏の方が大きくなっており,50~53年度とは逆の動きが多くの地域でみられる。従って,民間住宅投資に対する依存度は地方圏の方がいく分大きいこともあり,住宅投資の落ち込みも,とくに地方圏での景況鈍化の大きな要因の一つであったとみることができる。
民間企業設備投資は,55年度に全国で前年度比5.8%増(50年価格,実質)と堅調な伸びを示した。地域別の動きを日本開発銀行や中小企業金融公庫の調査でみると( 第13-7図 ),大企業の設備投資は北海道や四国が低い伸びとなったが,その他の地域では底固い動きとなった。しかし,中小企業は北海道や東北が前年度の水準を下回ったほか,その他の地域でも総じて低い伸びとなり,企業規模別の跛行性がみられた。各地域における設備投資の企業規模別のウエイトは明らかでないが,製造業では,付加価値額の規模別構成でみると,北海道,東北,北陸を中心に地方圏ほど中小企業の割合が大きい。このことから,設備投資についても地方圏の力が中小企業の割合が大きいと思われるので,55年度の設備投資は全体として北海道,東北など地方圏での伸びが低いとみることができる。
第13-8図 公的固定資本形成及び関連指標の動き(年平均及び前年度比増減率)
公的固定資本形成の動きを公共工事請負金額でみると( 第13-8図 ),55年度は全国的に低い伸びとなっているなかで,大都市圏地域や中国でやや伸びが高いものの,地方圏では総じて低い伸びであり,50~53年度の動きと逆になっている。しかも,地方圏では公的固定資本形成に対する依存度が大きいので,その増勢鈍化の影響はかなり大きいとみられる。
次に輸出については,55年度中総じて堅調な推移を示した。地域別の動きについては明らかでないが,仮りに各地域とも同じ伸びであるとしても,輸出依存度の小さい北海道や東北,九州等では地域経済への好影響も小さいとみなければならない。
以上,主な需要項目の動きをみてきた。このほか移出入の動きなど明らかでないところもあるので,上述のような影響が地域経済全体にそのまま現われるわけではない。しかし,主要需要指標の動きからみる限り,55年度は需要鈍化の影響が大都市圏地域よりも地方圏でとくに強く現われたということができよう。
上でみた各地域の最終需要の変化が,地域の生産活動にどのような影響を及ぼしたかを地域間産業連関表を用いて試算した( 第13-9図 )。具体的には,55年度の各地域の主要最終需要項目が50~53年度平均と同じ動きをしたとして計算される地域別生産額に比べ,各地域とも最終需要項目が全国と同じ動きをしたと仮定したケース,及び最終需要項目のうち民間最終消費支出と公的固定資本形成がそれぞれの関連指標で推測されるような地域差を示したと仮定したケースのそれぞれについて計算される地域別生産額がどのように変化するかをみたわけである。これによると,55年度の最終需要の動きは北海道や東北,九州・沖縄などの生産構造に不利に働き,大都市圏地域や中国などに比べて生産の落ち込みが大きくなっている。なかでも,消費の伸び悩みと公的固定資本形成の増勢鈍化の影響が大きい。これを業種別にみると,住宅投資の落ち込みと公的固定資本形成の増勢鈍化から建設業の落ち込みが大きく,とくに地方圏での落ち込みが目立っている。また,消費の伸び悩みから農林水産業・鉱業,繊維,その他製造業,第三次産業などが,とくに北海道や四国などで大きく落ち込んでいる。機械は輸出が好調なことから,多くの地域で,その他の需要項目の鈍化による落ち込みを補っている。さらに素材についてもほぼ同様の動きとなっているが,これは在庫の動向等を考慮していないために,総じて実態より落ち込みが小さく計算されていることを考慮する必要がある。
第13-9図 主要最終需要項目の変化による生産への影響(55年度)
それでは第2次石油危機以後の鉱工業生産の動きを地域別にみてみよう( 第13-10図 )。第1次石油危機後と比較して最大の特徴は,各地域とも業種間の跛行性が明瞭に現われていることである。加工組立型業種の生産は,設備投資や輸出の堅調に支えられて総じて高い伸びで推移した。しかし,素材型業種では54年度中は緩やかな伸びであったが,55年度に入り前倒し生産の反動や需要の停滞などから各地域で落ち込みをみせた。そのなかで北海道は55年度に造船業の大幅な回復を中心に,加工組立型業種の生産が伸びをみせたが,そのウエイトが小さいことから製造業全体の生産にほとんど反映されず,ウエイトの大きい素材型業種の落ち込みから他の地域に比べて生産の低迷が続いた。中部については,加工組立型業種の生産がほぼ横ばいとなったため,素材型業種との間の跛行性は他の地域に比べ小さいようにみえるが,加工組立型業種の生産は一般機械,輸送機械等を中心に高水準で推移したのであり,加工組立型業種の生産にかげりが生じたとはいえない。
各地域でみられるこのような業種間の跛行性が地域経済に及ぼす影響は,大まかには地域ごとの業種構成に左右されるとみることができる。北海道や四国など素材型業種のウエイトが高い地域では,全体としての生産が大きく落ち込み,関東や中部など加工組立型業種のウエイトが高い地域では,生産の落ち込みは軽微である。
以上のように55年度は,支出の動きからみても生産の動きからみても,地域間の披行性が顕著に現われた年であった。生産活動が鈍化した地域ではそれも原因となって需要が停滞し,さらに地域内の経済循環を経て地域の生産活動に影響を及ぼす。しかし,55年度においては,冷害や豪雪などいわば一時的な要因が加わって,地域間の景気の跛行性を一層強める結果となった。こうした特殊要因が今後も続くとも考えられないが,これまで民間最終消費支出や公的固定資本形成の伸びに支えられてきた地方圏経済が,そうした支出構造面での有利性を減ずる時期にきているとみることができる。そうしたなかで製造業や第三次産業の生産活動の地域的展開も全体としては大きく変化しており,地域によっては経済の自律的な発展が期待されるところもあるが,これまでのところそのような動きがあまりみられない地域もある。
各地域の経済が日本経済の構造変化を背景にしつつ,地域の特性を十分生かしながら発展していくことは,日本経済の活力を高めるためにも,また,定住条件の整備のためにも重要である。