昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
55年度の農業生産は,水田利用再編対策の下で米から麦,大豆,飼料作物等への転作が進められる中で,稲作は冷害に見舞われ,さらに果実や畜産の主要品目が需給緩和傾向に伴い生産の伸びが停滞していることもあって,農業総合で前年度比7.0%減と大幅に落ち込んだ( 第7-1表 )。
主要作目についてみると,米は作付面積が5%減少し,さらに7月以降の全国的な低温日照不足により稔実障害が多発するとともに,いもち病の発生や西日本における台風の被害も加わり,近来まれにみる激甚な被害を受けた。とくに,東北の太平洋岸や北海道の道東の被害は大きかった。そのため,生産量は前年度比18%減の975万トンと30年以降では始めて1,000万トン台を割った。作付面積の増加した麦類は前年度が豊作であったため前年度比2%の増加にとどまり,豆類は低温による大豆の減収により22%減少した。野菜は,春野菜や夏秋野菜が減少したため,全体では2%減となった。果実はりんごが開花期の天候に恵まれ13%増加したものの,みかんが裏年に当たったこと等により20%減少し,ぶどうやなしも減少したため,果実全体で前年度比6%減少した。畜産は,肉用牛が乳用種の増加により前年度を上回ったものの,53年度後半以降の交易条件の悪化の影響などから豚が減少し,牛乳や鶏卵についてもほぼ前年度並みとなり,畜産総合では前年度並みの水準にとどまった。
55年度の農産物生産者価格は,主要農産物が需給緩和基調で推移したため,総合で前年度比3.7%の上昇にとどまった( 第7-2表 )。
品目別にみると,主要な行政価格は前年度据え置かれた米の政府買入価格が2.3%とわずかに上昇し,加工原料乳の保証価格が3年続きで据え置かれた。一方,市場で価格が形成される品目では,前年度大幅に上昇した野菜が比較的安定的に推移し前年度を5.8%下回った。果実は,りんごが豊作により下落したが,みかんが大幅に減産したため価格は上昇し果実全体では9.9%上昇した。畜産物は,鶏卵が年間を通じて大幅に上昇し,さらに豚肉も年度後半に上昇したため,畜産物全体では6.7%上昇した。
他方,農業生産資材価格は,前年度後半から上昇傾向を示していたが,55年度に入っても海外原料価格の上昇を主因に殆どすべての品目で上昇し,総合で前年度比11.8%と大幅に上昇した。光熱動力は原油価格の上昇の影響から4月に高騰し,その後は若干低下ぎみであるが高水準を維持したため前年度比26.8%と上昇し,飼料はアメリカの熱波によるとうもろこし等の生産の減少から年度後半になって原料価格が上昇したため前年度比15.9%の上昇となった。このため,農業の交易条件指数は前年度に比ベ7.7ポイント低下し,農業経営は一段と厳しさを増した。
第7-2表 農産物生産者価格,農業生産資材価格の動向(前年度比増減率)
55年度の農業所得(1戸当たり)は,前年度に比ベ16.1%減と大幅に減少した( 第7-3表 )。これは,冷害等による農業生産の減少,生産資材価格の上昇による経営費の増大が主な要因である。一方,農外所得は一般賃金の動向を反映して前年度比7.8%増となった。これらを加えた農家所得は前年度比1.6%増加し,さらに農業共済金の支払い等により,冷害の影響は相当程度緩和され,出かせぎ・被贈扶助等の収入を加えた農家総所得では3.9%増となったものの,実質農家総所得では5.0%の減少となった。これに対し家計費は7.0%の増加,実質では1.4%の減少にとどまったことから,農家経済余剰は大幅に減少した。
ところで,経済の安定成長への移行に伴い,農業及び農家をめぐる環境はそれ以前と比較して大きく変化した。食料消費の伸びは鈍化し,他産業における雇用機会は縮少し,農業の交易条件も悪化傾向を示している。このような環境の下で,農業構造の変化もまたそれ以前とは異なる様相を示している。
そこで,農業構造変化の基本的要因である労働力の変化を中心に検討してみよう。
農家世帯員の就業動向の特徴を50~55年とそれ以前との比較でみると,一つは,農業就業人口の減少率は45~50年の23.6%から50~55年の11.8%へと鈍化しているが,これは「農業のみ」の減少率の鈍化,とくに男子が殆ど減少していないことによる。二つは,他産業就業人口が50~55年には減少に転じていることである。三つは,「他産業が主」は男女ともに減少に転じる一方,「他産業のみ」が増加していることである( 第7-4図 )。
さらに農業労働力の質的変化について男子基幹的農業従事者でみると,40年の35~39歳層は55年には50~55歳層となるが,この間一貫して労働力のピークを形成しており,それ以下の年齢層は急激に減少している。また,社会的増減でみると,各年齢層とも減少率は鈍化しているが,その中で20~24歳層と50歳代が増加に転じていることが注目される( 第7-5図 )。
