昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第2次石油危機を契機として急騰した卸売物価は,55年4月には前年同月比上昇率で24.0%に達したが,その後急速に落ち着きを取り戻し,55年度中はおおむね横ばい又は若干の下落傾向で推移した( 第10-1図 )。この結果,卸売物価上昇率は,55年度平均では前年度からのゲタ(10.5%)が大きかったため13.3%となったが,年度間(56年3月の前年同月比騰落率)では1.8%にとどまった。
55年度における卸売物価の動きを四半期別にみると( 第10-2表 ),54年中から55年1~3月期にかけて強まってきた騰勢は,4~6月期に入りようやく峠を越した。4月には電力・ガス料金の改定や鉄鋼の値上げ等からなお大幅な上昇がみられたが(前月比2.7%上昇,前年同月比24.0%上昇),5月以降は,アメリカの景気後退等による海外一次産品市況の下落や急速な円高転化のため輸出入品が下落したことに加え,国内品も需給緩和等から一部に下落する品目がみられるなど騰勢が鈍化し,4~6月期としては前期比4.8%の上昇となった。類別にみると,電力・ガスに加え,石油・石炭・同製品,化学製品,食料品,鉄鋼等ではなお上昇が続いているものの,非鉄金属,金属素材,非食料農林産物では下落に転じた。
続く7~9月期においては,前期比で0.7%の上昇と卸売物価はほぼ沈静化した。これは,輸出入品が円高傾向等から引き続き落ち着いていたことに加え,国内品も需給緩和が一層進んだため落ち着きの度を増したことによる。類別に今は,原油価格が引き上げられた石油・石炭・同製品等で上昇がみられたものの,製材・木製品,非食料農林産物,鉄鋼等市況性の強い品目が下落した。
さらに10~12月期に入ると,仮需の反動が実需の停滞につながるなかで,卸売物価は遂に下落に転じた。類別にみても下落品目は,製材・木製品,電力・ガス,化学製品,非鉄金属等,素原材料や中間品を中心として17類別中10類別に及んだ。
56年1~3月期においても落ち着いた動きが続いた。国内品は,需給の緩和がなお続いたため市況関連商品を中心に下落を続け,輸出入品も年初に大幅な円高から下落した。2月以降,為替レートが円安化したことや原油価格の上昇などから微騰に転じたものの,1~3月期全体としては前期比0.7%の下落となった。類別には10~12月期と同様,非鉄金属,化学製品,製材・木製品等の下落が顕著であった。
4~6月期に入ると,輸出入品が円安や高値原油入着から上昇し,国内品も,石油製品の値上げや,酒税,物品税の引上げ等から上昇に転じたため,全体としては前期比1.1%の上昇となった。しかし,その他の国内品は,なお安定した動きを続けている。類別には,石油・石炭・同製品,鉄鋼,食料品,輸送用機器が上昇した一方,パルプ・紙・同製品,化学製品が続落した。
このように,卸売物価は55年4~6月期まで高い上昇率を示したあと,7~9月期に入り,沈静化したが,卸売物価の変動要因を,輸入物価,製品需給,賃金コストの各要因に分けて,この沈静化の背景をみてみよう( 第10-3図 )。
沈静化の第1の要因は,輸入物価の落ち着きである。54年以降の物価上昇は,その原因の大半が輸入物価上昇の影響に帰せられるが,その輸入物価は55年4~6月期以降急速に沈静化し,55年7~9月期以降は下落傾向を示すに至った( 第10-4図 )。
これは,54年中急上昇を続けた原油価格が,55年に入りやや騰勢を鈍化させ,また他の海外一次産品価格も55年4~6月期以降,落ち着いた動きとなったこと( 第10-4図 ),これに加えて,55年4月半ば以降,為替レートが急速に円高となったためである。円高による輸入物価引き下げ効果は,前期比で55年4~6月期から10~12月期まで,毎期4~6%に達し,外貨建て価格が,なお上昇を続けるなかで,輸入物価の落ち着きに大きく寄与した( 第10-5図 )。
