昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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11. 労  働

55年度の労働経済の動きは,第二次石油危機の影響を大きく反映したものとなった。そのデフレ的影響から年度後半以降労働需給が緩和を続け,所定外労働時間も減少に転じた。その反面,雇用者は堅調な増加を続けた。また,産油国への実質所得の移転を背景に,実質賃金は年度間を通して減少を続けた。

以下では,(1)雇用の増加―で雇用が増加又は減少している産業,規模や労働者層を明らかにし,(2)労働需給の緩和と失業の増加―で労働需給緩和と失業増加の背景を探り,雇用増加の内容とすれ違っていることを確認する。そして,(3)労働時間の減少―で所定内時間の減少と所定外時間の減少についてみて,最後に(4)実質賃金の減少―で実質賃金の減少を給与内訳別,産業別に明らかにする。

(1) 雇用の増加

(雇用動向の特徴)

55年度の労働力人口は5,671万人で前年度より64万人増加した。この内訳は就業者が5,552万人,うち雇用者が3,997万人,そして完全失業者が118万人となっており,前年度に比べて,それぞれ59万人,101万人,4万人増加した。また労働力率は63.3%となり,前年度(63.4%)とほぼ同水準となった。

ここで注目すべき点は,雇用者の増加が就業者のそれを大幅に上回っていることである。これは自営業主と家族従業者(以下では非雇用者とする)が前年度より41万人減少したためであるが,これは農林業における大幅減少に加えて,非農林業でも減少に転じたことによる。農林業就業者はほとんどが,自営業主と家族従業者であるから,これは農林業就業者の大幅減少を意味している。

したがって,55年度の雇用動向の特徴として,①農林業就業者の大幅減少,②非農林雇用者の堅調な増加,③非農林非雇用者の減少をあげることができる。

(農林就業者減の背景)

農林業就業者は55年度に前年度に比べて,36万人,6.4%の減少となったが,これは48年度につぐ大幅な減少である。こうした農林業就業者の減少はどのようにして生じたのだろうか。 第11-1表 は農家・非農家間,農林業・非農林業間の労働移動を55年についてみたものである。これによれば,農林業就業者35万人減の内訳は,①農家世帯の人口の増加によって農林業就業者が7万人増加すべきところ,②30万人の農林業就業者が農家→非農家の世帯間移動により減少し,③農家世帯の12万人が農林業の就業をやめ非農林業に転職している。一方,非農林業就業者は上記内訳②の農林業就業者30万人減のうち18万人,③の転職による12万人の計30万人を農家世帯から受け入れている。したがって,農林業就業者35万人の減少の大部分は非農休業部門に吸収されている。この理由として,①非農林業内に活発に雇用吸収する部門があったこと,②冷害による農家収入の減少を補うために非農林業に進出したこと等があげられる。

第11-1表 農家,非農家別就業移動

(非農林雇用者増加の特徴)

一方,非農林業雇用者は前年度に比べて102万人増加したが,これも48年度の111万人増に次ぐ大幅なものとなっている。55年度間を通してみても一定して高い伸びが続いている。

第11-2図 産業別雇用者の推移

こうした堅調な増加を示した非農林業雇用者を産業,規模におりると,次のような特徴がみられる。

まず産業別にみると,各産業とも堅調な増加を示している。55年度の前年度比でみて,卸・小売業,サービス業がともに3.6%増,建設業が3.0%増,製造業が2.0%増,そして運輸・通信業が1.2%増となっている。ただ,建設業,運輸・通信業では56年1~3月期に雇用が減少し,卸・小売業では年度後半に増勢が鈍化した( 第11-2図 )。また本報告 第I-2-60図 にみるように製造業内部においては,機械関係業種の高い雇用増加とは対照的に,その他の業種では雇用が減少している。こうしたところに石油危機によるデフレ効果の影響がみられる。

第11-3図 製造業規模別雇用者数の推移

次に製造業の規模別にみると( 第11-3図 ),500人以上の大企業における雇用がかなり高い増勢を続けているのに対して,中小企業では若干の増加ないし減少となっている。

(非農林非雇用者の減少)

また50~54年度まで増加してきた非農林業の自営業主,家族従業者は55年度は6万人の減少に転じた。これを男女別にみると女子が6万人減少し,男子は横ばいである。特に女子は内職者(自営業主に区分される)と家族従業者でそれぞれ3万人ずつ減少いている。まだ産業別にみると,卸・小売業が5万人減少したほかは,ほぼ横ばいとなっている。こうした傾向からみて,個人消費停滞の影響は自営業主世帯に強く反映し,その結果,それまで補助的な仕事をしていた女子が仕事をやめて非労働化したか,あるいは他部門へ就業したものと考えられる。

(好調な新卒採用)

