昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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6. 建  設

(1) 大幅に減少した建設投資活動

55年度の建設活動を「建設投資推計」でみると総額約49兆7千億円であり,名目国民総支出の20.7%を占めるが,前年度比増減率をみると,名目では54年度にかけて3年連続の2ケタの伸びを示したあと,55年度は3.7%増と伸び率が低下し,実質では5.0%減と大幅な減少を示した( 第6-1表 )。

第6-1表 建設投資の推移

部門別の動きを実質ベースでみると,建築部門,土木部門とも減少しているが,なかでも建築部門は前年比7.3%減と減少幅が大きい。

さらに建築部門の内訳をみると,住宅建設は,政府部門では増加したものの,後述のとおり民間部門の落ち込みが大きく,全体として8.7%大幅減少となった。

一方,非住宅建設は,民間部門では鉱工業以外の部門では減少したものの,大企業を中心とする堅調な設備投資の持続を反映して鉱工業部門ではかなりの伸びをみせた。このため,民間部門全体としては3.6%減と小幅な減少にとどまった。また,政府部門では,公共事業の抑制傾向を反映して大きく減少している。以上の結果,非住宅建設は5.6%の減少となった。

次に,土木部門の内訳をみると,公共事業は5.8%減となったが,公共事業以外では電気,不動産業等を中心に建設投資が増加したため3.8%増となり,土木部門全体としては1.5%減となった。

以上のように,55年度の建設投資は,民間部門における住宅建設の落ち込みと政府部門における全般的な建設投資の減少を大きな特徴としている。

次に建設費の動きを建設工事費デフレーターでみると,55年度は建設総合で前年度比8.9%の上昇と水準としては依然高いものの前年度(10.8%上昇)をやや下回った。これを四半期別にみると,54年初から期を追って上昇率が高まってきたが,55年4~6月期にはピークを打ち,以降急速に落ち着きに向かい,56年1~3月期には,前年同期比2.9%の上昇にとどまっている( 第6-2図 )。

建設工事費デフレーターの上昇要因を労務費と建設材料価格に分けて考えると,労務費指数は,54年後半に上昇率が低下しているもののほぼ7~8%台の水準で推移したのに対し,建設材料価格は大きく変動した。建設材料価格の四半期別推移をみると,原油価格の上昇がはじまった54年初から上昇テンポが高まり,これに為替レートの円安化,輸入原木価格の上昇が加わり55年半ばにかけて急騰した。しかし55年央以降は,建設投資不振による国内需給の緩和,原油価格上昇の波及一巡,円高への転換等により急速に安定化に向かった。これを品目別にみると,製材,合板等建築関連品目は55年3月まで高い上昇を続けてきたが,以降下落に転じている。一方,アスファルト,セメント等土木関連品目は,55年半ばにピークを打ち,以降上昇率は鈍化したが,製材,合坂のような値くずれは生じていない。こうした差が建設工事費デフレーターにおける建築デフレーターと土木デフレーターの上昇率の差に反映されている。

第6-2図 建設費,建設材料価格及び建設資材生産,出荷,在庫の動向

次に,建設資材の生産,出荷,在庫の動向をみると,生産,出荷は,55年度に入ってから,公共投資の抑制,民間建設投資の伸び率鈍化により低迷の度合を深め,7~9月期にかけて在庫水準は急上昇した。その後在庫水準は横ばい気昧に推移したが,品目別にみると,セメント,小型棒鋼等では56年に入っても前年同期比で30%を超える水準にあり,また,在庫指数を出荷指数で除した在庫率指数は,出荷の減少に伴い増加を続けた。しかし56年4~6月期になり,在庫率指数はやっと上げ止まってきた感がある。

また,建設需要の不振は建設雇用等にも影響を及ぼしつつあり,56年に入って建設業の新規求人が減少し,事業主の都合による解雇者数が増加するといった状況がみられる。

その後,56年度に入り公共事業の上期前倒し発注が行われ,また,住宅建設に回復のきざしもみられる。しかし,6月までのところ,建設材料価格や建設雇用の動向には目立った改善の動きはみられない。

