昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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9. 金  融

(1) 55年度の金融動向

昭和55年の日本経済は,前年来の数次にわたる原油価格の引上げを契機として国内物価が高騰した。こうした局面において,政府,日本銀行はいち早く物価重視の姿勢を打ち出し,54年度以来,順次金融引締め策を強化するなど総合物価対策を推進してきた。年央に至り物価は落ち着く方向を示したものの,個人消費の伸び悩み,住宅投資の低迷など景気にかげりがみられた。このため,物価の安定を図りつつ景気の動向にも配意するため,金融政策が緩和へと転じられた。公定歩合はそれまで既往ピークと並ぶ9%まで引き上げられていたが55年8月,11月と相次いで引下げられたあと,56年3月の第3次引下げにより6.25%となった。また,長期貸出最優遇金利をはじめ市中貸出金利もこれに伴って下降した( 第9-1表 )。

さらに,量的金融調節の面では,前年比でマイナスの貸出増加額に抑えられていた日本銀行の窓口指導が徐々に緩和され,55年10~12月期にプラスに転じたあと,56年4~6月期には,各金融機関とも原則として自主的貸出計画がそのまま認められることとなった。また,預金準備率も55年11月と56年4月に引き下げられた。

一方,マネーサプライの動向をみると,金融政策が緩和に転じたあとも引き続き低下した(後掲 第9-4図 )。

企業金融の面では,引締め期間中の資金繰り窮屈化は前回に比ベ遙かに軽微であり,逆に緩和後の緩和感の程度も前回に比ベ低いという,いわば「引締り感なき引締め」と「緩和感に乏しい緩和」が生じた(本報告 I-3-4図 )。

短期金融市場をみると,金利裁定取引が一層進展した。これには,55年12月の新外為法施行によって為替取引が原則自由となったことから,海外をも含んだ裁定収引の場の広がりも寄与している。国内についても,こうした裁定取引の活発化に伴い,インターバンク,CD,現先などのレートの推移が一層近接した( 第9-2図 )。

第9-1表 55年度における金融関係主要事項

第9-2図 短期金利の推移

第9-3表 55年度資金需給実績表

次に公社債市場では,年初以来公定歩合引上げの過程で相場は軟化した。その後,一時的に相場が回復したものの,夏以降,金融が緩和局面に転じたにもかかわらず弱含みで推移した。一方,公社債の発行条件の動きをみると,55年4月に既往最高水準まで引上げられたあと,56年5月までの間に,公共債が3回,事業債が5回引下げられた。

(2) 緩和局面下の金融市場

55年度の金融市場は,前年とは様変りに資金余剰となり,余剰幅は16,894億円となった(54年度11,243億円の不足, 第9-3表 )。

これを銀行券の動きについてみると,発行超幅が大幅に縮小し,1,915億円にとどまった(54年度,同16,378億円)。このため,平均発行残高の前年度比増加率は,54年度11.0%増のあと,55年度は5.2%増にとどまった。年度を通してみると,月を追って増加率が低下した。

次に財政資金をみると,55年度は28,603億円の払超と,前年度(同9,370億円)に比べ払超幅が大幅に拡大した。これは,一般財政の払いは116,277億円とむしろ前年度(同148,682億円)を大きく下回ったものの,円高傾向から外為資金が13,141億円の払超へ転じた(前年度31,235億円の揚超)ことによる。一般財政の払超幅縮小の内訳をみると,租税収入の増大に加え,食管,運用部の散超減,郵便貯金の揚超増等が主要な要因である。

このような金融市場の動きに対して,日本銀行は,資金不足時には貸出の増加や債券,手形の買入で,また,資金余剰時には貸出の回収や買入手形の期日落ちにより調節した。

一方,短期金融市場の金利は,55年夏に金融緩和政策ヘ転換して以来ほぼ一貫して低下した(前掲 第9-2図 )。金融引締め期にしばしば見られる長短金利の逆転現象(本報告 第I-3-2図 )は金利の低下に従って徐々に縮小し,56年度に入って解消した。

(3) 引き続き低下したマネーサプライ

55年度のマネーサプライの動向を中心的な指標であるM2+CDの前年比伸び率(平残ベース)で見ると,引締め局面で一貫して低下したあと,55年夏以降金融政策が緩和へと転換されてからも引き続き低下した。この結果,56年1月には7.4%と統計開始以来最低の伸び率となるに至りようやく下げ止まったと見られる( 第9-4図 )。