非農林雇用者の堅調な増加を労働力の供給面からみると,①上述した農林業就業者からの転職,②新規学卒者の採用増,③女子労働力の進出がある。

新規学卒の労働需給は第一次石油危機後の50年4月から54年4月まで緩和を続けたが,55年4月から回復をみせ,56年4月も上昇いている。これを30人以上の企業について定期採用月である4月の採用率(新規採用者数/採用前労働者数×100)でみると,54年3.9%に対して55年4.4%と上昇し,56年は4.6%と更に上昇した。産業別には製造業,卸・小売業,金融保険業,鉱業で上昇傾向がみられる。製造業の内部では機械関係業種の上昇が著しい,まだ規模別には大企業の上昇が目立つ。

こうした新規学卒労働市場の回復は,後にみる一般労働市場の緩和傾向と対照的である。これは企業が第一次石油危機後,長期にわたり新規学卒者の採用を手控てきたために,企業(特に大企業)内には若年労働力が不足しており,デフレによる短期的な労働投入量の調整は,一般労働市場の求人の削減や所定外労働時間の減少により対処する一方で,中・長期的に必要な労働力を確保するために,新規学卒者の採用を増やしていることによるとみられる。

(女子労働力の進出)

55年度の非農林雇用者102万人増加の内訳は男女とも50万人である。しかし増加率でみると男子2.0%に対して女子は3.8%と,女子の増勢が目立っている。

この女子雇用の著増は,一つには,サービス経済化が進むなかで第三次産業部門の発展が続き,そこにおける女子雇用需要の増大が大きいことがあげらる。55年度には個人消費が停滞する動きはあったものの,女子雇用需要は衰えなかった。50万人増のうちサービス業が15万人,卸・小売業が14万人増加している。二つには,本報告でもみたように,女子の就業意識が変化していること,育児や家事負担の軽減など,主婦をめぐる環境が変化していることである。雇用者世帯の女子労働力率を年齢別にみると( 第11-4図 ),40年代の上昇は40~64歳といった中高年が主であったが,50年以降はより若い層に比重が移り,最近は20歳台の上昇が目立つ。

第11-4図 雇用者世帯女子労働力率の上昇

以上のように堅調な雇用増加の背景には,石油危機による跛行的なデフレ効果という短期的な要因とともに,中長期的,構造的な要因(新卒や女子雇用)の存在が大きい。次節でみる労働需給の動きは短期的要因が大きく反映しているため,雇用とは異なった動きをしている。

(2) 労働需給の緩和と失業の増加

(労働需給の緩和)

労働需給の状況を示す有効求人倍率は,55年1~3月期に0.78倍に達した後,55年度間を通して毎四半期ごとに0.02倍づつ低下を続けた。この低下傾向は56年度初めまで続き,56年4~6月期には0.66倍まで低下した(本報告 第I-2-56図 )。55年度の労働需給の緩和は,石油危機によるデフレ的影響が労働需要(求人)の減退を招いたことと,離職者の増加を背景として求職者が増加したことの両者が相まって生じたものである。実際に四半期ベースでみると,有効求人は55年度間を通しで減少し,有効求職も55年度間を通して増加した。

(求人の減少)

求人(新規学卒以外の中途採用求人)の減少は次節でみる所定外労働時間の減少とともに,生産の停滞に伴う短期的,景気循環的なものとみられる。

求人(新規求人)の動きを産業別にみれば,サービス業がほぼ横ばいで推移しているほかは,製造業,建設業,卸・小売業,運輸・通信業の各産業で減少している( 第11-5図 )。また規模別にみると(本報告 第I-2-57図 )。大企業をはじめ各規模とも減少している。雇用の増加が堅調な,製造業や大企業における求人の減少の意味するところは,雇用増加は前節で述べたように,中・長期的,構造的な性格が強いのに対して,求人の減少は短期的性格が強いことの反映によると考えられる。

(求職の増加)

一方,求職者の増加には離職者の増加が基本的な背景となっている。離職者の動きを雇用保険受給者でみると( 第11-6図 ),有効求職者の変動幅が受給者より小さいものの,変化の方向は両者一致している。すなわち,55年7~9月期に受給者が前年同期の水準を上回ると同時に,有効求職者も増加に転じている。その後,両者はともに期を追って増加幅が大きくなっていく。なお,新たな離職者については,これよりも一四半期早く55年4~6月期に増加している。

第11-5図 産業別新規求人の推移

離職の増加を産業別にみると(本報告 第I-2-58図 )。各産業とも増加しているなかで,建設業と製造業の増加が大きい。建設業については,52,3年頃は公共事業が活発だったことから離職の増加はみられなかったが,55年度には住宅不況と公共事業の伸び悩みなどから離職が増加している。また,製造業は消費・住宅,素材関連の業種で,かつ主として中小企業からの離職が増加しているが,その増加幅はそれほど大幅ではない。これらはいずれも雇用増加が停滞している産業である。

