昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
55年度の国民生活をみると,①交易条件の悪化による実質所得の伸び悩みを主因として,個人消費は低調に推移した。こうしたなかで,②勤め先の産業別,企業規模別に跛行色が強くあらわれたこと,③消費内容では,耐久消費財,光熱費の落ち込みが特徴であった。以下では,55年度の国民生活をこれらの特徴にそってみていくこととする。
個人消費支出の推移を国民所得統計でみると,民間最終消費支出は,前年度比で54年度名目9,6%増,実質5.0%増のあと,55年度はそれぞれ7.9%増,0.8%増と伸び率は鈍化した。特に,原油価格の大幅上昇を主因に民間最終消費デフレーターが高い上昇となったため,実質の伸び率は大きく低下し,49年度(前年度比実質0.8%増)以来の低水準となった( 第12-1表 )。年度中の推移をみると,実質の前年同期比で55年1~3月期2.4%増のあと,4~6月期0.9%増,7~9月期1.1%増,10~12月期0.7%増,56年1~3月期0.4%増と低い伸びを続けた。
このような個人消費の低調な動きは,物価上昇や景気のかげりによる実質所得の伸び悩みに加え,消費者心理がやや慎重になったためとみられる。以下では,こうした家計の動向を世帯の種類別に検討してみよう。
まず,ウエイトの大きい勤労者世帯の消費支出を「家計調査報告」でみると,名目では前年度比で54年度7.2%増のあと,55年度は6.8%増と若干の伸び率低下にとどまった。しかし,消費者物価の上昇から実質では54年度2.3%増のあと,55年度は0.9%減と,51年度以来のマイナスとなった。なお,年度中の推移を四半期別に実質ベースでみると,前年同期比で55年1~3月期0.2%増のあと,4~6月期に2.5%減と大きく落ち込んだ。しかしその後は,7~9月期の0,9%減,10~12月期0.4%減と減少幅は縮小し,56年1~3月期には0.2%増とプラスに転じた。
なお,消費支出の内訳を費目別にみると( 第12-2表 ),55年度は食料,交通通信を除きすべての費目で前年度比実質減少となっている。特に,耐久財の落ち込みから家具・家事用品が大幅減少となったほか,価格が大幅に上昇し節約が進んだ光熱の実質大幅減少により,光熱・水道も大きく減少した。
次に,実質消費減少の背景となっている所得面の動きをみると,55年度の実収入は前年度比で名目7.4%増と,54年度の伸び(7.0%増)を若干上回った。しかし,実質では54年度の2.1%増に対し,55年度は0.4%減と年度としては初のマイナスとなった( 第12-3表 )。内訳をみると,「世帯主収入」は景気のかげりによる所定外労働時間の減少などから前年度の伸びを下回ったため,前年度比名目で7.0%増となり,消費者物価の上昇から実質では0.7%の減少となった。一方,「妻の収入」は実質5.6%増,「他の世帯員収入」も実質7.2%増と大幅な伸びとなった。妻の収入はこれまでも婦人の労働力化の進展から,実収入に占める比率を上昇させてきた。世帯主収入に対する妻の収入の比率でみると,45年度5.5%が,50年度7,7%,55年度8.4%と高まってきている。55年度の妻の収入の高い伸びには,こうした動きが背景となっているが,それに加え世帯主収入の実質減少をカバーするという側面もあったものと思われる。
こうした実収入の伸びに対し,税金や社会保障費などの非消費支出は,前年度比で55年度名目13.4%増と,実収入の伸びを上回った。このため可処分所得は55年度名目で6.6%増,実質では1.1%減と,51年度以来の実質減少となった。なお,年度中の推移を四半期別の実質前年同期比でみると,55年4~6月期の2.2%減をボトムに,7~9月期1.1%減,10~12月期0.7%減,56年1~3月期0.7%減とマイナス幅はやや縮小傾向にある。
次に,消費性向の動きをみると,55年度は78.2%と54年度の水準(78.0%)をわずかに上回った。これは本報告(第I部第2章第2節)でみたように所得要因や,習慣要因,流動資産要因は消費性向を押し上げる要因として働いたものの,消費者マインドがやや慎重となったため0.2ポイントの上昇にとどまったといえる。なお,年度中の推移を四半期別にみると( 第12-4図 ),年度後半になり消費性向はかなり上昇している。これは,(イ)消費者物価の騰勢鈍化が後半顕著になってきたこと,このため(ロ)可処分所得の減少幅も小さくなってきたこと,(ハ)55年度末には56年度ベースアップに対する予想が,56年1~3月期の消費者物価上昇率を上回る公算が出てきたことなどにより,勤労者世帯の消費マインドが明かるくなってきたことが要因といえよう。この結果,実質消費支出は56年1~3月期に前年同期比で1年ぶりのプラスに転じた。