こうしたマネーサプライ低下の背景については本報告で触れた(本報告 第I-3-12図 及び 第I-3-13図 )。ただここで特に注目すべき点は,55年央以降の金融政策転換後もマネーサプライの増加率が上昇せず,引き続き低下したことである。これを需要面から通貨種類別にみると,55年度に入ってM1(現金通貨及び預金通貨)の伸びの低下が著しかった。これは,近年の金利選好の高まりを背景に,金利が史上最高水準に達し天井感が広がったことによる面が大きい。このため金利先安予想から駈け込み的に流動性資産ストックから収益性資産への大幅なシフトが発生した。しかも,この時選好された収益性資産がM2に含まれる銀行定期預金のみならず,M2対象外の郵便貯金(定額貯金)や債券などの長期間にわたって金利が固定される商品へのシフトが大きかったために,M1の伸び率低下がM2の伸び率をも低下させることとなった。M2に郵便貯金その他を加えたより広義のM3の推移をみると,55年央以降その増加率は必ずしも低下しておらず,こうしたシフトの状況を物語っている。

第9-4図 通貨動向(平残前年同期(月)比)

また,供給面から55年央以降に限って見れば,民間向け信用,中でも貸出の寄与度が引き続き低下しているのが目立つ(本報告 第I-3-12図 )。これは,後に見るように,中小企業部門の設備投資鈍化等に加え,金融機関の収益悪化に伴い,特に中小金融機関を中心にポジション面や利鞘面への配慮から慎重な貸出態度を維持したという側面もある。

(4) 悪化した金融機関収益

55年度の金融機関の預貸動向をみると,年央までの金融引締めおよびその後の緩和両局面を通じて伸びは低調であった。

まず預金についてみると,法人預金は貸出の伸び鈍化に加え,企業の借入れ依存度や手元流動性比率の低下などを反映して低い伸びにとどまった。また,資金繰りに余裕のある一部の企業では,現先市場(短期有価証券投資)等へ積極的に運用するなど,金利重視の行動をとったこともこれに拍車をかけた。個人預金については,前節で述べたように近年の収益重視の資産運用姿勢( 第9-5図 )から,より有利な資産へのシフトが生じ不振となった。この結果,全国銀行の実質預金残高(末残)の前年度比伸び率は,低調であった54年度の7.6%増のあと若干上昇したものの8.5%増にとどまった。

一方,貸出状況をみると,全国銀行貸出残高(末残)の前年度比伸び率は54年度7.2%増のあと55年度は7.7%増にとどまった。これを金融機関の業態別にみると,都市銀行と長期信用銀行を除けば,55年央以降,金融緩和局面にもかかわらず貸出残高の伸び率が鈍化し,しかも,鈍化の度合は中小金融機関で大きかった( 第9-6図 )。これは,企業規模別に貸出残高の増加率を見た場合,55年央以降は中小企業で設備投資の鈍化等を反映して増加率が低くなっており,中小企業と取引の多い中小金融機関に影響が強く出た面がある。さらに,次に述べるように,金融機関の収益悪化を背景として,ポジション面や利鞘面への配慮から中小金融機関ほど収益重視の慎重な貸出態度をとったという要因も大きい。

第9-5図 積極化した家計の資産運用

そこで,金融機関の収益状況をみると,55年度下期になって大幅に悪化した。総資金利鞘では,都市銀行と相互銀行で初のマイナス(逆鞘)を記録し,地方銀行でもほぼゼロとなった。また,経常利益を前期比増加率でみると,都市銀行が16.9%減(有価証券関係損益控除後では35.0%減),地方銀行が30.0%減,相互銀行が30.7%減と大幅に減少した。これは,金融緩和局面の過渡的な現象として,貸出金利の低下が預金金利の低下に先行した面に加えて,流動性資産ストックから収益性資産への大幅シフトが,とくに中小金融機関でポジション悪化や預金コストの下方硬直性をもたらした面も見逃がせない。

第9-6図 金融機関の貸出残高増加率(前年同月比)

(5) 企業金融の動向

55年度中の企業金融をみると,55年央までの金融引締め期間においては,従来の引締め期に比べて企業の資金繰り逼迫感が希薄であった。また,逆に年央以降金融が緩和に転じてからもなお資金繰りの逼迫感が強まった(本報告 第I-3-4図 )。この結果,55年度の企業金融には「引締まり感なき引締め」,「緩和感なき緩和」といった状況が生ずることとなった。