(2) 公共投資は抑制傾向

公共投資の動向を公共事業等歳出予算現額(大蔵省調べ)でみると,当初予算前年比は54年度の14.5%増のあと,55年度6.4%増,56年度0.6%減と伸び率が鈍化してきた。しかし,こうした予算枠の中にあって機動的な予算執行が行われた。すなわち,55年央から景気のかげりが生ずるなかで,9月の経済対策では10~12月期の公共事業等契約額を前年同期比30%増とすることが決定され,また,56年3月の経済対策に基づき,56年度上期の契約目標は70.5%とされた。

こうしたなかで,公共工事請負金額の推移をみると,54年10~12月期から55年4~6月期にかけて伸び率が鈍化したあと,7~9月期に上昇し,以降安定した伸びを続けており,また,公共事業の進捗状況を示す公的固定資本形成も55年4~6月期以降徐々に伸び率を高めてきている( 第6-3図 )。但し,この間55年7~9月期以降の公共事業等契約額の伸びに比べると公共工事請負金額の伸びは鈍く,両者の動きは一致していない。こうした現象は,公共事業等契約額には,公共工事請負金額の対象とならない用地補償費(約20%の構成)等が含まれており,この用地取得と工事との間に工程上の実施のラグがあること等によるものであると思われる。しかし,55年度全体でみたそれぞれの前年度比は,公共事業等契約額8.0%増,公共工事請負金額7.5%増となっており,大きな差はない。

第6-3図 公共投資の推移とGNP寄与度

また,「国民経済計算」べースで一般政府の総固定資本形成に対する土地の純購入の比率をみると,52年度以降増加してきている( 第6-4表 )。これは,①54年にかけて地価上昇率が高まってきたこと,②相対的に多くの土地を必要とする治山・治水,街路,都市公園等の公共事業が増加してきたこと等によるものであるが,こうした傾向は,公共事業の執行や公共事業と景気との関係を見る際,用地補償費の動きを充分考慮に入れる必要があるということを示している。

次に,公共工事請負金額の増減に対する発注着別寄与度をみると,55年初から55年央にかけては公社・公団,市区町村等の寄与度が大きかったが,7~9月期から年末にかけては公社・公団の寄与度が低下する一方,都道府県の寄与度が高まった。その後56年に入って再び公社・公団の寄与度が高まる一方,都道府県,市区町村等の寄与度が低下している( 第6-3図 )。また,受注者の資本金階級別寄与度をみると,5,000万円末満の中小企業は,55年9月の経済対策実施前後から寄与度を高めてきたが,56年1~3月期には減少し,替わって10億円以上の大企業の寄与度が高まっている。J・Vは,55年7~9月まで好調な増加を示したが以降寄与度を低下させている。この間,5,000万~10億円の中堅企業は安定した増加を示した。56年度に入って公共工事請負全額は好調な伸びを示し,4~6月期は21.0%増となっているが,このなかで5,000万未満の中小企業とJ・Vは伸び率を大幅に増加させている。

第6-4表 一般政府の土地の純購入の推移

第6-5表 事業種類別,工事種類別公共工事費評価額の推移

以上を公的固定資本形成のGNE寄与度としてみると,55年初以降公的固定資本形成(名目)の増加率が高まる一方,デフレーターの上昇は落ちつきに向かってきたため,公的固定資本形成(実質)のGNE寄与度は徐々に高まりをみせている( 第6-3図b )。

次に,事業種類別にみた公共工事費の動向をみると,55年にかけて,国土保全,生活環境の構成比が高まり,交通・通信,その他の構成比が低下している( 第6-5表 )。55年度の総工事費評価額は総じて低い伸びとなったが,この中で,国土保全は治山・治水の高い伸びに支えられ前年度比14.1%増となり,生活環境も,住宅・宿舎が大きく増加し,教育・病院も伸び率を高めたため12.4%増となった。一方,交通・通信では道路を除いて減少したため2.3増となり,その他では,土地造成が引き続き高い伸びを示し,維持補修も伸び率を高めたが,ウエイトの大きい庁舎,その他で減少したため前年比横ばいとなった。

(3) 民間建設は住宅を中心に不振

建設投資推計により,民間建設活動の内訳を建築部門,土木部門に分けてみると,建築24.4兆円,土木5.6兆円(55年度)となっており,民間建設の動きは民間建築の動きに大きく依存している。