このような輸入物価の沈静化によるコスト圧力の減少は,タイムラグをおいて卸売物価に影響を及ぼしていった。卸売物価の上昇寄与度を加工段階別にみると,全体の4分の3を輸入品が占める素原材料が,55年4~6月期には沈静化に向かい,続いて中間品の寄与度も後に述べる需給緩和に加え,素原材料の落ち着きもあり,7~9月期には大幅に減少している。さらに完成品の寄与度も7~9月期以降,徐々に減少している(前掲 第10-4図 )。
第2の要因は,国内面においてマネーサプライの伸び率が次第に低下するなかで,55年1~3月期にみられた仮需の反動と,それに続く実需の停滞により,55年4~6月期以降,需給が緩和基調となったことである。このため,国内品卸売物価の中で需給の動向に対し特に敏感な市況性商品の価格は,55年4~6月期に騰勢が鈍化した後,年央以降ははっきりと下落に転じ,卸売物価を沈静化させる大きな要因となった( 第10-6図 )。また,商品市況の動きには,こうした状況が先行性をもって,より明らかに現われた( 第10-7図 )。商品市況は55年5月以降下落に転じ,以後ほぼ一貫して大幅な下降を続けた。品目別にみても,棒鋼,銅地金,上質紙,合板,塩ビ樹脂,綿糸等広範な品目で下落がみられた。
一方,卸売物価に影響を及ぼす第3の要因である賃金コストは,55年4~6月期までは,物価引き下げ要因であったが,55年7~9月期以降は物価上昇要因となった(前掲 第10-3図 )。しかしながら,前回石油危機後の状況に比べ,その影響ははるかに小さいものであった。これは,今回の賃金上昇率が落ち着いたものであったことに加え,稼働率の落ち込みも前回に比べ小さく,労働生産性の低下が小幅なものにとどまったためである(本報告, 第I-1-18図 )。
以上のように,今回の物価沈静化は,輸入物価の急速な落ち着き,需給緩和及び穏やかな賃金コスト上昇率を背景とするものであったが,今回の状況を,第一次石油危機後の状況と比較すると,つぎの点を指摘することができる(前掲 第10-3図 )。
第1は,輸入物価の沈静化が,今回は急速であったことである。これは,前回は,物価がピークアウトした後も為替レートが下がり続けたのに対し,今回は,石油危機に対する日本の良好な対応が評価され上昇傾向を示したためである。
第2の特徴は,前述のとおり,前回大きな物価上昇要因となった賃金コストが,今回は落ち着いていたことである。
第1と,第2の理由から,今回は,卸売物価上昇率がピークに達してから,沈静化するまでの期間が,前回に比べ3カ月程度短くなっている。第3の特徴は,需給要因の引下げ効果が,今回は前回に比べ小さいことである。前回は輸入物価の上昇が続き,賃金コストが増加するなかで,急速な需給緩和を主因として,物価が沈静化した。これに対し,今回はコストアップ要因が比較的小幅にとどまる一方,需給要因の物価引き下げ効果も小さかった。なお,このことは,前回の物価沈静化が,コストアップと製品価格低迷による企業収益の悪化を伴うものであったのに対し,今回は企業収益がおおむね堅調を維持したことの背景となっている。
第10-8表 特殊分類別消費者物価指数の推移(前期比騰落率)
55年度の消費者物価指数(全国,50年=100)は139.4で,前年度比上昇率は7.8%と,54年度(4.8%)に比ベ3ポイント高まった。しかし,年度中の動きをみると,前半は前年比でおおむね8%台の比較的高い上昇率を示していたが,後半に入ると次第に落ち着き傾向を増してきた。
