昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第II部 経済発展への新しい課題
第4章 民間活力の活用
わが国の経済発展にとって技術進歩の果たした役割は大きかった。製造業の生産は,昭和30年から54年までの間に約11.6倍に拡大したが,このうち約30%は技術の進歩によって生じたと試算される( 第II-4-1図(1)① )。もちろん,技術進歩の影響は,時期によって循環的に変動し,大きな波を描いている( 同図(1)② )。そしてこの循環変動の中で特に30年代初めと40年代前半に技術進歩の顕著な高まりが目立っている。30年代初めの波は,電気冷蔵庫,電気洗たく機,白黒テレビなどの家電製品や合成繊維,プラスチック,合成ゴムなどの新製品が登場するとともに,鉄鋼業におけるLD転炉の導入や石油化学コンビナートの形成が進むなど革新的な生産技術の導入によってもたらされた。40年代前半の波は,カラーテレビや乗用車の生産拡大や大型高炉の建設,30万トンエチレンプラントの建設などスケールメリットを追求する設備投資が盛り上がったほか,技術革新が非製造業,中堅・中小企業へも波及したことによるものであった。
ところで最近では52年以降再び技術進歩の波が盛り上がってきているようにみられる。高度成長期のような大きな動きではないが,少し高まってきている。
このような新しい技術革新の動きは,企業の経営姿勢にも見受けられる。経済企画庁の「企業アンケート調査」(55年1月実施)によると,製造業のうち6割を超える企業が,今後2~3年の経営方針として「新製品,新技術の開発」に重点を置いている( 第II-4-2図 )。同じような経営方針は,設備投資,労働力の面にも現われている。同じ調査によって,企業が今後3年間に力を入れる投資分野をみると,製造業では,「研究開発投資」とする企業が18.8%,「新製品生産設備投資」とする企業が29.5%で,これらの投資分野の比率がかなり高い。また,今後5年間に人員配置上最も力点を置く分野として「研究開発部門」をあげている( 第II-4-3図 )。ここでは,従来の営業・販売・生産重視から研究,開発,技術重視への転換がみられるといってよい。
では,現在どのような分野で技術革新が進んでいるのだろうか。製造業のうち,機械工業(一般機械,電気機械,輸送機械)と素材型産業(繊維,紙・パルプ,化学,鉄鋼,非鉄金属)について,技術進歩による生産拡大効果を試算してみると,機械工業での効果(寄与度)が大きい。特に,機械工業の最近の動きでは,技術革新の新しい波の高まりがみられ,技術進歩による生産拡大効果が全体の半分近くに達している(前掲 第II-4-1図(2) )。
技術革新の進んでいる分野では,当然生産の伸びも高くなるだろう。近年において,生産の伸びが著しい品目は,その多くが機械と化学製品に集中している( 第II-4-4図 )。そしてこの動きを具体的品目でみると,次のような特徴がある。第1は,機械の中でも事務用機器,電子計算機,通信・電子部品などの伸びが高いことである。50年から54年の間に事務用機器の生産は3倍になり,電子計算機,通信・電子部品では約2倍の伸びになっている。これらはいずれもIC関係の製品である。第2に,普及率はまだ低いが新製品として目立つのが,その他の電子応用装置(VTRなど),冷凍機・同応用製品(エアコンなど)の伸びである。そして第3に,医薬品,写真感光材料などのファインケミカルの分野の製品も著しく増加している。
こうした動きの中で,特に注目されるのは,IC関係製品の伸びである。ICの生産数量は50年の約3億個から54年には約17億個へと急速に拡大した。もっとも,生産金額の面では54年で3,500億円程度とそれほど大きなものではない。これは,ICでは51年以降,技術進歩と量産効果とが相まって低価格化が急速に進んできたからである。この低価格化によってICが多くの製品に組み込まれるようになった( 第II-4-5図 )。ICの最大の用途が電子計算機であることはいうまでもない。しかし今ではそのほかに工場の設備機械,事務用機器,家電製品をはじめ身近な製品に広く普及してきている。工場の設備機械の代表的事例はNC工作機械や工業用ロボットである。事務用機器では電子卓上計算機のほか,金銭登録機,複写機などに用いられている。また,家電製品では,カラーテレビ,ルームエアコン,洗たく機,冷蔵庫など多くの製品にICが内臓されるようになった。さらに,時計,カメラ,自動車,ミシンなどでもICは使われている。