そこでまず,建築着工統計により,55年度の建築着工床面積の動向を建築主別にみると,財政支出抑制という状況のもとで,国,都道府県,市町村を建築主とする着工床面積が総じて横ばい気味に推移する一方,民間建築主による着工床面積は,住宅建設の不振,中小企業による建築関係設備投資の停滞などから前年度比で大幅な落ち込みとなった。これを構造別,用途別の内訳でみると,住宅建設の不振を反映して,構造別には木造の,用途別には居住専用及び居住産業併用の落ち込みが大きくなっている。また,用途別にみた商業用,サービス業用の建築着工床面積の落ち込みが相対的に大きいのは,消費停滞等の影響から,これらの関連業種で建築投資が減少したためとみられる。

一方,民間土木工事の動きを民間土木着工総計でみると,製造業,鉱業,建設業及び運輸業,通信業の土木工事が減少したものの,不動産業において,ー部で宅地造成事業が活発化したこと,電気業,ガス業において原子力発電,水力発電,電線路等の工事が増加したことから,55年度の民間土木の総工事費評価額は前年度比17.5%増となった( 第6-6表 )。

第6-6表 民間建築,民間土木工事の動き(前年度比増減率)

次に,民間からの建設工事受注額を大手43社の受注分でみると,鉄鋼業,機械工業等を中心とする製造業からの受注分が引き続き好調であった。非製造業では,大手企業による大都市圏のマンション建設が比較的堅調であったため,不動産業からの受注が活発であり,電力業でも原子力関係を中心にかなりの増加となった。しかし,ウエートの大きい商業・サービィス業・金融保険業が低い伸びにとどまったため,全体としての伸び率は54年度23.5%から55年度11.4%へと鈍化した( 第6-7表 )。

第6-7表 建設工事受注額の動向

ここで,大手の83社について,民間からの建設工事受注額をみると,55年度は各四半期とも前年同期比10%強の増加と安定的な拡大を示した。しかし,中小465社について,民間からの建設工事受注額(元請のみ)をみると,55年4~6月期以降10~12月期まで前年同期比でマイナスを続けた。

このように大手の受注が安定的に拡大した要因としては,設備投資の内容が機械中心のものに変わってきているとはいえ,中期的観点から積極的な建設投資活動が続いたこと,また,中小の受注が悪化した要因としては,住宅,消費といった中小企業に結びつきの強い最終需要が低調であったこと,金融引き締めに伴う金利上昇が借入依存度の高い中小企業の設備投資を慎重化させたことが考えられる。もっとも,56年に入って,中小465社の民間からの建設工事受注額は回復する方向にある( 第6-8図 )。

以上のように,55年度における民間からの建設工事受注額を総じてみると,大手の受注が比較的好調,中小の受注は不振と対照的な動きを示したが,建設省「建設投資推計」によって55年度の民間建設投資(名目)を総計でみると,住宅や中小企業部門の設備投資の不振を色濃く反映して前年度比2.8%増(54年度は16.1%増)にとどまった(実質の前年度比増減率は54年度4.4%増,55年度5.4%減)。

第6-8図 民間からの建設工事受注額

(4) 住宅着工戸数は121万戸の低水準

55年度の住宅建設の動向を新設住宅着工戸数でみると,総戸数は121万4千戸と第一次石油ショック直後の49年度の着工戸数126万1千戸を更に下回り,近年では43年度に次ぐ低水準にとどまった(前年度比では18.3%減少)。このうち,公的資金を利用した住宅については,公団住宅が若干増加したものの,住宅金融公庫融資住宅の減少が大きく寄与して,全体として前年度比11.0%減となり,民間資金住宅も持家系住宅(持家+分譲)と借家系住宅(借家+給与)がいずれも大きく落ち込んで前年度比23.5%減となった。

こうした住宅建設戸数の極端な落ち込みは,世帯増加数の鈍化,人口の地域間移動数の減少など中期的な住宅需要の鈍化を背景としつつ,所得の低迷,地価及び建築費の上昇,住宅ローン金利の引き上げ等住宅建設の短期的な経済環境がいずれも悪化したために生じたものである。しかしながら,最近実質所得,住宅ローン金利,建築費等住宅建設をめぐる環境が次第に好転してきているため住宅建設にもゆるやかではあるが,回復の兆しがみられ始めている( 第6-9図 )。