こうした状況の背景を考えてみると,まず引締め時に資金繰りの逼迫感が十分に浸透しなかったのは,基本的には輸出受取り代金や財政支払いによって企業の資金不足そのものが大きくなかったことがある。これは,企業の借入れ依存度の低下にあらわれている。さらに,近年の金利選好の高まりの要因も大きい。これは,金利の上昇につれて,実物投資(とくに投機的な在庫投資)の機会費用が上昇したため,実物投資を抑制し積極的に金融資産への投資を行う動きに結びつき,企業のゆとりを生むこととなった。

金融が緩和ヘ転じてからの企業金融をみると,大企業では,根強い設備投資の資金需要に加えて,景気のかげりを反映した滞貨,減産のための後向き資金需要が生じた。また中小企業では,こうした後向き資金需要はさらに強かったと考えられる。このため,金融機関の貸出態度をみると,中小企業の業況判断がかなり悪化した年度後半には,改善し始めていたDIが再び悪化する局面があった(本報告 第I-3-4図 )。

(6) 緩和局面で弱含んだ公社債相場

55年度の公社債市場をみると,年初,米国金利の上昇,為替相場の円安,公定歩合の2度にわたる引上げ等の悪材料が重なって軟化したものの,4月後半以降,米国金利の反落,為替相場の円高等から逆に反騰した。しかし,こうした相場の改善は短期間で終わり,年央以降は金融政策が緩和へと転じたにもかかわらず市況は総じて弱含みで推移した( 第9-7図 )。これは,4月後半以降の市況の改善が短期金利の低下予想を取りこみすぎた面があったことに加えて,第4節でも触れたように,金融機関のポジションが悪化し,都銀,地銀等の売り大手の売越し額が拡大し,農林系統機関等の買い大手の買越し額が縮小するという形で需給関係が悪化したことによる。こうした中で公社債の発行条件が,55年4月に引き上げられて以降56年5月までの間に,公共債については3回,事業債については5回それぞれ改定された。

次に市場の動向をやや詳細にみていくと,まず起債市場では,公募公社債(後記付注参照)の発行額は14兆795億円(前年度比8.3%減)と前年度に比べて減少したが,事業債等民間債の発行がとくに不調であったため,発行総額に占める公共債の割合が上昇し初めて90%を上回った。また,55年度の国債発行については次の2点が注目される。まず第1は,長期国債の個人消化が大きく伸びたことである。これは55年5~11月頃にかけて長期の収益性資産へのシフトが起こったこと,またこの間国債の応募者利回りと流通利回りが近接していたことなどによる。第2は中期国債の発行が順調に推移したことである。これは中期国債が公募入札による発行方式をとっているために市場実勢が価格に反映され個人投資家層を中心に人気が高まったことによる。

第9-7図 公社債市場の動き

次に流通市場をみると,55年度の公社債売買高は,289兆9,072億円と前年度比26.2%の増加となり,増加率は前年度(11.4%増)を上回った。こうした中で主な投資家の売買状況をみると,金融機関のポジション悪化を反映して,都銀,地銀の売越し額が大幅に増加する一方,農林系統機関の買越し額が大幅に減少した。さらに,外人及び個人の買越し額も急増するなど,公社債の需給の担い手に大きな構成変化が見られた。

他方,現先(条件付売買)市場では,売買残高は年度前半は減少傾向で推移したものの,年度後半に入って証券会社の時間差入替に伴う自己現先残高の増加や外人投資家の運用増大,資金運用部による現先買入れなどから増加し,56年3月末には5兆7,287億円と既往ピークを記録した。また,都銀がポジション改善のために現先市場から積極的に資金調達を行ったことから,全体の残高に占める都銀のシエアは54年度の17.6%から55年度には26.9%へと急上昇した。

次に55年度の株式市場をみると,国際紛争や原油情勢,世界的高金利傾向などに加え,国内的には物価の上昇や景気のかげりといったマイナス材料があったものの,金融の緩和や外人投資の急増などに支えられて,相場は総じて堅調に推移した( 第9-8図 )。

55年度の株式市場の最も大きな特色は外人投資の急増であった( 第9-8図② )。55年に入って買越しに転じた外人は,第2次石油危機後の我が国の良好なパフォーマンスを好感して,オイルマネーや欧米の年金基金を中心に更年度後は大幅な買越しとなった。一方ポジションが悪化した金融機関は買越し額が減少し,個人は株価が上昇するにつれて売却姿勢を強め,売越し額は大幅に拡大した。この結果,56年3月末の全国上場企業の個人持ち株比率は29.2%と初めて30%を割り込んだ。

第9-8図 株式市場の動き

(付注)


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