一般世帯の消費支出は,前年度比で54年度名目7.6%増,実質2.7%増のあと,55年度はそれぞれ5.6%増,2.0%減と大きく落ち込んだ。年度中の動きを四半期別に実質ベースでみると,55年1~3月期4.7%増のあと,4~6月期に0,7%減とマイナスに転じ,7~9月期1.0%減,10~12月期2.2%減,56年1~3月期4.1%減と期を迫って減少幅は拡大していった。
第12-4図 勤労者世帯の所得,消費支出,平均消費性向の推移
世帯主の職業別に一般世帯の消費支出をみると( 第12-5表 ),個人営業世帯のうち商人・職人が前年度比で実質4.2%減と大幅減少になったほか,法人経営者も3.9%の減少となった。また個人経営者は0.8%減と2年連続の減少となった。
こうした一般世帯の消費支出の動きの背景にある所得面の動きを,総理府「貯蓄動向調査」の年間収入(暦年)でみると,一般世帯は前年比,実質ベースで55年2.0%減,個人営業世帯は3.5%減と,勤労者世帯の実収入の減少幅(55年は0.6%減)に比べ大きな落ち込みとなっている。
一般世帯の落ち込みが大きく,また年度中の推移でも減少幅が拡大してきたのは,中小企業からなる個人営業世帯(一般世帯の3分の2を占める)の落ち込みが主因である。中小企業は個人消費,住宅など55年度に伸び悩んだ分野への依存度が高く,経営環境は厳しい状況が続いており,これが一般世帯の不振につながったといえる( 第12-6図 )。
第12-6図 一般世帯,個人営業世帯の消費支出と中小企業の業況判断,消費支出増減率
55年度の農家世帯の家計動向を農林水産省「農家経済調査」でみると,農家所得は前年度比1.6%増と54年度の伸び(4.7%増)をかなり下回った。これは農業所得が冷害,経営費増などにより大幅減少となったのに加え,農業所得も景気のかげりから伸び率がやや低下したためである。農業所得は前年度比16.1%減となったが,これは収入面で農業粗収益が鶏卵,豚収入が増加したものの,米作収入が大幅減少により1.6%減となったこと,加えて支出面の農業経営費が輸入原材料の値上がりを反映した生産資材価格の上昇により11.0%増と54年度を上回る伸びとなったためである。一方,農外所得も7.8%増と,前年度の伸び(8.8%増)をやや下回った。
このように農家所得の伸びは鈍化したが,農業共済金の支払い等により冷害の影響は相当程度緩和された。この結果,農家所得に「出かせぎ被贈扶助等の収入」を加えた農家総所得は3.9%増,また農家総所得から租税公課諸負担額を差引いた可処分所得は3.0%増となったものの,いずれも前年度の伸びを下回った。
以上のように所得の伸びは鈍化したものの,消費性向が54年度の79.4%から55年度は84.0%に上昇したことにより,家計費(現金支出)は前年度比6.9%増と前年度の伸び(7.6%増)を若干下回るにとどまった。しかし,農家の生活資材購入価格が家計光熱を中心に上昇し,前年度比8.4%上昇と54年度の上昇率(5.3%)をかなり上回った。このため,実質家計費現金支出は,前年度比で54年度2.2%増のあと,55年度は1.5%の減少となった。内訳をみると,住居費,飲食費は堅調に推移したものの,被服費,光熱水道料は減少となった( 第12-7表 )。
55年度経済の特徴として,全体としては交易条件の悪化により実質所得が伸び悩んだなかで,①最終需要面で項目別に跛行性がみられたこと,②企業規模別に格差が生じたことがあげられる(本報告第I部第2章)。そこで,こうした特徴が家計に対してどのような影響を与えたかをみてみよう。
最終需要面の跛行性は,輸出,設備投資の堅調と,個人消費,住宅投資及び公共投資の伸び悩みとしてあらわれた。一方,家計の動きを,全国勤労者世帯の世帯主の勤め先産業別にみると,製造業の堅調に対し,卸小売業,サービス業,建設業で低調となっている。55年度の実質可処分所得を前年度比でみると,製造業1.7%増,卸小売業5.1%減,サービス業1.1%減,建設業3.4%減と,製造業を除いて減少となった( 第12-8図 )。