年度前半に消費者物価が前年比8%台の上昇をほぼ一貫して続けたのは,基本的には第2次石油危機に伴う卸売物価の高騰が消費者物価に波及してきたことによる。したがって,卸売物価が急速に沈静化傾向を強めるのに伴い消費者物価は,年度後半,次第に上昇率が鈍化し,落ち着く傾向をたどった。
品目の性格によって区分した特殊分類別の前年度比上昇率をみると( 第10-8表 ),商品が7.1%,サービスが9.1%,それぞれ上昇している。54年度の上昇率はそれぞれ4.6%,5.0%であったから,商品,サービスともに上昇率が高まっている。商品の上昇率が高まったのは,主として卸売物価高騰の影響を受けた工業製品の上昇によるものであり,また,サービスについては,原油価格上昇等により電気・ガス代が上昇するなど公共料金の上昇率が高まったことによるところが大きい。
次に55年度の推移を四半期別にみると,55年4~6月期には,異常気象(長雨,台風)の影響を脱した野菜を中心に生鮮食料品が大幅に下落したものの,公共料金(電気ガス代等)やその他の工業製品(石油製品等)の値上り,夏物衣料の出回り等から前期比3.2%という高い上昇を示し,前年同期比上昇率でも8%台に達した。続く7~9月期には,夏物衣料の下落等から騰勢は鈍化したものの,印刷物(新聞代)などの値上がりもあって前年同期比ではなお8%台の上昇が続いた。
しかし,10~12月期に入ると消費者物価は落ち着く方向に向かった。卸売物価上昇の波及がほぼ一巡したことなどから商品の上昇率は前年同期比でも6%台となり,サース価格も公共料金をはじめとして落ち着いていたため,総合では前年同期比上昇率が7%台に低下した。さに56年1~3月期には,冬物衣料の下落等季節要因もあって工業製品が対前期比0.8%低下し,総合の前年同期比上昇率では6%台に落ち着いてきた。もっともこの間寒波や異常乾燥のため生鮮食料品,特に野菜が大幅な上昇を示したこともあって,安定化の速度は前期比でみると比較的緩やかであった。なお,54年中から55年前半にかけて急騰し,消費者物価全体の大きな上昇要因となった石油製品(灯油,ガソリン)は消費節約等から需給が緩和したため,55年半ば以後,年度末頃までじりじりと下落を続けた。
55年度のサービス価格は,全体で9.1%の上昇と,前年度(5.0%の上昇)を上回る上昇率となった。このうち公共料金は,53,54年度と大きな改定が少なく,おおむね落ち着いた動きを示した後,55年度には13.1%と上昇率が高まった。これは,原油価格高騰の影響等から電気ガス代が上昇したことによる面が大きい(電気ガス代の公共料金に対する上昇寄与度8.5%)( 第10-9表 )。
また,個人サービス等その他のサービス価格も54年度に比べ上昇率が高まった。これは,個人消費が停滞した推移を示したものの,コスト比率の高い人件費の伸びがやや高まったことや,原油価格上昇に伴うエネルギーコストの上昇等によるものとみられる( 第10-10図 )。
我が国経済を物価動向の観点からみると,55年度は,第2次石油危機に伴う輸入インフレをホームメード・インフレに転化させることなく沈静化させ,安定化傾向を定着させることのできた年であった。既にみたように卸売物価は,年度当初,前年比で20%を超える上昇率を示した後,急速に沈静化し,消費者物価もこれにやや遅れたものの秋以降落ち着きの方向をたどり,56年春にはほぼ安定した状態を取り戻した。こうした時期にあって景気は緩やかに改善の方向を歩み始めた。一方,卸売物価は,円安を主因に再びやや上昇の動きもみられるものの,全体としては安定基調にある。景気の持続的上昇は,物価の安定を基礎として初めて達成されることを考えると,今後とも物価の安定をより確実なものとしていく必要がある。
第10-9表 公共料金(消費者物価)の推移(前年度比,前年同期比騰落率)
第10-10図 サービスの消費者物価と賃金の動き(対前年同期比)