第6-9表 新設住宅着工戸数の動向

第6-10図 マンション市場の動向(首都圏)

こうした中で首都圏のマソション市場をみると53年,54年とマンションの新規発売戸数が高水準を続け,この間,月間契約率が75~80%で推移したことを背景に,マンション供給事業者の事業意欲は根強く,55年のマンション新規発売戸数は5万戸近い水準を維持した。しかし,地価,建築費の上昇により,54年後半以降供給コストの増加が続き,購入者の購買能力がこれに追いつかなかったため,月間契約率は低下の一途をたどり,マンション市場は不況色を強めた。この結果,49~50年のような極端な在庫過剰にはならなかったものの,在庫戸数は55年に入り増加テンポを早め,在庫率(在庫戸数÷月間平均発売戸数)も56年4~6月期には3か月に達することとなった。もっとも,月間契約率は戸当たり平均発売価格が軟化を示す中で56年4~6月期にはやや持ち直しの動きが生じている( 第6-10図 )。

(5) 住宅不振と住宅金融

こうした住宅建設の低迷は,住宅ローン関連指標にもはっきりと示された。まず,住宅ローン新規貸出額(全国銀行+相互銀行)を前年同期比でみると,54年10~12月期にマイナスに転じたあと,56年1~3月期までマイナスが続いている。特に,55年4~6月期,7~9月期においては前年同期を30%も下回る水準にまで落ち込んだ。また,住宅金融専門会社の新規貸出額は,54年以前の数年間は一貫して大きな増加を続けてきたが,55年に入ってから伸び率が急速に鈍化した。

こうした中で,住宅ローン貸出残高(全銀+相銀)の前年同期比増加率は55年10~12月期に1ケタ台に低下し,総融資残高に占める住宅ローン融資残高の割合を55年7~9月期に9.9%となったあと,10~12月期には9.8%とはじめてシエアの低下がみられた。なお,住宅建設の不振,土地取引の減少などから不動産業活動も停滞し,不動産業向けの全国銀行の貸出残高も54年下期以降低水準で推移した( 第6-11図 )。

次に,民間住宅ローン新規貸出額の40%以上を占める全国銀行の住宅ローン新規貸出額(季節調整済系列の前期比増減率)についてその変動要因をみることにしよう。

住宅ローンの新規貸出額を規定する要因のうち,需要者サイドの要因として①可処分所得,②ローン借入条件(償還限度期間と住宅ローン金利によって決まる元利均等償還率の逆数),③住宅建設費を,供給者サイドの要因として,④相対金利(貸出約定金利に対する住宅ローン金利の比率で住宅ローン貸出の相対的な有利性を示す指標)を考え,これら4つの要因で住宅ローン新規貸出額を説明する回帰式をつくると,住宅ローン新規貸出額をかなりよくフォローすることができる。

第6-11図 住宅ローン関連指標(前年同期比増減率)

第6-12図 住宅ローン新規貸出額の変動要因

すなわち,54年半ば以降の住宅ローン新規貸出額の減少は,住宅建設費が上昇するとともにローン借入条件が悪化したことを主因に生じているが,相対金利の下落により住宅ローン貸出が抑制されたことの影響も大きい。また,55年7~9月期以降,住宅ローン新規貸出額の前期比減少率が縮小し,さらに55年10~12月期にプラスとなった要因としては,住宅建設費が資材価格の落ち着きを背景に次第に安定化してきていること,住宅ローン金利の引き下げに伴うローン借入条件の改善が進んだことがあげられる。

ところで,住宅ローン金利の改定に際しては,かけこみ需要や借り控えによって住宅ローンの新規貸出額は大きく変動する場合がある。これは,住宅ローンの借入れ時期を数か月動かすだけで返済金が大きな影響を受けるためである。こうした現象を定量的に検証することはかなり困難であるが,55年1~3月期のように,住宅建設費の上昇が確実に予想され,かつ住宅ローン金利の上昇が控えている時期においては,かけこみ需要が相当広汎に生じるとともに,金利上昇の直後にはその反動減的な動きが表われたことが推測される( 第6-12図 )。


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