昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第II部 日本経済の活力,その特徴と課題
第3章 世界に生かされ,受け入れられる日本経済の活力を求めて
わが国経済の経済規模の拡大,円に対する評価の向上などから金融の国際化が急速に進んでいる。また,こうした状況で為替管理についても,直接規制に依存した管理から,より自由な間接規制中心のものへと移行した。
しかしこのような移行が国内金融政策や国際化に対してどのような影響を及ぼすか,さらに世界経済における日本の金融的な役割が高まるなかで,こうした要請にどう対処していくかが重要な問題である。
昭和50年代にはいり金融の国際化が急速に進んだ。国際化は大きくいって四つの面で進行している。すなわち,①居住者の外国金融・資本市場への進出,②非居住者の国内金融・資本市場への進出,③国内における外貨取引の自由化,④海外における円取引の増加,がそれである( 第II-3-24図 )。
まず第1に,居住者の外国金融・資本市場への進出の例として次の諸点があげられる。その一つは,わが国の銀行の海外向け中長期ローンの増大である。わが国の銀行が外貨と円で実施した海外向け中長期ローンの80年末の残高は425億ドルとなっており,73年の5.8倍に達している。
二つとして,本邦企業による海外での外債発行による資金調達があげられる。本邦企業による外債発行は74年11月に全面的に発行が再開され,発行量は目覚ましい増加を示した。75年の16億ドルから80年には約37億ドルとなった。なお,わが国の外債発行額の国際起債市場にしめるウエイトは79年には10.3%に達している。
第2の非居住者の国内金融・資本市場の進出の例として以下のようなものがあげられる。その一つは外国人による対日証券投資の増加である。非居住者のわが国の公社債への投資は昭和50年代にはいり増加傾向を示し,55年には顕著に増加した。購入から売却・償還等を差し引いたネットの動きを見ると,75年の15億ドルから80年には119億ドルに増加した。このように対日証券投資が大きく増加している背景に,OPEC等を中心に世界的に国際証券投資が拡大していること,円に対する評価が高まっていることが重要な要因として働いていると考えられる。
非居住者のの国内金融・資本市場への進出のもう一つとして,非居住者円勘定,CD,現先運用等の増加があげられる。非居住者円勘定とは,非居住者が日本の外為銀行に開設する預金勘定であり,その目的は,①円建貿易の決済や証券購入等資本取引の決済のための一時的な保有,②円建債務を負っている非居住者の為替リスクのヘッジのための保有,③外国政府による準備資産としての保有,④ユーローダラー等との金利裁定による保有,⑤円高差益の獲得のための保有等があるが,こうした自由円預金の残高は,75年末には15億ドルであったが,80年末には101億ドルに達している。
以上の二つはいずれも非居住者の資産の運用面での国際化を示しているが,非居住者の資金調達の面では円建外債の発行の増加があげられる。円建外債の発行は,第1回目は70年であったが,74年には債券市況の悪化により中断された。その後,75年7月から再開され,77年以降飛躍的に増加し,円建て外債発行額は,国内の一般事業債の発行額を上回った。そして75年は約200億円にすぎなかったものが,80年には約2,610億円に達した。78年の実績でみると世界の国際起債市場の約1割を占めるまでに至り,アメリカ以外の外債市場としでは,西ドイツ,スイスにつぐ規模となった。79~80年は債券市況の悪化等により起債額は若干減少しているものの,かつてのように完全にストップするということにはならなかった。
円建外債市場は,有担保原則の支配するわが国公社債市場で79年3月に初めて完全無担保債が起債されたことにもみられるように,わが国の公社債市場のルールの国際化を推進する役割を果たしてきた。また,発展途上国が資金調達をすることも多く,途上国に対する経済協力の面でも大きな役割を果たしている。
第3に国内における外貨取引の自由化も金融の国際化の進展を反映する例として見逃せない。従来は,日本では貴重な外貨を有効に使うという目的のために外貨の集中管理制がとられ,一般の人はいうまでもなく,金融機関も自由に外貨の取引を行うことはできなかった。しかし1972年4月から国内の銀行間で外国通貨建ての短期資金貸付ができるようになった。これがいわゆる東京ドルコール市場と呼ばれているものである。そしてその市場規模も75年末の13億ドルから79年末の49億ドルに拡大した。
一般居住者も,1972年5月から外貨集中制度の廃止に伴い,国内にある外国為替銀行に外貨預金勘定を開設できることになった。さらに78年4月以降は,300万円相当額までは為銀から購入した外貨によっても外貨預金勘定を創設できるようになった。また,80年12月からは300万円以下という制限が取り払われた。