これらのことから,50年以降の就業構造の変化を要約すると次のようにいえよう。第1は,他産業での雇用機会の減少が若年層や中核年齢層における移動の鈍化をもたらし,それはとくに男子で著しい。第2は,高齢層における他産業からの離職就農者が増加し農業労働力の高齢化を加速している。第3は,40年代は農業にも従事する「他産業が主」の増加を主因として兼業化が進んだが,50年以降は「他産業が主」とする者が減少し,農業に従事しない者が増加している。これは,機械化の一層の進展に加え,安定兼業従事者の増加,女子のパートタイム等の増加等によるものとみられ,農家の兼業化は質的な面で進行しているといえよう。
以上のような就業構造の変化は,農産物の需給緩和傾向の下で,稲作ヘ特化し兼業所得への依存を高める第2種兼業農家と,規模拡大や経営複合化により農業所得の増大を図る専業的農家といった農家経営階層の分化を進める要因ともなっている。こうしたなかで,専業的農家を中心とした農業生産の組織化を進め,地域の農業生産力を高めていくことが,今後の農業発展にとって重要となっている。
木材(用材)の需要量は,54年は製材用材,パルプ用材の堅調な需要にささえられて前年比6.2%増となったが,55年は前年比0.7%減となった( 第7-6図 )。
55年の木材需要の用途別動向をみると,需要面での跛行性の影響が強く,パルプ用材とその他用材では前年水準を上回ったが,製材用材と合板用材では前年水準を大幅に下回っている。そこで,木材(用材)の主要需要部門である住宅建設と紙パルプ産業の生産をみると,この両需要部門では異なった動きがみられる。まず,住宅建設の動向を新設住宅着工戸数でみると,51年から54年まで150万戸前後の水準を維持してきたが,55年は前年比15.0%減の127万戸となり,製材用材,合板用材需要減少の要因となっている。一方,紙パルプ産業の生産は,55年上期は54年に引続き活発であったが,下期には需要不振と在庫増から生産調整過程に入り,通年で前年比0.3%増となっている。
つぎに,木材(用材)の供給についてみると,国産材の供給量は3,456万m^3(前年比2.3%増)であった。一方,外材の輸入量をみると,丸太では南洋材,米材などの減少により前年比9.7%減となったが,製材品では米材,南洋材とも産地国の製品輸出志向が強まったことにより前年比8.5%増とない外材全体では2.1%減となった。
この結果55年の木材自給率は,外材の輸入減を反映して31.7%と54年に比べ0.9ポイント上昇した。
最近の木材関連商品の価格の動きを日本銀行の「卸売物価指数」によってみると,53年末から上昇しはじめた価格は,54年10,11月に一時下落したものの12月以降再び上げ続けた。その後55年3,4月にピークを示し,5月以降一転して急激な下落となるなど激しく変動した( 第7-7図 )。価格上昇の局面では,南洋材をはじめとする産地価格引上げ,産地国の丸太輸出規制の強化,ソ連材の減少などの要因に加えて,為替相場の円安傾向,国内の在庫手当の活発化が大きな影響を及ぼした。また,価格下落の局面では,住宅需要の減少に対し国内製材工場は生産を縮小したが,輸入製材品は年初の価格上昇を背景に大量に流入し,在庫増大,需給緩和をひきおこした。そうしたなかで,夏期保存が困難であることから売り急ぎがみられ,急激な価格下落となったものである。
また,今回の木材価格の大幅な変動は,47年末から49年年央にかけての価格変動以来のことであり,価格上昇の局面で前回の場合とは異なった特徴もみられた。前回の場合には,まず製材品が値上がりし,国産丸太,輸入丸太へと波及していったが,今回の場合には,まず製材品が値上がりし,国産丸太,輸入丸太へと波及していったが,今回の場合には,価格の上昇は,まず輸入丸太にみられ,しだいに製材品,国産丸太へと波及している。つまり,国内木材価格が輸入木材価格の影響をより強く受けるようになってきているのである。
木材価格の激しい騰落や木材輸出国の製品輸出志向の高まりは,国内の木材産業ひいては林業に大きな影響を与えている。
我が国は,高度成長期の増大する木材需要に対応して外材依存度を高め,現在は7割に達している。しかも,そのほとんどを丸太の形態で輸入してきた。しかし,近年製材品輸入が増加し丸太輸入が減少しており,55年には製材品が557万m^3(前年比8.9%増)となり製材品輸入比率が13.1%になった反面,丸太が3,751万m^3(前年比16.2%減)となった( 第7-8図 )。この結果,原木の多くを外材丸太に依存している製材業では,大きな影響を受けている。
まず,農林水産省「製材基礎統計」により55年末の製材工場数(製材用動力7.5KW未満を除く)をみると,22,241工場(前年比1.3%減少)となり近年の減少傾向が続いている。