このような50年代の新しい技術革新には既存の技術や製品の複合化,システム化という点に最大の特徴がある。40年頃のカラーテレビや乗用車の普及のように目に見えるはなやかさはないが,機械の内部で新しい技術が複合され,システム化されている。そしてこれによって新しい需要が喚起され,生産工程の合理化も進められるなど,経済のいろいろな分野に広い影響が生じている。
需要面では,製品のIC化によって精度の向上,低価格化,小型化が実現し,新しい機能が付け加わることによって新しい需要分野が開拓された。例えば,金銭登録機は,50年代に入って機械式から電子式への切換えが急速に進展し,54年にはほとんどすべてが電子式になった。また,腕・壊中時計についても,ぜんまい式から電池式へと置きかわってきた。そして,この両者ともこれに伴って需要が急速に増えている(前掲 第II-4-5図 )。家電製品では,オーブンと電子レンジを組み合せたオーブン・レンジが登場したり,カラーテレビで音声多重式が登場することによって新しい需要が生み出されている。
次に,新しい技術革新が生産工程を合理化し,省資源化,省力化に寄与している面も見逃せない。例えば,従来の汎用工作機械では1人が1台を操作していたにすぎなかったものが,電子による制御装置と工作機械とが複合されたNC工作機械になると1人で複数台を扱うことが可能になった。また,NC工作機械を使うことによって,製品の均一化が進むだけでなく,作り損じの減少による原材料の節約効果も大きいとされている。NC工作機械をシステム化したマシニング・センター(MC)も普及してきている。
さらに,電子計算機による情報処理機能と通信とを組み合せてシステム化したデータ通信システムも各産業に急速に広がっている( 第II-4-6図 )。金融証券業では比較的早くからオンライン・システムが導入されていたが,最近では,商業部門で,在庫,販売管理などを中心に急テンポでデータ通信システムの利用が進んでいる。製造業,建設業でも高い伸びが続いている。
新しい技術革新の波は,これまで相対的に合理化が遅れていた第3次産業にも急速に浸透している。
商業部門では,既に述べたように,データ通信システムの設置が飛躍的に進んでいる。また,あまり身近すぎて意識されないことも多いが,販売の省力化に資する自動販売機の普及にも著しいものがある。自動販売機の大宗を占める飲料用自動販売機の出荷台数は,40年代から高い伸びであったが,50年代に入ってからも年々20~30%の増加を続け,54年には35万台を超えた。
運輸部門でのコンピューターの設置も急速である。観光業では宿泊予約システム,ホテル管理システムなどを中心に53年に飛躍的な増加がみられた。自動車運送業,倉庫業などでも高い伸びとなっている( 第II-4-7図 )。
通信業の中では比較的合理化が遅れていた郵便業務でも機械化が進んでいる。大都市などの大きな郵便局では,43年頃から郵便物自動選別取りそろえ押印機や郵便番号自動読取区分機の設置が進められた。そして,これらが行き渡った50年代前半からは,地方の中規模局に適した機械が開発され,次々と設置されるようになった。
このほか,外食部門でのシステム化,建設部門でのコンピューター設計,医療面での電子装置の活用なども急速である。
今日の技術革新は,電子素子とコンピューター,コンピューターと機械,機械と人間という結びつきが一層強まりつつ進行しているといえる。
日本経済の発展のため,こうした新しい技術革新の波を生かすことが重要である。第1にそれは,資源は乏しいとはいえ,高い技術応用力,キメの細かい技術,すぐれた知識水準をもち,国民の生活ニーズを大切にするわが国の経済風土に最もよく適合するものといえる。
第2に,既に述べたように(第II部第2章),今後のわが国は,石油をはじめとするエネルギーや労働力の効率的活用を通じて生産性を上げていかなければならないが,エネルギーの有効利用や高齢・婦人労働力の活用を図る上で,こうした技術革新は大きな役割を期待しうる。
第3に,第3次産業において,高度のサービスを供給しうると同時に,生産性向上の遅れているこれらの部門の効率化に資する。
第4に,福祉や消費需要の拡大にも寄与しうる。とくに,医療や社会福祉サービスの面ではそうした方向が望まれる。また現在は,消費者が,既存の技術を少しばかり変えた製品には飽きたらず,そんな製品に対しては消費を手控えている面もあるように思われる。だがそれは逆にいえば,人々が新しい技術革新を求めて購買力を温存している過程ともみられ,技術革新の成果が企業化を通じて消費者ニーズが顕在化されていくことが期待される。