第11-6図 雇用保険受給者と完全失業者

(失業の増加)

求職者,離職者の増加とともに,失業者も増加している。55年度の完全失業者数は118万人,完全失業率は2.1%となったが,54年度に比べると4万人増加の0.1%ポイント上昇にすぎない。しかし,年度間を四半期べースでみると,55年1~3月期1.89%をボドムに,以後4~6月期1.98%,7~9月期2.04%,10~12月期2.17%と上昇を続けた。その後,56年1~3月期に2.15%と上昇は一服したものの,56年度に入り4~6月期2.33%と著しく上昇した。

こうした失業率の上昇傾向は,一つには, 第11-6図 にみるような離職者の増加,二つは,女子の就業意識の変化等による女子失業の高まりなどを背景としている。

第11-7図 性・年齢別完全失業率

第11-8図 年齢別求職者数の推移

失業率上昇の内容をみると( 第11-7図 ,本報告 I-2-59図 ),男女ともに上昇しているが,男子の上昇幅が大きい。男子では,55歳以上の上昇が目立つほか,56年度初めにかけて世帯主,25~39歳,40~54歳でも上昇した。これは離職者に中高年齢層が多かったことや( 第11-8図 にみるように求職者の中高年割合が高まっている),高齢層ほど労働需給が緩和しているために,まず,高齢層から失業が滞留しはじめたものと考えられる。また,女子は,フルタイム希望(主にする仕事希望)の単身世帯での上昇が著しいほか,56年度初めには配偶者でも上昇している。年齢別には25~39歳で上昇している。これらはフルタイムの需給の悪化(単身世帯)と,就業意識の変化から離職しても非労働力化する動きが鈍っている(配偶者)ことなどのためとみられる。

(3) 労働時間の減少

(所定内労働時間の減少)

55年度の総実労働時間(調査産業計,月間)は175.4時間で前年度より0.6%減少した。総実労働時間は51年度以降,所定外労働時間の増加を背景に,51~54年度まで増加を続けてきた。この55年度の内訳は,所定内労働時間が前年度比0.6%減,所定外労働時間が横ばいとなっている。このうち所定内は50~53年度まで0.1%ずつ増加を続けてきたが,54年度0.1%減となっており,55年度は比較的大きな減少となった。また,出勤日数は21.9日と前年度より0.1日減少している。

(所定外労働時間の減少)

一方,所定外労働時間を製造業でみると,55年度は1.9%増と増加はしたものの,51年度以降最も低い増加幅となっている。年度間を四半期ベースでみると,55年4~6月期まで前期比で増加し,7~9,10~12月期と減少し,56年1~3月には若干増加したが,4~6月期で再び減少した。この所定外の減少は,石油危機のデフレ的影響により生産の増勢がゆるやかなためによるものである。 第11-9図 にみるように,生産は55年7~9月期に減少し,その後増加傾向にあるが,そのテンポはゆるやかである。この間,所定外時間は生産性の上昇もあって減少を続けた。なお,製造業を業種別にみると,どの業種でも所定外時間の減少がみられた。

(4) 実質賃金の滅少

(名目賃金はなだらかな上昇)

55年度の名目賃金上昇率は6.6%と,前年度の6.5%に次いでなだらがなものとなった。しかし,石油危機に伴うインフレにより実質賃金は1.1%の減少となった。これは交易条件の悪化に伴い,実質所得が産油国へ移転した結果と考えられる。実質賃金を年度間の四半期ベースでみると( 第11-10表 )。年度前半は1%を超える減少であったのに対して,後半は1%内の減少に縮小している。これは,後半になると消費者物価の上昇が落ち着きはじめたこと,年末賞与の伸びが高かったことによる。また,名目賃金上昇率を給与の内訳別にみると,所定内,所定外がともに6%台,特別給与がこれより高く8%となっている。さらに,実質賃金の内訳を寄与度でみると,特別給与が中立的,所定外が微減の寄与となっている。

第11-9図 所定外労働時間と生産

実質賃金を産業別にみるとかなり異なった動きがみられる。建設業が前年度は0.3%の増加,製造業が0.1%の微減,金融保険業が0.4%減となったほか比1%以上の減少で,なかでも,運輸・通信業,サービス業は2.2%の減少となっている。また,製造業の内部では,出版・印刷,石油・石炭,鉄鋼,一般機械,輸送用機械では増加し,他の業種は保合ないし減少している。

第11-10表 賃金上昇率の推移

なお,56年の春季賃上げ率は7.68%(加重平均)と引き続きなだらかな結果となったが,消費者物価上昇率が沈静化を続けていることから,56年度の実質賃金の増加は確保されるとみられる。


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