金融の国際化の第4として,海外における円及び円建て債取引の増加があげられる。この典型的な事例は,ユーロ円市場である。ユーロ円市場とは,外国所在の銀行が円で表示された預金の受け入れや貸し出しをする市場のことである。ユーロ市場全体の規模は,80年末で8,000億ドル程度と推計される。その中に占める円の割合はまだ非常に小さいが,近年その割合が上昇しており,オランダ・ギルダーやフランス・フランなみの水準に達しているといわれている。
1960年代においては貿易の自由化が進み,直接投資も1973年にはほぼ100%自由化された。こうした中で最後に残されていた為替管理の自由化もとくに1970年代後半から以上で述べてきたような金融の国際化に伴って徐々に実現されてきた( 第II-3-25表 )。
そしてこのような為替管理の自由化の動きの総仕上げとして,外国為替及び外国貿易管理法が改正され,80年12月から施行されたが,この改正は外国為替,外国貿易などの対外取引が「原則禁止」から「原則自由」へと転換されたという意味で重要な変化であった。もっとも,国際収支の均衡維持が困難となった場合,円相場が急激に変動するような場合,大量の資金が流入して金融,資本市場に悪影響を及ぼすような場合には,資本取引を規制できることになっているがそれでも大きな転換であった。このほか,従来の直接規制中心から預金準備率や預金利子率等を操作することによって管理するという間接規制中心の対応になっている。
この新しい外為法により,日本企業が外貨を借り人れるインパクト・ローンが自由化された。まだ,外人の対日証券投資に関しても,従来に比し大幅に自由化された。
従来の「外為法」(昭和24年制定)や「外資法」(昭和25年制定)は制定当時のわが国の経済情勢を反映して,対外取引について原則として禁止する建前をとっていた。しかし,先に見たようにとくに1970年代後半になって為替管理の自由化が進められた。これは,その後のわが国の経済発展や金融資本市場の国際化に即応するとともに,開放経済体制を基本とするわが国の政策姿勢を内外に明らかにする過程であった。
こうした過程において資本移動についての次のような認識が見られる。すなわち,かつては当面の国際収支の黒字,赤字対策として資本取引の停止やあるいは逆に促進という措置がとられたが,20年代後半においては資本取引についてはできる限り自由で安定的な流れを確保すべきだという考え方が強まってきた。
その理由は,為替管理を強化することによって,特定の取引を抑えることはできても膨大な資本の流れ全体を変えることは困難だからである。たとえば,輸出入にたずさわる企業,銀行等が為替決済を意図的に早めたり遅らせたりする操作(リーズアンドラグス)を行うことにより資本の流れは大きく変るが,これを為替管理によって完全に抑えることは基本的に難かしい。
また,変動相場制下においては為替管理の自由化により為替市場の資金の流れを厚くしたほうが円相場を安定させる効果が期待できるという面もある。
以上のような為替管理の自由化により,資本が今までよりも市場金利に敏感に反応するようになる可能性も強まった。
海外市場との短期的な裁定取引については,在日外銀やわが国の外為銀行が円転換やドル買いを行うルート,非居住者が現先市場に参加したり,円預金や外貨預金を行うルートなど様々のルートが存在しているが,近年の為替管理の自由化の進展により,これらの内外金利差による短期的な資本移動はより活発化する可能性がある。
現実に近年の為替管理と国内金利の自由化の進展により内外金利差と直先スプレッドの乖離は縮ってきており,より金利メカニズムが貫徹しやすくなっているものとみられる。( 第II-3-26図 )にみられるように,53年頃までは両者の乖離がかなり大きくなる局面があったが,54年以降は両者の乖離が非常に小さくなっている。
もっとも,資本移動が金利に敏感に反応するようになったことは,円レートが外国金利の変動により乱高下する可能性が高まったということを意味しているわけではない。先に述べたように,資金の流れが厚くなることによりかえって為替相場の安定にプラスに作用するという効果があるからである。
長期的には,金利差よりも経済の成長率,物価上昇率,経常収支などの基本的な条件(ファンダメンタルズ)のほうが為替レートの安定にとってより重要であり,異例ないし偶発的事態による短期変動は避けられないにしてもわが国のファンダメンタルズが良好である限り,大きく為替相場の安定が崩れることはないといえよう。
たとえば,為替管理が自由化されていたこともあって,55年から56年初めにかけては日本の良好なファンダメンタルズに注目した対日証券投資の大幅流入があり,円相場の安定に寄与したと思われる。とくに55年度後半ではアメリカの金利が急騰したにもかかわらず,円相場は堅調を続けた。
ただし,短かい期間に限ってみれば,外国での金利の変更がわが国の為替レートに影響を及ぼす可能性がある。そのために,従来以上に金利を活用した金融政策の運営をはからなければならない。その意味で,国内的な要因だけでなく,金融の国際化に対応するという面からも金利の自由化を進める必要がある。