つぎに,国産材,外材別の製材工場数でみると,54年以降従来とは異なった動きとなっている。すなわち国産材専門工場数は,53年までは減少を続けていたが54年から増加に転じ,外材専門工場数は逆に減少に転じている。また,製材用素材入荷量に占める国産材の割合をみると,54年以降増加に転じている。このように国産材への回帰がみられる中で,国内での製材量の減少から,とくに,米材,南洋材を原木としている臨海部の大規模外材専門工場は,操業度の低下などを余儀なくされ,多額の設備投資が重荷になるなど厳しい状況におかれている。
このような外材供給構造の変化は,産地国の資源的制約,製品輸出志向の高まり等から持続的な傾向となると考えられる。
今後は木材需給の安定を図るとともに,供給の増加が予想されている国産材の利用を進めることに加えて,国内製材業では,総体的な設備の過剰,規模の零細性から脱却し,省力機械化,高次加工化などにより経営体質を強化することが必要とされている。
近年,わが国の漁業生産量は1,000万トン台で横ばい傾向で推移しているが,55年の生産量は1,109万トンと前年に比べ5%増加した( 第7-9図 )。
漁業種類別にみると,海面漁業の漁獲量は前年に比べ4%増加したが,これは,前年に引統きさば類やさんまが減少したものの,大中型まき網や定置網によるまいわしの増加(前年比21%),遠洋,近海かつお一本釣り等によるかつおの増加(13%),日本近海のするめいかの増加(53%),北方トロールによるすけとうだらの増加等によるものである。前年に台風等の被害により減産した海面養殖業は,かき類,わかめ類,のり類の増加により前年に比ベ12%増加した。一方,内水面漁業及び養殖業は前年比それぞれ6%,1%減少した。
このように,55年の漁業生産量は増加したものの,52年からの200海里海洋新秩序が定着しつつあるとみられるなかで,外国200海里水域内での漁獲実績の最も多いアメリカでは55年12月に「米国漁業促進法」が成立し,今後漁獲割当ての減少や入漁料の上昇等が懸念されるなど国際環境は厳しさを増している。
54年に数量,金額ともに大幅に増加した水産物の輸入は,55年に数量で前年比10%減,金額で18%減少した( 第7-10表 )。
品目別にみると,輸入の3割以上を占める冷凍えびは数量で前年比10%減少し,金額では20%減少しており,さらに金額の前年比でかつお,まぐろ類は15%減,さけ・ますは45%減,冷凍いかは37%減,かずのこは68%減と殆どの主要品目で減少した。これは,所得の伸び悩みにより需要が減退したこと,食料品とくに代替関係にある肉類との相対価格が上昇したこと,54年にかずのこ等で投機的な取引が行なわれやすい環境が形成されたこと等のために大量の在庫を抱えるとともに消費者の購入手控えが生じたこと等が影響したためと思われる。
55年の水産物価格は,産地市場価格は前年比3.1%上昇と前年の上昇率を下回り,消費者価格は生鮮魚介が5.3%上昇,塩干魚介が4.4%下落し,総じて安定した動きを示した。
産地市場価格を品目グループ別にみると,輸出かん詰,食用加工向けの需要増大等によりかつお・まぐろ・かじき類が前年比4.6%上昇し,水揚量が大幅に増加したするめいかが値下りしたものの,水揚量の減少したさば類,さんま,まあじ,魚粉需要の強かったまいわしの値上りにより多獲性魚が3.9%上昇した。さらに,かれい類などの底もの,ぶり類などの高級ものの価格もやや上昇した。一方,消費者価格のうち塩干魚介の下落は塩さけの値下りによる。
漁業における燃油の消費量の推移をみると,48~49年に第1次石油ショックに伴う停滞があるものの,52年まで増加を続け,52年には40年の3倍強にまで達した。これは,この間燃油価格が低位に安定していたことから,漁船隻数の増加,漁労装備の高度化,漁場の外延的拡大等が進んだためである。しかし,52年以降,燃油の消費量は年率9.5%で減少した( 第7-11図 )。その要因は,52年から諸外国の200海里水域の設定による操業の制限等があいついだことに加え,54年の第2次石油ショックにより漁船の燃料であるA重油の価格指数は53年の96.8(50年=100)から54年の122.1,55年の214.2へと急騰し,それに伴ってA重油の魚価に対する相対価格指数も急上昇し,漁業経営を圧迫したため,燃油の節減が急速に図られていることによる。
燃油節減対策は,水産庁「漁業経営観測調査」によると,全体の85%と大部分の経営体が対策を講じている。最も多い対策は「減速」で,何らかの対策を講じた経営体のうち76%が実施しており,次いで「沖泊りによる航行距離の減少,」19%,「漁場を近くに替える」18%,「操業日数の減少」15%などとなっており,複数の対策を組み合せているものが多い。また,節約効果については「1割程度」が54%,「2割以上」が11%となっている。その結果,漁船の隻数や馬力数は増加しているものの,55年における燃油の消費量は前年比8.9%の減少となった。
今後さらに燃油節減を図るためには,従来の対策に加えて漁船の性能や装備の適正化,エネルギー節約的な船型の検討等も必要である。