つまり,卸小売業,サービス業はともに個人消費との関連が深く,個人消費の伸び悩みが,これらに勤める世帯の実質可処分所得の減少につながったといえる。さらに,この2業種の中では卸小売業の減少に比べ,サービス業の減少幅が小さくなっている。55年度の消費支出(家計調査,全世帯)を形態別にみると,前年度比実質で商品は2.1%減に対しサービスは0.5%の増加となった。これが卸小売業とサービス業の差につながったといえよう。また,建設業に勤める世帯の実質可処分所得の減少も大きいが,これは設備投資の堅調があったとはいえ,住宅,公共事業の伸び悩みによる建設業の低調が原因といえよう。一方,製造業では素材型業種の停滞といった面はあったものの,加工型業種を中心に輸出,設備投資の堅調に支えられ他の業種に比べれば順調に推移した。このため製造業に勤める世帯の実質可処分所得は増加を維持したといえる。
以上のような可処分所得の動きを反映し,実質消費支出にも格差が生じた。前年度比で55年度の実質消費支出は,製造業が0.5%増となったのに対し,卸小売業3.8%減,サービス業1.8%減,建設業2.9%減といずれも減少となった。
すでに一般世帯の推移でもみたように,55年度の企業動向は大企業に比べ,中小企業の停滞色が強かった。
これを家計の面からみるため,全国勤労者世帯の世帯主の勤め先企業規模別に,中小企業(従業員数1~99人),中堅企業(同100~999人),大企業(同1,000人以上)に分けてみると,規模の小さい企業に勤めている世帯ほど,伸び悩んでいることがわかる( 第12-9図 )。55年度の実質可処分所得は前年度比で,大企業0.3%減,中堅企業1.5%減,中小企業2.7%減となっている。こうした可処分所得の動きを反映して,実質消費支出も前年度比で,大企業では0.4%増とわずかながらも増加となっているのに対し,中堅企業では1.8%減,中小企業では2,1%減となった。
55年度の消費支出(家計調査,全世帯)は前年度比実質で1.2%の減少となった。内容を性格別にみると,必需的支出の横ばいに対し,選択的支出は0.7減,その他の消費支出は3.8%減となった。選択的支出をさらに耐久消費財と非耐久消費財に分けると,耐久消費財は11.5%の大幅減少であり,非耐久消費財は1.8%の増加となっている。所得弾力性の高い耐久消費財やその他の消費支出(こづかい,交際費等)ほど減少幅は大きかった。なかでも①耐久消費財の減少幅がとくに大きいこと,また②増加した必需的支出のなかで光熱費が実質大幅減となったことが,55年度の特徴としてあげられよう( 第12-10表 )。
まず,光熱費は前年度比で実質6.2%の減少となった。第1次石油ショック後の49年度でも0.1%の増加であり,以降54年度までの5年間,年率で実質4.3%の増加を続けてきただけに,今回の落ち込みは特に大きかったといえる。その要因としては,①55年度は電気,ガス料金の大幅上昇があり,光熱費の消費者物価指数(総合)に対する相対価格は前年度比で55年度28.2%上昇と49年度の6.7%上昇を大きく上回った。これが光熱費の節約,省エネルギーの進展につなかった。加えて,②55年の夏が涼しかったことによる電気使用量の減少があげられる。
次に,耐久消費財も49年度の減少(前年度比実質6.4%減)を上回る落ち込みとなった。この要因としては,①実質所得減少,消費マインドの慎重化のなかで,所得弾力性の高い耐久消費財が買い控えられた。②VTRなど一部の成長商品はあるものの,主要耐久財には普及率の高い商品が多い。従って買い替え需要が中心であり,買い替え時期の選択という形で,所得に対しより弾力的になっている。③53年度から54年度前半にかけての耐久財の需要増には,一部インフレ進行懸念による買い急ぎもあったとみられその反動による減少。④55年の冷夏によるエアコン等季節商品の落ち込みがあった。⑤電気料金の大幅上昇が,消費者にとって家電製品のトータルコストを高めた。つまり,家電製品の相対価格(イニシアルコスト)は低下しているものの,電気料金というランニングコストの上昇によって,家電製品のトータルコストが上昇し,需要減少につなかった点があげられよう。
しかし,こうした耐久財の不振のなかで,性格によりさらに選別が行なわれている。家具・家事用耐久財が前年度比実質で55年度19.0%と大幅減少となったのに対し,教養娯楽用耐久財は2.3%の減少にとどまった。家具・家事用耐久財には洗濯機,冷蔵庫,ミシン,エアコン等が含まれるのに対し,教養娯楽用耐久財にはテレビ,ラジオ,テープレコーダー,カメラ等が含まれる。こうした構成品目の差が伸び率の差につなかった。つまり,家具・家事用耐久財には「家庭で1台」という性格の商品が多いのに対し,教養娯楽用耐久財には「個人に1台」という性格の商品が多く,2台目以降の需要が起こりやすい。消費の個性化といわれるなかで,同じ耐久財でもこうした差はますます拡大していくものと思われる。