金融の国際化や為替管理の自由化に伴い,徐々にではあるが,円が国際的に使用される傾向が生じている。
まず,わが国の輸出入取引が円建てで行われる割合が高まっている。輸出の円建ての割合は,輸出信用状でみると45年にはわずか0.9%であったが,50年に17.0%,55年に28.9%に上昇してきた。もっとも,輸入の場合は54年においても2~3%とその割合が低い。
他方ユーロ市場における円の割合は,1980年末で1.4%程度といわれる。これは米・ドル,ドイツ・マルク,スイス・フランに比べればはるかに小さいものの,その他通貨の中ではかなりの割合を占めている( 第II-3-27図① )。
また,各国通貨当局が保有する外貨準備の内訳をIMF資料でみると( 同図② ),近年マルクのウエイトの上昇が目立っているが円のウエイトも75年末では0.5%であったが79年末には3.4%と高まった。これはかつて国際通貨として中心的な役割を果たしていたポンドの水準を上回っている。
以上のように円の投資通貨や準備通貨としての役割はまだ世界貿易に占めるわが国のシェアに比べると小さいが,長期的にみれば高まる傾向にある。
他方,自国通貨が準備通貨や投資通貨として使われると,為替相場の不安定化やマネーサプライの管理の困難化をもたらすという指摘がある。
たとえば,ドイツ連邦銀行はその報告でかつて次のような見解を示した。すなわち,マルクが準備通貨として大量に持たれるようになると,西ドイツに大量の資本が流入し,インフレ格差を上回るような過度なマルクの上昇が生ずるおそれがあるし,逆にそれを抑えようとしてドルを買支えようとするとマネーサプライが過剰になるおそれが生ずるという見方である。
しかし,これまでは準備通貨,投資通貨としてのマルクへの需要増→為替レートのインフレ格差を上回る上昇というメカニズムは当初懸念されたほどには働いていないと思われる。
マルクの輸出入の国別ウエイトで合成した実効レートの動きをみると1973年以降上昇してきたが,それは西ドイツと相手国のインフレ格差をほぼ相殺する程度のものであった。西ドイツとその相手国の平均の工業品卸売物価で実質実効レートの動きを求めてみると,1976~1979年の局面で上昇がみられるものの,その程度は他の主要国と比べてそれほど目立っているわけではない(前掲 第I-1-4図 )。また逆に80年以降についてはむしろ低下しており,これは西ドイツの競争力強化につながっている。
したがって最近の西ドイツの経常収支の悪化は,為替レートの過度の上昇が主因というよりは他の要因がより大きく働いているものとみられる。西ドイツでは第2次石油危機下では第1次の時に比べて経常収支の悪化が目立っている。その内容を見ると,( 第II-3-28表 )にみられるように貿易収支の悪化が最も大きく響いているが,これは,前回よりも景気の落ち込みが小さかったことなどから輸入の伸びが高かったことの影響がかなり大きい( 第II-3-29表 )。すなわち,74年の時は輸入数量は約4%減ったが,80年は2%増えている。これは日本の輸入が80年に約6%減っているのと比べても対照的である。このほか,設備投資の伸び悩みや産業構造の転換の遅れ等の構造要因が輸出競争力を弱めているという指摘もある。
最近では西ドイツ当局の考え方はかなり変化しており,現実にマルクの国際化がかなり進んだこともあって,これは避けられない傾向と認めるようになったといわれる。アメリカの経済力の低下と,西ドイツや日本の経済力の上昇を考慮すればマルクや円が国際的に使用されるという傾向はある程度やむをえない面があると考えられる。
世界経済全体のGNPに占めるウエイトの動きをみると,アメリカの地位の低下と日本と西ドイツの上昇が顕著である。たとえば1955年においては日本と西ドイツの合計でアメリカの5分の1に満たなかったものが,1979年ではアメリカ22%に対し,日本が約10%,西ドイツが7%と両者の合計はアメリカの4分の3に達している( 第II-3-30表 )。
日本経済の規模の拡大とその金融の国際化に伴い,世界における日本の金融的役割はますます高まるものとみられる。以上でみたように日本の金融資本市場が海外への融資の面や海外の政府や企業の資金調達のための市場としてかなり大きな役割を果していることを指摘してきたが,この傾向はますます強まっていくであろう。
このうち世界的な観点からみてとくに重要なのは,非産油途上国へのオイル・マネーの還流に果す日本の金融・資本市場の役割である。前にも触れたように非産油途上国は大幅な経常赤字の問題に当面している。これをスムーズにファイナンスできるような資本の流れを確保することは単に非産油途上国のためだけでなく,世界経済の安定的な発展のためにも重要であることから,日本の金融・資本市場がその役割を十分に果すような国際金融・資本市場として発展していくことが期待されている。